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その後無事アームストロング領の屋敷に戻り、出迎えてくれたデュエットにルシータの様子を聞くと、レオナルドが戻って直ぐに出産したらしい。
それを聞いたレイルークは着替えも漫ろに疲れも忘れて、シシルに案内を頼んでユリアより先にルシータの元へと急いだ。
(あ、そうだ。赤ちゃんには清潔が大事だよね……えっと、クリーン)
全身に浄化魔法を念入りに唱えた後、分娩室として使用している部屋に入ると、ベッドに横たわり少し疲れた顔のルシータが見えた。
その直ぐ側の椅子に座るレオナルドと目があった。
「戻ったか、レイルーク」
「はい、ご心配をお掛けしました。……僕も姉様も大丈夫だよ」
レイルークが笑顔でそう答えると、レオナルドは安堵の表情を見せ、ルシータは穏やかな微笑みを浮かべた。
「レイ」
「はい、母様」
ルシータに呼ばれベッドに近づくと、レオナルドは椅子から立ち上がりレイルークに譲ってくれた。
レイルークはレオナルドが座っていた椅子に腰掛けて、ルシータに優しく微笑み掛けた。
「お疲れ様、母様」
「ふふ、レイもお疲れ様。何やら色々あったみたいだけど。無事戻って来てくれて良かった。もう少し落ち着いたら、後で聞かせてくれるかい?」
「はい。母様、今はゆっくり休んで」
「そうだな、久しぶりに疲れた。レイ、隣の部屋に新しい家族がいるよ。見に行っておいで。レイの弟だ」
「弟!」
レイルークは満面笑みで立ち上がると、急ぎ足で隣の部屋に急いだ。
赤ちゃんの泣き声がしないので寝ているのだろう。
静かに扉を開けると、ベビーベッドが置かれた部屋にシンリーが立っていた。レイルークは静かに扉を閉める。
シンリーはレイルークに微笑みかけ、敬礼した。
「おかえりなさいませ、レイルーク様」
「ただいま、シンリー。赤ちゃん寝ているよね。静かにするから、顔を見ても良い?」
「勿論でございます。可愛らしい弟君ですよ」
頷いてゆっくりベビーベッドに近づくと、スヤスヤ眠る顔を覗き込んだ。
(おおっ可愛い!!)
産まれたての天使が眠っていた。
少しレイルークに似た若草色の産毛が、申し訳程度に頭部に生えている。
何処もかしこも小さくてぷにぷにな姿に、『守ってあげたい』そんな気持ちが自然と湧き上がってくる。
(こういう気持ちって、庇護力やベビースキーマっていうやつだろうな)
小さいけれど確実に生きている命に、何とも言えない感動を覚えた。
起こさないように、小さな小さな手を恐る恐る触ってみる。
柔らかい感触にうっとりしていると、赤ちゃんの指が動いてレティシアの指を握りしめた。
(!!)
レイルークの胸に、矛先がハート型の見えない矢が突き刺さる。
何なんだこの可愛い生き物は。レイルークは胸を押さえて悶絶した。
(……駄目だ。これはブラコンになる。こんな可愛い生き物を愛せない訳が無い!!)
「可愛いね」
「!!」
いきなり隣から声を掛けられ跳び上がる程に驚いたが、何とか声を上げずに呑み込んだ。
「ね、姉様……」
いつの間にか隣には、ユリアが同じ様に赤ちゃんを見つめていた。
「……びっくりした……。いつの間に?」
「レイが赤ちゃんに手を握られて、悶絶している所からかしら?」
(悶絶とか言わないでよ! 何かメチャクチャ恥ずかしくなるから!!)
「……仕方ないよ。こんなに可愛いんだから」
顔を赤らめながら、ゆっくりと赤ちゃんに握りしめられた指を、心残りに思いながら外した。
「本当に可愛いな。……はじめまして、お兄ちゃんのレイルークだよ。これから宜しくね」
小さな声で赤ちゃんに挨拶した。
ユリアはそんなレイルークに優しく微笑むと、ユリアも赤ちゃんに挨拶した。
「私は、姉のユリアよ。宜しくね『ルドルフ』」
ルドルフ。
赤ちゃんの名前であろうその名前を、レイルークは呟いた。
「ルドルフ……良い名前だね。……なら僕はルルーって呼ぼうかな。ルルー……。うん、良い響き」
「……男の子は、嫌がるのではないかしら。何だか女の子の愛称みたいよ?」
「え、そう? かっこよくない? ルルーって。ルルー? お兄ちゃんですよー」
ルドルフを呼びながらもう一度触ろうとしたら、急にずぐり出した。レイルークは慌てた。
「ほら、愛称嫌がってるのよ」
「絶対違うって!」
ちょっと声が大きかったのか、本格的に泣き出してしまった。レイルークも本格的に慌てた。
「ああっ泣くなよルルーっ」
あわあわするレイルークを尻目に、シンリーはルドルフを優しく抱き上げて、慣れた手付きであやした。
すると直ぐにルドルフは直ぐに泣き止んで、寝息を立てた。
「ルドルフ様は私が見ておりますので、お二人はお疲れでしょうから、少しお休みになられて下さい」
「……はい……」
あからさまに落ち込んだレイルークを慰めるようにユリアはレイルークの肩を叩いた。
レイルークは頭を垂れながらトボトボ部屋を出た。
ルドルフのいた部屋から出てルシータを見ると、眠っているようだった。隣には案の定レオナルドが見守っている。
起こさない様にレオナルドに目配せで退室の意を示すと、レオナルドは頷いた。
静かに扉を開けてユリアと部屋を出た。レイルークは少し歩いてから、大きく深呼吸した。
「あー可愛いかった! 何だか疲れが吹き飛んだよ!」
「……可愛いのは同感するけれど、ルドルフに付きっきりになられると、焼きもちを焼きそうよ」
「あ、そうか。来年には学園に入学だから、ルルーに会えなくなるよね。……じゃあ、今の内に沢山会いに行かないとね!」
「そうね。ルドルフに会うのも、そうなのだけどね?」
ユリアは、またもレイルークの腕に両腕を絡ませてきた。
「私は、ルドルフにレイを取られるのが嫌なのよ? ルドルフだけではなくて。私も、今まで以上に構って欲しいわ?」
魅惑的な微笑みを向けられて、レイルークは顔を赤らめた。
(だから姉様! スキンシップが激しいって!! 後ろにはシシルの他にデュエットも居るんだけど!?)
「ぜ、善処します!!」
「お願いね?」
ユリアに腕を絡ませられた状態でレイルークは歩かざるを得なくなった。
少し困った様にユリアを見上げると、嬉しそうなユリアの笑顔があった。
「ルドルフを見て思ったの」
「うん?」
「レイの赤ちゃんも、可愛いんだろうなって」
(へ?)
「将来、楽しみね?」
(???)
何が言いたいのかよく分からなかったので「そうだね」と小さく応えておいた。
部屋に帰るまで、ユリアの腕は結局離れなかった。




