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砕かれた万華鏡 ~魔法都市の娘が見た五年~

序章:魔法都市の黄昏


私の名前はエリアーヌ・メイフィールド。魔法研究の粋を集めて作られた、世界で最も美しい都市、パンドーラ魔法王国の首都アヴァロンで生まれ育った。今年で二十二歳。王立魔法アカデミーで、古代文明の魔道具工学を専攻している。


帝国暦853年の春。アヴァロンは、いつものように平穏で、知的な空気に満ちていた。街路樹は魔法によって季節を問わず青々と茂り、水晶でできた街灯が夜には虹色の光を放つ。アカデミーでは、友人たちと古代のゴーレムの動力源について、夜が更けるまで議論を交わす。それが私の日常であり、魔法は人々を幸福にし、世界を進歩させるための素晴らしい力だと、心の底から信じていた。


しかし、その頃から、私たちの平和な日常に不協和音が混じり始めた。西の大国、ヴァルキア神聖帝国との関係悪化を伝えるニュースが、連日魔法水晶マジック・クリスタルに映し出されるようになったのだ。曰く、帝国は自らの軍事力を背景に、我が国の魔法技術を不当に制限しようとしている、と。曰く、彼らは魔法を神への冒涜と断じ、我々の文化そのものを否定している、と。


アカデミーの雰囲気も、日増しに好戦的なものへと変わっていった。優秀な学生たちは、こぞって攻撃魔法の研究部門へと移籍し、「帝国の横暴に我々の魔法の力を見せつけるべきだ」と息巻いた。私は、そんな彼らの熱狂から、少し距離を置いていた。魔法は、人を傷つけるためにあるのではない。それが、私の信念だったからだ。


私の父は、王国でも高名な魔法研究者だった。書斎にこもった父は、最近、帝国の脅威と、それに対抗するための魔法の必要性を熱心に語るようになった。

「エリアーヌ、これは聖戦だ。魔法の自由と、我々の未来を守るための戦いなのだ。帝国は、力こそが正義だと信じる、時代遅れの野蛮人の集まりに過ぎん」

二歳年上の兄、レオンも、アカデミーを首席で卒業したエリート魔道士として、父の言葉に強く頷いていた。

「父さんの言う通りだ。僕も、魔道士として国のために戦う。帝国の圧政に苦しむ人々を解放し、真の平和をもたらすために」


彼らが語る大義は、あまりにも輝かしく、そして絶対的だった。私一人が抱く漠然とした不安など、その輝きの中では、取るに足らない感傷に思えた。


そして、運命の日が訪れる。王国議会は、ヴァルキア神聖帝国に対する「自衛戦争」の開始を宣言した。アヴァロンの広場は、熱狂的な歓声で埋め尽くされた。人々は、我が国が誇る七人の「国家戦略級魔道士」の存在を信じ、勝利を疑っていなかった。


数日後、兄のレオンが出征した。軍服に身を包んだ兄は、いつもよりずっと大人びて見えた。

「エリアーヌ、心配するな。すぐに終わるさ。僕たちの魔法があれば、帝国の鉄の塊など敵ではない。留守の間、父さんと母さんを頼む」

そう言って笑う兄の瞳の奥に、一瞬だけ不安の色がよぎったのを、私は見逃さなかった。


遠ざかっていく兄の背中を見送りながら、私は祈った。どうか、誰も傷つけることなく、そして傷つけられることなく、無事に帰ってきてほしい、と。魔法都市アヴァロンに落ち始めた黄昏の影の中で、私の非力な祈りは、あまりにも虚しく響いていた。


第一章:大義という名の熱病


開戦当初、アヴァロンに届いたのは、意外にも苦戦を伝える報せだった。帝国の組織的な軍事行動は、我々が想定していた以上に手強く、前線の魔道士たちは大きな損害を受けたという。街を包んだ熱狂は、一転して不安と焦りに変わった。


しかし、その空気も長くは続かなかった。王国が切り札である「国家戦略級魔道士」たちを本格的に前線へ投入すると、戦況は劇的に好転した。新聞の一面には「『灼熱の魔女』、帝国一個師団を灰燼に帰す!」「『嵐を呼ぶ者』、敵の補給路を完全に遮断!」といった勇ましい見出しが躍り、人々は再び勝利の熱病に浮かされた。


