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第七話:白い風と聖なる試練

 クララは修道服に着替え、ギルドに向かう。

(私もセルゲイ様やフェイガードくんみたいにたくましくなりたい……)

 久しぶりに見たハーフエルフの青年は大人っぽくなっていて、隣に並べるか不安だった。自分みたいなちんちくりんより、リリスさんみたいな大人の女性が良いんじゃないかと考えを巡らせる。首を振り、不安を振り払い、ルーネの街を駆けていくのだった。


 ギルドの外では『風詠みのやいば』とセルゲイ、フェイガードが並んでクララを待っていた。

「お待ちしてましたよ。クララさん、ユルゲン行きの馬車が見つかったんで、乗せてもらいましょう」

 ラッセルがクララに手を振り、声をかける。隣ではセルゲイとリリスが楽しく談笑していた。

(やっぱり、お似合いだなぁ……)

 クララの胸がチクッとするのを感じ、目を背ける。

「シスタークララ、どうしました?」

 セルゲイはクララの様子に心配そうに見つめる。彼に心配かけまいと笑顔を作り、「何でもありません」と答えた。


「フェイ、お入り」

 セルゲイが指示するとフェイガードは彼の影の中に入っていった。

「うお、妖精とは不思議なモンじゃのう……」

 ガルドは驚き尻もちをつく。レオが馬車に手を振り、みんなに指示する。

「馬車、もうすぐ出ル。早く乗レ」

 一行は馬車に乗り、ユルゲンへと向かうのだった。


 ユルゲン村に着く頃には陽は傾き始めていた。それでも夕方というには早い時間だ。

「……それじゃあ、オイラはここで行商をしています。ユルゲンの英雄さん、アンタを乗せられて光栄でしたぜ」

 ウインクする行商人に別れを告げ、墓守小屋に向かう。


「エシル、お客さんだよ。お茶をお願い」

 墓守小屋にはクララと同じくらいの年頃の娘がほうきで床を掃いていた。

 エシルは頷き、台所へと消えていく。

「あれが……家妖精シルキー? ホントにあなた、何者よ?」

 リリスがセルゲイの肩を掴み、揺らす。クララは複雑な気持ちのまま見つめる。

「だから、ある事件をきっかけに妖精女王ティターニアさんに、褒美としていただいたもので……。リリスさん、それ以上やると――」

 台所から戻ってきたエシルに引き剥がされるリリス。エシルは無言でリリスを見つめる。

「…………!」

 その無言の圧力に負け、セルゲイとエシルに謝るリリスだった。

「ごめんなさい、つい好奇心に負けて……ううっ、エシル、さん。ホントにごめんなさい」

 クララはホッとし、小屋は笑いに包まれる。


 しばしの休憩の後、『恵みの森』(昔は穢れの森と言われていた)に降り立った。

 レオが鼻でニオイを辿るも、肩を落とす。

「……盗掘人、ニオイ分からなイ。上手く隠れてル。それに薬草のニオイ、すごイ」

 森のそばの薬小屋を指差し、尻尾を丸めた。

「そうなんです。フェイも鼻が効かないと言ってました。アジトはこの森の中にあると思うんですが、住んでるドワーフさんもまったく検討がつかないって言ってました」

 クゥーンと一鳴きし、しょげるフェイガード。その頭を撫でて慰めるクララ。

「フェイくん、頑張ったんですね。よーしよしよし」

 リリスがポニーテールを揺らし、胸に手を当てる。

「それならあっちから出てきてもらいましょ」

 息を大きく吸い、美しい旋律を奏でるリリス。森に歌声が響き渡った。


 木陰から人影が見えてくる。徐々に近づく影に一行は武器を構えた。

「リリスさん、弓を。レオは剣。ガルドは拘束魔法の準備。わたしはみなさんに身体強化の祈りを捧げます。『女神マリテよ、風の加護を我が仲間に! 軽やかに強く、敵をぶっ飛ばせ!』」

