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第八話:禁書の光と聖女の萌芽《ほうが》

 馬車に揺られ、少しの間眠っていたクララ。しかし、ウトウトしただけであまり疲れは取れなかったようだ。

 ルーネの街は茜色に染まっている。この景色が懐かしさを覚えるほど、クララは街に溶け込んでいた。

「……アイリーンさんはどうしているのかしら」

 ラッセルと修道院に向かうと、アイリーンが門のそばで二人を待っていた。


「二人とも、あたし抜きに外泊するなんていい度胸じゃない」

 腕を組み、頬を膨らませたアイリーンがクララに言う。

「違うんです。私の故郷の人に依頼をもらって……それで、助けなきゃって思って!」

 慌てるクララに彼女は吹き出した。

「あっはっはっ! 冗談よ、怒ってないわ。でも、ちょっと寂しかったのはホントよ」

 クララの腕に絡みつき、イタズラっぽく笑う。ラッセルがなにやら騒いでいるが、気にしない。

「クララ、今日はパジャマパーティなんだからね? 寝かさないから!」

「ううっ。困りました……。ラッセルさん、助けて下さい……」

 その言葉にラッセルは「いえいえ、女の子の時間を邪魔してはいけませんから」と曇った眼鏡で答える。

 茜色に染まった三人の顔を、ルーネの街は受け入れた。



 その夜。クララは自室でセルゲイにもらった手紙を読み返し、彼への思いに馳せていた。

「この気持ち、アイリーンさんが言うように恋、なのかな」

 コンコンと扉を叩く音が聞こえる。気持ちを切り替え、アイリーンを部屋に招き入れた。彼女は枕とクマのぬいぐるみを抱えている。

「クララ! 昨日のこと、聞かせてよね」

 そう言うと、ベッドに勢いよく座る。腹ばいになり枕を抱きかかえ、喋るまで動かないと態度で示していた。


 クララは昨日のことを話した。セルゲイに再会したこと、野盗との戦闘、捕まったトムの足をフェイガードの補助のもと治せたこと……。


「……それでセルゲイ様とリリスさんが仲良さ気で話していらして、私、胸が痛んだんです」


「フェイガードくんに名前をつける時、『ペス』にしようとしたら、フェイくんに怒られてしまったんですって!」


「老墓守さんの遺品を教会が不当に接収した時、セルゲイ様が主導となって村人を先導し、家財を奪還したんです。その時のセルゲイ様の精悍な横顔、忘れられません」


 黙って聞いてたアイリーンが起き上がり、ため息をついた。

「……あなたね、セルゲイ様、セルゲイ様ってそんな笑顔で話すなんて、それが恋でなくてなんなの? ラッセルの話は一切ないとこがあなたらしいわ」

 ハッとしたクララはその言葉に顔を赤くする。

「昨日の話をしていたら、つい……」

「はいはい、ごちそうさま。あなたがここに来た理由は何回も聞いているのに、墓守さんの事件の話までしだすんだから」

 頬杖をつくアイリーンは困った笑顔でクララを見つめていた。


「セルゲイさんってハーフエルフよね。マリテ様は本当に人間だけを愛しているのかな。その彼にもマリテ様の御手はお触れにならないのかしら」

 アイリーンが初めて教会の教義の疑問を口にする。クララは驚き、彼女の手を掴む。

「アイリーンさんもそう思いますか? 信仰の気持ちがあれば、ユマン種以外でも祈れば神の奇跡が使えるんじゃないかって、私、思うんです!」

 しかし、クララの顔は曇り、うつむく。

「でも、私じゃこの思いを届けられません。私の力はまだまだで、トムさんの折れた足を戻すことも、フェイくんの助けが必要でした」

 アイリーンはクララの両頬を手で押さえた。


「いい? あたしたちは聖女〝見習い〟。つまり、まだ成長の余地があるってこと! クララはまだこっちに来て一ヶ月くらいでしょ? へこたれるには早すぎるのよ!」


「ひゃい、れも アイリーンさんも 同じくらい なのに しゅごくて……」


「あたしは十歳のころからウチで頑張ってきたの! クララは祈りの鍛錬はここに来てからでしょ? 頑張った時間があなたとは違うの」


 アイリーンの手に力が篭もり、クララが苦しそうにしている。それに気付いたアイリーンがパッと手を離した。クララは咳き込み、息を整え彼女を見据える。

「アイリーンさん、ありがとうございます。私、もっと強くなります!」

 その目には確かな信念が宿っていた。



 翌日、クララが庭のベンチで手紙をしたためていると、ラッセルが声をかけてきた。

「クララさん、聞きましたよ。最近、悩み事があるとかないとか」

「? ええっと……なんのことでしょう?」

「アイリーンに恋の相談をしたとか」

 クララの顔が真っ赤になる。なぜ、彼はセルゲイへの密かな想いを知っているのだろうか?

