第十二話:聖女の試練と風の絆
クララが怪我人の治療にあたっていたその頃、風詠みの刃たちは苦戦を強いられていた。祈りの魔法詠唱が長いことをよく知っている彼らは、後衛の魔法士の制圧を優先したもの、前衛も祈りの魔法が使える。物理防御と魔法防御の祈りを終えた戦闘員たちの勢いは増し、風詠みたちの防戦一方になっていた。
レイピアを杖で受け止め、ガルドが叫ぶ。
「こりゃ、かなわんな。なにか良い手はないかの、リーダーさん」
「と言っても、リリスさんの歌で撹乱しようにも、混乱防止の祈りを唱えてたので打つ手なしです!」
ラッセルの祈りも味方の身体強化と癒やしに集中せざるを得ない。
「もうすぐ、矢も切れるわ……! 撤退しようにも集落に入り込んでるんじゃ、逃げようがないじゃない!」
「切れなイ……。これ以上は剣を傷めることになル」
戦うコボルトに銀製のダガーが狙いを定める。それをリアンの風魔法が防いだ。
「助かった、怪しい人!」
「そりゃ、どーも。さすがに不敬と言わざるを得ない……なんてね」
指揮官の異端審問官が勝利を確信したのか、不敵に笑う。
「せめて天国に行けるように祈ってやろう。『聖なる存在、マリテ様。浄化の炎で我が敵を消滅させ給え』!」
祈り終えると風詠みのメンバーたちに熱気と巨大な炎が襲いかかる。
武装聖職者たちから歓喜の声が湧き上がった。
「女神マリテが我らに勝利をもたらされた! 異端の者に鉄槌を!」
――――その時。
巨体な光の盾が顕現し、集落を包んだ。浄化の炎は盾に圧されて勢いが弱まる。
「クララさん……? まさかこんな力が?」
ラッセルの眼鏡が光る。呆気に取られる一同は、夜空に浮かんだ光の盾を見つめるしかなかった。
我を取り戻した指揮官が慌てて叫ぶ。
「撤退ー! なにやら連中には奥の手があるようだ」
その声に敵は集落から出ていき、残されたのは浄化の炎による火災と、戦闘の跡だけだった。
「とりあえず、消火しないとね。話はそれからだ。『ウォーター』! クララのことはキミたちに任せたよ」
サムズアップするリアンに会釈し、風詠みたちは避難所に駆けていった。
「風詠みさん! 嬢ちゃんが倒れて……!」
クララはドワーフの女に身を預け、ぐったりしている。顔に汗がにじみ、息も荒い。祈りの力を使い果たしたのか、頬がこけて目が落ち込んでいた。
「気休めにしかなりませんが、これを飲ませてあげて下さい」
ラッセルが懐から青色の液体の入った瓶をドワーフの女に渡した。蓋を開け、ゆっくりクララの口に液体を流すと、苦しそうな表情が和らいだ。
「祈り、ねぇ。魔法とは違う系統のものだって分かるんだけど、自分の魔力を使わず妖精からの加護でもない。それなら奇跡はどこから来るのかしら」
寝息を立てるクララの額を撫でながら、リリスはラッセルに疑問を投げかける。
「女神マリテの膨大な魔力を借りているんですよ。あくまでわたしの解釈ですけどね。祈る力が強ければ天国にいるマリテ様が力を多く貸してくださる。その祈りの力がまたマリテ様の魔力に還元される……というと分かりやすいでしょうか」
眼鏡を直し、ラッセルは言葉を続ける。
「教会はユマン種のために今も天国で祈り続けているとされていますが、本当は他種族のためにも祈ってくださるのです。しかし、短期間でクララさんは力を使いすぎてます。休息と鍛錬が必要でしょうね」
レオは腕を組み、うんうんと頷いた。
「確かにここ最近、クララは疲れたニオイをしていタ。彼女が休める場所、故郷に一度帰るべきだろウ」
その意見にガルドも賛同した。
「ユルゲンか。愛しの墓守さんもおることだしのう! エルフの、あんまり墓守といちゃつくでないぞ? この間は見ていてヒヤヒヤしたわい」
「あら? 魔法について語っていただけなんだけど……私、マズったかしら?」
