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第三話:響き合う心

音楽室の窓越しに朝日が差し込む中、ピアノと小提琴の音色が絶妙な調和を見せていた。佐藤悠翔さとう ゆうとの指は鍵盤の上を滑るように動き、瀬戸凜香せと りんかの小提琴がその旋律を包み込む。二人は息を合わせるように音を重ね、互いに何も言葉を交わさなくても、音楽を通じて意思を伝え合っていた。


やがて、最後の音が部屋に静かに消えた。しばらくの間、音楽室には静寂が戻る。悠翔は息を整えながら、凜香に目を向けた。


「どう……だった?」

そう尋ねたものの、自分の演奏が彼女にどんな印象を与えたのか、不安でたまらなかった。


凜香は無言のまま小提琴を下ろし、微かに微笑んだ。これまで冷たかった彼女の表情が少しだけ柔らかく見えた。


「悪くないわ。」

簡潔な答えだったが、その声には少しの温かみが感じられた。


「本当か?」

悠翔は驚きながらも、安堵の表情を浮かべた。


「でも……」

凜香の声が続く。彼女は真剣な表情に戻り、悠翔を見つめた。


「あなた、まだ音に迷いがあるわね。さっきの即興は確かに良かったけど、本当に伝えたいことが何なのか、自分でも分かってないんじゃない?」


悠翔は言葉を詰まらせた。彼女の言葉は鋭く、核心を突いているように思えた。確かに、彼が即興で弾いた音楽には、どこか自分の迷いや不安が混ざっていた。


「……そうかもしれない。」

彼は正直に答えた。


凜香は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに再び小提琴をケースにしまい始めた。


「音楽は、ただ上手く演奏するだけじゃ意味がない。音に心がなければ、聴く人の心には届かない。これからもここで練習するなら、それを考えてみて。」


悠翔はその言葉を胸に刻み込むように頷いた。彼女の言う通りだった。彼はまだ自分の音楽に対する気持ちをはっきりと理解していない。だが、凜香とのこの瞬間が、その答えを見つけるためのきっかけになる気がしていた。


その日の放課後、悠翔は図書室で一人、ノートに向かっていた。ノートには音符や簡単なメロディが書き込まれているが、何度見直しても完成には程遠い。頭の中で何かが引っかかっているような感覚に苛まれていた。


「どうしたの?そんな顔して。」

不意に聞き覚えのある明るい声が背後から聞こえた。振り返ると、クラスメイトの藤澤紗奈ふじさわ さなが立っていた。彼女は悠翔の幼馴染で、いつも朗らかな笑顔を見せる活発な少女だ。


「紗奈……いや、ちょっと曲を考えてて。」

悠翔がノートを隠すように閉じると、紗奈は興味津々な表情で椅子に腰掛けた。


「ふーん、曲なんて珍しいじゃん。悠翔、文化祭の準備とか?」


「いや、そういうんじゃない。自分の練習用……みたいなもんだよ。」

悠翔は曖昧に答えた。彼女に凜香との出来事を話すのは、何となく気が引けた。


「そっか。でも、せっかくなら文化祭で披露しちゃえば?悠翔のピアノ、きっとみんな驚くよ。」

紗奈は屈託なく笑う。その笑顔を見て、悠翔は少しだけ気が楽になった。


「まあ、それは無理かな……でも、ありがとう。」

そう答えると、紗奈は「本当にもったいないなあ」と呟きながら立ち上がった。


夜、家に帰った悠翔は、音楽室での演奏を思い返していた。凜香の言葉、紗奈の笑顔、そして自分が弾いた旋律。それらが頭の中で渦巻き、やがて新しいメロディの断片となって形を成し始めた。


「音に心を……か。」

彼はそっと呟くと、机に向かい再びノートを開いた。何かが少しずつ見え始めている気がした。


こうして、悠翔の中に一つの決意が芽生え始めていた。凜香に「本当の音」を届けるため、自分自身の音楽と向き合うという決意が——。


次第に晴れていく空のように、彼の心にも光が差し込み始めていた。

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