子泣き爺 vs 口裂け女
昭和40~50年代の小学生を恐怖のずんどこに叩き落した伝説の口裂け女がお爺ちゃんに負けるわけがない
「捕まえたバケモノ同士を戦わせてみようという愉快な企画始まるよー」
金髪長身の男性がノリ良く企画を説明する。
「何か呼ばれたんだけど、私は何すればいいわけ?そもそもここどこ?」
金髪男性の隣の見目麗しい黒髪の女性が怪訝そうな表情で尋ねる。
「知らないよー。ボクもいきなり呼ばれただけだからね。あなたの名前さえ知らないよ?ちなみにボクは先生って呼んでくれると嬉しいんだよ」
「じゃあ私はお姉さまで」
「わかったよ」
「わかったのかよ。いいのかよ、お姉さまで」
見目麗しい女性は見た目にそぐわない荒い言葉に変わるが金髪男性は気にしていないようだ。
「戦うのはどーやらボク達みたいだね」
「は?あ、確かに捕まってるわ、この状況。バケモノってのは心外だけど」
「そーじゃないよ?バケモノはもう捕まえてあるらしいよ?それをボク達が命令して戦わせるらしいよ?」
金髪男性はこともなげにこの状況を受け入れあっさり言うが、黒髪女性はこの言葉に顔をしかめる。
「はぁ?バケモノ可哀想じゃん、そんなの」
「知らないよ、ボクに言われても。じゃあ、始まるよー、1回戦…ボクのバケモノは…ジャカジャカジャカジャカ…」
「なっがい名前。っつうかジャカジャカとか聞いた事もないんだけど」
もちろん、ジャカジャカジャカジャカはバケモノの名前ではないし黒髪女性もわかっている。ただ、金髪男性のノリにイラっと来ているのだ。
「違うよ、効果音だよ。じゃんじゃじゃーん…子泣き爺…おぉ、有名なの来たよ、いきなり」
子泣き爺…その歴史は意外と浅い日本の妖怪である。おじゃあおじゃあと赤ん坊のように泣きわめき、通りがかった人が心配して背負うと途端に体重を重くするという性格のねじまがった爺妖怪である。
「私は?」
「というかセリフとか机の上に書いてあるはずだよ?」
「あ、えーっと、おぉ私のも有名だ。よく捕まえたな、こんなの。口裂け女だって、知ってる?」
「もちろんだよー。口が裂けた女だよ」
「うん、まあいいや。命令すんの?私が?口裂け女に?」
「だから机の上自分でみてよ、書いてあるよ、ちゃんと。このコントローラで…あ、選手出てきたよー」
2人がいるのは特設ブースで目の前に広がる闇の空間がバトル会場であった。そして選手…子泣き爺にスポットライトが当たる。
「格好いい紹介とか言わないといけないんじゃないの?」
「あー、背負われ次第重くなってやる、子泣き爺だァっみたいな?…そういうのもういいよ」
心底うんざりした表情を見せる金髪男性。彼に一体どんな嫌な思い出があるのかはよくわからない。
「じゃあ、おじいちゃんに何か言わせてよ」
「いらないよ、面倒くさいよ。ほらもうスポットライトそっち映ったよ?」
「意外とキレイじゃん」
赤い服でマスクを口元を隠した美しい女性にスポットライトが当たっているのだが、その美しい顔には似合わない厳しい表情を浮かべている。
「笑顔ならもっといいのにね、どんなバケモノなの?」
「だから口が裂けてるんだって」
「それをマスクで隠してるだけ?話にならないよ、おじいちゃんの勝ちはゆるがないよ」
黒髪女性の説明に勝ちを確信した金髪男性だがもちろん口裂け女はただ口が裂けているだけの女性ではない。
「口裂け女は怖いよー。とあるアニメを第3話にして総集編に追い込んだからね」
「何ソレ?ホントに怖いよ。どんな能力だよ、口が裂けてるのとアニメの総集編の関係が全然わからないよ。3話目で総集編とか無理だよ、2話しか無いじゃん使える話」
「ターン制なんだ…ゲームじゃあるまいに。しかも口裂けちゃん勝手に後攻にされてるし」
「お爺ちゃん行くよ。……って、コマンド2つしか無いよ?」
「波動拳コマンドで泣くみたいな?」
「そういうの想像してたけど、違うよ、これコマンドバトルだよ。『1.泣く 2.重く』なるのどっちか選ぶしか出来ないよ。方向キーいらないよ、こんなの」
どうやら対戦格闘のようなものを想像していたらしい2人だが、ターン制という時点でそうではないのはわかりそうなものだ。そして方向キーが無いと選択するコマンドを選べない。だから必要なのである。
「とりあえず泣いてみれば?重くなってもしょうがないし」
「この2つしか無いならそれしか無いね」
1にカーソルを合わせてボタンを押す金髪男性。
『おぎゃあおぎゃあ』
子泣き爺が泣きだした。見た目と違いとても気持ちが悪い。
「ホントに泣き出したけど、これ見て、あ、可哀想だって背負う人いる?気持ち悪いだけじゃん」
「大体夜に出没するからお爺ちゃんって気づかないんだよ」
「じゃあお爺ちゃんの姿じゃなくていいじゃん、別に。どうせ後は背中で重くなるだけなんだから。姿なんてどうでもいいし」
「おじいちゃんのアイデンティティ否定しないでよ」
