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ある二人の王女の話

掲載日:2026/02/21

 生まれ育った王宮が小さく見える。

 首都だけあって、丘の下に広がる夜の街はきらめく宝石をつなげたように美しい。

「この先です。馬車を待たせております」

 青年の言葉に、月のない夜にも淡く浮かびあがるような、銀色の髪を伸ばした少女がふりかえる。

「後悔しておいでですか、パールローズ殿下。私を選んだことを」

「いいえ」

 銀髪の少女は青年の広い胸に可憐な白い手を添えた。

「いいえ。たとえ父である国王陛下や、亡き母妃、大臣達や国民すべてに無責任だ、身勝手だ、と罵られて、後ろ指をさされてもかまいません。あの三兄弟もそれ以外の殿方も、皆わたくしの表面上の美しさや、第一王女という身分だけを見て、愛しているだけ。本当のわたくしを見て愛してくれたのはあなただけです、クリストバル。いえ、クリス」

「殿下…………」

「殿下などと呼ばないで。これからはパールローズ、と」

「では…………パールローズ様。愛しています、パールローズ。心から」

 月もない夜の空の下、少女と青年はしっかりと抱き合う。

「参りましょう、パールローズ。私達が結ばれることのできる自由な地へ。けして、この手は離しません」

「ええ。どうか離さないで、クリス。父上の手も民の非難も、誰も追って来られない場所まで、世界の果てまで連れて行ってください。愛しているわ、クリストバル」

 秘密の恋人達は小型の馬車に乗り込み、夜の街道を駆け抜けていく。



「はあ!? パールローズお姉様が駆け落ち!? あの妙に仲が良かった従者と!? なに考えているのよ、次期王妃のくせに! 頭おかしいんじゃないの!?」

「ルビーリリー殿下。もう少し声を小さく、言葉遣いも淑やかに」

 王宮の一室に、甲高い少女の声が響く。長い黒髪をふり乱してわめく第二王女を、作法の教師を兼ねる侍女がいさめるものの、声に力はない。今にも大きなため息をつきそうだ。

「現在、大臣達が総動員で行方を追っているそうです。厳重な箝口令が敷かれ、第一王女殿下の失踪を知る者は限られた人数のみ。殿下付きの侍女達は協力者がいないか、厳しい取り調べの最中だそうです」

「うううう」と第二王女・ルビーリリーは唸った。

「嫌な予感がする。頭お花畑でも、パールローズお姉様は頭自体はいいもの。あの侍従も頭脳明晰だっていうし、駆け落ちに手抜かりがあったとは思えない。ということは…………」

「ルビーリリー殿下。宰相閣下のおなりです」

「ほらぁあぁ――――! やっぱりぃいぃ! 会いたくない、聞きたくないぃいぃ!!」

「お部屋にお通ししますね」

 わめく第二王女を無視して、侍女が髭のいかめしい殿方を招き入れる。



 昔むかし。とある国に一人の王がいた。

 王は二人の王女がいたが、王子には恵まれなかったため、王家の掟に従い、王位は王の死んだ弟の息子、すなわち王の甥が、王女を娶ることを条件に継ぐこととなった。

 掟に従えば、継承権の順位は生まれた順に決まる。

 しかし王の上の弟の三人の嫡男は、それぞれ一長一短だった。

 まず、最有力のはずの長男は温厚だが、病弱で運動の類はからきし。医師もそろって「長生きできない」と口をそろえる。

 下の二人は双子で、片方は武術が巧みで学問は苦手。もう一方は、学問は得意だが武術は苦手。

 生来、荒っぽい性格のうえ、双子ゆえに常に互いにはりあっては、譲ることをしない。

 今回も自分達が王太子候補に入ったと知るや、長男の存在も忘れて「俺が王太子だ、俺こそが次期国王にふさわしい」と、朝も夜も喧嘩がつづいている。

 国王も大臣も頭を抱え、結論の出ぬ会議がつづいていた矢先の、第一王女の駆け落ちである。

 窮余の策として、王太子妃は第二王女が務める結論が下された…………のだが。



「いっっ――――やぁっっっ!!」

 第二王女が私室で拒絶の悲鳴をあげた。

「ぜっったいに、嫌よ! あの双子と結婚なんて! どっちが夫でも、ごめんだわ!!」

 内々に王太子妃の交代が三名の王太子候補に明かされると、事態は少し動いた。

 まず、第一候補である長男が自主的に辞退した。

「パールローズ様を妻に娶れると思ったからこそ、私は候補に入ることを承知したのです。私の愛はパールローズ様、ただ一人。どうせ長くは生きられぬ身。あの方以外の女と望まぬ結婚をするくらいなら、独りのまま静かに余生を過ごします」

