第三話:街の喧騒と風の仲間
夕焼けに彩られた人々の顔。傷だらけの冒険者一行とおぼしき集団とすれ違う。
「やっぱり僧侶、入れたほうが効率良いよなぁ。出来れば女の子! あんな赤毛の子とかいいよな、オレ正直タイプだわ」
ユマン種の剣士と思われる男がクララを指差し言う。クララはその言葉に居心地が悪くなった。
(やっぱり街に出る前に私服に着替えたほうがよかったな……。でも持ってないし……)
剣士を睨みつけるラッセルとアイリーン。その視線に気づき、そそくさと立ち去る冒険者たち。
クララは一連の流れを気にも止めず、服屋の店先を見つめた。色とりどりのワンピースに心躍らせては、値段を見て一憂するのだった。
「なーに見てんの? あ、この服クララに似合うかも。すみませーん! この服、あの赤毛の子に試着させてほしいんですけどー!」
オリーブ色の髪のアイリーンが店員にお願いする。店員は素早くクララを試着室に案内し、ワンピースに着替えさせた。
ワンピースはベージュを基調としたもので、胸元が開いている。袖は広く、動くたびにヒラヒラと二の腕辺りを踊っていた。黒のコルセットがセットになっていて、スカート部分にグリーンの挿し色のある、ふくらはぎ辺りの丈だった。
いわゆる、巷の町娘といった出で立ちだ。
アイリーンとラッセルが小さな拍手を送る。店員は三人に笑顔で説明をする。
「お似合いです! ここに挿し色と同じグリーンのネッカチーフを首に巻いていただいたり、頭につけたりすることでコーディネートに統一感がうまれます!」
店員がクララの首にネッカチーフを巻き付け、得意げに三人を見る。
鏡の中の自分にウットリしているとアイリーンは手を叩き、クララに笑顔を向ける。
「良いじゃない! これ、くださる?」
アイリーンの言葉に驚きの顔を隠せないクララ。
「そんな……、悪いです」
彼女はクララに財布を見せ、さっさと支払いを済ませてしまった。
「あの! 〝女神の恵み〟(お給金)が入ったら、必ずお支払いしますので――」
人差し指を口元に当てられ黙るクララ。チッチッと舌を鳴らし、アイリーンは言う。
「いいの。あたしは貴族、あなたは庶民。つまりはこれもノブレス・オブリージュってことよ! お近づきの印なんだから受け取ってよ」
理屈が通るか通らないか分からない理由でクララを押し切った。のぶれす……? という意味は分からなかったが、あまりにも自信たっぷりなのでクララは固まってしまった。困惑するクララをよそ目にラッセルが二人に近づく。
「それではネッカチーフはわたしからのプレゼントということにしましょう」
ラッセルが二人に言い、店員に代金を支払った。
「まいどあり!」
店員の元気の良い声を後に、二人に背中を押される形で店を出たクララだった。
「お二方、ちょっとギルドに寄っていただけますか?」
クララとアイリーンはラッセルに「?」という顔を向ける。
「見習い聖女さんたちに先輩修道士からのちょっとした授業ですよ」
ますます、はてなマークが浮かぶ二人。
それをよそ目に先陣を切って歩くラッセル。眼鏡の下の表情は見えないが、口元は笑っている。文字通り可愛い後輩が出来て嬉しいのか浮足立っていた。
剣と盾のマークの看板の扉を開くと、ドアチャイムの鐘が鳴り響く。
「ようこそ、冒険者ギルドへ!」
受付嬢が三人をにこやかに迎え入れた。
「ああ、マドリーさん。例の――」
ラッセルが受付嬢と話している間、クララとアイリーンは屈強そうな冒険者たちに圧倒されていた。その中に先ほど街でクララを指さした剣士の姿があった。
「お、赤毛のシスターさん! もしかしてパーティ募集中? それならオレのとこに来ない? 『銅貨の乱刃』ってここいらじゃ有名だよ? あ、ツリ目の緑髪の子はオレの友達を紹介するからさ」
勢いにまた圧倒され、クララは困惑しながらも乾いた笑いで応える。
アイリーンはムッとした顔で二人の間に割って入った。
「あんた、さっきの失礼なやつね? クララは渡さないんだから!」
ちらりとラッセルに目配せをしたが、話に夢中でこちらを向かない。やきもきした気持ちと恐怖でアイリーンの顔が歪んだ。クララは怯えきって震えている。
「へぇー! クララちゃんっていうんだ。可愛い名前だね! ますますオレ、気に入っちゃった。オレ、Dランクで『銅貨の乱刃』の剣士だぜ。リーダー、リーダー!」
クイッと親指で自身を指差しクララに迫る。クララの肩に手を置き、顔を近づける。その強引な態度に恐怖し、二人は目を瞑った。
――――その時。
「やめておケ。このニンゲン、嫌がってル」
