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第二話:祈りと光と友情の味

 この時間は礼拝と聖書の朗読の時間だ。


 修道士と聖女見習いたちが礼拝堂に集まり、女神マリテへの賛美を捧げる。


 司祭に聖書の一文を朗読するよう指示されたラッセルが、中低音の声で読み上げ、司祭がその一文を解説する。


「……と言うように、女神マリテ様は人間であるユマン種に救いの手を差し伸べて下さりました。ここまでで何か質問は?」


 何人かが手を挙げ、司祭が答える。

 クララはユマン種、という点で引っかかったが、手を挙げなかった。村で同じ場面で他種族にも救いの手を差し伸べるのではないかと聞いたところ、異端扱いされ、罰を与えられたからだ。ユルゲンの旧司教にムチで打たれた背中が疼いた。


 そして礼拝の時間になり、一斉に祈りを捧げる。

 礼拝堂のステンドグラスから差し込む柔らかな陽光が、クララを照らした。

 彼女の声は低く響き、「マリテよ、我々に癒しを」と繰り返す。


 他の見習いの指先には小さな光が灯ったが、クララの手は静かなままだった。

 一方、アイリーンはひと際まばゆい光を放っていた。

 ステンドグラスに反射した光は虹色に輝いている。

「トーゼンよ!」

 彼女は鼻高々だ。クララはその様子に小さく拍手を送る。

 心の中で「いつか私も……」と呟いた。


「クララ、焦らないでね。あたしほどは無理でも、時間と根気で出来るものよ」

 アイリーンは微笑み、アドバイスを送った。それは嫌味ではなく、彼女自身の体験によるものだった。



 修道院の食堂は長テーブルの上に等間隔に燭台が置いてあり、椅子がキレイに並んでいた。


 それぞれ好きな席に座る。クララを挟むようにラッセルとアイリーンが着席した。


「やっとお昼ね。もうお腹ペコペコよ」

「わたしもです。クララさんもでしょう。まぁ、質素な食事なので満足感はないかもしれませんが」


 教会の食事とは庶民と比べると質素なものだ。

 小麦粉入りのライ麦の黒パン、人参やじゃがいも、玉ねぎ、ひよこ豆の野菜スープに少量のチーズ。肉が出ることは稀である。


 しかし、ユルゲン村はもっと質素なものだ。ライ麦のみの固い黒パン、じゃがいものスープのみ。チーズは稀に出るくらいで肉は出ない。


 提供された食事を不満そうに口に運ぶ見習いたち。

 アイリーンは眉間にシワを寄せながら木のスプーンにすくったスープに

「味気ない……。すごく味付けが薄いわ……」

 とぼやいた。

 ラッセルがそれをたしなめる。

「でも食べないと夜まで持ちませんよ。それに質素さも信仰の一部さ」


 そんな中、満足そうに微笑むクララ。


 クララはスープを啜り、ひよこ豆の柔らかさと塩気が舌を温めるのを感じた。ユルゲンでは凍えた夜に冷たいじゃがいもスープをすすった記憶が蘇り、「これなら贅沢だ」と顔が綻ぶ。


 ここの食事はユルゲンより味付けがされており、贅沢な味だった。

 スープの温かさに舌鼓を打ち、パンをちぎって口に運ぶたび、その柔らかさに顔が綻ぶ。

「女神の恵みに感謝します!」

 と呟くたび、他の見習いたちはクララを奇異な目で見ていた。



 食後、クララは庭のベンチで羊皮紙を広げ、手紙をしたためた。


『拝啓 セルゲイ様へ

ここルーネの街は賑やかで、楽しい場所です。

エルフの歌が風に溶けるのを聞いて、あなたの魔法を思い出しました。

修道院の生活が始まる中、私の胸は期待と不安でドキドキしております。

庭に咲く花が白百合に似ていて、懐かしいです。

セルゲイ様はその後、村ではどうですか?