「で?これで終わり?あ、こっちにコマンド出た」
「どんなコマンドある?」
「えっとね。『1.私キレイ? 2.マスクを取る 3.包丁』」
「包丁!?」
金髪男性の顔が驚きに染まる。
「何でそんな物騒なコマンドあるのでーすか?」
「何で似非外国人みたいなしゃべりになんの?…何でかっていうと口裂け女だから」
「物騒すぎるよ、ヤバいよ、その女。あ、でも包丁で攻撃って意味じゃないのかな?」
「んー?ナイフとか斧とかそんなバリエーションもあったはず。普通に刺すよ?」
「ヤバイじゃん。おじいちゃん泣いてる場合じゃないよ?」
子泣き爺はコマンド通りずっと泣き続けている。
「アンタが泣かせたんだし。じゃあ、まずは1ね」
「包丁じゃなくて良かったよ」
『ねぇ、私キレイ?』
口裂け女は誰に向かってなのか決めセリフを放つ。
『ねぇ、私キレイ?』
『ねぇ、私キレイ?』
『ねぇ、私キレイ?』
『ねぇ、私キレイ?』
『ねぇ、私キレイ?』
「怖いよ、何だよ、このバケモノ。無茶苦茶コワイよ」
金髪男性の顔が恐怖で引き攣る。
「キレイかどうか答えてあげないとずっと聞き続けるのかな?」
「キレイだヨ。見た目はキレイな美人さんだよ」
「こっちで答えてもなぁ、おじいちゃんが…あ、止まった?」
金髪男性が答えた途端に確かに止まった。本来の特性であればここでマスクを取るはずなのだが、コマンドが入っていないからなのかその行動に移す事が出来ないようで、口裂け女はじーーっと金髪男性を見つめ続けている。
「…ボクに惚れたのかな?バケモノって言ってもキレイな女性だし悪い気持ちはしないね」
「口裂けてるんだけどね」
「マスクで隠れてるなら問題ないよ」
意外と心が広い金髪男性である。
「やっぱり、泣くと重くなるしかコマンド無いよ。どうすればいいのよ、このお爺ちゃん」
「じゃあ重くなってみれば?実際泣き続けてうるさいし」
「そうしてみるよ」
今度は2を選択する金髪男性。すると子泣き爺はようやく泣き止んだ。そして特に何も起きない。
「何も起きないよ?」
「重くなったんじゃない?こっちにコマンド表示されてるから、多分重くなったんじゃない?」
「わかりにくいよ!わかりにくいし何の意味も無かったよ。「こなきじじいのおもくなるこうげき」とか画面に出してよ」
「2っと」
金髪男性の話を無視して今度は2を選択した黒髪女性。口裂け女はようやくマスクを取る事が出来て少し笑顔だ。
『これでも?』
「何がこれでも?」
「さっきキレイだって答えたから、追加質問。マスク取ったけど、これでもキレイかって」
「口は避けてるけどキレイだし、可愛いよ。やっぱり女性は笑顔が一番なんだよ。口開けたらコワイかもしんないけど」
「アンタ…結構凄いね。まあ、確かに口閉じてる分には避けてても別に元がいいとキレイではあるか」
「そうだよ。口裂け女さん可愛いよ」
「こういう場合って口裂けちゃんってどういう行動取るんだっけ?何か喜んでるっぽいけど」
「やっぱり、泣くと重くなるしかコマンド無いよ。何このクソ爺。戦う気あんの?」
「無いんじゃない?無理矢理捕まえられてヘンなとこ連れてこられただけだそろうし。自分から背負われにいくんじゃなくて、背負ってくれないと」
「じゃあ、背負ってよ」
「そんなコマンド口裂けちゃんには無い」
「無理じゃん!どうすりゃいいんだよ」
「また重くなってみれば?バトル会場を重みで壊すとか」
「……泣いてもしょうがないし、重くなってみるよ、また。……また何も起きないよ?」
「多分重くなったんでしょ?…じゃあ3っと」
楽しそうに3を選ぶ黒髪女性。
「ちょ、3って包丁だよ?おじいちゃん殺す気?」
「え、でも、そういう趣向なんでしょ?どっちかが勝たないと。本来、ブサイクとかキレイじゃないとか言葉に詰まった相手を攻撃するはずだけど、コマンドだし…」
実際、口裂け女は地面に寝転ぶ子泣き爺に手に持った包丁を振りかぶると…グサッと一突き。
『……ぐふっ』
「え?お爺ちゃん死んだ?2回も重くなったのに包丁刺さるの?」
「重くなっただけで硬くなったわけじゃないだろうからなぁ。石になるタイプの子泣きだったら包丁防げたのかもしんないけど」
「えぇ?生々しいよ、これ?おじいちゃん大丈夫なの?」
そして子泣き爺の姿が消えた。
「あ、何かテロップ出た。バケモノはギリギリのとこで生きて治療されていますだって」
「スタッフが美味しく頂きましたぐらいには信用することにするよ」
「あー、うん、まあ後味悪いしね、無理矢理捕まえてこられたバケモノがこんな下らない事で死ぬって。…スタッフが美味しくいただくのを信じよっか」
こうして、最初の戦いは幕を閉じた。口裂け女は金髪男性をまだ見つめている。
コマンドで操作とかバケモノの特性が台無しじゃないか!と苦情がついたので次の戦いからはコマンド操作ではなくオートバトルになるらしい。