 そう宣言して、国王や大臣の返事も待たずに会議室を出て行った。

 残るは双子の弟達だが、こちらは結婚相手である第二王女が断固拒否した。

「お父様や大臣達がなんと言おうと、あいつらはどっちも嫌!! 向こうだって私を嫌ってるわよ、知ってんだから!! 小さな頃からさんざんお姉様と私を比較しては、

『姉妹なのに、なんであんなに違うんだ、本当に姉妹か? 陛下の浮気の子じゃないのか?』

『パールローズと結婚できるなら、金貨五百枚を払う価値はある。だが妹は、あんなブス、王国をもらってもごめんだね』

なんて言いつづけてきたんだから!! 王宮中に広まっている私の『コールスティール』ってあだ名だって、あいつらがつけて広めたのよ、知ってるわ!!

『パールローズはまさに真珠のような、薔薇のような美姫だ。けど、あの妹に「ルビー(紅玉)リリー(百合)」はもったいない。あの見苦しい黒髪と愛想のない強情な性格には「コール(石炭)スティール()」がお似合いだ』

ってね!!」

 第二王女の言い分に、国王や大臣達も渋い表情を浮かべた。

 実際、彼ら双子が第二王女を馬鹿にしてきたのは、王宮中が知る暗黙の事実である。

 国王が王子に恵まれず、王妃も逝去した頃から、三兄弟の誰かが王位を継ぐであろうことは既定路線化していた。

 それをいいことに、病弱な長男に王位はふさわしくない、ならば、あの美しい第一王女を娶って王太子になるのは自分だ、と双子は争いつづけ、挙句にすでに王太子に選ばれたかのようにふるまっては、第二王女を陰で馬鹿にしてきたのである。

 そして、それは当の第二王女ルビーリリーの耳にも届いていた。

 ちなみに、ルビーリリーは醜女というわけではない。平均的な容姿だ。

 ただ姉が破格すぎて「あれを見たあとでは…………」となってしまうのである。

 会議は紛糾し、もめにもめた末、最終的に、まずパールローズの病死が公表された。

 人々は美しかった次期王妃の早すぎる死に涙する。

 同時に、新たに次期王妃と決まった第二王女の結婚相手も発表された。

 国王の()の弟の嫡男、ジェイド卿である。

 第二王女と双子の仲の悪さを考慮し、これでは夫婦となった時に心配だし、第二王女も不憫だ。さらに双子のどちらを選んでも、選ばれなかったほうに深い恨みが残るだろう。

 これらの理由から、双子はそろって候補から外されたのである。

 むろん、どちらも憤慨したし、双子の母である王弟の妻まで加わって国王に抗議した。

 しかし、

「ルビーリリーとの結婚は『王国をもらってもごめんだ』と主張していたのは、そなた達ではないか」

 という国王の一言に、反論を封じられる。

 翌年、第二王女と国王の四人目の甥の結婚式が盛大に挙げられた。



「ルビーリリー、こちらの書類にも署名を頼むよ」

 王太子妃の執務室で。書類の束を手にした新王太子が入室してきた。

「また!? いったい何枚書かせるのよ、今日だけで五十枚は署名したわ!! 手首が死にそう!!」

 ルビーリリーが机に突っ伏すと、すでに署名を終えた書類の山が崩れかけたため、新王太子がすかさず押さえる。

「ああもう、どうしてこうなるのよ! パールローズお姉様が結婚したら、私はどこか気候のいい田舎の城で、のんびり隠居生活を送る計画だったのに! 民だって貴族だって、美しいお姉様が王妃になることを当たり前に望んで、私に期待していた人なんていなかったくせに! どうして愛されて育ったお姉様が、さらに愛する人と結婚して幸せに暮らして、おまけ扱いだった私が山のような仕事に囲まれているの!? せめて署名くらい、あなた(ジェイド)がやってよ、王太子なんだから!!」

「まあ、そういわず。やはり『国王の甥』より『王女殿下』の署名のほうが権威があるしね。それに私は君の署名が好きだよ、ルビーリリー。君の字はとても優美でていねいだし、署名している姿も凛として気品を感じさせる」

「なんっ…………」

 王太子妃の顔が真っ赤になる。

「お、お世辞を言っても何も出ないわよ! そんなおべっかを使っても、だまされないんだからね! …………ま、まあ、署名はするけど! でも、あなたのためじゃなくて、仕事だから! 王太子妃の役目だから、するだけよ!? 誤解しないでよ、わかった!?」