お返事、気長に待っています。

          クララより』


 ルーネに来た時に聞こえた歌が聞こえる。美しい旋律に耳を傾けながら、クララは教会の転送装置の部屋を訪ねた。


「ごめんください。ユルゲン村のセルゲイ様宛に手紙を送りたいのですが」


 管理人の老齢のシスターがにこやかに対応する。

「おや、シスタークララ。ごきげんよう。分かりました、これは預かっておきますね。ユルゲン村の教会にこの手紙が届いて、そこから教会の者がセルゲイさんに渡しますからご安心下さい」

 その言葉に胸をなで下ろすクララ。


 シスターはシワだらけの手で手紙を受け取り、続けて言葉を紡ぐ。

「ユルゲン村はこの間まで手紙も村人に届けなかったそうだけど、新しい司祭様になってからはちゃんと届けるようになったみたい。行商人経由も時間はかかるけど、味があって良いけどもね。便利になってよかったわね」


「ええ、私だけでは限界がありましたから、助かります」

 クララはユルゲンでは村人たち宛の手紙を善意で届けていた。しかし、転送装置に届いた手紙を確認した教会の旧司教派の者が勝手に検閲し、破り捨てることもあった。一人では限界があった。


「昔はワタシも恋文を書いたよ。今はちゃんと届くよ、大丈夫」

 と老齢のシスターが笑う。その言葉にクララは顔を赤らめる。


「それではよろしくお願いします」

 クララはシスターに顔を見られないよう急いで頭を下げ、部屋を後にした。



 午後からは修行と教義の学びの時間だ。

 聖女見習いたちが修道院長から女神マリテの教義を学び、祈りの実践を続ける。


「それでは〝祈りの持続力〟を高める課題を始めます。用意、はじめ!」


 クララは礼拝堂の隅で膝をつき、祈りの言葉を繰り返した。

 声が掠れ、額に汗が滲むが、「ユルゲンで皆を救った時もこうだった」と自分に言い聞かせた。


 他の見習いが疲れて座り込む中、彼女だけが立ち続けていた。

 修道院長が近づき、「信仰は〝無理〟じゃありませんよ、心が開けば自然と出来るようになるものです」と優しく諭し、彼女は少しだけ肩の力を抜く。

 すると丸くなった姿勢が真っすぐになり、声の通りも良くなった。祈りの境地に立てる! そう思ったところでパタリと座り込んでしまった。


「シスタークララ、よく頑張りましたね。みなさんも見習うように」


 褒められたクララは照れくさそうに笑った。

「クララ、あなたすごいわね! あたしなんて五分も持たなかったのに三十分も祈り続けるなんて」

 アイリーンが抱きつき、クララは顔を赤らめる。

「院長様がお声をかけてくれなかったら、私も持たなかったです……。アイリーン、近いです。一旦、離れて!」

 彼女はクララを離し、頬を膨らませた。

「なによ、別に女の子同士なんだし良いじゃない。ケチね」

 拗ねるアイリーンに慌てて弁解する。

「違うの! 汗臭いと思ったから……。傷つけたならごめんなさい」

 彼女はジト目でクララを睨んだが、すぐに満面の笑みを浮かべる。

 礼拝堂の扉の隙間からラッセルが「記念に絵に収めたい」と言っていたのは別のお話だ。



 夕暮れ時。

 夕日がステンドグラスを赤く染め、祈りの声が静かに響き合う。

 共同の祈りの後、ラッセルに声をかけられた。

「この後、街に出かけませんか?」


 アイリーンがクララに代わり、反応する。

「キャー、デートぉ? なによ、もうそんな関係?」

 と目を輝かせた。


「違いますよ、アイリーンさん。観光がてら街を案内するだけですよ。クララさんに見せたいものもあるし」

 ラッセルが笑って答えた。

 クララは顎に人差し指を当てて呟く。

「ルーネの夜ってどんなだろう」


「なぁんだ。それならあたしも行く! 市場の甘いお菓子が食べたいわ!」

 アイリーンは手を叩いた。


 クララは楽しそうに二人を見つめ、答える。

「いいですね。一緒に行きましょう」


 三人は夕暮れの修道院を後にし、賑わうルーネの街へ飛び出していった。

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