最後通牒
アナスル連合国は、その強大過ぎる力故に、厳格な原則を自らに課していた。
原則として、他国の内政には一切干渉しない。
その例外は、ただ二つ。
連合国が崇拝する象徴、太郎自身の明確な意志が示された時。そして、旧世界の枠組みからこぼれ落ちた「弱き者」から、救済を求める直接の要請があった時。
だが、連合国は世界に通達してはいた。
いかなる権力闘争も、利権を巡る内戦も、それは旧世界の悪習として黙認する、と。
しかし、その争いの過程において、武器を持たぬ民を盾にし、虐げ、その命を意図的に利用することは、世界の秩序に対する「挑戦」とみなす、と。
そして今、最悪の事態が起きた。
あろうことか、戦火の只中にいる一人の少女の叫びが、あらゆる国境と検閲をすり抜け、象徴たる太郎その人の耳に届いてしまった。
ミハドからの「主がお立ちになられた」という一報は、シュナイハにとっては、世界の終わりを告げる鐘の音にも等しかった。
その通達は、衛星回線を焼き切らんばかりの優先度で、小国――ナザール共和国で泥沼の内戦を続ける、対立する双方の武装組織リーダーの元へと、同時に叩きつけられた。
「聞け、旧世界の愚者どもよ」
シュナイハの静かで、しかし老齢のそれとは思えぬほどの圧力を帯びた声が、両陣営の司令部を震わせた。
「我が主、太郎閣下が、お立ちになられた。
貴様らの蛮行が、閣下の御耳に入った」
それは、どちらか一方に肩入れする通告ではなかった。双方を等しく断罪する、死刑宣告の序曲だった。
「理解せよ。閣下が動いた、ただそれだけの事実が、何を意味するかを。
それは、アナスル連合国、その軍事力、その経済力、否――我らが神と崇める閣下のために死ぬことを至上の喜びとする、世界の三分の一の国民の『総意』が、今、貴様らに向けられたということだ。
我ら連合軍の全勢力は、ただ一つの目的のために起動した。すなわち、閣下の望みを叶えるため。その障害となる、あらゆるものを地上から消し去るために」
ナザール共和国のリーダーたちは、受話器の向こうで凍りついていた。
「命、というよりも、貴様らがこの世に生きた証そのものを残したいのであれば、道は一つしか無い。
直ちに、全ての戦闘行為を停止せよ。
テレビに映った少女、その家族、そして貴様らが虐げている全ての人々を、指一本触れずに解放し、最寄りのアナスル連合加盟国の大使館へ引き渡せ。
その後、貴様ら双方が、全世界に向けてこの愚かな争いを永久に放棄し、二度と弱き民を苦しめぬと誓うのであれば。
今回だけは、閣下のお慈悲により、貴様らに『許し』を与えよう」
シュナイハは、そこで一度、言葉を切った。
その沈黙は、真空よりも重かった。
「もし、この意味が理解できぬか、あるいは実行が僅かでも遅れるのであれば。
案ずるな。
我らは、閣下がその汚れた地を踏まれるよりも先に、必ず貴様らの国を更地にする。
閣下のお心を乱した悪意、その痕跡の一片たりとも、閣下の御目に触れさせぬために。
我らは、その地ごと、貴様らの存在を歴史から『掃除』する」




