第 玖 話:大戦(おおいくさ)の予兆
婚姻の儀から十二日後、竹取の屋敷では多くの従者達が色んな着物や食器、家具などの荷造りをしていた。
更に屋敷の外では装備を整えた鬼龍家の足軽達が従者達と共に屋敷から包んだ荷を運び出し、荷台に積み込んでいた。
一方、真斗は竹取の部屋で彼女の荷造りを手伝っていた。
「すまない、竹取。引越しを早めてしまって」
申し訳ない表示で謝る真斗に対して竹取は笑顔で首を横に振る。
「いいのよ。真斗は会津城の城主ですもの。長い期間、城を留守にするわけにもいかないのは理解しているわ」
それを聞いた真斗はホッとした事で笑顔になる。
「ありがとう竹取。他に手伝う事はないか?」
「そうね・・・あ!じゃお爺様とお婆様の方を手伝って。ここは私一人で大丈夫だから」
「分かった竹取」
そう言うと真斗は笑顔で部屋を出る。そして左に向かって廊下を進み、別の部屋の襖を開ける。
「竹取の翁様、嫗様、荷造りの手伝いに来ました」
そう言いながら笑顔で真斗が入ると荷造りを従者と共にしていた翁と嫗は手を止める。
「おおぉ!ありがとうございます、真斗様。それより竹取の方はよろしいのですか?」
笑顔で問う翁に対して真斗は笑顔で答える。
「ええ、一人で大丈夫と竹取が言いましたので。それでお二人のお手伝いを」
「それは、それは。真斗様、ありがとうございます」
笑顔で翁は深々と頭を下げる。そして真斗、翁、嫗の三人は荷造りをするのであった。
一方、源三郎は従者達と共に大広間で食器を和紙で包み大きな木箱に入れながら家具の積み込みを指示していた。
「あ!君!箪笥は荷台にしっかりと結ぶ様に。ああ、その屏風はきちんと大きな和紙で包んで丁寧に荷台に結んで。皆!急ぎで申し訳ないが、協力して竹取様達を無事会津へお送りするのだ!よいな!」
源三郎からの気合の入った問いに従者達は気合いの入った表情となる。
「「「「「「「「「「ははぁーーーっ‼」」」」」」」」」」
従者達の返事に源三郎は笑顔になり作業を再開する。
それから約二時間後には荷造りは完了し翁と嫗は旅衣服に着替え、先に牛車の屋形に乗っていた。
「しかし、都《平安京》を離れるのは少し心寂しいですな婆様」
翁が温かい笑顔で言うと彼の右側に座る嫗も温かい笑顔で頷く。
「そうですね爺様。でも真斗殿の故郷である会津も都《平安京》に劣らない良い場所ですよ、きっと」
「ああ、そうですな。正直、わしも今回の移り住みは少々興奮しておる」
一方、屋敷の大広間で真斗は足軽達の手伝いで甲冑姿なっていた。そして片膝を着く足軽達に言う。
「皆!ありがとう。これより!この屋敷の門を閉める!皆!外に出よ‼」
真斗からの命令に足軽達は深々と頭を下げ、気合いの入った返事をする。
「「「「「はっ‼」」」」」
兜を持った足軽から兜を受け取った真斗は屋敷の外に向かい、門の外に出ると真斗は自ら兜を被り、門の前に兜を被り甲冑姿で愛馬の轟鬼の手綱を持っていた源三郎と旅衣服で市女笠を被った竹取が待っていた。
そして真斗は轟鬼へ乗ると源三郎に命令をする。
「爺、竹取の屋敷の門を固く閉じよ」
命令を受け取った源三郎は軽く真斗に向かって一礼をする。
「は!若。門を閉じよぉーーーっ!」
「「はっ!」」
門の前に居た二人の足軽は源三郎と真斗、そして竹取に向かって軽く一礼をし門を閉じる。鍵をかけ更に長い木の板を二枚、バッテン印の様に門の隙間に入れる。
住み慣れた自分の屋敷との別れを見届けた竹取は笑顔で真斗に言う。
「じゃ真斗、私はお爺様とお婆様が乗っている牛車に乗るわね」
すると真斗は笑顔で自分の右手を竹取に差し出す。
「竹取、お前は俺の妻だ。俺の膝に乗れ。美しく愛おしい妻を自分の膝に乗せて行く道で皆に見せびらかしたい」
それを聞いた竹取はクスクスと笑い出す。
「ええ、いいわよ。私も真斗の膝に乗って行く道の皆々様に夫の勇ましさと伊達姿を見せびらかしたいわ」
「ははははははっ!それは良い考えですな‼では竹取様、私がお手伝いしますので若の御膝にお乗り下さい」
