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生ける神の礎

アナスル連合国では、太陽が昇ると、人々は一斉に活動を始める。

彼らが一日の最初に捧げるのは、労働への宣誓ではない。

遥か東の島国で暮らす、傷付いた英雄への感謝の祈りである。

彼らは、その感謝を胸に、日中は懸命に自らの役割を果たして働く。そして陽が沈み、空が暗くなれば、家族と共に食卓を囲み、穏やかに身体を休める。

眠りにつく前、彼らが願うことはただ一つ。

筆舌に尽くしがたい苦しみを経て平和を勝ち取った、我らが太郎閣下の安静が、今日一日も守られたことを。そして明日もまた、守られることを。

アナスル国民は、その平和の成り立ちを、決して忘れない。

親から子へ、そしてその親はまた、自らの親から。村の長老から。そして今や、この国の学校で子供たちが一番最初に教えられるのは、退屈な算術や文法ではない。

今日の自分たちの「日常」が、どのような犠牲の上に築かれたのか。その礎たる太郎の戦いと、解放の歴史である。

故に、アナスル連合国に「犯罪」は皆無であった。

それは、厳しい法律や監視社会が人々を縛り付けているからではない。

人々は、太郎への絶対的な感謝を胸に生きている。その感謝が、彼らの道徳律そのものだった。

他人の物を盗むことは、太郎の苦しみを裏切ることであり、他人を傷付けることは、太郎が守ろうとした命を蔑ろにすることである。

彼らは、互いに助け合い、誇りを持って生きることを、最高の「是」としていた。

物を多く持つ者は、物を持たぬ者を助ける。

力を多く持つ者は、力を持たぬ者を助ける。

持ちつ、持たれつ。

そこには、旧世界のような身分も、貧富の格差も存在しない。ただ、自分に与えられた役割を一生懸命に全うし、日々、太郎への感謝と祈りを捧げるという「日常」だけがあった。

そして、この異形の国家において、警察及び軍隊は、決して市民を取り締まるためには機能しなかった。

彼らの役割は、ただ「守る」こと。

この善意だけで構成された国民に、万が一、外部からの悪意が及んだその時に。

その悪意ある行いが、どれほど愚かで、どれほど無謀な自殺行為であったかを、世界に知らしめるためにのみ、彼らは存在していた。

良い意味でも、そして悪い意味でも。

アナスル連合国という、あまりにも一元的な価値観で統治された巨人にとって、太郎は何よりも尊く、何よりも愛すべき、まさに生ける「神」として機能していた。

そして今、そのアナスル連合国の一年で最も神聖な日――建国記念日が、近付いていた。

それは、国民の前に、太郎が唯一、その姿を現す日。

世界の三分の一を占める国民の全てが、その瞬間を、熱狂と信仰と共に心待ちにしていた。

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