 ラッセルが詠唱すると、クララやセルゲイを含めたメンバー全員に風の渦が取り巻く。

 セルゲイにはこの風が黄色に見えているようだ。

 ゆらゆら近づく影は怯えた顔をしていた。

「なんだァ、おめーら……」

「えへへー、イイ気持ちぃ……」

 五人の薄汚れた盗掘人はリリスの歌で惑わされている。レオは剣をおろし、ガルドに指示した。

「敵意はなイ。魔法、使エ」

「あいよ、『バインド』!」

 杖を振り、唱えるとどこからか紐が現れ、五人に巻き付いた。


 無事、盗掘人を捕まえることに成功した一行はアジト探しに出かけた。

「彼らの魔力の残滓は灰色ですね。こっちです」

 セルゲイの目を頼りに森へと進む。かなり奥まった場所で辺りは薄暗かった。ガルドが「ライト」と唱えると光の玉が浮き、クララたちを照らす。

 時間は夕方になり、ガルドの灯りだけが頼りだ。

「かなり奥まで来ましたが、大丈夫でしょうか?」

 クララが不安を漏らす。

「大丈夫、灯りもあるし、私達もついてる。何かあればクララは私達が守る」

 リリスが後ろからクララの肩に手を置き、頭を撫でる。それを見たラッセルが眼鏡を光らせ「年上からの手ほどきもまた……」と呟いた。


「あの洞窟が怪しいぞ! ほぅれ!」

 ガルドは光の玉をもう一つ作り、洞窟に飛ばした。レオがニオイを嗅ぎ、目を見開く。

「人がいル! みんな、構えロ!」

 洞窟内を慎重に歩くと、縄で繋がれた人がいた。足は折られて、口には布を噛ませている。

「んーー! んんー!」

「大丈夫ですか?! 今、拘束を解きます!」

 クララは真っ先に捕縛された人に駆け寄り、縄と布を解く。

「トムさんじゃないですか! なぜこんなところに……」

 セルゲイが足を折られた農夫に声をかける。

「いやぁ、作業が夜までかかっちまってよ……いててっ。墓場に誰かいるなー、セルゲイかなって声かけたらこのザマだよ」

 農夫は呑気に答えるも、折られた足を痛そうに触っていた。

「まずは足を治しましょう。『女神マリテよ、かの者を癒やし給え』」

 クララが祈ると小さな光が農夫の足を包んだ。しかし、折れた足を治すには力不足だ。セルゲイはフェイに「シスターの補助をお願い」と頼む。フェイガードから白い風が溢れ、クララの光は輝きを増す。


「おー、よく見たらシスタークララじゃないか! 久しぶりだね。冒険者さんとセルゲイもありがとね。このまま帰れないんじゃないかって、諦めてたよー」

 のほほんと笑うトムに、セルゲイは心配そうな顔を向けた。

「そんな呑気に笑わないで下さい。ご家族も三日も帰らないって心配してたんですよ!」

 その言葉に事の重大さを知り、わんわん泣き出す農夫。彼のほのぼのしたところは美徳だが、今回ばかりは家族に叱られるかもしれない。


 盗掘品を確認するとロザリオやネックレスなど、高価そうなものが雑然と置かれていた。

「棺桶から盗むなんざ、人間のすることじゃねぇな」

 ガルドが呟くとリリスやレオも同情する。異種族である彼らが言うのだから盗掘人の行いは、まさに『人でなし』だろう。

「戻ったらこの遺品を教会に報告しますね」

 セルゲイがみんなに告げると、五人は頷いた。


 すっかり夜になった墓地に帰るとクララは村を眺めた。

(祈りの力……。まだまだ、私はセルゲイ様の隣に立てないな。フェイくんに助けられてやっとトムさんの足が治ったのだもの。ラッセルさんならきっと一発で治せたに違いないですね……)

 その様子に気付いたラッセルが声をかける。

「今日はお疲れ様でした。トムさんも無事、家族のもとに帰れて良かったですね」

「ラッセルさん……。私、力不足でした。ラッセルさんならあの傷を癒せたのではないですか?」

 ラッセルは眼鏡を直し、空を見上げる。

「……そうですね。わたしなら、治せました。しかし、クララさんの癒やしの力を高めるには実践が一番だと思うんです。ルーネの市場の時もそうだったでしょう。わたしはクララさんに成長してほしいんです」