「そこは私のためと言ってほしいなぁ」

「んなっ…………自惚れないでっ!!」

 名前のとおり、ルビーの石のように真っ赤になった妻の前に、「はい」と夫は新しい書類の束を置く。

 妻は憤然と肩を怒らせながらもペンを持ち、一枚いちまい、ていねいに署名していく。



 その様子を、物陰から国王がうかがっていた。

 新婚の若い夫婦のやりとりに目を細めると、あえて声をかけずに、国王はそっとその場を離れる。天気の良さにつられて、庭園に出た。供は宰相一人。

「うまく事が収まり、安堵いたしました」

 宰相の心からの言葉に、国王も「うむ」と大きくうなずく。

「見込んだとおりだった。ジェイド卿なら、ルビーリリーとも円満にやっていけるであろう」

 もともと国王や大臣達がルビーリリーの夫に、王太子に望んだのは、ジェイドだった。

 有力候補だった三人の甥は、誰もが欠点を抱えていた。

 病弱で夢見がちで繊細な長男。

 次男と三男はどちらもはりあって譲らず、そもそもが喧嘩っ早い。

 そのうえパールローズの婚約者に決定していない内から王太子を気どり、挙句に第二王女を愚弄しつづける短慮ぶり。

 多少、学問や武芸に秀でていても、王位に就ける器ではない。

 対するジェイドは、文武両道で性格も温厚。周囲を見渡して気を配る余裕があり、むやみやたらに喧嘩をふっかけない慎重さ、ひかえめさも評価できる。

 だからこそ、王家の掟上、自分より優先権のある三人の従兄弟達を押しのけて「自分こそが」と立候補する性格ではないし、三兄弟の母の実家もジェイドの母の実家より強く、三兄弟をさしおいてジェイドを王太子に選ぶことが難しかった。

「パールローズ様の駆け落ちが良い方向に作用しましたな」

 庭園は、国王と宰相の二人きり。警備の兵が、話し声の届かぬ距離から見守るだけだ。

 それでも宰相の声は自然とひそやかになる。

 対する国王の声も重々しかった。

「…………あれ(パールローズ)はあれで、幸せなはずだ。クリストバル卿は、よく使命を果たしてくれた。卿には充分な金貨を持たせたし、娘が愛する男と結ばれて、大きな責任や身分からも解放されたのだ。あれの母親も満足であろう」

 国王は懐から一通の手紙をとり出す。

 彼の妻、亡き王妃がしたためた熱い恋文だ。

 宛先は、音楽家として名高い、異国の貴族の男。

 亡き王妃が秘密の恋人へ送ったものを二年前、奇跡的な偶然から国王が発見したのだ。

 手紙には、第一王女パールローズは国王の娘ではないと明記されていた。

 亡き王妃が異国の男との間に授かった、王家の血を引かぬ子だったのだ。

 その事実を知った時、残された夫である国王がどれほど怒り、また嘆いたかは置くとして。

 国王は苦悩した。

 国王から打ち明けられた、国王の王太子時代からの家臣であり友人でもある宰相も悩んだ。

 公にできる事実ではない。

 かといって、知ったからには、このまま黙ってパールローズを王太子妃に据えるのは、しこりが残る。国王自身が納得できない。

 そこでクリストバル卿をあてがったのだ。

 陰で国王と宰相が糸を引いているとも知らず、クリストバル卿もパールローズも「自分達は運命に導かれて出会った」と信じて、国と地位を捨てた。

 それにより、次期王妃の座は正統な血筋であるルビーリリーが継ぎ、問題のあった三人の甥達も全員、候補から落とす口実を得て、ジェイド卿を王太子とすることが叶ったのである。

 万々歳だった。

 ふと、宰相が一つの可能性を問う。

「パールローズ様は、心から身分違いの愛を貫かれたのでしょうか。もしや、ご自分の出生について、ご存じだった可能性は…………」

「――――ありえぬ」

 国王は一度、視線をおとして目を閉じ、また開いた。

「その可能性はないし、今となっては、確かめる必要もない事柄だ。真相がどうあろうと、あれは自分の意思で国を出た、それ以外の事実はない。それがすべてだ」

 パールローズは自分で己の未来と幸福を選び、短気なルビーリリーはあれこれ怒りながらも、なんだかんだでジェイドとうまくやっていくだろう。

「それでいいのだ」

 国王は持っていた亡き王妃の手紙を細かくこまかく、びりびりに破いていく。

 こなごなになった紙片はちょうど吹きつけた風にあおられ、集めることも不可能なほど四方八方に散って、見えなくなった。

番外編



 輝くような銀色の髪に、透き通るような白い肌と完璧な目鼻立ち。

(きれいな子だな)

 それが、ジェイドがパールローズ王女をはじめて見たときの感想だった。

 亡くなった王妃の喪が明け、ジェイドと三人の従兄弟は、そろって王宮に呼ばれている。

 表向きは大舞踏会や大夜会の招待だが、実態は次期王太子候補の品定めだろう。

 亡妃の産んだ唯一の男児が夭折して以来、国王は男子に恵まれず、王家の掟にしたがい、甥を第一王女と結婚させて王太子に迎える気だろうと、宮廷の誰もが噂していたし、ジェイドの父、すなわち国王の下の弟もひんぱんに兄に呼び出されて、会議に出席させられている。

