第六話:墓地の光と癒しの光
ラッセルの謹慎から一ヶ月。クララは不安定ながらも、修道院での修行で力が少し安定してきた。アイリーンからは口酸っぱく「無理はしないで」と釘は刺されたものの、自分の使える力の限界を超えることもある。その度、アイリーンが看病し、クララは彼女との友情を深め合っていた。
セルゲイからはあの手紙を機に、頻繁にやり取りをしている。ユルゲンの事件以来、妖精女王から賜った妖精についても記されており、帰省の楽しみが出来たとクララは喜んでいた。
その日も転送装置の管理人の老シスターにセルゲイからの手紙を受け取り、クララは小走り気味に自室にこもった。
『シスタークララへ
前略。ルーネの街には慣れましたか?
僕はフェイガードやエシルのいる生活にやっと慣れたところです。
チャーチルドッグのフェイは、墓地に出たアンデッドや盗掘人の退治に一役買っており、僕の仕事も捗っています。死んだ師匠が見たら「アンデッドが出ないようにするのがワシらの仕事じゃ」と怒られそうです。
エシルは墓守小屋の家事全般を担ってくれる家妖精ですが、僕は尻に敷かれて「女主人」といった具合です。寡黙なのに、彼女ったら威圧がすごいんだ。
クララに二人を直接紹介したいな。
村の人たちも伯爵の統治下に置かれ、僕やゾーイ婆さんにも普通に接してくれています。頻繁に視察と言いながら、スミスさんも訪ねてくれるんですよ。そうそう、スミスさんはユルゲン村の統治管理人になっているそうです。
クララがいなくなってみんな寂しがっています。僕もその一人です。早く会いたいです』
セルゲイからの手紙に微笑むと大事そうに抱きしめる。
「私も、会いたい……」
目をつむるとユルゲンの牧歌的な風景が浮かぶ。その村の端に墓地があり、セルゲイがこちらを向くとクララに微笑んだ。
「クララー! ラッセルがあなたを呼んでるわよー?」
扉越しのアイリーンの呼ぶ声で、クララはハッとする。
ラッセルとは謹慎が解けてからも交流があり、『風詠みの刃』とも顔を合わせることもあった。その度に仲間の大切さを教えてもらっている気がする。
簡単に身支度を整え、扉を開ける。
「今日はアイリーンさんは『癒やしの日』でしたっけ?」
「そーなの! 聖女見習いの中で一番力が使えるからって、教会での奉仕活動よ。まったく、せっかくの休息日なのに……」
ブツブツぼやきながら髪を弄るアイリーンにクララは「少し羨ましいな」と呟いた。
教会での『癒やしの日』とは高額なお布施をいただく代わりに、『女神の奇跡』で病気や怪我を治療する日だ。朝から夕方、緊急時には夜間にも対応するが、癒やしの力が使える神官が担当する。
ラッセルも適性があるので打診があったが、冒険者パーティへの奉仕を一番にしたいと断っていた。
愚痴るアイリーンとともに私服姿で修道院の外へ出る。彼女は仕事なので修道服のままだ。いつかはアイリーンとお揃いの服なんか着てみたいという可愛い欲求に、クララは首を振り「そんなワガママ言っちゃダメ」と否定するのだった。
「……でね、その病気の信徒が……。って聞いてる? クララったらたまにぼーっとしてるんだからっ」
アイリーンが眉間にシワを寄せ、クララを小突く。
「ごめんね。でも聖女見習いとして、正式なお仕事しているなんて羨ましいな」
困惑した笑みを浮かべるクララに彼女は肩を落とす。
「見習いの内に友達といっぱい遊ぶって決めていたから、あたしはクララが羨ましいわ。風詠みのメンバーとも仲良くなっちゃってさ。クララの親友の席はあたしなんだからね!」
クララの腕を組み、引っ付くアイリーン。門の前で待っていたラッセルが口元を両手で押さえ、「トゥンク!」と呟いていた。
「それじゃ、二人とも夜にね!」
手を振り、教会に向かうアイリーン。ラッセルはクララに向き直り、言う。
「さ、風詠みのみんなが待っています。ギルドに向かいましょう」
ギルドの扉を開けると、レオ、リリス、ガルドがこっちに駆け寄ってきた。
「おお、娘っ子よ、待っとったぞ!」
ガルドの大きな声がギルド内に響き渡る。
リリスがジト目でガルドを睨む。
「〝娘っ子〟って私と被るじゃない。いい加減、呼び名を変えなさいよ」
とガルドを小突いた。レオは呆れて肩を落としている。
「みなさん、こんにちは。ラッセルさ――」