リリス以外の風詠みが大げさに肩を落とした。
「クララさん、二人が仲良さげな様子を見て、〝この世の終わり〟みたいな表情を浮かべてましたよ? わたしはてっきり、セルゲイさんとクララさんを焚き付けていたのかと思ってましたが……無自覚でしたか」
やれやれとラッセルは呆れ、リリスは青ざめる。
「クララがセルゲイを好きなのは分かってるわよ! でも、歌の魔法について聞かれたもんだから……!」
リリスの言葉を遮ったのはガルドランの長の提案だった。
「風詠みさん、此度はまことにありがとうございました。こんなお願い都合が良いと思いますが、集落の復興に手を貸してもらえませんか」
長は波打つヒゲを撫で、申し訳なさそうにしている。
「わしは一向に構わんぞ。休息がてら少し留まるのも悪くない。それに魔法使いの力は喉から手が出るほど欲しいじゃろ? のう、リーダーさん」
ガルドがラッセルの顔を見ると、彼はコクリと頷いた。
「そうですね。もとはと言えばわたしたちの追っ手ですし、ガルドランの皆さんには迷惑をかけましたしね。お礼はさせて下さい」
「ありがとうございます。代わりにみなさんの装備を見ますので、まずは剣士さんの武器をこちらに」
レオは鞘付きの剣を長に渡した。
ガルドとレオのおかげで集落の復興は思ったより早くに終える。レオは長の剣の仕上がりを褒め、遠吠えで称えた。コボルトたちは狼の遠吠えに尻尾を丸め、怯えていた。
リリスとクララが歌で集落の人々を慰め、ラッセルとリリスの喧嘩に笑いが起きる。そんな平和な日々が過ぎていった。
復興から三日後、クララのコンパクトが光った。
『クララ、そっちは大丈夫かしら。今朝、修道院に武装聖職者が来たの。包囲されて、クララとラッセルは今どこにいるかとみんなが詰められたわ。院長も一緒になってクララたちに帰還するようあたしたちに命じられたの。もしかしたら、あたしの祈りの鏡が目をつけられてるのかも。ここ数日、お母様からの手紙も届かないし、心配だわ』
アイリーンからの手紙に動揺するクララ。彼女の家族との連絡は毎日行われ、返事が来るたび嬉しそうに笑うアイリーンの顔が浮かんだ。もしかして、この秘密のやり取りも教会にバレているかもしれない。
クララはリアンと風詠みに相談することにした。
「アイリーンさんが大変なことになっています。ラッセルさんと私に帰還命令が出ているんです」
青ざめた顔で手紙をみんなに見せる。読み終わると、それぞれ考え込み意見を出す。
「今、ルーネに戻るのは危険ダ」
「でも決めるのはクララね。どんな選択も私は尊重するわ」
「うむ、アイリーンも心配だのう……二手に別れるか?」
ラッセルは三人の意見に賛同した。
「そうですね。わたしも三人と同意見です。どちらにしても危険が伴うでしょう」
リアンはクララの手を掴み、呟く。
「手が冷えてる……。追跡スタンプ入りの叔父上の禁書は燃やしたし、教会の追っ手はニャルティ村の近場から人海戦術で探し出したんだろう。そうすると、ユルゲン村はここから離れているから、安全かもしれない。それに――」
フードを取り、髪をかき上げ王子は続けた。
「故郷で彼も待っているんだろう。妬けるね」
――――そうだ。セルゲイが待っている。
白百合の花畑に彼が佇んでいる。クララに向かって微笑む彼の顔が頭に浮かんだ。あの事件で彼は変わり、今では村の中心人物になっている。クララは「今こそ私が変わるチャンスなのでは」と意志を固めた。
それに、数日連絡も取れていなくて心配していた。彼も同じ思いだといいのだけれど。
「……決めました。みんなでユルゲンへ向かいましょう。戦力が分散するのは良くないと思いますし、アイリーンさんを信じています」
クララはユルゲンに向かうことを祈りの鏡に託し、ガルドランを発った。