 とはいえ、下の王弟の息子であるジェイドが、上の王弟の息子(それも三人もいる)をさしおいて王太子に選ばれる可能性は低い。

 なので、王宮に滞在してはいても、ジェイドは基本的にのんびり過ごしていた。

 懸命にパールローズ王女の気を惹こうとする三兄弟をよそに、庭園を散策したり、兵の訓練を見学したり、庭師に木の手入れの仕方を教わったりする。

 ある日、図書館で見つけた薬草図鑑を、汚したり紛失したりしないことを条件に館外に持ち出していいと許可をもらえたので、庭園に持っていってみた。

 高名な植物学者が書いた植物画は精密で、庭園で見つかる花や草が、ぴたり、ぴたりとあてはまっていく。

 それが面白くて、つぎつぎ新しい花や草をさがしていると、見おぼえない区画に迷い込んでいた。

 木の枝と茂みが伸び放題で、王宮内のはずなのに手入れが行き届いている様子がない。

 戻ろう、とジェイドが本を閉じて立ちあがった時、その存在に気づいた。

 木の幹に隠れるようにして、誰かが座り込んでいる。

「誰かいますか?」

 近づくと黒髪の少女だった。侍女か中流貴族の令嬢だろうか。

「もう少ししたら、日が暮れます。年頃の女性が一人でいるのは危険ですよ。戻りましょう、送っていきます」

 王宮内とはいえ、人気がなく隠れやすい場なのをいいことに、不届きな者が不届きな行為に及ばないとも限らない。

 ジェイドは紳士らしく手を差し出したが、少女はぷい、とそっぽをむいた。

「ほっといて。私をどうこうする奴なんていないわ。アンタこそ、さっさと戻りなさいよ」

「女性を放置して戻るわけにはいきません。侍女か、ご家族は一緒ではないのですか?」

「知らないわよ。みんな、お客様を歓迎する準備に忙しいもの」

「お客様」

「王宮に出入りしているなら、知っているでしょ。今夜は次の王太子、正確にはその候補達の歓迎の舞踏会よ。アンタもこんなところにいないで、王太子様達に媚びの一つも売りに行ったほうが建設的よ」

「そうはいっても、三人の誰が選ばれるかわかりませんし」

「アンタ、馬鹿? そういう時は、三人全員に顔を売って、誰が選ばれても大丈夫なようにしておくの」

「あなたは売りに行かないのですか?」

「私が? 冗談じゃない、あんなやつら、大っ嫌い!」

 少女のあまりに明快な言い様に、ジェイドは「ははは」と笑った。

「奇遇ですね。私も、彼らに媚びを売る気にはなれません」

「あら、そう。まあまあ見る目があるのね」

「そう思われますか?」

「ええ。長男は夢見る王子様だし、下の双子は互いにはりあってばかり。誰が王太子になっても、パールローズお姉様は苦労なさるでしょうね。ま、私には関係ないことだけれど」

「パールローズ…………()()()?」

「あら、迎えがきたわ。ここも、もう隠れ場所としては潮時かしらね」

 廊下の先から、侍女がぱたぱたとジェイド達のほうへと駆け寄ってくる。

 より正確には、ジェイドが話していた黒髪の少女のほうへ。

「そろそろ、お部屋にお戻りくださいませ、ルビーリリー殿下。今宵のドレスの準備をはじめませんと」

「舞踏会なんて、出たくないわ。どうせ主役はパールローズお姉様だし、客だって、お姉様しか興味ないじゃない」

「また、そのようなことを。今夜出席しないと、せっかく覚えた新しいダンスのステップを、陛下に披露する機会がなくなってしまいますよ」

 少女はむす、と口をつぐんだが、すっくと立ちあがった。

「帰るわ。アンタも、日が暮れないうちに戻るのね。この辺は、夜になると亡霊が出るという噂よ。祟られてもしらないから」

「おやおや」とジェイドは目を丸くし、すたすたと歩きだした少女に、追う侍女が「ルビーリリー殿下、あの方がどなたかご存じないのですか?」と、確認する。

(そうか、あれが第二王女か)

 活き活きした瞳の少女だ。

 それがジェイドの第一印象だった。



 それから、王宮に来るたび第二王女を訪ねるのが、ジェイドの日課となった。

 三兄弟が第一王女を囲む間、ジェイドはルビーリリーとの時間を過ごす。

 話してみるとルビーリリーは短気で怒りっぽくて、それでいて寂しがり屋で情の深い少女とわかってきた。

「誰が王太子になるか、興味はないのですか?」

「ないわ」

 王女の茶話室で、焼き菓子を口にしながらジェイドはルビーリリー殿下に訊ねる。

 ルビーリリーは菓子を口に放りながら断言した。

「どうせ私は、どこかの王族に嫁がされて外交の道具となるだけだもの。誰が王太子になっても同じ。お姉様がお気の毒なだけ。――アナタこそ、こんなところで油を売っていていいの? 一応、候補の一人でしょう?」

