表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
26/29

総理の諦念

太郎が日本から「いなく」なった日。

総理大臣官邸の執務室は、奇妙な静けさと、張り詰めた緊張感に包まれていた。

総理大臣は、アナスル連合国の建国記念日の中継映像が消えたモニターを、苦々しい表情で見つめていた。

もし、仮に。

あの男が、式典が終わった後も、アナスル連合国に留まる事を決めればどうなるか。

日本政府としては、いつ爆発するか分からない「厄介事の種」が、ようやく消えることになる。常に彼の国の顔色を窺い、国民の愚行に怯える日々が終わる。

だが、その一方で。

日本が今享受している莫大な経済的恩恵の全てが断ち切られ、想像を絶する損失を被ることは、火を見るより明らかだった。

もちろん、日本に、太郎の意思決定を左右する権限も権利も、何一つない。

ましてや、日本はそもそも、太郎という存在に対する一切の干渉を認められていなかった。

総理は深く椅子に身を沈めた。

そもそも、あの男がこの国に住み始めてから、日本の「完全なる自治」は失われたのではないか? 我々は、常に崩壊の危機――あの大国の逆鱗に触れるという危機に晒されてきたのではないか?

だが、一方で。

我が国は、破格の享受も得た。今や、日本に悪意を持って干渉しようとする国は皆無となった。国内も、あの「護衛部隊」の暗躍の結果か、異様なまでに穏やかになった。そして何より、未曾有の好景気を得た。

「うむむ……」

どちらに転んでも、茨の道。

思わず、低い唸り声が総理の口から漏れた。

「どうされましたか?」

控えていた秘書官が、その声を聞き咎め、思わず尋ねた。

「いや、何でもない」

総理は、顔の皺を一層深くして、内心の葛藤を押し隠した。

「それより、アナスル連合国の建国記念日への祝辞は、間違いなく届いているかね?」

「もちろんです」

秘書官は、完璧な事務口調で答えた。

「先方からも、丁寧な謝辞が届いております。……また、閣下が『ご帰還』される際の手筈も、前回同様、万全に整えております」

「ご帰還」。その言葉の響きに、総理は微かに眉を寄せた。

「わかった。……下がっていい」

秘書官が音もなく退出すると、執務室に再び重い沈黙が戻った。

総理大臣は、天井を仰いだ。

なるようにしかならないな。

彼は、そう諦めた。

どうしようもないのだから、と。

一国の宰相でありながら、その国の運命が、遠い国にいる一人の男の「自由」という気まぐしれに、完全に握られている。その途方もない無力感を、彼は噛み締めるしかなかった

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