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転写書を受け取った日から、あっという間に過ぎて。
とうとうユリアが魔術学園に入学する日が来てしまった。
レイルークはいつもより早く目が覚めてしまった。そして朝を迎えてからずっと仏頂面だった。
メイドに着替えを手伝ってもらっている際に背後で控えていたシシルは、心痛なレイルークを見て呆れた様に笑っている。
「レイルーク様ー。ユリア様とは毎日連絡取れるんだし、そんな深刻に考えなくても良いのではないですかー? 俺はだったらー? 毎日連絡のやり取りをする方が苦痛ですけどねー」
「シシル、ユリア姉様を見送ったら、なおざりになってた試合を開始しようか。何だか今日は、もの凄ーい魔法で殺れそうな気がするよ」
「レイルーク様! ちょっと早いですが、朝食のお時間でございますです! ささ、参りましょう!!」
シシルは慌てて急足で部屋の扉を開け、レイルークを朝食へと急かせた。
今日の朝食が済めば、ユリアは学園へと旅立つ。
最後の晩餐ならぬ最後の朝餐の様に感じてしまう。到着したダイニングには既にユリアが座っていた。
普段と違うレティシアの様子に、やや困った顔で微笑んだ。
「おはようレイ」
「……おはよう姉様……」
レイルークが席に着くと、ちょうどレオナルドとルドルフを抱いたルシータが到着した。
「おはよう二人共」
「おはよう!! 今日は二人共早いな!! まあ、ユリアの初登校だ! 無理もないか!!」
「おはようございます。お義父様、お義母様。それにルドルフも」
「……おはようございます。おはよう、ルルー」
あからさまに元気の無いレイルークに、レオナルドとルシータは先程のユリアに似た表情を浮かべて、席に着いた。
ルドルフはおねむなのか、シンリーに抱っこされ退出した。
「レイ! 寂しいのは分かるが、折角のユリアの門出なんだ! ユリアが気兼ねなく学園に行けるように、もう少し元気な振りをしてはどうだ!!」
「……はい、母様」
「レイが浮かぬ顔だと、ユリアも要らぬ心配をする。しっかりしなさい」
「……ごめんなさい、父様」
ごもっともな意見にグウの音も出ない。レイルークは何とか笑顔を浮かべようとするが、唇の端がヒクついただけで、何とも言えない表情を浮かべる事しか出来なかった。
そんなレイルークの様子に、レオナルドとルシータは諦めたように溜息を吐いた。
話をしている間にテーブルには既に朝食の用意が済んでいた。
「とりあえず朝食にしよう。『いただきます』」
「「「いただきます」」!!」
***
いつもより会話の少ない朝食となってしまい、流石に自分の態度は良くないと思ったレイルークは、学園に向かう時間になるまでリビングで家族で過ごそうと提案した。
学園への移動は、以前アトランス宮殿へ行く時に使用した転移用魔法陣が使われる。
転移後、正体がバレないようランダムに、寮の自室へそのまま転送されるそうだ。ユリアは誰にも見られないよう転移用魔法陣がある場所で、昔聞いたことのある変装石を使用するらしい。
変装石を使用中の姿は、家族にさえ見せてはいけないそうなので、転移用魔法陣がある建物の中に他の者は入れないそうだ。
レイルークは努めて元気に振り撒い、残り僅かな家族団欒の時間を過ごしていると、あっという間に出発の時間となってしまった。
「……そろそろ時間、かな」
ユリアはソファから立ち上がった。
「ユリア。余り気負いせず、だがしっかり学んで来なさい」
「はい、お義父様」
「ユリア!! レイの事は我々がしっかりと見張っておくので、気兼ねなく学んで来ると良い!!」
「宜しくお願いします、お義母様」
「ちょっと母様! 見張るってどういう事さ?! お父様も何で頷いてるの?!」
「レイは人に好かれやすいからな」
「レイは人たらしだからな!!」
「レイは魅力的だから、心配なの」
過保護が過ぎる。
「そんな事ないって!!」
レイルークが膨れっ面を浮かべると、三人は声を上げて笑った。それと同時に応接間の扉をノックする音が鳴った。
「流石に、時間ね。じゃあ、もう行くね」
ユリアは扉に向かい歩き出した。
「まっ待って姉様、途中まで送るよ!」
レイルークは慌てて立ち上がると、ユリウスは嬉しそうに微笑んで手を差し出した。レイルークはその手を握りしめた。
扉を出る前にユリアは一旦レイルークから手を離すと、レオナルドとルシータに深くカーテシーをした。
「それでは、行ってまいります」
「「行ってらっしゃい」!!」
レオナルドとルシータは笑顔でそう言うと、ユリアは一瞬目を見開いたが、「行ってきます」と笑顔で返し、二人で扉を出てからレイルークは扉を閉めた。
扉の外ではデュエットが控えていたが、ユリアは『レイルークに見送ってもらうわ』と言ってデュエットを下がらせた。
エスコートの手を繋いだまま二人で歩き出した。
お互いに何か言葉を交わす事もなくただ無言で歩き続け、やがて目的地の扉の前までたどり着いた。
ユリアはレイルークの手を離して向かい合うと、レイルークを強く抱きしめた。
レイルークは恥ずかしがらずにユリアの背に手を回した。
ユリアの華奢な肩に、少し涙目の顔を埋めた。
「レイ……どんな些細な事で良いから、転写書に書いてね。毎日、待ってるから」
「……うん。毎日、書く」
「体には気を付けて。くれぐれも、無茶はしないで」
「……それは僕の台詞だよ。ユーリ姉様、無理なんかせずに学園生活を楽しんで」
「レイが居ないのに? ……そうね、出来る限り、頑張るわ」
「楽しむのを頑張るって……。変なの」
二人して抱き合いながら笑い合うと、意を決したようにユリアは抱擁を解いた。
扉の取手を回し、ゆっくりと扉を押し開ける。
取手を掴んだまま扉を潜ると、ユリアは振り向いてレイルークに満面の笑顔を見せた。
「行ってきます」
「!」
(頑張れ自分。涙なんて見せないで、笑顔で見送るんだ)
レイルークは零れ落ちそうな涙をグッと堪えて、笑顔を浮かべた。
「っ、行ってらっしゃい!!」
ゆっくり、ゆっくりと扉が閉まっていく。
扉の向こうに消えていくユリアを、目に焼き付ける様に見つめ続けた。
ユリアの姿が見えなくなる瞬間。
ユリアの唇が動いて、何かを呟いた気がした。
しかし声は聞こえないまま、扉は閉ざされた。
扉が完全に閉まったと同時に、我慢していた涙が、一雫流れた。
レイルークは頬を流れた涙を乱暴に袖で拭うと、閉ざされた扉を指でそっと触れる。
もう一度精一杯笑顔を浮かべ、呟いた。
「行ってらっしゃい、ユーリ姉様」