笑顔で源三郎は片膝を着くと竹取は真斗の右手を笑顔で掴み源三郎の補助で真斗の膝に乗る。
そして立ち上がった源三郎も愛馬の飛鷹へ乗る。
「これより!会津へ向かう‼出発せよぉーーーーーーーーーーーーーっ‼」
真斗は大声で命令を出すと足軽達は持っていた和槍を高々と上げる。
「「「「「「「「「「おおぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」」」」」」」」」」
隊列を組み鬼龍家紋が描かれた旗印を背中に背負った足軽達と共に轟鬼と飛鷹もゆっくりと前へ進み始め、会津へと向かうのであった。
⬛︎
平安京を発って十四日後、近江、美濃、そして上杉と武田の許しの元で信濃と上野を通り、真斗達は日中に会津へ到着した。
美しい山々に囲まれ田んぼに畑、そして多くの人々で賑わう城下を真斗達は城に向かって進んでいた。しかも多くの人々は真斗の帰りと婚姻を大いに祝福していた。
その光景に竹取は笑顔になっていた。
「こんなにも多くの人々に祝福を受けたのは生まれて初めてだわ真斗」
真斗の膝に乗る竹取からの感想に真斗は笑顔で頷く。
「そっか。それは良かった。ここ会津の民達は皆、祝い事が好きでなぁ。今日の夜は民を交えた俺達の婚姻を祝福する大宴会を開くぞ」
「あらあら、着いて早々に宴会なんて会津は凄いわね。本当にここの民達は私達をこころから祝福しているのね」
「そうさ竹取。それと城に着いたら翁様と嫗様と共に俺の妹に会ってくれ」
「分かった真斗」
真斗と竹取は談笑しながら会津の民達に向かって笑顔で手を振るのであった。
それから会津城に着いた真斗達は持って来た竹取の荷物を城の足軽や従者達に任せ、真斗は兜を脱いだ甲冑姿で竹取と翁、嫗を連れて本丸屋敷の大広間に来ていた。
真斗達は正座または胡坐でしばらく待っている兜を脱いだ甲冑姿の源三郎が美しい黒髪と綺麗な着物姿をした美少女で真斗の妹、『鬼龍 愛菜』を連れて現れる。
そして源三郎と愛菜は真斗達と対面する様に前に座る。
「若、遅くなって申し訳ありません。妹様のご支度に時間がかかりまして」
胡坐をする源三郎は笑顔で軽く頭を下げると彼の左側に正座をする愛菜は源三郎の左肩を叩く。
「爺!支度をさせたのはお前だろ!私は別に略装でもよかったのに」
「それはいけません愛菜様!挨拶の席ではしっかりとしないと鬼龍家の恥となりますぞ‼」
源三郎からの厳しい説教に愛菜はそっぽを向きむくれる。
「はいはい私が間違ってしました。ごめんなさいね」
「愛菜様!何ですか!その態度は!」
二人のやり取りを見ていた真斗は大いに笑うのであった。
「爺、その位にしておけ。それより愛菜、長いこと城を留守にしてすまなかった」
真斗は笑顔ではあったが、少し申し訳ない口調であった為、愛菜は笑顔で首を横に振る。
「いいえ兄上、私は大丈夫ですよ。それより遅れまして兄上、竹取様、ご結婚おめでとうございます」
愛菜が深々と頭を下げると竹取は笑顔で頭を下げる。
「ありがとうございます愛菜殿。真斗とからお話しは聞いておりますわ。本当にお可愛らしいですわ」
竹取からの褒め言葉に愛菜は素直に照れる。
「えへへっ!ありがとうございます、竹取様。それと竹取様、実は一つお願いがありまして」
「いいですよ。何でも申しなさい」
それを聞いた愛菜は態度を改め、真剣な表情となって竹取に真っ直ぐ見る。
「竹取様。今後、竹取様のことを“義姉上”と呼んでよろしいでしょうか?私、昔から姉がいる事が憧れておりまして」
愛菜からの姉妹の契りの申し出に竹取は笑顔で頷く。
「いいですわよ、愛菜」
二人のやり取りを見ていた翁と嫗も笑顔で竹取の両側に寄る。
「よかったのぉー竹取。こんな可愛らし義妹が出来て、わしも嬉しいわ」
「ええ、本当に。私も爺様と同じく娘がもう一人、出来たみたいで私も嬉しいわよ」
こうして無事に竹取と愛菜の顔合わせは無事に円満に終わり、その後は持って来た竹取の荷物は全て本丸屋敷に運び込まれるのであった。
