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長老の涙

その日、太郎の家の前に停まったのは、ミハドが用意する車とは明らかに異なる、重厚な防弾仕様の黒塗りのリムジンだった。

音もなく開かれたドアから現れたのは、質素な民族衣装に身を包んだ、小柄な老人。

シュナイハだった。

アナスル連合国の全てを裏から束ねる長老が、ミハド一人の護衛も伴わず、ただ一人でその門をくぐった。

彼は、縁側でいつものように虚空を見つめている太郎の姿を認めた。

その瞬間、この世界の三分の一の頂点に立つ男の威厳は、全て消え去った。

シュナイハは、太郎より明らかに年輩であった。だが、彼の心に宿る敬愛、畏敬、そして崇拝の念は、他の誰よりも強かった。

彼は、砂利を踏みしめ、太郎の前まで進むと、何のためらいもなく、その両膝を地面についた。

そして、床に額を擦り付けるように深々と頭を垂れると、そのまま太郎の義足ではない、生身の左膝に、老いた両手ですがりついた。

「閣下……!おお、我が主……!」

その肩が、激しく震え始めた。

やがて、抑えきれない嗚咽が漏れ、シュナイハは、まるで迷子になった子供のように泣き崩れた。

彼には、理解ができなかった。

なぜ。

なぜ、あの地獄を生き抜き、筆舌に尽くしがたい苦しみと、常人であれば一瞬で発狂するほどの痛みを乗り越え、我ら全てを救ってくださったこの救世主が。

今、このような極東の僻地で、古びた家に住まい、不便極まりない生活をせねばならぬのか。

「お戻りください、閣下……。どうか、祖国へ……。貴方様には、全てが用意されております。これ以上、このような……」

シュナイハは、この状況の全てを、己の力不足のせいだと考えていた。

自分がもっと完璧な世界を構築していれば、主がこのような「隠遁」を選ぶ必要はなかったのではないか。主の御心を、何かが乱しているのではないか。その罪悪感が、彼を苛んでいた。

太郎は、泣きじゃくる老人の、その白髪に覆われた頭を、ただ黙って見下ろしていた。

やがて彼は、指の欠けた左手を、ゆっくりと伸ばした。

そして、まるで幼子をあやすかのように、その震える頭を、優しく、ゆっくりと撫でた。

「気にするな、シュナイハ」

その声は、静かで、変わらず何の感情も乗っていなかった。

だが、その言葉だけが、この老いた長老の魂を、唯一繋ぎ止めることができる。

「俺の、自由だ」

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