私のアカデミーも、完全に戦時体制へと移行した。平和な探求の場は失われ、全ての研究は軍事目的へと振り向けられた。私も、魔道具工学の知識を買われ、新型の魔法爆弾の信管設計チームに組み込まれることになった。


「エリアーヌ、これは名誉なことだ。君の才能が、国を救うのだぞ」

指導教官は、そう言って私の肩を叩いた。だが、私の心は鉛のように重かった。私の知識が、私の設計図が、遠い戦場で名前も知らない誰かの命を奪う。その事実が、耐えられなかった。設計室の机に向かいながら、私の手は何度も震えた。これは、聖戦などではない。ただの、効率的な人殺しのための研究だ。


兄のレオンからは、定期的に手紙が届いた。最初の頃は、国家戦略級魔道士の圧倒的な力への賛美と、自らの武功を誇る内容が多かった。


『…先日も、「嵐を呼ぶ者」様の魔法支援を受け、帝国軍の砦を一つ陥落させた。僕も、敵の騎士を数人倒したよ。僕たちの魔法は、やはり世界で最も優れた力だ…』


しかし、戦争が一年を過ぎる頃から、その文面には明らかな変化が見え始めた。短い文章の中に、言いようのない疲弊と、何かを恐れるような響きが混じるようになったのだ。


『…今日も多くの仲間が死んだ。帝国兵は、まるで無限に湧いてくるようだ。彼らの剣は、魔法の詠唱が終わる前に僕たちの喉を切り裂く。ここには、英雄も、悪党もいない。ただ、死にたくないと願う人間がいるだけだ…』


その手紙を読んだ夜、私は設計室で、書きかけの魔法爆弾の設計図を破り捨てたい衝動に駆られた。私が作っているこの兵器が、兄のような若者を、さらに深い地獄へと追いやっているのではないか。大義という熱病の中で、私たちは、何かとても大切なものを見失っているのではないか。そんな疑念が、私の心の中で、日に日に大きくなっていくのだった。


第二章:砕かれたプリズム


戦争は二年目に入り、終わりが見えない消耗戦の様相を呈していた。首都アヴァロンの生活も、目に見えて厳しくなってきた。食料はもちろん、魔法の触媒となる鉱石や植物も軍事優先となり、市民の生活に回ってくる配給は日に日に乏しくなっていく。かつて虹色に輝いていた街灯も、エネルギー節約のためにその輝きを失い、街は薄暗い影に沈んでいた。


そして何より、戦争の現実を我々に突きつけたのは、前線から送還されてくる負傷兵たちの姿だった。中央駅に到着する列車からは、担架で運ばれる者、治癒魔法でも元に戻らない腕や足を失った者たちが、次々と降りてくる。彼らが語る前線の話は、新聞が報じる華々しい戦果とはあまりにもかけ離れていた。


特に、兵士たちが皆、恐怖に顔を歪めて口にする存在があった。「白銀の悪魔」と呼ばれる、帝国の騎士。神がかり的な剣技で魔法障壁を切り裂き、単騎で魔道士部隊を壊滅させるという。その騎士の前では、我々が誇る魔法は赤子の手をひねるように無力化されてしまうのだ、と。


「あれは、人間じゃない。復讐の女神が遣わした、死神そのものだ…」

片腕を失った若い魔道士が、虚ろな目でそう呟くのを聞いた時、私は全身に鳥肌が立った。帝国にも、我々と同じように、守るべきもののために戦う、強い人間がいるのだ。私たちが「野蛮人」と見下していた彼らもまた、必死に生きているのだ。その当たり前の事実に、私は今更ながら気づかされた。私たちの見ていた世界は、なんと一面的なものだったのだろう。まるで、光を一面からしか通さない、歪んだプリズムのようだった。


その年の秋、兄のレオンが、背中に深い傷を負って一時帰還した。治癒魔法で命は取り留めたものの、彼の心は、戦場の恐怖によって深く傷ついていた。昔の快活な面影はなく、些細な物音にも怯え、夜中に悪夢を見ては叫び声を上げるようになった。


ある夜、二人きりになった時、兄はぽつりぽつりと、前線の真実を語ってくれた。

「エリアーヌ…俺は、多くの人を殺した。帝国兵だけじゃない。抵抗した村の、女や子供も…。上官の命令だったんだ。でも、あの子供の目が、忘れられない…」

兄は、子供のように泣きじゃくった。

「俺たちがやっていることは、本当に正しいことなのか?帝国の圧政からの解放?嘘だ。俺たちはただ、土地を奪い、人を殺しているだけじゃないのか…『白銀の悪魔』に会った時、俺は死を覚悟した。だが、あいつは、俺にとどめを刺さなかった。ただ、冷たい目で俺を一瞥して、去って行ったんだ。まるで、虫けらを見るような目で…。あの時、分かったんだ。あいつにとって、俺たちは、斬る価値もないほどの存在だったんだって…」