クララがラッセルに声をかけようとするも、カウンターにいる受付嬢マドリーに夢中になっている。
「アイツのお気に入りの受付嬢ダ。ああなるとしばらくは帰ってこなイ」
首を振り、耳を垂れてうなだれるレオ。クララたちはラッセルの様子を呆れながら見ていた。
「困ったな。マドリーさんが一番話しやすいのに……」
一行の奥で壁に背中を預ける見慣れた尖った耳が呟くのが聞こえた。――セルゲイだ。
クララがその声の方に振り向くと、セルゲイも反応する。
「シスタークララ? ……おっと、失礼」
黒ずくめの男にぶつかりながら、クララの元へ歩み寄るセルゲイ。レオはぶつかった男のニオイに嗅ぎ覚えがあった。一ヶ月前に酒場で会ったあの黒ずくめだ。
レオはラッセルを乱暴に掴み、耳打ちする。
「あの黒ずくめ、酒場で会った例のやつダ」
ラッセルはその言葉に溶けた顔を戻し、黒ずくめの行方を追った。しかし、見える範囲にはいない。レオに合図を送り、クララのそばを離れないよう指示した。
「セルゲイ様! あら、このワンコさんがフェイガードくんですか?」
セルゲイのそばに大きな黒い犬が行儀よく座っている。目は赤く、賢そうだ。
「そうです。チャーチルドッグのフェイガードです。ほら、フェイ。シスタークララだよ」
そう言うとフェイは一吠えしてクララに尻尾を振る。頭を撫でるとはち切れんばかりに尻尾を大きく振った。よく見ると尻尾は二股だ。
「チャーチルドッグですって?! 伝承の存在とばかり……!」
リリスが目を大きくする。セルゲイを見やると、自分とは違う尖った短い耳を持っていた。
「……ハーフエルフ?」
そう言うと、セルゲイの体がビクンッと跳ねた。
「あ、エルフ……さんですよね? シスタークララのお友達ですか? 僕はセルゲイと申します。よろしくお願いします……」
おずおずと手を差し出し、握手を求めた。リリスは笑顔で握手に応じ、セルゲイに挨拶する。
「私はリリス。弓使いで『風詠みの刃』の一員よ。あなた、只者ではないのね」
「僕を拒まないんですか? あの、エルフってハーフエルフを憎んでいるのでは……」
その言葉に鼻を鳴らし、リリスは言葉を紡ぐ。
「エルフの村の連中はたしかにそうね。あと、エルフ至上主義のバカ共とか。私はそんなことしないわ。それに、ルーネは誰でも受け入れる。セルゲイ、あなたもこの街の肌を分かってるでしょ?」
クララも頷き、セルゲイに向き直る。
「ここは色んな人が行き交う交易の都市です。セルゲイさんもこんな街にユルゲンをしたいんですよね」
「……そうだね。僕も村をこんな栄えた街にしたいな。スミスさんの協力がないと難しそうだけど」
セルゲイの足元でパタパタ尻尾を振るフェイ。彼は念話でセルゲイを慰めていた。
(あるじよ、リリスというエルフは少なくとも敵じゃない。ニオイで分かる)
セルゲイはフェイの頭を撫で、頷いた。
「ガッハッハッ、難しい話は終わったか? セルゲイ、お前さんは墓守じゃろう? ギルドには何しに来たんじゃ?」
ガルドの明るい声で、セルゲイは用事を思い出したようだ。
「ああ、盗掘人がいまして。アジトが分からず困っていたんです。それでここに依頼を出そうと来たんです。……でも、なぜ僕が墓守だと分かったんです?」
セルゲイの疑問に、ヒゲを撫でながら答える。
「〝土の匂い〟じゃよ。それと、ゾーイの婆さんの話も聞いとったんでな。ユルゲンにハーフエルフの墓守がいるとな」
クララとセルゲイは目を丸くする。ゾーイは怪しい薬を売る自称魔女の老婆だ。
「「ゾーイさんをご存知で?!」」
二人の声がギルドに響き、注目を集める。二人は顔を伏せ、周りに謝った。
「なんじゃ、なんじゃ。二人とも仲良しコンビじゃないか。わしはゾーイとともに生き延びたドワーフの一人じゃぞ? 聞いとらんかったか?」
「「聞いてません!」」
二人は飄々としたガルドの態度にまたも大きな声を出した。
「とりあえず、なんじゃ、依頼を出してくるといい。その盗掘人のアジトの探索、わしらが受けようじゃないか。のう、みんな」
ラッセルたち三人は顔を見合わせ、頷く。
「クララさん、修道院に外泊の予定を入れといて下さい。名目は『信仰の試練のため』で良いでしょう。ちょっと早めの帰省ですよ」
ラッセルがそう言うと、クララは駆け足で修道院に向かった。