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「姉様……。魔術の勉強に集中する為には……」
「誰からもターゲットにされなければ良いのよ。……高い魔力を相手から上手く隠さないと、勉強どころでは無くなるわね」
(……なんてことだ……)
今まで頑張ってた魔力インフィニティが、完全に裏目に出る事実に軽く目眩を起こしそうだ。
ユリアの言う通り、行かないという選択肢も視野に入れないといけないかもしれない。婚活活動に巻き込まれて、無駄に四年間を過ごす羽目になるかも知れないからだ。
「……姉様も魔力高いよね。魔力制御の魔導具を使うの?」
「多分、使わないかな。魔力の高い人は大勢居そうだもの。魔力抑制しながら実習に臨むのは危険ね。それに、学園で婚活なんてするつもりは無いから問題ないわ」
「え、婚活しなくていいの?」
「……どういう意味、かしら?」
「だってさ、もしかしたら素敵な男性に巡り会うかも知れないよ? 姉様は僕に気を使い過ぎないで、自分の幸せを考えても……」
「レイ」
ユリアはレイルークの顔のすぐ横に手を伸ばして、本棚に手を付いた。
レイルークはユリアと本棚に挟まれる形で、身動きが取れなくなった。
(こ、これは!? 前世のドラマで見た事があるぞ。確か壁ドンだ! いや、本棚だから本棚ドンになるのか?? って何故僕がされている側になっているんだ?!)
「あ、あの……?」
ユリアはやや険しい表情でレイルークを見た。
「レイは。私に……他所の誰かと、結婚して欲しいの?」
「え、えっと……。学園で好きになれそうな男性に出会ったら、そういう可能性もあるという話で……」
真っ直ぐにレイルークを見つめる真摯な瞳に戸惑いながらも、何とかユリアの問いに答える。
「……レイも?」
「僕は……。見た目や魔力、地位とかで恋愛対象にされたくないんだ。
魔力を抑えた僕だと分からない状態で、それでも僕を好きになってくれる人がいたのなら……とは思ってるよ?」
「そう……なのね。……レイは、いずれは誰かと……結婚する気は、ある?」
「それは……」
両親の様な恋愛には勿論憧れるが、まだ結婚までは考えたくない。魔術学園では魔法の勉強を最優先にしたいのだ。
だから正直言って、今は誰とも結婚したいとは思わない。というか、思えない。
けれど。時期公爵家の後継者である以上、避けては通れない内容ではある。
「あるにはあるよ。けど、今は考えられないかな……。いずれは考えないといけない事だって、ちゃんと分かってる。でも、好きな人が出来たり、そういう時期が来るまでは。今、やりたい事を全力でやりたい……かな」
「……魔術学園に通うのも、やりたい事の一つ?」
「うん。僕は魔術の可能性を、学園で学んでみたいから。……でも、姉様の話を聞いてさ、きちんと考えておかないといけないなって、よく分かったよ」
レイルークの考えを聞いたユリアは軽く溜息を吐くと、レイルークの肩におでこを置いた。
「……今の話で、レイが魔術の事しか考えてないのが分かったわ。私の気持ちが…全然伝わってない事もよく、分かった。……もっと……頑張らないと、ね」
「?」
ユリアは顔を上げて、本棚から手を離しレイルークを解放した。ドギマギから解放されて内心ホッとした。
「レイ。私が学園に行ったら、毎日手紙書くって言ってくれたの。あれ、本当?」
「う、うん。勿論。でも、無理だよね?」
「そうね、普通の手紙のやり取りだとね。でもね、連絡のやり取りが出来ない訳ではないのよ? 要はね、バレなければ良いだけなのだから」
「え、何か裏技があるの!? なになに、どんな方法?!」
「ちょっと待っててね。取ってくるわ」
ユリアは隣の部屋に入って行き、何やら二冊の本を持ってきた。その内一冊をレイルークに渡した。
「これを、レイにあげる」
「? この本は、何?」
受け取った本を見ると、表紙に小さな魔石が嵌っている。
早速中を開こうとするが、何故か表紙が開かない。
「あれ? 開かないよ?」
「これは本ではなくて、転写書という魔導具よ。この転写書に魔力を込めると、その魔力を持つ人にしか本を開けないし、文字を書く事も出来なくなるの。
文字に魔力を込めれる魔法ペンで書くのだけど、書いた内容は対となるこっちの転写書に浮かび上がる仕組みなのよ」
「へぇー面白い! 転写書同士がどんなに遠くても大丈夫なの?」
「ええ。でも、これには色々と欠点があってね。書いた内容は相手側に転写されると、自分の転写書には書いた内容が残らないのよ。相手側の転写書には、残るのだけど。
だからね、どんな内容か忘れたら、相手に教えてもらうしかないわ。それに、一度転写書に書いた文字は消せないから、これも注意が必要ね」
「成程。確かに便利な反面、取り扱いに注意が必要なんだね。でも、これがあれば姉様といつでもやり取りが出来るね! 早速、魔力を込めていい?」
「勿論よ。私も、対の方に魔力を込めるわ」
レイルークは転写書に自分の魔力を込める。すると転写書は薄ら光って、すぐ光は消えた。
「……これで良いの?」
「ええ。これでその転写書はレイしか開けなくなったわ。文字を書く事が出来るのも、レイだけ」
「へぇー。あ、開いた」
転写書をパラパラとめくってみたが、中は真っ白で普通のノートと何ら変わらなかった。
「この転写書のページ数なら、私が通う四年間この一冊で多分足りると思うわ」
レイルークは転写書を大切に抱き込むと、満面の笑みで笑いかけた。
「ありがとうユーリ姉様! これで少しは寂しくないよ!」
「私もよ」
レイルークとユリアは嬉しそうに笑い合った。