兄の告白は、私の心を打ち砕いた。信じていた大義は、完全に色褪せてしまった。


その一方で、国は、「灼熱の魔女」様や「嵐を呼ぶ者」様といった国家戦略級魔道士たちを、ますます神格化していった。彼らの肖像画が街に溢れ、その圧倒的な破壊力は「神の御業」として讃えられた。しかし、私にはもう、その力がただの暴力にしか見えなかった。一つの魔法で、何千、何万という命が消し飛ぶ。それは、誇るべき力などではない。ただただ、恐ろしく、そして醜悪なだけだ。


この戦争は、間違っている。私は、はっきりとそう確信するに至った。だが、巨大な戦争という機械の歯車の一つとなってしまった私に、一体何ができるというのだろうか。


第三章:偽りの平穏


帝国暦855年、西のリーム王国が我々と同盟を結び、帝国への攻撃を開始したというニュースがアヴァロンを駆け巡った。二つの方向から攻撃を受けることになった帝国は、もはや崩壊寸前だ、と。街は、久しぶりに明るい祝祭ムードに包まれた。人々は、これでようやく長い戦争が終わると信じ、勝利を確信していた。


だが、私はその空気に、言いようのない欺瞞を感じていた。アカデミーの研究室では、より強力で、より広範囲を破壊できる新型魔法兵器の開発が、昼夜を問わず続けられていた。父も、その研究に没頭していた。寝食を忘れ、狂気じみた情熱で数式を書き連ねる父の姿は、もはや私の知る優しい父親ではなかった。


「父さん、もうやめてください!こんなものを作って、一体何になるんですか!」

ある日、私はついに父に詰め寄った。父は、血走った目で私を睨みつけた。

「黙れ!お前のような子供に何が分かる!これは、我々の存亡を懸けた戦いだ!ここで手を緩めれば、全てが無駄になる!魔法の未来のために、多少の犠牲は必要なのだ!」

「犠牲ですって!?兄さんを見て何も感じないのですか!死んでいった多くの人々のことを、犠牲の一言で片づけるのですか!魔法は、人を殺すための道具じゃない!」

「理想論を語るな!力なき理想など、無力なのだ!」


父との溝は、決定的となった。私は、父の研究室を飛び出した。もう、この家には私の居場所はない。


その頃から、私は密かに、学内にいる反戦的な思想を持つ友人たちと接触するようになった。彼らもまた、私と同じように、この戦争の正義に疑問を抱き、心を痛めていた。私たちは、夜な夜な集まっては、どうすればこの狂気の連鎖を止められるのかを議論した。だが、私たちにできることなど、ほとんどなかった。せいぜい、兵器開発のサボタージュをしたり、反戦を訴えるビラをこっそり撒いたりするくらいだ。それは、巨大な嵐の海に、小石を投げ込むような、虚しい行為だった。


帝国暦856年の冬。アヴァロンに、衝撃的な報せがもたらされた。我らが誇る国家戦略級魔道士の一人、「灼熱の魔女」様が、東部戦線で帝国の魔道士に敗れ、戦死したというのだ。公式発表では「相打ちとなり、敵将を道連れにした」とされたが、兵士たちの間では、「帝国のたった一人の老魔法使いに、一方的に敗北した」という噂が囁かれていた。


絶対的な存在だと信じていた国家戦略級魔道士の敗北。それは、人々の心に、帝国の底知れない力への恐怖を植え付けた。街を覆っていた偽りの平穏は、ガラスのように砕け散った。誰もが口には出さないが、心のどこかで感じ始めていた。この戦争、我々は本当に勝てるのだろうか、と。アヴァロンの空には、再び暗く重い雲が垂れ込めていた。


第四章:アヴァロン陥落


帝国暦857年、夏。王国首脳部は、最後の賭けに出た。残存する全ての戦力を結集し、帝国の首都ヴァルハラへ、一気呵成の総攻撃をかけるというのだ。


「ヴァルハラを陥落させれば、戦争は終わる!帝国の野蛮人どもに、我々の魔法の真の力を見せつける時が来たのだ!」

プロパガンダは、最後の熱狂を煽り立てた。人々は、これまでの不安を振り払うかのように、熱狂的に兵士たちを見送った。兄のレオンも、傷が癒えぬまま、再び戦場へと赴いた。彼の背中は、以前よりもずっと小さく見えた。


