第 陸拾玖 話:砂漠のキツツキ
カイロに到着した信長達は早速、アイユーブ朝の成立した日に建設された神殿型の城、アルカホーラ城へ向かった。
「ほぉーーーーーっこれはなんと素晴らしい城じゃ」
吹き抜けの通路の柱や壁画に色鮮やかに描かれたエジプトの神々と人々の暮らしに皆の先頭を歩く信長は目を輝かせていた。
そして開かれた大きな両開きの扉を潜り、絢爛豪華に装飾された王の間に着くと玉座に座る国王、『ラムセス二世・ラー』に向かって信長達は片膝を着いて頭を下げる。
「お会い出来て光栄ですファラオ。 日ノ本から参りました織田 信長と申します」
丁寧な挨拶する信長達に向かって高貴な服を着こなすラムセスは笑顔で頷く。
「遠くから来られしジパングの者達よ。我らエジプトは其方たちの来訪を歓迎します」
「ありがとうございます」
するとラムセスの左横に立つ神官の服を着こなしたスキンヘッドの男性が信長に声を掛けた。
「信長と申す者よ。ファラオは太陽神ラーの子である。神の一族を前に頭が高いのでは?」
信長達に対して挨拶の作法を指摘する神官に対してラムセスは彼を諫めた。
「おい!イムホテップよ、彼らは私に対して礼儀正しく挨拶をした。これ以上の要求は不要のはずだ」
「しかし陛下、“郷に入っては郷に従え”と言うことわざがジパングにあります。彼らも我が国の仕来りに合わせるべき・・・」
「知らなかったとはいえ、申し訳ありませんでした国王陛下」
イムホテップの反論を遮る様に信長は落ち着いた口調でラムセスに言うと抱える様に持つ兜を床に置くと腰にある愛刀、長篠一文字を抜き、右脇へと置く。そしてマントを外し両膝を着くと他の者達も信長と同じ様に刀と兜を床に置き、両膝を着く。
「改めまして、お会い出来て恐縮ですファラオ。 日ノ本から参りました織田 信長と申します。以後、お見知りおきよ」
深々と頭を下げる信長達の光景にラムセスを含めた、その場に居た城の者達は驚愕した。
「信長殿!そこまでしなくても大丈夫です‼私の神官が失礼な事を申してしまった!申し訳ない‼」
ラムセスは深々と信長に向かって頭を下げると信長は頭を上げて笑顔で首を横に振った。
「いえいえ、私達は大丈夫ですので」
ちょっとしたトラブルに遭いながらもお互いに友好的な出会いを果たしたのであった。
⬛︎
翌日にはムガル軍とイスラム軍の艦隊がスエズに到着し、ラクダとサンドサラマンドラを使いピストン輸送で兵士や物資などがカイロに運び込まれ、そして後から来たアクバル達とハールーン達は信長達と合流した。
その後、多国籍の鎮圧軍を編成し急いで内乱が起きた“キレーネ”へと急行した。
二日後の夕暮れにはキレーネの近くにある集落に陣地を築き、集落の一軒家で日ノ本、ムガル、イスラム、エジプトによる作戦会議が行われた。
「反乱を起こしたマムルーク達は男女合わせて約五万人。戦象に至っては十五頭、鎌切戦車にいたっては二十車はいます」
テーブルの上に広げられた地図をターバンとチャール・アイナを着こなし人差し指でなぞりながらイスラム軍のマムルーク、『バイバルス一世・アル=ザーヒル』からの報告に皆は考え込む。
「見る限りでは反乱軍が一枚上手だな。聞いたところによるとキレーネはギリシャの都市ではあるが、共和政ローマ時代に要塞都市となっている真っ向からでは堕とせんぞ」
椅子に座りチャール・アイナを着こなし右手で下顎を触りながら困った表情でバーブル。するとアクバルとラクシュミーの間に挟まれる様に甲冑を着こなし椅子に座り、信長の代わりに反乱軍鎮圧に赴いた光秀が右手を挙手した。
「あの皆様、我々によい策があります」
そう述べた明智に対して上座に座るサラディンが軽く頷きながら右の手の平を差し出した。
「我が日ノ本軍の忍び集の偵察によれば反乱軍は長い都市の占領で食料不足が深刻しています。まずこちらから都市を大軍で攻めて来た様に攻撃します。そうすれば反乱軍は心理的に決戦を挑むはずです」
それを着たラクシュミーは何かに気付いたかの様にハッとなった。
「なるほど。都市から出て来た反乱軍をある場所に引っ張り出し一網打尽にするのですね」
だが、ラクシュミーの話しを明智の左側の椅子に甲冑を着こなし座って聞いていた長政が首を横に振る。
「いいえ、ラクシュミー様。それだけではダメです。罠だと知った反乱軍はすぐに都市に引き返してしまいます。だから奴らの逃げ道を塞ぐ為にも別動隊を用意して空になった都市を占領するのです」
長政の提案を聞いて皆は感心し、サラディンは日ノ本の明智と長政の才に深い敬意を示した。
「明智殿、長政殿、改めてお二人の才、恐れ入りました」
サラディンはそう言いながら二人に向かって深々と頭を下げると明智と長政は笑顔で首を横に振った。
「いえいえ、サラディン様。我々はやるべき事をする為にここに居ますので」