⬛︎
竹取一行が会津へ引っ越してから五週間後、“甲斐の虎”の異名を持った武将、武田 信玄は多くの家臣と軍師の真田 幸村と共に信濃から三河に向けて軍を出陣させた。
目的は天下統一の為に甲州へ攻め込むであろう信長の野望を打ち砕く為である。
これを知った信長は徳川と多くの家臣を引き連れ長篠に向けて出陣した。
朝方、先に到着した織田・徳川軍は速やかに馬防柵を築き、鉄砲隊を配置した。
「よいか!敵の騎馬隊を十分に引き寄せてから鉄砲を発て!それまで決して撃ってはならーーん!」
そう言いながら甲冑と兜を着こなした家臣、柴田 勝家が歩きながら端から端まで歩く。
その後ろには和槍を持った多くの足軽達の中に銀色の南蛮甲冑と南蛮兜を着こなした信長と金の色の甲冑と兜を着こなした家康が愛馬に乗っていた。
すると柵の前に立ち込める濃霧の中から馬の走る地鳴りが響き始める。そして徐々に力強い馬に乗り、赤い甲冑を着こなした大勢の武田・真田軍の騎馬兵が雄叫びを上げながら突っ込んで来た。
辺りを埋め尽くす様な光景に織田・徳川軍の鉄砲兵達の何人かが生唾を飲む。
「鉄砲隊!構えぇーーーーーーーーーーっ‼」
信長は右手に持っている軍配を大きく上に上げると鉄砲隊の足軽達は火蓋を開き、狙いを定める。
そして突っ込んで来る武田・真田軍の騎馬兵達がある程度の距離に来た瞬間、信長は勢いよく軍配を下に下す。
「一番!発てぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
信長の号令と同時に鉄砲隊は一斉に引き金を引き火縄銃を発砲する。
大砲の如く大きな火縄銃の発砲音が長篠の平原に響き渡ると共に発射された銃弾を受けた武田・真田軍の騎馬兵達は悲鳴を上げながら次々と落馬していた。
最初に撃った鉄砲兵達は速やかに後方に下がり、後ろの鉄砲兵と交代する。
さらに倒せた騎馬兵達の後ろから次々と別の騎馬兵達が突っ込んで来たが、信長と家康、その家臣と足軽達は怯む事はなかった。
「二番!発てぇーーーーーーーーーーーっ‼」
「三番!発てぇーーーーーーーーーーーっ‼」
「四番!発てぇーーーーーーーーーーーっ‼」
信長の号令で止めどなく発射される火縄銃の前に武田・真田軍の騎馬兵達は悲鳴を上げ、次々と倒されて行った。
一方、武田陣の元に馬に乗った武田の伝令兵が慌てながら現れ、甲冑と兜を着こなし床几に堂々と座る信玄の元に向かい片膝を着く。
「申し上げます!我が軍の騎馬隊と家臣様達が次々と織田の陣に向かって突撃していますが‼大きな柵に阻まれ!さらに絶え間ない鉄砲の一斉射撃で多数の戦死者が出ています‼」
伝令兵からの報告を信玄の右側で床几に座って聞いた軍師、真田 幸村は悔しそうな表情で自分の右膝を叩く。
「くそ‼親父殿!こうなったらこの真田 幸村が自ら残った騎馬隊を率いて信長の首を討ち取ってまいります!」
幸村の強く固い意思の姿に信玄は首を横に振る。
「駄目だ!幸村‼お前をこの長篠でみすみす死なす訳にはいかん‼」
「しかし!親父殿!」
すると今度は馬に乗った真田の伝令兵が慌てながら現れ、信玄の元に向かい片膝を着く。
「申し上げます!騎馬隊を率いておりました‼山県 昌景様!内藤 昌豊様!が共に討ち死にしました‼」
武田四天王と謳われた家臣二人が戦死した知らせに信玄と幸村は驚き、立ち上がる。
「何と!昌景と昌豊が共に討ち死にとは‼ぐぅーーーーーーーーっ‼」
「おのれぇーーーっ‼親父殿!やはりこの幸村‼参ります!必ず昌景殿と昌豊殿の仇を必ず打ちます!」
すると信玄は怒った表情となり幸村の頬に目掛けて強烈なパンチを繰り出し、幸村を吹っ飛ばす。
「親父・・・殿・・・な、なぜ・・ですか?」
「幸村‼気持ちは分かるが!お前は若い!ここで死んではならぬ‼お前を必要としているのは今ここではない‼」
信玄の山を揺るがす程の大きな声と熱意で幸村に諭すと先に来た伝令兵の方を向く。
「最前線に居る残った騎馬隊に伝えよ!今回の戦いは我ら負けだ!速やかに‼引けと!」