「掟に従えば、順位は最下位ですからね。私も、誰にも期待されていないでしょう」

「パールローズお姉様と結婚したいと思わないの?」

「あの双子に殺されるだけです」

 ジェイドは肩をすくめた。

 実際、第一王女に対する彼の関心は薄い。

 王宮に来る前は多少の興味はあったと思うが、第二王女と出会ってからは、すっかり消えてしまった。「美しい王女殿下」、ただそれだけである。

 ジェイドの言葉に裏がないと察したのか、ルビーリリーも「ふうん」と納得して、それ以上は問わない。

「まあ、あの双子も気の毒ではあるかもしれないわ。あの三兄弟の父君――――上の叔父上は、武芸に優れているだけでなく、戦略や戦術、作戦立案にも秀でて、何度も国の危機を奇跡的な逆転勝利で救った、王国一の大将軍だもの。双子としては、その父の跡を継ぐのは自分だ、と憧れも気負いもあるし、周囲もそれを期待して、あの二人が多少喧嘩っ早くても『男子なら、武人の子ならこんなものだ』と大目に見ているし。その反動で、病弱で運動のできない長男は家督相続をあきらめているみたいだし。…………本当、お姉様が可哀そう」

「第一王女殿下は…………双子を?」

「口の悪さや乱暴な態度を『男らしい』『武人らしい』と勘違いして、お姉様にからんでいる奴らよ? お姉様はおとなしくて淑やかだから表には出さないけれど、内心では相当まいっているって、お姉様付きの侍女が話していたわ」

「国王陛下にはご相談できないのでしょうか?」

「すでに側仕えの侍女の数を倍に増やして、お姉様が一人にならないよう、用心しておられるわ。でも逆効果みたい」

 美しい王女との恋路を邪魔する者が現れた、と、かえってやる気になっているそうだ。

「やはり、病弱でも長男を選んだほうが」

「理屈ではそうでしょうけれど。長男は長男で、政治的な話題をふっても『私はどうせ長生きできないし、国王陛下の嫡子でもないので、実権はすべてパールローズ姫に渡します。私は姫と、短くとも穏やかな結婚生活を送れれば満足です。どうぞ、私のことは王太子の肩書を持った傀儡とお思いください』、なんて本気で言う男よ?」

「立場をわきまえた、ひかえめな申し出では?」

「お姉様と会っている間、ずっとお姉様を賛辞する自作の恋詩を披露しているそうよ。お姉様もうんざりされているの」

「それは…………感性豊かというか、ロマンチストな方ですね」

 ジェイドは表現を選んだ。

「ああ」と、ルビーリリーはため息をついた。

「とっとと決まってほしいわ。それで私は、いっそ気候のいい田舎にでも隠居して、自由気ままに暮らすの。王宮はうんざり」

「では、私の領に来ますか? ルビーリリー殿下」

「は?」

「我が領はご希望どおり田舎ですし、私も王太子に選ばれることはないでしょう。うってつけと思われるのですが」

「は…………な、なに言っているのよ! そんなの…………そんなの、そうよ、あなたの領は雪が大変って話じゃない! 知ってるわよ!!」

「冬は大変ですが、それ以外の季節は風光明媚で、王都の絶景にも劣らぬと自負しております。――――殿下は、私の領に来るのがお嫌ですか?」

 ちょっと急ぎすぎだ、と思ったがジェイドの口はとまらない。

 彼女の本心が知りたい。

 ジェイドの真剣なまなざしに、ルビーリリーも紅潮していた頬がもとの色に戻って、額に影が落ちる。

「…………私がどこに嫁ぐかは、お父様と大臣達が決めることよ。それに…………私と結婚したら、あなたが笑い者になるわ」

「何故?」

「決まっているじゃない! パールローズお姉様と比べて、なにもかも劣っているからよ!!」

 ルビーリリーの目尻に水分がにじむ。

「いつでもどこでも、美しいお姉様が場の中心。誰もがお姉様と話したがって、私にかまう人なんて、一人もいない! みんな、お姉様を褒めたたえて、私のことはおまけか影扱い。あの三兄弟に限らず、みんなそう! 私と結婚したがる男なんて、一人もいないわ!!」