「明智殿の言う通りです。我らは皆様の力になると思い、ここに居ますので」
「ほぉーーーーーっさすが、日ノ本の武士は高潔であるなぁーーーっ」
そう言ってサラディンは笑顔で二人に向かって称賛するのであった。
その後、念入りな話し合いで都市に向けて攻撃する役は明智軍、三浦軍、本多軍、井伊軍、藤堂軍、加藤軍、直江軍、片倉軍、イスラム軍、サラディン軍で編成された第1軍が務める事なり、一方の都市の攻略と反乱軍を背後から攻撃する役は浅井軍、弥助軍、石田軍、大谷軍、長束軍、小西軍、真田軍、鬼龍軍、ムガル軍、バイバルス軍で編成された第2軍が務める事となった。
翌日の日が上り始めた早朝に第1軍がキレーネに向けてトレビュシェットから火炎弾を発射し陽動を開始した。
突然の攻撃に都市を占領する反乱軍は一時的に混乱したが、反乱軍を先導する男性指揮官の指示の元で迎撃体制を整え、都市から出陣した。
砂丘の上から折り畳み式の単眼鏡で打って出て来た反乱軍に光景を目にした兜を被った光秀はほくそ笑んだ。
「よし!敵は都市から出た‼︎出来る限り反乱軍を都市から離す為に我が軍も迎え撃つぞ‼︎全軍!前へぇーーーーーーーーーーっ!」
光秀は単眼鏡から目を離し、右手に持つ軍配を前に向かって振るいながら大声で指示を出すと三浦軍を先頭に軍が前へと動き出した。
徐々に明るくなるに連れて反乱軍の前に現れた日ノ本の軍隊に走って向かっていた反乱軍の兵士達は驚き、足を止めた。
「おい!なんだ‼︎あの軍隊は⁉︎」
「エジプトでも!イスラムでもないぞ‼︎一体どこの軍隊だぁーーーっ!」
「きっと私達も知らない異国の軍隊よ!きっと‼︎」
動揺する反乱軍の兵士達。するとチチャクヘルムとチャール・アイナを着こなし馬に乗った指揮官が皆の前に立ち、鼓舞した。
「皆!狼狽えるなぁーーーーーーっ‼︎敵がどんな奴であれ!我らのやるべき事は敵を倒す事だ‼︎行くぞぉーーーーーーーーーっ!」
指揮官は大声で反乱軍の兵士達を鼓舞しながら右手に持つマムルークソードを高々に上げると兵士達もマムルークソードやランスなどを歓声と共に高々と上げた。
そして指揮官が馬を走らせ先陣を切ると、それに続く様に反乱軍の兵士達は雄叫びを上げながら第1軍と激しく衝突した。
一方、左翼の砂丘の影から兜を被った源三郎が折り畳み式の単眼鏡で覗いていた。
「よし!敵は都市から飛び出したなぁ」
ニヤリとしつつ独り言を言う源三郎は単眼鏡をしまい滑る様に砂丘を下り、馬に乗ると待機していると第2軍へと走って戻り、そして馬に乗る長政の元に向かった。
「長政様!反乱軍が都市から出ました‼今が好機です!」
源三郎からの報告を聞いた長政は頷き、大声で指示を出した。
「全軍!突かれた敵は外へ出た‼︎鬼の居ぬ間に攻め込むぞぉーーーーーーーーーっ!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おおぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
気合いの入った返事をする兵士達は手に持つ和槍やランスを高々に上げる。そして早足で砂丘の影を使い都市へと向かった。
そして第2軍は都市の西側に着くと奴隷時代にキレーネへ来た事がある弥助がある事を長政に教えていた。
「長政様、実は私は奴隷時代に一度、ここへ来た事があり、脱走した事があるんです。都市から逃げる際に偶然、隠し通路を見つけまして、それがちょうど西門の付近にあるのです」
「何と⁉︎それは本当か弥助?」
驚く表情をする長政に対して兜を被り甲冑を着こなす弥助は頷く。
「はい!ただ門を開ける為には最低でも二人は必要なので」
すると馬から降りた源三郎が長政と弥助の元に向かい自ら志願を申し出た。
「私が行きます!長政様‼︎門の開門、この河上 源三郎にお任せ下さい!」
源三郎の断固たる意思の前に長政は頷く。
「分かった源三郎。弥助、源三郎と共に門の開門を頼む」
長政からの命に弥助は真剣な表現で一礼をした。
「はっ!」
その後、源三郎と弥助は身を低くしながら岩陰などを利用して見つからない様に西門前まで到着する。
「えーーーと、どこだ。ああ!ここだ」
弥助は一つだけ小さな鷲のエンブレムが刻まれたレンガを見つけると指先で軽く押した。
すると一部のレンガが下に降りて人一人が入れる長方形型の入り口が現れた。
「おおぉ!これが隠し通路か」
「はい、どうやら敵が攻め込んで来た時の脱出用に作れた物の様です」
弥助は驚く源三郎にそう言うと早速、中へと入り、源三郎も彼の後に続いて中へと入ると隠し通路の入り口は自動的に閉まった。
⬛︎
隠し通路を抜けた先は火が灯った松明が壁に掛けられた城壁内の通路であった。
