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第四話:心を繋ぐ音

週末の午後、学校の音楽室には、再びピアノの音が響いていた。佐藤悠翔さとう ゆうとは鍵盤に集中し、指を滑らせていく。ここ数日間、彼の中で少しずつ形になりつつある新しいメロディを確かめるように奏でていた。


音楽に没頭するあまり、扉が開く音にも気づかなかった。


「少しは進歩したみたいね。」


悠翔が驚いて振り返ると、そこには瀬戸凜香せと りんかが立っていた。彼女は片手にバイオリンケースを持ち、もう片方の手で音楽室のドアを閉めた。


「えっ、また来たの?」

悠翔は予想外の訪問に少し戸惑いながらも尋ねた。


「来たくて来たわけじゃないわ。たまたま通りかかっただけ。」

凜香はつんとした表情でそう言いながら、ピアノの近くの椅子に腰を下ろした。


「でも、少し気になったのよ。あなたがどれくらい弾けるようになったのか。」

彼女の声はどこか挑発的だったが、悠翔は不思議とその言葉に反発する気にはならなかった。むしろ、その言葉には微かに期待が込められているように思えた。


「じゃあ……聴いてみる?」

悠翔は勇気を出してそう言うと、再び鍵盤に向き直った。


凜香は何も言わず、腕を組んで悠翔を見つめる。彼女の視線は鋭いが、その奥には興味が垣間見える。


悠翔は深呼吸し、指を鍵盤に置いた。そして、彼女のために作った新しい旋律を奏で始めた。


静かで穏やかなイントロから始まり、徐々に感情が高まっていく曲。彼が表現したのは、自分が音楽に向き合う中で感じた迷い、そして彼女との出会いを通じて少しずつ見つけた希望だった。


彼の指が最後の音を奏でたとき、凜香はじっと目を閉じたまま動かなかった。その姿に悠翔は緊張し、彼女の反応を待つ。


数秒の沈黙の後、凜香は静かに目を開け、口元に微かな笑みを浮かべた。


「……悪くないわ。」

彼女はそう言いながら立ち上がり、バイオリンケースを開ける。


「でも、まだ足りない。私の音に応えられるようにならないとね。」

彼女は小提琴を構え、悠翔の目をまっすぐ見つめた。


「伴奏して。私が弾くから、あなたが支えて。」


悠翔は一瞬戸惑ったものの、彼女の真剣な眼差しに背中を押されるように頷いた。彼女の音に応えるためには、もっと自分の音楽を磨かなければならない。それを彼は心の底で理解していた。


凜香が弓を弦に触れた瞬間、小提琴の音色が静かに部屋を満たした。彼女の音には鋭さと繊細さが共存し、その一音一音に確かな意思が宿っている。悠翔はその音に導かれるように、ピアノで彼女の旋律を支えた。


初めての本格的なセッションだったが、二人の音は不思議と調和していく。互いの音を探りながら、少しずつ息が合っていくのを感じた。


曲が終わると、凜香は一瞬だけ満足そうな表情を見せた。


「……やればできるじゃない。」

彼女はそう呟き、小提琴をケースにしまった。


「私たち、文化祭で一緒に演奏するわよ。」


「文化祭……?」

悠翔は目を丸くして彼女を見た。


「今の演奏、悪くなかった。だから、それをみんなに聴かせるべきよ。」

凜香の言葉には確信が込められていた。


悠翔はしばらく黙ったまま考え込んでいたが、やがて意を決したように頷いた。


「……分かった。やってみるよ。」


凜香はその答えを聞いて小さく頷くと、軽く手を振って音楽室を後にした。


夕暮れの光が窓から差し込む音楽室に一人残された悠翔は、自分の中で小さな達成感を感じていた。同時に、文化祭で演奏するという新たな挑戦に向けて、期待と不安が入り混じる感情が湧き上がっていた。


「彼女の音に負けないようにしないと……。」

そう呟きながら、悠翔は再び鍵盤に向き合った。


二人の音が共鳴し合うその瞬間に向けて、彼の新たな挑戦が始まろうとしていた。

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