第十三話:聖女の休息と風の導き
ガルドランからユルゲンまでは徒歩だと数日はかかる。馬車だと三日くらいなので長から馬と荷台を借りた。
荷台に座り、アイリーン宛の手紙を書こうとするクララだったが、手が震えて字が乱れる。レオが見かねて声をかけた。
「クララ、疲れてル。寝ておケ」
御者台にラッセルとリリスもこちらをチラリと心配そうに見る。ガルドは鍛冶道具を手になにやら細工を作っていた。
「そうします……」
クララはレオのふわふわの体毛に身を預け、小さな寝息を立てた。レオの尻尾がゆらゆら揺れる。
リアン王子はそんなクララの様子を見て呟く。
「快適な旅の提供が出来なかったかな? 顔色が悪いね……」
手元の作業に集中しながらガルドは王子に言う。
「根を詰めすぎただけじゃろ。今は休ませるのが優先じゃろな」
夕方。陽は地平線からはまだ遠いものの、一行は森の開けた場所で野営をすることにした。クララを起こし、まだ疲れの残る彼女を気遣い、敷物の上に寝かせる。その間、各自は食料や水の調達に向かった。リアンは火の番と見張りを買って出る。
「野盗が出たらボクの魔法でなんとか出来る。それに野草の見分け方はボクには分からない。ここでクララと一緒にいるよ」
風詠みの刃は若干不安だったが、任せることにした。
レオとリリスが食料調達、ラッセルとガルドが水と野草摘みをし、戻ってくる頃には陽は地平線に沈んでいた。
美味しそうな匂いに気付いたクララは、ムクリと起き出す。
「……っ。ごめんなさい! 野営の準備、手伝えませんでした!」
「ガッハッハッ! 気にするでない、娘っ子。ほれ、エルフのがヤマシギを獲ったから丸ごと鍋にしとるぞ。こっちはレオが獲ったイノシシを丸焼きにしとる」
焚き火の音とグツグツ煮える鍋。辺りに漂う肉の焼ける匂い。森の恵みに感謝しつつ、一行は舌鼓を打つ。
「ここ、うまイ。クララは精をつけるべきダ」
レオが焼けた肉をクララに渡し、口角を上げ、牙を見せる。クララが肉を噛むと肉汁が口の中で溢れる。旨味が広がり、体中がぽかぽかと温まった。
「ヤマシギは巷では高級食材よ。内蔵も美味しくて有名なんだから。キノコと一緒に食べると格別なの」
リリスに勧められた木の器の中には鳥肉と山菜、キノコが浮いている。スープをすすると顔に熱が帯び、ほんのり汗をかいた。キノコと山菜を口に入れ、鳥肉をスプーンですくう。口に運ぶとしっかりとした味わいだった。
「鶏より味が濃いですね。スープにも味が乗ってます」
ルーネでは滅多に味わえない旅の醍醐味だろう。山菜の苦みも、キノコのシャキシャキとした食感も、クララの疲れを癒やすには十分だった。
リリスがおもむろに立ち上がり、ひと呼吸置くと歌い出す。
『風が囁く 遠くの声を
木々の間を抜け 夜を越えて
光が導く 旅の果てに
静かな希望が 心に灯る 』
クララの肩が緩み、目を閉じた。
ガルドが肉を焼きながら「良い歌じゃ」と呟く。レオの耳がピクピク動き、聞き入っているようだ。
『白い花咲く 丘の彼方で
風が運ぶは 古の祈り
闇を裂いて 光が降り
癒やしの手が 全てを抱く 』
クララの脳裏にユルゲンの白百合とセルゲイの笑顔が浮かんだ。
『星が瞬く 空の下で
風が歌えば 絆が響く
導く光は 強く優しく
旅の終わりを 照らし続ける
風の谷間に 聖なる影が
祈りを紡ぎ 未来を描く
光と共に 歩み進め
仲間と共に 夜明けを迎え 』
歌い終わると、優雅にお辞儀するリリス。自然と拍手が起き、リリスはふわりと笑った。
クララの呼吸が穏やかになり、疲れが溶けるように感じられた。
「ありがとうございます、リリスさん」
クララの隣に座り直したリリスがポニーテールを揺らし、答える。
「いいのよ。歌は魔法なの。この歌には魔力は込められてないけど、ちょっとでもクララの気持ちに寄り添えられたなら嬉しいわ」
その言葉にじんわりと胸が温まる。色んな人に支えられながらクララはここにいるのだと分かった。
「私はまだみなさんの足手まといです。だから強くなりたいんです。ラッセルさん、私に修行をつけてください」
クララの瞳に宿る決意に、一行は静まる。ラッセルが食器を置き、クララの提案に答えた。
「ええ、もちろん。今日は夜も遅いので明日以降、祈りの鍛錬をしましょう」
翌朝、クララとラッセルは野営地に近い森の小川にいた。
「祈りの訓練ですが……。ルーネでやっていた修行は少し効率が悪いとわたしは感じるのです。術者の負担を強いるばかりで、力の抜き方がなっていません。これはわたしが冒険者稼業で培った祈りの訓練です。まずは呼吸、そして瞑想からやってみましょう」