「ハッハッハッ。図星ですね? でもね、女子寮に聞き耳を立てていたわけではなく、アイリーン本人から聞いたのですよ。他の悩みについてもね」

 ラッセルは乙女の部屋に聞き耳を立てる変態ではないようだ。しかし、アイリーンがラッセルに相談? いつの間にそんなに仲が良くなっていたのだろう。朝起きた時の彼女は確かになにか考え事をしていた様子だ。それを先輩に話すのは想像に難くないが……。


「これは恋の悩みには効きませんが、〝他の悩み〟には効くでしょう」

 差し出された本は埃が被り、『禁書』のハンコが押されていた。

――――『アルテリアの秘史:女神の光と教会の影』エリウス・ヴェリタス著

 そう記された本はあるページにしおりが挟んであった。多分、そのページを読めということだろう。ラッセルを見ると、穏やかな笑顔を浮かべている。


『今よりおよそ三百年前、アルテリア王国は混沌の国より侵略を受け、未曾有の危機に瀕せり。当時の王、ヴァルドリック・フェルド・アルテリウスは異界より使者を召喚し、後の女神と崇められしマリテが降臨せしめられた。

マリテは金色の光を以て混沌の国の軍勢を圧倒し、これを退け、国を救う功を成せり。されど彼女は「地球」と呼ばれる異界の民にして、かの地の宗教、即ち天国と地獄を説く一神教の信徒なりき。

アルテリアを救いし後、マリテは国中を巡り、その教えを広めんとす。ユマン種に特に深く信仰され、旅の果てに殉教せし時、人々は彼女を女神と崇め奉れり。

斯くして、マリテを信ずる者、祈りを捧ぐる者には、魔力適性の有無を問わず、奇跡の力が発現せり。他種族にもその恩恵は及びしこと、記録に明らかなり。

然れども、時を経て教会は多額の寄付を求め、祈りの力を制限せしめたり。これ、ユマン種以外の信徒を排除せんがためなり。他種族は財を持たざる者多く、教会にとっては疎ましき存在と見做されしゆえなり』


 頭がクラクラした。クララはラッセルを改めて見やる。彼は真剣な眼差しでクララを見つめていた。

「この本は図書館の隠し棚で見つけました。どうです? 神の歴史が変わる素敵な書物でしょう」

 手が震える。これはセルゲイに聞いた、マリテ様が彼と同じ地球生まれであるという憶測を確証付けるものになる。天国と地獄、一神教、地球……いつか語った彼の前世の世界そのものだ。


『……という訳で、この村にたどり着いたんです。そして、僕の前世には「天国」と「地獄」って概念があるんです。これはマリテ様の聖書にも登場すると、師匠から聞きました』


『そうなんですね。セルゲイ様にそんな過去があるなんて。さぞ、お辛かったでしょう。女神様が他の異界から来た使者というのは、面白い観点ですね。しかし、憶測の域を出ません』


『やはりそうですか……。村には本屋なんてありませんもんね。そういえば、シスタークララは魔法書を読んだことがあるって言ってましたが、街の図書館に行ったんですか? ルーネの図書館は、すごく大きな建物ですよね』


 いつか二人で語った憶測がこんな形で確証に変わるなんて。ラッセルはこのことを知らないはず。クララは彼にセルゲイと語ったこの話について説明した。

「……そうでしたか。あの青年がマリテ様と同じ地球出身と」

 クララはこの出会いを運命と呼ぶには違和感を覚えた。必然? 神の思し召し? 妖精女王のイタズラ? ――分からない。でも、またセルゲイとの繋がりを感じると、喜びで唇が震えた。


「クララさん、あなたは強くならなければなりません。ユルゲンの事件でクララさんに興味を持ったのは、当たらない勘が当たったのでしょうね」

「私、強くなれますか……?」

 セルゲイの手紙を握りつぶし、うつむくクララ。

「強くならなければいけないんですよ」

 ラッセルの真剣な眼差しがクララを捉えた。


 こうしてラッセル含む風詠みのやいばとの共同での冒険に身を置くことになる。

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