表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/29

少女の叫び

陽光はとうに傾き、畳の上には冷たい影が伸びていた。

居間には、旧式の薄型テレビが映すニュースの音声だけが、虚ろに響いていた。

太郎は、壁に背を預け、ただ無為にその画面を眺めていた。

世界がどう動こうと、この極東の島国で彼が送る日常には、何の影響も及ぼさないかのように。

報道は、アナスル連合国の強大な庇護が及ばぬ、旧世界の地図に辛うじて残る小国の内戦を伝えていた。

飢餓、略奪、そして無秩序な殺戮。

それは、太郎がかつて根絶したはずの、旧い世界の病巣だった。

その時、カメラが、瓦礫の山に寄りかかる一人の少女を捉えた。

年は十にも満たないだろうか。

煤と泥に汚れ、髪は焼け焦げ、その瞳は恐怖と渇きで白く濁りかけていた。国際機関のレポーターが、マイクを向けている。

少女は、何かを諦めたように唇を震わせた。

だが、次の瞬間、まるでこの世の最後に掴む藁であるかのように、カメラのレンズを、その奥にあるはずの「世界」を、睨みつけた。

「……◯◯」

少女が口にした名は、この国では誰も知らぬ、太郎の真の名。

彼がアフリカの大地で蜂起した時に名乗っていた、伝説の、そして今は固く封印されたはずの呼び名だった。

「もし、本当に生きているのなら……」

少女のか細い声が、テレビのスピーカーを通して、静かな和室に響き渡る。

「家族が……捕まった。今夜、殺される。……お願い……もし、本当に、貴方が弱き者の英雄だというのなら……助けて」

声は、嗚咽に変わった。

画面は、無情にも次のニュースヘッドラインへと切り替わる。

太郎は、動かなかった。

ただ、その片目だけが、暗転したテレビ画面に映る自らの不格格好な姿を、じっと見つめていた。

一秒。二秒。

永遠とも思える静寂の後。

ギシリ、と床が軋んだ。

太郎は、壁に預けていた背中を起こし、義足の右足にゆっくりと、しかし確実な意志をもって体重をかけた。

彼は、おもむろに立ち上がった。

その動作には、庭の雑草を抜く時の、あの不器用な躊躇は微塵もなかった。

その気配だけで、全てを察する男がいた。

部屋の隅、闇に溶け込んでいたミハドが、音もなく一歩踏み出した。その手には既に通信端末が握られている。

彼は、主人の許可を仰ぐでもなく、ただ冷徹な指先で操作し、回線を開いた。

「……シュナイハか。私だ」

その声は、これから起きるであろう世界の激動を予感させ、低く、重く、響いた。

「――主が、お立ちになられた」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