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歩きながら何とか話題を考えて色々と話かけてみるが、どれも空振りに終わる。
会話らしい会話も無くライト公爵の庭に着いた。
先程のロゴス公爵の庭とは趣の違う庭だ。
珍しい木々が植えられた少し殺風景な庭だったが、レイルークは懸命に誉めてみた。
しかしグレイスはつまらなさそうに「そう」と言って終わった。
とうとう沈黙しながら二人は庭を歩き続けた。
(ち、超気まずい……!)
しかし、散策を続けているうちにレイルークは、ある事に気が付いた。
「グレイス嬢。……もしかして、眠たいのではありませんか?」
その声にグレイスは歩みを止めた。レイルークを見て「何故」と瞳が問いかけている。
「先程からしきりに目を瞬かせてます。顔色もあまり良くありません。口元も強く噛み締めている。……欠伸を、我慢しているのでは?」
「……」
否定しない。図星だったのだろう。
グレイスは手のひらで口を覆うと、諦めた様に大きく欠伸をした。
「……去年、十歳になって魔力測定で自分の属性が分かってから、あまり眠れてない。魔術を極めろと、父の命令で毎日毎日勉強漬けで。最近も、ずっとそう」
「それは、辛いですね……」
「仕方がないのよ。そうしないといけない、……事情が、あるから」
目尻を指で揉んでいる。予想よりもかなり辛い様だ。
(可哀想だな……。何か、してあげれたらいいんだけど……)
「……あ、そうだ。今から少しだけでも、昼寝をしませんか?」
「……は?」
辺りを見渡したレイルークは、木の袂にベンチが備え付けられているのに気が付いた。
「ほら、丁度あそこに横になれるベンチがある。僕が責任持って見張り番を仰せつかります。束の間ですが、お休みになったらどうでしょう? 少しは眠気もマシになると思います」
ぼんやりしているグレイスの手を取ってベンチへと連れて行き、半ば強引に座らせた。
やはり、ぼんやりとしてレイルークを見上げるグレイスに笑い掛けた。
「大丈夫です。誰か来たら、直ぐに起こします」
「……膝枕」
「……はい?」
少し照れた様にそっぽを向いた。
「膝枕、して。枕が無いと、眠れない」
(う。か、可愛い……)
「ひ、膝枕って……。僕……じゃない、私、は男なので、その……」
「……お願い」
「……わ、分かりました……」
(女の子に膝枕されるんじゃなくて、する側。だとしても、て、て、照れる……!!)
レイルークは平静を装って承諾すると、ベンチの隅に座った。
自分の膝を軽く叩いて「堅いと思いますが、どうぞ」と微笑んだ。
グレイスは少し顔を赤らめていたが、ドレスに気を付けながら無言でベンチに横になると、レイルークの膝にゆっくりと頭を乗せた。
緊張しているのかグレイスは目を強く瞑っている。
少しでも眠れるように、レイルークはグレイスの肩をポンポンと優しくリズムよく叩いた。
「……身体の力を抜いて。大丈夫だから」
赤ちゃんをあやす様にリズムよく叩いていると、やがて膝に掛かる重さが少し重くなった。
グレイスの顔を見ると、力の抜けた美少女のあどけない寝顔があった。
レイルークは思わず天を仰いだ。
(可愛いが過ぎるだろう!!)
あどけない寝顔に思わず身悶えそうになるが、下手に動いて目を覚まさせてしまうと可哀想だと思い、これ以上動くのは控えた。
やる事もないので、美しい宮殿を見上げてみる。やはり幻想的で摩訶不思議な建築物だ。飽きずに眺めていられる。
(……それにしても。とても、静か……だな)
庭園に心地よい風が吹き抜けていく。
優しい風は、自分の髪をサラサラと靡かせてくる。
(緊張の連続だったからかな……。少しだけ、疲れた……)
何だか自分まで眠たくなってきてしまった。
少しだけ休憩、と思って目を瞑ると。
直ぐに微睡んで。
意識がプツリと途絶えた。
(……? いけない、つられて一緒に寝てしまった……)
いつのまにか、つい眠ってしまった様だ。
レイルークは眠たい目をゆっくりと開いた。
どれくらい寝てしまったのかとグレイスを見ると、グレイスはぼんやりした表情でレイルークを見つめていた。
あまりに子供っぽい顔に、レイルークは優しく微笑んだ。
(なんだ。そんな顔もできるんだ)
「おはよう」
レイルークのその声にグレイスは一瞬顔を赤らめたが、レイルークの膝に頭を乗せたままの状態で意地悪そうに微笑んだ。
「……見張り番失格ね。一緒に寝ちゃうんだもの」
「あ、ああ。……ごめん、つい」
バツが悪そうに笑った。
(うう、反論出来ないよ……)
グレイスはゆっくりと身体を起こすと、レイルークの隣に座り直した。その顔色は幾分マシになった様だ。
(少しは気休めになったのなら、いいんだけど)
グレイスを見つめるレイルークを、同じくらいジッと見つめいたグレイスだったが。
突然、レイルークの頬に唇を落とした。
(?!?!)
突然の予想外な出来事に、岩のように硬直してしまう。
そんなレイルークを見て、グレイスは頬を赤らめながら微笑んだ。
「……少しだけど眠れたお陰で、大分楽になったわ。……ありがとう、レイルーク様」
「い、い、いえ、ど、どう致し、まして……」
頬に口づけられたレイルークは顔を真っ赤にしながら、しどろもどろ答えた。
(あわわわわわ! は、初めて女の子に、キ、キ、キスされちゃったよ……!!)
グレイスは立ち上がると、握手を求めるようにレイルークに手を伸ばす。
レイルークは無意識のうちにその手を握る。するとそのまま引っ張られて、強制的に立ち上がった。
「ねえ、レイルーク様。私の事はグレイスで良いわ。……それと。改めて、これから宜しくね?」
「こ、こちらこそ宜しく……グレイス」
「ふふ。さ、早く戻ろう? レイルーク様の父親が、本気で憤怒してしまう前に」
「そ、そうだね。少し急ごうか」
(……確かに。時間、かかり過ぎたかも……もしかしたら宮殿は血の海かもしれない……)
グレイスをエスコートしながらも、少し急ぎ足で帰る事にした。