信玄の撤退の指示を彼の左側で床几に座って聞いた甲冑と兜を着こなした家臣、馬場 信春は急に立ち上がり愛馬に乗る光景に信玄は驚く。
「なっ!何をしている馬場!」
「親父殿、申し訳ありませんが、敵に背を向けるなど武士の恥!ならば討ち死にしてでも最後まで武士の魂を突き通します!」
「よせ!馬場‼死んではならぬ‼」
信玄からの制止に信春は一瞬、目を閉じ躊躇うが、目を開き信玄の方を向く。
「ごめん‼はっ!」
信春は手綱を大きく撓らせ、愛馬を走らせる。
「馬場ぁーーーーっ!行くなぁーーーーーーーーーっ‼」
殴り飛ばされた幸村も若干、ふらつきながら信春の背中に向かって腕を伸ばす。
「馬場殿ぉーーーーーーっ!お戻り下さいーーーーーーーーーーっ‼」
信玄と幸村の制止を振り切った信春は残った一部の騎馬隊を引き連れる。そして刀を抜き堂々と織田の陣に向かって叫ぶ。
「我は武田軍家臣!馬場 信春である‼いざ尋常に勝負いたす!かかれぇーーーーーーーーーーーっ‼」
信春が騎馬隊に指示を出すのと同時に愛馬を走らせ自ら先頭に立ち、騎馬隊も物凄いスピードで信春の後に続く。
「今だ!馬場 信春の首を討ち取れぇーーーーっ!発てぇーーーーーーーーーーーっ‼」
信長からの号令で鉄砲隊は信春とその騎馬隊に向かって一斉に発射する。そして銃弾を受けた騎馬隊は悲鳴を上げ、バタバタと落馬し、信春を何発も銃弾を受けて大量の血を流しながら落馬する。
「お・・・おのれぇーーーっ!・・・第六・・天・・・魔王ぉーーーーっ‼」
信春は撃つに耐えながら立ち上がると刀を両手で持ち大きく上げ、よろめきながら前に進み始めた瞬間、再び一斉発射された銃弾を受け膝から倒れ込んだ信春は息絶えるのであった。
一方、武田陣では三人目の伝令兵が馬に乗って現れ、慌てながら信玄の元に片膝を着く。
「申し上げます!馬場 信春様が率いていた騎馬隊は全滅‼馬場様は騎馬隊と共に討ち死にしました!」
信春の戦死を聞いた幸村と床几に座る少数の家臣達は涙目を浮かばせる。そして信玄はゆっくりと床几に腰を下ろす。
すると信玄は目を閉じ、ゆっくりと深呼吸をし再び目を開け覚悟を決めた表情をする。
「もはや多くの家臣のみならず四天王の三人が失った以上、信長の野望を止める事は出来ん。速やかに躑躅ヶ崎館に引き、信長殿に織田家に下る書状を送るのだ」
それを聞いた信玄と真斗の家臣達は悔し涙を流し、幸村は信玄の膝元に泣き崩れるのであった。
「親父殿!親父殿!」
信長の兵を一兵も討ち取る事が出来ず、さらに自軍に多大な被害が出ただけで敗北する屈辱さに言葉が出ず泣き続ける幸村の背中を優しく摩る信玄。
だが、この中で一番悔しさを感じていたのは信玄であった。
一方、信玄・真田軍に勝利した織田・徳川軍の足軽達は歓喜に沸いていた。
「「「「「「「「「「えい!えい!おぉーーーーーーーーーーーーーっ‼えい!えい!おぉーーーーーーーーーーーーーっ‼えい!えい!おぉーーーーーーーーーーーーーっ‼えい!えい!おぉーーーーーーーーーーーーーっ‼」」」」」」」」」」
そんな中で家康は右側に居る信長に話し掛ける。
「親方殿、この戦で武田は我らに下るでしょうか?」
家康からの問いに信長は笑顔で答える。
「ああ、下るさ。この戦で有能な家臣を多く失った信玄は継続は不可能と考え、故郷と民を戦で巻き込まない為に下る書状を我に送るはずだ」
「これで甲斐と信濃は我らの物。いよいよ関東制覇を賭けた大戦が出来るのですね?」
「そうだ、家康。この長篠の戦いはその大戦の前哨戦なのだ」
信長が武田の領地を狙った真の目的は遠江から上総を支配する小田原北条氏と今川氏、そして信長によって平安京を追われた足利氏を滅亡させ関東を手に入れる事であった。
その長篠の戦いはそんな関東制覇の為の大戦の予兆となったのである。その後、信玄からの申し出を信長は受け入れ甲斐と信濃を支配下に置くのであった。
登場するキャラのAIイラス
《鬼龍愛菜》
《武田信玄》
《真田幸村》