33
アームストロング領へ続く扉をレイルークが開き、ユリアをエスコートしながら中へと入る。
シシルが扉を閉めた音で、レイルークはようやく安堵の息を吐いた。
「つっかれたー……」
「レイ」
気が抜けた状態で突然手を強く引かれ、レイルークは、そのままユリアと正面に向き直る。
その拍子で反対の手に持っていた薔薇が床に落ちてしまった。
「ね、姉様?」
「……レイ」
神妙な顔のユリアは、エスコートしたままのレイルークの手を両手でギュっと力強く握る。
(? どうしたんだろ。……あ、もしかして僕がいない間に、もっと嫌なことでも言われたんじゃ……)
「姉様。変な嫌味を言われてたみたいだけど、大丈夫? あ、あの、さっきはごめん。領主達を押し付けて……」
もしかしたら嫌味で落ち込んでいるのかと思い、ユリアを労わる。
「そんな事、どうだって良いわ」
違ったらしい。
「レイ……」
レイルークの名を呼ぶばかりで、手を握る力は弱まらない。
緩むどころか、更に力が強くなった。
(姉様どうしたんだよ。いつもと様子が……)
「レイは……あの子達の誰かと、婚約、するの……?」
「へ」
思わぬ質問にレイルークは戸惑いながらも、とりあえず今の自分の考えを伝える。
「えっと。あ、あのさ。僕は婚約とか、そもそも婚約者を誰にするかなんて、まだこれっぽっちも考えてないよ! それなのに何で……あの子達が。あんな事を言い出したのかは……分からないけど……」
「レイ」
何を思ったのか、ユリアは両手を広げてレイルークを抱きしめた。
背丈的に不可抗力で、レイルークはちょうどユリアの胸元に顔がすっぽりと収まってしまった。
それなのに、ユリアはそのままきつく抱きしめてくる。
恐ろしい位の弾力が、レイルークの顔を包み込んだ。
(!??!)
心底驚いたレイルークは慌てて離れようとするが、きつく抱きしめられて身動きが取れない。
押し返せばいいのだが、ユリアにそんな乱暴な事はしたくない。
(ねねねね姉様! ははは離れてー!! ここには! 気配を完全に殺したシシルが居るんだよーー!!)
まだ十五歳にも満たない年齢にも関わらず、既に豊満な胸に埋もれて本気で理性がやばい。ついでに息もやばい。
(待て自分! 落ち着け自分! 僕もまだ十歳だ、色々とまだ早い!! でも酸素は今すぐ欲しい!!)
何とか煩悩を抑え込み、呼吸を確保する為に何とか顔をずらそうと横を見る。
すると、気配を消して壁際に佇むシシリルと目があった。
(た、助けて、シシル!!)
願力で助けを求める。
しかし何を思ったのか。シシルは爽やかな笑顔でサムズアップした。
(シ、シシルーー?! お前それでも側近かーー!?)
「レイ」
胸が顔から離れた。
プハッと息をしてユリアを見上げると、予想以上に近いユリアの美顔があった。
あまりの近距離にレイルークは一瞬で真っ赤になった。
(ちちち近いって姉様!!)
「レイ」
「は、はいっ!」
「……どうして。あの子達、あんなにレイルークの事を慕っているのかしらね?」
「あ、あの……」
「ふふ、大体の想像はついてるわ。誠実に対応しただけ、でしょうね。レイルークは優しいもの。……慕われてもしょうがないのは……分かっているわ」
見つめ合うユリアの瞳に、何故なのか涙が浮かんでくるのをレイルークは呆然と見つめる。
「分かってるの。……いずれ、私の側から居なくなってしまうって……分かってる」
儚い笑顔を浮かべながら震える声で、言葉を紡ぐ。
「……分かっている。つもり、なのに。でも……どうしても……。私は……」
そこまで言うと、ユリアの瞳から、一筋の涙が落ちた。
今まで見たこともなかったユリアの涙に羞恥心は消え失せ、姉が何故これ程までに傷ついているのかレイルークには分からず、ただ呆然とユリアを見つめるしかなかった。
(なんで……)
「……ごめんなさい。変な事を、口走ってしまったわ」
「……ううん。僕の、軽率な行動が悪いんだ。……ごめんなさい。姉様にまで迷惑ごとに巻き込んでしまって……」
ユリアの瞳からまた一雫、涙が溢れた。
それを見たレイルークは心底後悔したような顔で、ユリアの目元を優しく拭った。
「本当にごめん……。姉様、泣かないで……」
レイルークまで泣きそうになる。そんなレイルークの表情を見て、ユリアは弱々しく微笑んだ。
「違う、のよレイルーク。巻き込まれたなんて、思ってないわ。……ごめんなさい、突然泣いたりして。私は大丈夫よ。ちょっと疲れただけだから。少し……気が抜けちゃっただけ」
「姉様、僕は……」
ユリアは自分の頬に添えられたレイルークの手に、自分の手を添えて瞳を閉じた。
「ありがとう、レイ。いつも側に居てくれて。今日も一緒に居てくれたから、私……頑張れた」
「姉様……」
「……もう少しだけ、このままでも、良い……?」
「もちろん」
これ以上は何も言わずに、ユリアが落ち着くのを待つ。
美しいステンドグラスの部屋に、静寂が続いた。
「……ありがとう。もう、大丈夫よ」
「そ、そう。よかった……」
普段通りの口調に戻ったユリアにホッと肩の力を抜いた。
「あの、姉様。母様が心配だし、そろそろ、帰ろう? もしかしたらもう生まれているかも、知れないし」
そう口にした途端、改めて母ルシータの事が心配になってきた。
レイルークの心情に気が付いたのか、ユリアは何故か苦笑した。
「ええ。確かに、お義母様が心配ね。帰りましょう。……ねえレイ。私ね、思った以上に疲れているみたいなの。少しだけ、腕を借りながら帰っても良い?」
「う、うん、もちろん!!」
「ふふ、ありがとう」
ユリアはレイルークの腕に両手を回して、ぎゅっと強く抱きしめた。
ムニュっと素晴らしい弾力が二の腕に伝わる。
(胸ーー!! 姉様! ムニュって胸がーー!?)
「さ、早く帰りましょう?」
そう言うとユリアがそのまま歩きだしたので、レイルークは腕に胸を押し付けられたまま、密着して歩かざるを得なかった。
(む、胸が……! それに、あ、歩きにくい……!)
シシル助けを求めようとシシルを見た。
シシルは、先程レイルークが落とした薔薇を持ち、気配を消しながらこちらを見ている。
そして、再び爽やかな笑顔でサムズアップした。
(オイ! お前ーー!! 後で覚えとけよーーっっ!!)




