少女の叫び
陽光はとうに傾き、畳の上には冷たい影が伸びていた。
居間には、旧式の薄型テレビが映すニュースの音声だけが、虚ろに響いていた。
太郎は、壁に背を預け、ただ無為にその画面を眺めていた。
世界がどう動こうと、この極東の島国で彼が送る日常には、何の影響も及ぼさないかのように。
報道は、アナスル連合国の強大な庇護が及ばぬ、旧世界の地図に辛うじて残る小国の内戦を伝えていた。
飢餓、略奪、そして無秩序な殺戮。
それは、太郎がかつて根絶したはずの、旧い世界の病巣だった。
その時、カメラが、瓦礫の山に寄りかかる一人の少女を捉えた。
年は十にも満たないだろうか。
煤と泥に汚れ、髪は焼け焦げ、その瞳は恐怖と渇きで白く濁りかけていた。国際機関のレポーターが、マイクを向けている。
少女は、何かを諦めたように唇を震わせた。
だが、次の瞬間、まるでこの世の最後に掴む藁であるかのように、カメラのレンズを、その奥にあるはずの「世界」を、睨みつけた。
「……◯◯」
少女が口にした名は、この国では誰も知らぬ、太郎の真の名。
彼がアフリカの大地で蜂起した時に名乗っていた、伝説の、そして今は固く封印されたはずの呼び名だった。
「もし、本当に生きているのなら……」
少女のか細い声が、テレビのスピーカーを通して、静かな和室に響き渡る。
「家族が……捕まった。今夜、殺される。……お願い……もし、本当に、貴方が弱き者の英雄だというのなら……助けて」
声は、嗚咽に変わった。
画面は、無情にも次のニュースヘッドラインへと切り替わる。
太郎は、動かなかった。
ただ、その片目だけが、暗転したテレビ画面に映る自らの不格格好な姿を、じっと見つめていた。
一秒。二秒。
永遠とも思える静寂の後。
ギシリ、と床が軋んだ。
太郎は、壁に預けていた背中を起こし、義足の右足にゆっくりと、しかし確実な意志をもって体重をかけた。
彼は、おもむろに立ち上がった。
その動作には、庭の雑草を抜く時の、あの不器用な躊躇は微塵もなかった。
その気配だけで、全てを察する男がいた。
部屋の隅、闇に溶け込んでいたミハドが、音もなく一歩踏み出した。その手には既に通信端末が握られている。
彼は、主人の許可を仰ぐでもなく、ただ冷徹な指先で操作し、回線を開いた。
「……シュナイハか。私だ」
その声は、これから起きるであろう世界の激動を予感させ、低く、重く、響いた。
「――主が、お立ちになられた」