国中が、ヴァルハラからの吉報を、固唾をのんで待っていた。誰もが、数日後には勝利の報が届くと信じていた。私も、心のどこかで、早くこの全てが終わってほしいと願っていた。


しかし、ヴァルハラ総攻撃から四日目の昼下がり。アヴァロンの空に鳴り響いたのは、勝利を告げるファンファーレではなかった。都市全域に、けたたましい警報のサイレンが鳴り響いたのだ。


『緊急警報!帝国の奇襲部隊、首都アヴァロン近郊に接近中!市民は直ちに避難せよ!』


魔法水晶から流れるその声は、信じがたいものだった。主力部隊がヴァルハラに向かっている今、この首都はほとんど無防備な状態だ。一体、どうやって…。


油断しきっていたアヴァロンは、一瞬にして大混乱に陥った。人々は我先にと避難場所へ殺到し、街は怒号と悲鳴で埋め尽くされた。私も、母の手を引いて家を飛び出したが、人の波に押され、なすすべもなかった。


その時、地響きと共に、遠くで爆発音が響いた。見上げると、王宮の方角から、黒い煙が立ち上っている。帝国の兵士たちが、もう市内になだれ込んできているのだ。


混乱の中、私は母とはぐれてしまった。必死で母の名を呼ぶが、悲鳴の渦にかき消される。パニック状態で路地裏に逃げ込んだ私の目の前に、数人の帝国兵が現れた。私は、死を覚悟した。彼らは、噂に聞く「野蛮人」だ。私を陵辱し、惨殺するに違いない。


だが、彼らは私を一瞥しただけで、何もせずに走り去っていった。その顔は、私が想像していたような憎しみに満ちたものではなかった。ただ、極度に疲弊し、緊張しきった、普通の兵士の顔だった。彼らもまた、この戦争の犠牲者なのだ。そう直感した。


私は、呆然と立ち尽くした。そして、目の前で起こっている現実を理解した。王宮が、帝国旗に染まっていくのが見えた。美しい魔法都市アヴァロンが、燃え落ちていく。


ああ、私たちは、負けたのだ。


大義も、理想も、魔法の未来も、全ては幻想だった。残ったのは、この燃え盛る街と、行き場のない絶望だけだった。私は、崩れ落ちた建物の影で、声もなく涙を流し続けた。


第五章:敗戦国の空の下で


戦争は終わった。美しかった魔法都市アヴァロンは、帝国軍の占領下に置かれた。街のあちこちに帝国旗が翻り、武装した兵士たちが巡回している。我々は、敗戦国民となったのだ。


私は、幸運にも生き延びることができた。しかし、私の家族は、戦争によって完全に崩壊した。

兄のレオンは、最後のヴァルハラ総攻撃で戦死した、と。遺骨さえも、戻ってこなかった。

父は、王国首脳部の一人として、戦争犯罪人の容疑で帝国軍に連行されていった。その後の消息は、分からない。

母は、息子と夫を同時に失ったショックで心を閉ざし、私の言葉にもほとんど反応しなくなった。


たった一人、瓦礫の残る家に残された私は、どうしようもない無力感と、渦巻く感情に苛まれた。占領軍である帝国兵への憎しみ。そして、無謀な戦争を始め、多くの国民を死に追いやり、国を滅ぼした、自分たちの指導者たちへの激しい怒り。その二つの感情が、私の心を引き裂きそうだった。


占領下の生活は、屈辱と貧困に満ちていた。配給される食料はわずかで、常に飢えと隣り合わせだった。帝国兵の横暴な振る舞いに、唇を噛み締める日も一度や二度ではなかった。未来への希望など、どこにも見えなかった。いっそ、あの陥落の日に死んでいた方が、幸せだったのかもしれない。そんな考えが、何度も頭をよぎった。


ある日、食料の配給に並んでいると、帝国兵たちが、戦勝を祝して酒盛りをしているのが見えた。彼らの高笑いが、私の神経を逆なでした。お前たちのせいで、私たちの全ては奪われたのに。お前たちが、私の兄を殺したのに。