「では、殿下が我が領に来ることを望む私は、この世に存在しない人間なのでしょうか?」

「そうではなくて…………!」

「私は、ルビーリリー殿下に私のもとに来てほしいと思います。それを嘘か冗談と思われるのは、素直に心外です」

「それは…………でも」

「それに、三兄弟はたしかにパールローズ殿下を優先されています。けれど、国王陛下はルビーリリー殿下もパールローズ殿下も分け隔てなく気にかけておいでですし、ルビーリリー殿下の侍女達も、殿下のために仕えています。その方々の気持ちまでお疑いになるのでしょうか」

「だとしても…………お母様は、お姉様だけがお好きだったわ」

 ルビーリリーは亡き王妃の名を出す。

「お母様は、いつもお姉様のことだけを気にかけ、大事にしていた。『次期王太子妃だから』と言っていたけれど、それだけとは思えない。私はきっと、お母様の子ではなかったのよ。あの双子も、そう言っているわ」

 ルビーリリーは自分の黒い髪を、悔しそうに一束にぎりしめた。

 ルビーリリーは黒髪だ。姉のパールローズは対照的な銀髪で、二人の親である国王は金髪、亡妃は銀髪だった。

 とはいえ国王夫妻の祖父母の代には、どちらにも黒髪の人物が存在するので、ルビーリリーはいわゆる『先祖返り』なのだろう。

 けれどそれを材料に、あの双子はルビーリリーを「パールローズは亡き王妃にそっくりだが、妹は国王夫妻のどちらにも似ていない」「とり違えられた子に違いない」と陰で噂しているし、それに同調する者達がいるのも事実だ。

 客観的に見て、ルビーリリーは顔のパーツの一つ一つを見れば、両親のどちらかに似ている。ただ全体としては均等にまじっているため、どちらかに似ているとも似ていないとも言いきれない、ある意味、絶妙なバランスになってしまっている。

 なまじパールローズが母親に生き写しのため、並ぶとその差異が目立つのだ。

「ルビーリリー殿下には、殿下だけの長所がたくさんあります。自信をお持ちください」

「ないわよ、そんなもの」

「字がおきれいではありませんか」

「そんなの」

「綴りも文法も完璧で、詩もよくご存じです。古語にも外国語にも礼儀作法にも通じておられ、ピアノもダンスも巧みで、歴史も一通りのことは学んでおられる。努力、自分の行動でどうにかなることは、すべてどうにかされています。これを長所と呼ばずに、なんと呼びましょう。あなたは間違いなく立派な王女です、ルビーリリー姫。自信をお持ちください」

「…………っ」

 ふたたびルビーリリーの頬が紅潮し、目尻に水分がにじんだ。

 ジェイドの本心だった。

 ルビーリリーと出会ってから、ジェイドは王宮中に大声で訴えたくてしかたがない。

 口さがない者達が「陰気だ」「強情だ」「可愛げがない」と噂する第二王女は、実はとても努力家で、人々が姉ばかり称賛する間も、陰で粘り強く努力を重ねてきた人柄なのだと。怒りっぽいのも、彼女の内に秘めた感情や生きる力の激しさのあらわれなのだと。

 彼女の影の努力を知っているから、侍女達も彼女に従うし、国王陛下だってパールローズ王女もルビーリリー王女も、同じように気にかけている。

「お前達の目は節穴だ」と、ジェイドは特にあの双子を殴ってやりたい。

 一方で、あの双子には絶対にルビーリリーの美点を教えたくない、知られたくないという、相反する気持ちも抱いている。

 ルビーリリーのいいところも悪いところも、ジェイド一人が知っておきたい。ジェイド一人の秘密にしておきたい。そういう感情があるのだ。

「…………どのみち、私の一存で決められる話ではないわ。私がどこで生きるかは、お父様がお決めになることよ。私やあなたが、どうこうできることではないわ」

「ルビーリリー殿下」

「もう、行って。さよなら」

 ルビーリリーは立ち上がり、ふりかえらずに茶話室を出て行った。



 数日後。

 ジェイドはふたたびお茶会に呼ばれた。

 今回の主催は国王。招待されたのはジェイドと例の三兄弟。

『こぢんまりした内輪のお茶会』と銘打ってはいるが実質、国王直々の『面接』だろう。

 三兄弟もそれを察して、それぞれが自分を売り込むのに必死だ。

 ジェイドが(この菓子はルビーリリーが好きそうだな)などと考えていると、いつの間にか話題は、我が国を狙う隣国との付き合い方について、となっていた。

 長男は、

「私は先が長くないので、パールローズ姫と大臣達にお任せします」

 と、いつもの調子。

 双子は初陣も経験していない内から、

「隣国の王がいかほどのものか! 私がパールローズ殿下と結婚して王になった暁には、即刻軍を出し、隣国を滅ぼしてみせます!」

 と、言い方は違えど内容に相違はない。

 国王が「戦費はどうする?」と問えば、

「去年、北の領地で大きな金山が発見されたと聞きました。その金を使えば問題ないでしょう」

 と、一応は提案しても見せる。

 ジェイドも「一応」という風に問われた。

「私は、戦争はお勧めできません。我が国は近年、不作がつづいており、王妃殿下が逝去された流行り病も、落ち着いたとはいえ、民の間ではまだ影響がつづいています。金は、民の救済や経済の発展に用いるべきかと」

