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愚者の「亡命」

シュナイハが去った翌日の昼下がり。

太郎が、何気なしにテレビを見ていると、緊迫した中継映像が画面を占拠した。

遠く離れた地方都市。そこには、動物の絵が描かれた黄色い幼稚園バスが、おびただしい数のパトカーに包囲されていた。

テロップが、事態の異常さを伝える。『40代後半の男、猟銃と鉈を手にバスを乗っ取り、登園中の幼児らと共に立て籠もり』。

太郎は、その画面を、ただじっと見つめていた。

その片目には、怒りも悲しみも浮かんでいない。ただ、深い、底知れぬ憂いを帯びた瞳があった。

その視線が、犯人でも、警察でもなく、バスの中で見えざる恐怖に晒されているであろう「子供たち」にだけ注がれていることを、背後に控えるミハドは、正確に汲み取っていた。

犯人の要求は、間もなく報道された。

金。指定口座に百億円を振り込むこと。

そして、逃走手段の確保と、日本警察の手が届かぬ国への亡命だという。

現地警察の指揮本部は、その馬鹿げた要求を、最初から意に介していなかった。人質は、いつ泣き出して犯人を刺激するかも分からない幼児たちだ。

彼らは、機動隊による強行突入計画で、この事態を強引に打破しようと考えていた。

だが、その突入が決行される、まさにその寸前。

現場指揮官の耳に、警察上層部――否、日本政府そのものから、絶対的な「待った」が掛かった。

現地の困惑をよそに、現場指揮権は、即座に剥奪された。

代わりに、数台の黒いワゴンで乗り付けたのは、見た目は覆面で分からないが、まるで隙のない、一般的な日本人の背格好で自然な日本語を話しているが、なぜだかその纏う張り詰めた空気がそう思わせない、「日本人」の様な「謎の部隊」だった。

彼らの行動は、常軌を逸していた。

彼らは、犯人の要求を、瞬く間に全て叶えた。

指定口座には、国際送金ルートを経由して、即座に百億円が振り込まれ、空港にはチャーター機が用意された。

あろうことか、彼らは、犯人の「護衛」まで買って出た。

武装した部隊員が、犯人の安全を確保するという名目で幼稚園バスに近付き、興奮する犯人をバスから引き離し、待機させた車でチャーター機へと乗せた。

犯人は、自らの幸運と、日本警察の弱腰を嘲笑いながら、悠々と第三国へと「亡命」していった。

機影が、日本の空から消えていく。

そこに、もはや日本警察権力の力は及ばない。

が、その空の先で、もっと恐ろしい力が、大きく口を開けて待っているとも知らずに。

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