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拳と涙

建国記念日。

アナスル連合国において、一年で最も尊く、神聖な日。

その当日、太郎は、国民の前にその姿を現した。

彼が乗った専用機が首都の空港に着陸するやいなや、タラップの下には、到着を待ち焦がれていたシュナイハが、正装に身を包んで立っていた。

二人は、固い握手を交わした。太郎の指の欠けた左手と、シュナイハの老いた皺深い手が、一瞬、固く結ばれた。

そこから、宮殿までの道程は、全てがパレードのためにあった。沿道は、この日のために世界中から集まった国民で埋め尽くされていたが、歓声はなかった。ただ、無数の瞳が、熱狂と崇拝を込めて、ゆっくりと進む車列を見つめていた。

宮殿の広場に、太郎は立った。

そして、玉座の間へ通される。そこには、黄金でも宝石でもなく、かつて彼が蜂起したアフリカの大地から切り出された、古びた岩を削っただけの玉座があった。

それは、太郎しか座る事が許されない玉座だった。

太郎が、その玉座に、義足を引いてゆっくりと腰を下ろす。

その前には、シュナイハを筆頭としたアナスル連合国の全ての首脳、全ての将軍が、軍服や民族衣装の区別なく、等しく膝を折り、頭を垂れていた。

その神聖なる光景を、国営放送の無数のカメラの砲列が、息を殺して捉えていた。

宮殿の周りは、太郎の姿を、その影だけでも直に見たいと願う国民で、地平線の果てまで溢れかえっていた。

だが、異常なまでに、静かであった。

何百万、何千万という群衆が、ただそこに存在しているだけ。

なぜなら、国民は知っていたからだ。

彼らの英雄が、無秩序な狂乱を望まぬことを。

そして、国民は知っていた。

彼らの英雄が、その静かな期待を、決して裏切らぬことを。

街中に設置された、ありとあらゆるモニターに、玉座に座る太郎の姿が映し出されていた。

凛として、それでいて、その片目はどこか捉えようのない遠くを見つめて佇んでいる。

その姿を目にした国民は、一人、また一人と、声を殺してすすり泣いた。

この方に守られて、我々の今日の平和があるのだ、と。

そして、この方を守る為に、我々は生きているのだ、と。

かつて、彼らの父や祖父が、あるいは彼ら自身が、拳を突き上げ、あの死の砂漠を走り抜けた。

その始まりの時を、その原初の覚悟を忘れぬために。

その日、その時刻。

首都の広場も、遠い大陸の農村も、海を隔てた工場も、全ての国民が、一斉に、その右手の拳を、天に向かって静かに突き上げた。

そして、彼らは英雄の為に涙した。

その涙だけが、この異形の国家の、唯一にして絶対の真実だった。

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