ルーネでの修行は懸命に祈るばかりで、とにかく長い詠唱を使用する。ラッセルの提案した祈りの使い方は〝魔法〟の訓練に似ている。
クララは出発までの時間で呼吸の整え方や、瞑想をしてみることにした。
「深呼吸したら女神様の魔力の流れを感じてみてください。上から降り注ぐようなイメージです。その魔力がどんな風に体を巡りますか?」
「……頭から肩、胴体から手足です。心臓に一番魔力が溜まっています」
「小川のせせらぎに耳を傾けてみてください。すると、どうなりますか?」
サラサラとした音がクララの耳に届き、心臓に溜まった魔力が力を帯びた。
「光が見えます。心臓の魔力が強まった気もします」
「目を開けて下さい。これが魔力制御の基礎訓練です。これなら移動中も実践できるのではないでしょうか。この訓練を繰り返して、まずは魔力の暴発を防ぎましょう」
ガルドが二人に出発を告げる。クララは馬車の荷台で呼吸と瞑想の繰り返しを実践して、力の使い方を練習した。
御者台にはレオとリアンが乗っている。手綱を握るのはレオだ。荷台の中の三人はそれぞれクララを心配しつつ、周りの警戒に努めた。
「クララ、あまり根を詰めないでね。また倒れたりしたら心配だから」
リリスが弓の手入れをしながらクララに声をかける。
「はい。今は魔力の流れを意識しているだけなので、体の負担はないです」
ガルドは相変わらず細工仕事に熱中していた。
「昨日からガルドは何を作ってるんです? 指輪のようですが、苦戦していますね」
「ああ、これはな集落でもらった石でクララの嬢ちゃん向けの装備品を作ってるんじゃ。これがあれば祈りの効率を上げられると思ってな」
「魔法の使い方に似ていますね。確かに応用できる部分は多いですが、上手くいくといいですね」
ラッセルが考え込むと、眼鏡を直し外の景色に目を向けた。陽はまだ高い。ガタゴトと揺れる馬車の中で三者三様の過ごし方をした。
馬車が森を進む中、レオが鼻を鳴らす。長いマズルが嗅ぎ慣れないニオイの行方を探している。馬車を止め、辺りを警戒する。
「怪しいニオイがすル。リリス、確認してくレ」
リリスにそう指示すると、木の上に移動し、辺りを見渡す。
「木の上から見てみたけど、上手く隠れてるわね……。レオはなにか分かる?」
狼の耳が跳ね、遠くの馬蹄音をレオは聞き取った。
「あっちから、馬がかけてル」
指差した先に荷馬車が見えてくる。王子はクララをかばい、呟いた。
「もしかしたら、祈りの鏡が追跡されている?」
「アイリーンさんが危ないのでは?!」
クララがコンパクトを握りしめ、不安そうに言う。ラッセルは立ち上がったクララを押さえ、落ち着かせた。
「今は休息が先決です。祈りの力は使わないように」
近づいてくる荷馬車にレオは剣を向け、リリスは弓を構える。ガルドも杖をかざし、臨戦態勢だ。
「っ! お待ち下さい! わたくしたちは行商人です!」
両手を上げ、戦闘の意志がないことを示す太った中年男性が出てきた。護衛の冒険者も四人出てきて、事情を説明する。
「この森が近道ってんでここを通っていたまでだ。風詠みの、〝銀色の月〟だ。安心しろ」
どうやらこの冒険者パーティとは知った仲のようで、一同は安堵した。
道中の危機(?)はあったものの、ユルゲン手前の『風の谷』に着いた一行は、野営の準備に取り掛かる。
「一時はどうなるかと思いましたが、聖地『風の谷』までたどり着けて安心しました。風詠みの刃さんは心強い冒険者パーティですね」
クララが焚き火を見つめながらポツリと呟いた。
「叔父上の書によると、ここは他種族に祈りを教えた聖地となっている。今じゃ、ユマン種に教えを説いた地となっているけど」
クララが石碑に触れ、祈る。
「『女神マリテよ、私に力を』」
風が光に変わり、クララの頭の中に声が響いた。
『全ての者に癒やしを』
荘厳で慈愛に満ちた声はきっと女神マリテの声だろう。クララの疲れが消え、光が安定する。
薪を持ったレオが尻尾を振り、クララに言う。
「クララ、強くなったニオイがすル」
ユルゲンの丘が見え、白百合の香りが漂う。
「セルゲイ様が近い気がします。懐かしい香り……」
「そうだね。あと、半日もあれば着くさ」
リアンが微笑みかけ、クララの頭を撫でようとするが、風詠みに阻まれ叶わなかった。
丘の上に立つ影が一瞬、見えた気がした。土埃と泥の匂いは一体、誰だったのだろうか。