「では、隣国との関係はどうする?」

 うーん、とジェイドは宙を見、話題を変えた。

「そういえば、今思い出したおとぎ話なのですが」

「うん?」

「ある強い王国に占領された、小国の話です。小国は当然、王国からの独立を望んでいますが、資金も人手もない。そこへ神が()()の恵みをほどこしたそうです」

「ほう?」

「小国は神の恵みによって国力を回復し、王国に反旗をひるがえして、他の小国もそれにつづき、王国はあちこちの国境に火種を抱える羽目となって、隣国との戦争どころではなくなったそうです」

 ただのおとぎ話ですが、とジェイドは付け加える。

「なるほど」と国王もうなずき、お茶会はお開きとなった。

 四人の若者が退室すると、宰相が国王の茶話室に入室してくる。

「穏やかなそうな顔に似合わず、なかなか油断ならない青年ですな。陛下が目をかける理由がわかります」

「そうであろう」

 国王はうなずいた。

 問題の隣国の周辺諸国に金をばらまき、各国に反乱を起こさせて、隣国がこちらへの侵攻どころではないように仕向ける。その間に、我が国は内政を整える。

 三兄弟より、よほど現実的な提案だ。

「惜しむらくは、相性だ。ジェイド卿が望むのはルビーリリーであろう」

 二人の仲が良好なのは、侍女達から報告をうけて知っている。

 双子は「俺達にかなわないと知って、ルビーリリーで妥協しようとしている」と陰口をたたくが、国王や大臣達にしてみれば、パールローズのあの美貌に動揺しない点も、ジェイドに対する高評価の一因だ。

「ルビーリリー殿下の件もいかがいたしますか? あの二人がよからぬ噂をひろめているのは調べがついておりますが…………」

「――――今は泳がせておけ。ルビーリリーには不憫だが、れっきとした王族であり、パールローズと結婚すれば自身の義妹となる人物の悪評をひろめた、という事実は、あの二人を選ばぬ理由になりえる」

「かしこまりました。…………となると本当に、ジェイド卿がパールローズ殿下を望んでくれれば、という話ですな。――――いっそ王太子をジェイド卿に、ルビーリリー殿下を王太子妃に据えてしまえば、いろいろ解決するのやもしれませぬが…………」

「王太子のほうはいい。適性を見るために自由にさせているとも気づかず、傍若無人にふるまう者どもだ。あの双子を()()させるのは難しくない。ただ、パールローズには特に瑕疵がない。問題のない姉をさしおいて妹を王太子妃に選べば『偏った寵』と疑われて、世間への示しがつかぬ。次期王妃ともなれば『王太子が愛しているから』だけで選ぶわけにはいかぬ」

 国王と宰相はそろってため息をつく。



 その後しばらく、国王は王宮を留守にする日がつづいた。

 数ヶ月をかけて、地方を視察してまわったのだ。

 帰還した王は血色が悪くなって口数も減り、娘達と顔を合わせる回数も減る。

「お父様は、そんなに具合が悪いの? パールローズお姉様のお顔も見たがらないなんて」

「実は…………陛下は地方視察の際、亡き王妃様の実家に滞在されまして。そこで王妃様由来の品々を目にし、王妃様の実家の方々からも王妃様の昔話をいくつもお聞きになったことで、王妃様を喪った心の痛手がぶり返されたようです。特に、パールローズ殿下の御姿を目にすると、王妃様のお顔を思い出されてつらいご様子で」

 宰相は気の毒そうに第二王女に説明する。

 とはいえ、だからといって国王は第一王女を放置したわけではなかった。

 しばらくすると、パールローズの側仕えの数が増やされた。

 侍女ではなく侍従だ。

 なにかとパールローズにつきまとう双子の粗っぽさは、若い侍女だけでは不安な時が増えてきたため、男の侍従もつけよう、という話になったのだ。

 国王が厳選した身元のたしかな若者が六名、日夜交代でパールローズの護衛につく。

 そしてこの護衛の一人とパールローズが恋仲となり、駆け落ちに至ったのは皮肉なことだった。

 世間には『第一王女は急な病により療養』と見せかけ、パールローズの失踪は国王と大臣一同、それから第二王女と夫候補のみに明かされて、秘密の追跡調査がはじまったが、進展は思わしくない。