クララとアイリーンの間に割って入る、白い毛むくじゃら。隣には長弓を持った金髪のエルフ、杖を携えた背の低いずんぐりした黒髪のドワーフも立っていた。
「クララさん! アイリーンさん! ごめんなさい、ちょっと目を離した隙に……。大丈夫でしたか?」
白い毛むくじゃら、もとい狼獣人の元にラッセルが慌てて駆け寄る。彼は眼鏡をかけ直し、声をかけてきた剣士に向き直った。
「先ほどもお会いしましたね。『銅貨の乱刃』のリーダーさん。わたしたちは『風詠みの刃』の僧侶、ラッセルです」
彼は彼女たちにかけた優しい口調から厳しいものへと変わり、目つきが鋭くなる。他の冒険者たちも『風詠みの刃』と聞いてざわつく。
「おい、あいつらって……」
「ああ、Eランクから三ヶ月足らずでCに上がったあの……」
『銅貨の乱刃』のリーダーもその名を聞いて、みるみる顔が青ざめる。
「あー、二人とも『風詠みの刃』……さんたちとお知り合い? あっはは、参ったなー」
ポリポリと頭を掻き、仲間たちに「おい、ずらかるぞ」と声をかけ、脱兎のごとくギルドから出ていった。
その様子にギルド内から拍手喝采が起こる。
ラッセルたちは照れくさそうにみんなに小さく手を振ると、クララたちに向き直る。
「すみません。あいつらは可愛い子にちょっかいをかけると有名な奴らなんですよ」
「ラッセル、この子たチ、困ってタ。なんで目を離しタ?」
白い狼獣人が彼に詰め寄る。続くように金髪緑眼のエルフの女性もラッセルを責めた。
「そうよ、なに受付嬢にうつつを抜かしてんだか!」
黒髪黒目のドワーフもうんうんとヒゲを触りながら頷いてる。
「まったく、最近の若いモンは目端も利かんのか!」
「まぁまぁ、とりあえずメンバーは揃いました。ちょっと外でお話しましょうか!」
誤魔化すようにラッセルはメンバーに言い、ギルドの扉を手で指した。
すっかり暗くなったギルド建物の路地に場所を移した一行は、ラッセルを一斉に睨んでいる。
「クララさん、アイリーンさん。改めて紹介します」
彼はたじろぎながら可愛らしいシスターにパーティのメンバーを紹介した。
「この狼の顔をしたカタコトの獣人はレオ」
「よろしク。困った時はオレが助けル」
白い体毛はふわふわで手入れが行き届いている。着ている鎧は銀色で多少の傷はあるものの、ピカピカ光っていた。
牙を見せて笑うレオにクララはセルゲイを思い出し、「優しい人」と呟いた。
「私はエルフの弓使い、リリスよ」
金髪緑眼の女性が長弓を肩に担ぎ、優雅に一礼する。
「いつも歌が好きでね、よく歌ってるの。ご近所でも評判なんだから」
リリスがふわりと微笑むと、アイリーンが「知ってる! 修道院にも届いているわ」と目を輝かせた。
「んで、わしがドワーフの魔法使い、ガルドじゃ」
背の低い黒髪の男が杖を振り、「ライト!」と唱えると光の玉が宙に浮いた。
「見た目は小さいが、魔法はデカいぞ!」
クララは小さく拍手を送り、「すごい方たちですね」と呟いた。
ラッセルが眼鏡を直し、咳払いをする。
「これが『風詠みの刃』です。風を詠み、刃を振るうわたしたちの仲間だよ」
と締めた。
ラッセルは仲間に後輩たちを簡単に紹介し、真剣な眼差しでシスターたちを見る。
「教会では人間至上主義を貫くけど、実際はこうして他種族とともに冒険なんかもしている。わたしは修行中の身なのであまり貢献できていませんが、それでも彼らは仲間であり、家族です。それに――」
ニヤリと笑うと「これも修行の一環として教会が黙認しています」と呟いた。
彼は手を広げ、笑顔で言う。
「これが先輩修道士の授業でした! 教会では習いませんからね。あ、騎士団の訓練や、教会での治癒の手伝いもこれと一緒で、『民衆に信仰を伝道する行為』に含みますので、よしなに」
クララとアイリーンは顔を見合わせ、吹き出した。レオ、リリス、ガルドも一緒に笑い、辺りは温かい空気に包まれた。
三人は夜でも明るい街を後にし、修道院へ向かった。
アイリーンが鼻を鳴らし笑う。
「あの『銅貨の乱刃』、みっともなかったわね! リーダーって笑っちゃう!」
クララはあのリーダーの真似をして親指で自分を指す仕草に、思わずつられて笑ってしまう。
「彼らはDランクだからね。わたしたちが彼らを抜かし、Cランクになった時は驚いたよ。でも、クララさんを守れてよかった」
ラッセルは安心した様子で言った。
クララは二人からの大切な贈り物の包みを大事そうに抱きしめ、お礼を言う。
「ありがとうございます、お二人とも。服も仲間も……素敵な日でした」
風が吹き、エルフの歌が遠くから聞こえる。クララはセルゲイへの手紙を思い出し、「彼にも伝えたいな」と心に決めた。