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エピローグ──満月の後日談

 胡葉が去った後の、何度目かの満月の夜。

 静かな夜だった。


 冷たい風が、少しだけ春の匂いを含んで頬を撫でる。

 屋上のフェンス越しに見える満月は、まるで銀の皿のように澄んでいて、そこに湯気がすっと溶けていった。


 啓介が淹れてくれたハーブティーだ。

 胡葉から教わった「続くこと」を意識した、シンプルで、優しく、温かいレシピ。


 璃子は、湯気を見つめながら静かに口を開いた。


「……ねえ、啓介」


 胡葉が去ってから、彼女の心に空いた穴はまだ埋まっていない。


「胡葉さん、本当に遠くに行っちゃったね」


 啓介は月を見つめている。

 彼の横顔は以前よりずっと穏やかで、しかし深みが増しているように見えた。


「そうだね。連絡先も変えちゃって」


 言葉自体は淡々としている。

 けれど、その奥にある想いを、璃子はちゃんと感じ取れた。


「私はね、あの人も本当は啓介のことを気に入っていて近くにいたかったんだと思うの。

 だって、あんなに啓介のことを理解してる人、ほかにいないよ。

 ……いてくれた方が良かったんだけどな」


 璃子の声には、胡葉への感謝と、別れを惜しむ気持ちが混ざっていた。

 胡葉が自分を庇い、救ってくれたことへの恩義は、璃子の心に深く刻まれている。


 璃子の方へ、ゆっくりと向けたその瞳は、何かを見透かすように静かだった。


「あの人はね、僕の近くにいたい(・・・・・・・・)という訳ではなかったと思うよ」


「え? そ、そんなことないよ! だって……いい男だって言ってたじゃない。

それに、啓介に……恋を理解させるくらい、特別だったのに」


 啓介は、微かに微笑んだ。

 それは、昔の無邪気な笑顔ではなく、愛のシステムを学び始めた男の、少し大人びた微笑みだった。


「特別だったのは、間違いないだろうなぁ。でも違うんだよ。

 あの人は僕たちのために、“価値創世“の道を残してくれたんだよ」


「……また難しいこと言い出した……」


 璃子は唇をとがらせたが、啓介の目は、もう逃げない。

 その視線の強さに、胸がざわついた。


「それより璃子。……気づいてないんだね」


「え、な、なにを?」


 璃子は、啓介の真剣な眼差しに、自分の心臓がドキリと鳴るのを感じた。

 啓介は、まるで手のひらで子猫を転がすかのように、意地悪そうに目を細めた。


「えー、僕でもわかったのに、璃子にはわかんないんだぁ」


「ちょっと! どういう意味よ!」


 思わず啓介の腕を叩く。

 その仕草が、かえって啓介の笑みを深くしてしまう。


「ダメだよ、教えない」


「……はあ!? なんでよ!」


「だって──これは考えて到達しないといけない事だから」


 その言葉で、璃子の心臓が跳ねた。

 以前の啓介なら、人の想いについては深く考えることはなかった。

 でも今は違う。

 璃子は怒ったふりをしながら、どこか少しだけ胸があたたかかった。


「……ずるい男になったね、啓介」


「胡葉さんが育ててくれましたから」


 ふと風が吹いて桜の香りがする。

 啓介が空を見上げて、誰にともなく呟いた。

「……見てるかな」

「え?」

「ううん、なんでもない、月が綺麗だなって」


 満月が二人の影を長く伸ばす。

 璃子の影は、自然と啓介の影へ寄り添い、重なっていく。


 胡葉がその身を削って繋いだ愛の炎は──

 確かに今、二人の未来を照らし始めていた。


(終)

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