英雄の責務、凡人の感謝
国民の熱狂と涙を受け止めた式典は終わり、陽は西に傾いていた。
太郎は、宮殿の奥に用意された、彼のためだけの居室で、義足を外し、深いソファに身体を沈めていた。
そこには、玉座に座る「神」ではなく、一日の責務を終え、疲労を浮かべた「男」の姿があった。
静かなノックの後、重い扉が開かれた。
ミハドに導かれ、入ってきたのは、彼の「家族」だった。
太郎が生涯で愛した女性は、八人。
そのうち、戦火や病で失った二人を除く、六人の「妻」たち。エイミーも、その中にいた。
そして、その妻たちとの間に設けた、十二人の「実子」たち。
彼らは皆、とうに成人し、父の血と、母たちの聡明さを受け継ぎ、今やアナスル連合国の最も重要な役割――軍事、経済、内政、諜報、そして「子供たち」の教育――を担う、国家の柱そのものとなっていた。
彼らは、父であり、夫である男の前に、一列に並んだ。
その顔には、日夜国を背負う者としての緊張と、英雄の妻として、英雄の子供として、決して恥ずしくない様に、と常に気を張って生きてきた者だけが持つ、誇りと厳しさが刻まれていた。
だが、その瞳の奥には、ただひたすらに、父の安否を気遣う、家族としての深い愛情が揺らめいていた。
太郎は、ソファに身を預けたまま、その一人一人の顔を、ゆっくりと見渡した。
自分が「自由」を求めて日本に隠遁している間、この重すぎる「責務」を、全て彼らに押し付けているという事実。
その負い目が、彼の片目を、微かに伏せさせた。
やがて、彼は、静かな、しかし、居室にいる全ての者の心に染み渡る声で、言った。
「いつも、ありがとう」
その一言を聞いた瞬間。
鉄の女エイミーも、最強の将軍となった息子も、国家の中枢を担う娘も、張り詰めていた糸が切れたかのように、その厳しい顔を、ほんの少しだけ、緩ませた。
彼らにとって、その一言こそが、全ての苦労に報いる、最大の報酬だった。