「どうして、ラッセルさんは私を気にかけてくれるんですか?」

 風に揺られるウィンプルと赤銅色の髪。潤んだ翠眼が彼を捉えた。

「この村の事件は教会からも冒険者からも聞いていました。わたしはね、運命を感じたんです。神の思し召しだって。クララさんが成長して、力をつければ教会のユマン至上主義も変わると思うんです」

 眼鏡の下の青い目が優しく笑った。

「ま、わたしの当たらない勘ですけどね」

 ラッセルが白百合を摘み、クララの髪に挿す。

「ラッセルさんも教義に疑問を?」

「ええ、レオやリリスさん、ガルドにもマリテ様の御手は届くと信じてますよ」

 クララとラッセルは微笑み合って、星空を眺めた。


 二人が星空の下、笑い合っている頃、レオは木陰に潜む人影を気にしていた。

(この気配……あの黒ずくめダ)

 ユルゲンまでついてきたのか? なんのために? 疑問は浮かぶが、向こうがアクションを起こさない限り、こっちも手は出せない。もやもやした気持ちで森を見つめてると、セルゲイが声をかけてきた。

「レオさん、あの人知ってるんですか?」

「一ヶ月前かラ、クララを見ていル。アイツ、敵意はないって言ってタ。でもなんか変ダ」

 セルゲイはその言葉に考え込む。

「実はあの影から青い風が見えるんです。魔力も強いみたいで、周りを風が渦巻いてます。ここの村や教会にも現れては、シスタークララについて嗅ぎ回ってました。……一ヶ月弱前から」

 二股尻尾の黒い犬がワン! と吠えると、セルゲイが「うん、そうだね」と話している。念話でフェイが彼に伝えているのだろう。

「アイツ、何者ダ?」

 レオの金色の目が光る。

 風に揺れる薄茶色の髪が月光に揺れて、青や紫に光っていた。セルゲイは風で乱れた髪を耳にかけ、目の前の狼獣人にその問いを答えた。

「分かりません。でもあの徽章きしょうは王家のものでしょう? 領地代行官のスミスさんが仰っていました」

 ふむ、とレオが考え込み、クララとラッセルを見る。

「あの二人のことが、気になるカ?」

 セルゲイは顔を赤くし、肯定する。

「ラッセルはルーネの修道士で、クララとは先輩後輩だそうダ。見てる限り、それ以上の関係ではなさそうダ」

「……そうなんですね。教えてくれて、ありがとうございます」

 ペコリと頭を下げると、二人のもとへ駆け寄っていった。


「シスタークララ! ラッセルさん! 夜は冷えます。そろそろ家に入りましょう!」

 声をかけられたクララが満面の笑みでセルゲイに近寄る。

「セルゲイ様。そうですね、ではラッセルさんも呼ばれましょう」

「確かに冷えてきました。エシルさんも心配するでしょう。では行くとしますか!」

 ラッセルがそう言うと、近くにいたガルドとリリスにも声をかける。風詠みの刃たちは墓守小屋へと帰っていった。


 翌日、盗掘人たちをルーヴェン伯爵のもとで働くスミスへ引き渡し、討伐証明にサインをもらい、セルゲイと別れた。

 昨日乗せていってもらった行商人の馬車に揺られながら、眠い目をこするクララ。それに気付いたリリスが彼女を気遣う。

「昨日はよく眠れた? クマがひどいわよ?」

 リリスがそう言うと、クララはあくびしながら答えた。

「……少し考え事をしていまして。ラッセルさん、レオさんも眠そうですが、大丈夫ですか?」

 二人も眠そうな様子だ。昨日の黒ずくめの件で、夜も眠れなかったのだ。

「……大丈夫ダ。クララ、ちょっと寝ておケ。ガルドも、ほラ」

 レオの視線の先にはいびきをかくガルドの姿。鼻ちょうちんを作り、夢の中だ。

「そうですね、では失礼してお休みします」

 そう言うとリリスの肩に持たれ、小さな寝息を立てる。

 レオもラッセルも馬車の揺れに身を預け、一行はしばしの休息を得たのだった。


 行商人の馬車をつけるもう一つの馬車。その中にクララに付きまとう黒ずくめの姿があった。

「クララ、キミは教会の光となりうる人物だよ。ボクの当たる勘がそう言ってる――」

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