 会議を重ねた末、第一王女パールローズは『病死』と発表され、次期王太子妃の座にはルビーリリーが、次期王太子の座にはジェイドが就くことが決定する。

 三兄弟の長男はともかく、双子とその母親は国王に抗議した。

 しかし双子がルビーリリーの悪評の原因であることは、とうに調べがついている。

「そなたらは、亡き王弟に比べて軽率がすぎる。そなたらの父はたしかに卓越した武人であったが、同時に高潔な騎士でもあった。兄である余は、そなたらの父が婦人を悪し様に罵るなど、見たことも聞いたこともない」

 真っ赤になってむっつりと黙り込んだ双子に代わり、彼らの母親が反論する。

 彼女は彼女で、息子が王になれば、国母として権勢をにぎることができたはずの女性だった。

 だが王の態度はゆらがない。

「そなたらはここ数カ月、王宮に入り浸ってパールローズに執着していたが、領内の統治はどうなっておるのだ? 例のパールローズの駆け落ちの件だが、調査の結果、二人は西の国境を越えたことが判明している。西の国境は、そなたらの領地の管轄。駆け落ちの件は極秘のため、この件でそなたらを処分することはできぬが、警備の不備については疑問を持たざるをえぬ」

 実際は、パールローズ達は国王と宰相のひそかな誘導によって西の国境へ導かれたのだが、それは双子やその母親は知る必要のない事実である。

 三兄弟とその母親は悔しそうに王宮を離れ、次期王太子妃の交代が発表されると、ルビーリリーの悪評もぴたりとやんで、彼女を悪し様に言っていた者達は一転、次期王太子妃に媚びるようになる。

 半月後。第一王女パールローズの葬儀がしめやかにとりおこなわれ、まだ若く美しかった王女の早すぎる死に、人々は涙を誘われた。

 翌年。

 国王の四人目の甥、ジェイド卿と第二王女ルビーリリーとの華燭の典が挙げられ、正式に王太子夫妻となる。

 ついでに虚偽や詐欺に関する刑法に多少の変更が加わり、王族を騙る行為に対して「悪質な場合は死罪」と明記された。



「ああもう、どうして愛されて育ったお姉様が、さらに愛する人と結婚して幸せに暮らして、おまけ扱いだった私が山のような仕事に囲まれているの!? 不公平じゃない!!」

 今日も執務室にルビーリリーの怒声が響く。

「おや」とジェイドは反論した。

「君は、愛する人と結婚できなかったのかい?」

「そ、それは」

「残念だ。私は世界一愛する女性と結婚して、こんなにも幸福だというのに。君にこの幸福をわけてあげることは、できないのか」

「な、世界、愛、あ、愛…………っ」

 真っ赤になってどもる妻に、ジェイドは言葉を重ねる。

「私は、君が好きだよ、ルビーリリー。君の字も、君の立ち居振る舞いも、それから忍耐強くて頑張り屋で努力家なところも、怒りっぽくてすぐ怒鳴って、でもけして自分の役目や責任を投げ出さないところも、みんな好きだし、尊いと思っている」

「な、な、な」

「君はどう?」

「へっ? わ、私?」

「やっぱり、自分を不幸だと思う?」

「そ、それは…………っ、ふ、不幸に決まっているでしょ! 毎日毎日、署名の連続で!!」

 ルビーリリーは怒鳴る。

 でも実は、彼女は理解してもいた。

 毎日毎日、山のように求められる、王女として王太子妃としての署名。

 それらは「署名すればいいだけ」の状態にまで整えられているのであり、その状態にまで整えたのは、文官と王太子ジェイドだ、と。

 ジェイドはルビーリリーに対し、いつも惜しみない努力と賛辞、それから愛情を捧げてくれる数少ない存在だった。

「…………不幸に決まっているわ」

 ルビーリリーは唇をとがらせ、ぽつり、と付け足す。

「でも、結婚前よりはうんとマシだわ。…………一人じゃないもの」

 立ちあがり、夫に人差し指を突きつけ宣言する。

「覚悟なさいよ! 私の不幸に、あなたも巻き込んでやるから!! あなたは美しい第一王女を逃して地味な第二王女と結婚した貧乏くじの男で、王太子の名のもとに一生、私の仕事を手伝うのよ!! それがあなたの不幸よ、ジェイド王太子!!」

「とってもすてきな不幸だね」

 真っ赤になってわめく新妻に、ジェイドは心からの笑顔を返した。

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― 新着の感想 ―
穿った見方かも知れないけど、パールローズに新たに付けられた侍従達は、予め恋仲になることを言い含められていたわけで、駆け落ち先まで細かに誘導されてたんだから、その実消息は筒抜けなわけで… 病死の体で公表…
うっかり死んだ筈の姉が帰らないか心配です。真実を知らないリリーが悩みそう 案外過保護の旦那様がサクッとヤルかなあ
とても微笑ましくて可愛いお話でした❣️
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