憎しみが、胸の奥からこみ上げてきた。私は、無意識のうちに、足元に転がっていた石を握りしめていた。投げつけてやろうか。一矢報いてやろうか。


だが、その時、一人の若い帝国兵が、配給の列に並ぶ幼い子供に、自分の持っていた乾パンを半分、そっと分けてやっているのが目に入った。子供は、おずおずとそれを受け取ると、深々と頭を下げた。兵士は、少し照れたように笑うと、仲間の元へ戻っていった。


私は、握りしめていた石を、静かに手放した。


そうだ。彼らも、一人一人は、ただの人間なのだ。戦争が、彼らを「帝国兵」にし、私たちを「敵」にしただけなのだ。憎むべきは、彼ら個人ではない。私たち全てを狂わせた、戦争そのものなのだ。


私は、空を見上げた。アヴァロンの空は、煙で薄汚れ、かつての青さを失っていた。この敗戦国の空の下で、私は、生きていかなければならない。憎しみや絶望に飲み込まれるのではなく、何かを、ここから始めなければならないのだ。


後日談:瓦礫に咲く魔法


終戦から、三年が過ぎた。


帝国による占領統治は、我々が当初恐れていたような、過酷なものではなかった。一部には横暴な兵士もいたが、全体としては秩序の回復と復興支援を目的とした、穏健なものだった。後に知ったことだが、それは帝国の「白銀の英雄」と呼ばれる騎士の強い意向が反映された結果らしかった。


私は、アカデミーで反戦活動を共にしていた友人たちと、一つの活動を始めていた。それは、私たちが学んできた魔法を、アヴァロンの復興のために使うことだった。


浄化の魔法で、戦争によって汚染された土壌を蘇らせる。治癒魔法の心得がある者は、負傷した人々の治療にあたる。私のような魔道具の知識がある者は、小型のゴーレムを修理・改良して、瓦礫の撤去作業に役立てた。


最初は、人々も、そして占領軍である帝国兵たちも、我々の活動を訝しげに見ていた。だが、瓦礫が片付けられ、街が少しずつ綺麗になり、汚染された畑に再び作物が実り始めると、その視線は次第に信頼と感謝へと変わっていった。時には、非番の帝国兵たちが、我々の作業を黙って手伝ってくれることさえあった。言葉は通じなくとも、汗を流し、共にパンを分け合えば、そこに敵も味方もなかった。私の心の中で凍りついていた憎しみは、少しずつ、だが確実に溶けていった。


そんなある日、私は父が使っていた研究室を片付ける許可を得た。そこは、父が連行された日のまま、荒れ果てていた。父への複雑な思いを抱えながら、散乱した資料を整理していると、私は一つのファイルを見つけた。それは、父が最後に研究していたものの記録だった。


私は、息を呑んだ。そこに記されていたのは、私が想像していたような、新型の大量破壊魔法の理論ではなかった。それは、『ガイア・リボーン計画』と名付けられた、超大規模な土地再生魔法の構想だったのだ。汚染された大地を浄化し、枯れた森を蘇らせ、気候さえも安定させるという、壮大な魔法。その最後のページには、父の震えるような文字で、こう書きつけられていた。


『過ちを犯しすぎた。償わねばなるまい。魔法は、奪うためではなく、与えるためにこそあるべきだった。エリアーヌ、お前が正しかった…』


涙が、ぼろぼろとこぼれ落ちた。父も、最後の最後で、気づいてくれたのだ。戦争の狂気の中で、見失っていた魔法の本当の価値に。そして、償おうとしていたのだ。


私は、父の遺した研究資料を、大切に抱きしめた。


父さん、見ていてください。私が、この魔法を完成させます。そして、この国を、ううん、この世界を、魔法の力で、もっと豊かな場所にしてみせます。それが、戦争で死んでいった兄さんや、多くの人々への、私なりの弔いだから。


数ヶ月後、私は仲間たちの協力のもと、父の理論を元にした小規模な土地再生魔法を、街外れの荒れ地に初めて試みた。詠唱を終え、祈るような気持ちで見守っていると、乾燥してひび割れていた大地から、信じられないことに、一本の小さな緑の芽が、力強く顔を出した。


その芽は、あまりにもか弱く、小さかった。だが、私には、何よりも強く、美しいものに見えた。


敗戦国の瓦礫の中から生まれた、新たな希望の芽。

私の、そしてパンドーラ魔法王国の、本当の再出発は、この小さな芽と共に、今、始まったのだ。

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