すると通路の奥から二人の男性反乱軍兵士が駆け足で来たので源三郎と弥助は通って来た隠し通路の影に隠れた。そして隠し通路に差し掛かった時に源三郎と弥助は素早く、そして音も無く背後に周り首を絞めた。
そして弥助は迷う事無く城門前の上にある制御室へと辿り着いた。
「源三郎様は左のレバーを!私は右のレバーを操作します‼」
「分かった!」
源三郎はそう言って目の前にある木製の大きなレバーを握ると弥助は左側にある木製の大きなレバーを握る。
「しかし、弥助はなぜここの事が詳しんだ?」
突然の源三郎からの問いに弥助は笑顔で答えた。
「実は奴隷時代にここで働かされていた事がありましてね。それでここの城壁内は詳しいんですよ」
弥助の答えに源三郎は納得した笑顔をする。
「なるほど。そういう事か」
「ええ。それじゃ三、二、一でレバーを手前に引いて下さい!」
「分かった!弥助に合わせる‼︎」
そう言って二人はレバーを両手で握り、源三郎は弥助に合わせる。
「では行きますよ!三!二!一!今‼︎」
弥助の合図で源三郎は力一杯、レバーを手前に引っ張ると大きな歯車と鎖が轟音を鳴らして動き出し、両開きの門が内側に向かって開き始めた。
「おい!誰が門を開けた‼︎」
「何人か連れて制御室へ向かえ!急げ‼︎」
突然、開いた門に反乱軍の兵士達は困惑する一方で門が開いたのを馬に跨り、砂丘の影から単眼鏡で見ていた長政は頷く。
「よーーーーーーし!門が開いたぞぉーーーーーーーーーっ‼︎掛かれぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おおぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼︎」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
長政が大きな命令に足軽達は地を揺るがす様な返事をし、先陣を切って走る長政に続く様に武器を構えて一斉に門に向かって走り出した。
また源三郎と弥助は制御室へと来た複数人の反乱軍の兵士達を片付け、門が閉まらない様に歯車や鎖を破壊し、再び隠し通路で迫って来る長政の軍に合流した。
「敵が来るぞぉーーーーーっ!応戦だぁーーーーーっ‼︎」
都市を守る守備隊の男性隊長は大声で兵士達に命令し、雪崩れ込んで来る第2軍を喰い止め様と奮戦するが、歴戦の違いか、それとも文化の違いか、死を恐れず向かって来る長政軍に圧倒され、遂に都市は陥落した。
一方、出陣した反乱軍の主力は衝突した第1軍と都市から少し離れた平野で激しい戦いを繰り広げ、何もなかった砂の上には戦死した両軍の兵士達の死体が転がり、また夥しい量の血で染まっていた。
「くそ!この兵士達‼︎想像以上に強かったのか‼︎」
「ダメだ!明らかに数で圧倒している我々が押されている‼︎」
「これ以上は無理だ!このままだと我々が全滅してしまう‼︎」
嘆き喚く反乱軍の兵士達の姿を馬に乗った反乱軍の指揮官は決断を下した。
「全軍!一旦引いて態勢を立て直す‼︎」
指揮官の指示を近くで聞いていた若者が手に持つ大きなラップを鳴らし、それを聞いた反乱軍の兵士達は一斉に都市に向かって走り出した。
都市に向かって退却を始めた反乱軍を見て馬に跨る明智は軍配を振るいながら大声で命令を出した。
「今じゃーーーーーっ!敵の主力は逃げ始めた‼︎追撃せよぉーーーーーーーーーっ!」
命令を聞いた足軽達は雄叫びを上げて逃げ出す反乱軍の後を走って追っかけ始めた。
反乱軍は追って来る明智軍から死に物狂いな表情で都市に向かって走るが、砂丘を越え目前に迫った所で城門の前に第2軍が隊列を組み、和弓とショートボー、マルティニ・ヘンリーMk.1小銃、ガ式重機関銃を構えて待ち伏せていた。
そして反乱軍の先頭が砂丘を下り切った瞬間、長政は自身の右腕を上から下へと大きく振った。
「発てぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
長政の大きな号令に兵士達は一斉に反乱軍に向かって発たれ、それを受けた反乱軍の兵士達は次々と悲鳴を上げながら倒れて行った。
「引けぇーーーーーーーーーっ!引き返すんだぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
不意打ちで冷静を失った反乱軍の指揮官が声を荒げながら全軍に命を出すが、反乱軍の兵士達はサラサラした砂丘の坂で思う様に上に上がる事が出来ず、さらに追って来た第1軍の攻撃を受け、完全に反乱軍は挟撃される形で砂丘の坂で身動きが塞がれてしまった。
結果、一時間の激戦の後に反乱軍は全滅。このキレーネの戦いは勝利の立役者となった極東の地より来たりし日ノ本軍の武勇をイスラム界に轟かせるきっかけとなった。




