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FIERCE GOOD -戦国幻夢伝記-  作者: IZUMIN
【第二章・欧州征伐(上)】
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第 陸拾捌 話:砂と太陽の王国

 サラディンを連れてエルサレム城へ戻った真斗達。そしてサラディン一行が信長とボードゥアン四世と謁見している間に別室で真斗は源三郎、左之助、忠司、平助、そして竹取(かぐや)(きょう)、直虎、義昭を交えてテールを挟んで椅子に座っていた。


「それで(じい)、一体エジプトで何があったんだ?」


 真斗は向かいの椅子に座る源三郎は落ち着いた表情で頷く。


「はい、(わか)。我々は(わか)とジョナサンの行方を捜索していました」


 語り出す源三郎の話しでは時は遡る事、真斗が草薙の剣を使い起こした巨大な砂嵐で第40軍を撃退するも一緒に残ったジョナサンと共にその砂嵐に巻き込まれ行方不明となって三日が過ぎた日であった。


 焼ける様な太陽の暑さの下で源三郎は甲冑と兜を脱ぎ、頭に手拭いを巻いた姿で同じ姿をした左之助、忠司、平助と共に捜索を続けていた。


「せめて(わか)の愛刀でも出てくればよいが」


 そう言いながら腕で滝の様に流れる汗を拭い、腰に下げている麦茶の入った竹の水筒を飲む源三郎。


 するとそこに砂埃を上げて走る馬に乗り、甲冑を着こなした直虎が源三郎の前に現れる。


「ご家老殿(どの)!信長様よりお呼び出しが来ました‼︎すぐにバグダッドに戻れと!」


 直虎の口から出た信長の呼び出しに源三郎は真剣な表情で頷く。


「分かった!左之助‼︎忠司‼︎平助‼︎信長様からの呼び出しが来た!バグダッドに戻るぞ‼︎」


 振り返り大声で信長の呼び出しを伝える源三郎に向かって捜索の手を止めた左之助、忠司、平助は大声で返した。


「「「分かりました!」」」


 そして源三郎達は自分達が乗って来た馬に乗ると直虎の後に続く様にバグダッドに向けて走り出した。


 バグダッドに戻った源三郎達は馬でまず鬼龍家が借りている屋敷へと戻り、甲冑を着こなすと再び馬に乗り信長が使っている屋敷へと向かった。屋敷に到着すると源三郎達は迷う事なく大広間と思われる場所へと着く。


 そこでは床に敷かれたアラビア絨毯の上に甲冑を着こなし胡座をする他の武将達もおり、源三郎達は邪魔にならない様に掻き分けながら(きょう)と義昭が居る場所に向かい、空いている場所に胡座をした。


 そして上座には西洋甲冑を着こなす信長が床机(しょうぎ)に座っていた。


「諸君、急な呼び出しですまない。実は先程、イスラム帝国と同盟関係であるエジプト王国で内乱が起きたらしい」


 信長の口から出た不吉な知らせに集まった武将達は騒つくが、信長はそれには気にも止めず話しを続けた。


「それでエジプト王国から速やかな内乱鎮圧の為にイスラム帝国に救援を出したが、当の帝国は軍の招集に時間がかかっているらしい。そこでイスラム帝国に代わって我らが織田連合軍が救援の為にエジプト王国へ向かう事となった」


 エジプトへ向かう事に再び騒つく家臣達。そして信長は床几(しょうぎ)から立ち上がり、話しを続けた。


「出発は明日の早朝、船で向かう!各々の準備を怠るなぁ!よいな‼︎」


 信長が少し強めに厳命すると聞いていた家臣達は勇ましい表情で信長に向かって深々と頭を下げた。


「「「「「「「「「「ははぁーーーーーーーーーーーーーっ!」」」」」」」」」」


 そして皆が頭を上げて大広間と思われる空間を立ち去る中で床几(しょうぎ)から立ち上がった信長は立ち去ろうとする源三郎を呼び止める。


「源三郎、すまない。本当なら真斗を探したいだろうが、日ノ本にとってもエジプトとの同盟は重要なのだ。どうか理解してくれ」


 そう言って信長は申し訳ない表情で源三郎に頭を下げると源三郎は頭を下げる信長の右肩を優しく掴み、顔を上げさせて真剣な表情で信長に向かって首を横に振った。


「頭を上げて下さい信長様。大丈夫です。我らの主である(わか)はそう簡単には死にません。一緒に居たジョナサンと共に必ず生きておりますので!」


 源三郎の自信に満ちた表情に信長はホッとする。


「そっか。お前がそう言うのであれば私も信じよう。では出発時に」

「はい、信長様」


 そう言って笑顔で去る信長に対して源三郎は頭を下げると左之助達も頭を下げるのであった。


 それから出発準備を終えた織田連合軍は再び川を使ってクウェート港へ向かい、海路でエジプトに向けて出発した。



 クウェート港を出発した織田水軍艦隊はアラビア海へと出て西へと向かい、アラビア半島に面するアデン湾と半島とアフリカ大陸に挟まれたマンダブ海峡を抜けて夕暮れ時には紅海へと出た。


 地平線に沈む太陽の光で赤く染まる紅海を進む鬼龍水軍の大将艦であるフリゲート艦、『長門』の甲板上では兜を脱ぎ甲冑を着こなす源三郎が沈むを夕陽を眺めていた。


「なんと綺麗な日の入りじゃ。青い海を朱に染める光景を(わか)と共に見たかった」


 などと少し悲嘆に暮れる源三郎の後ろから甲冑を着こなした(きょう)が笑顔で現れた。


(じい)、どうしたの?そんな悲しそうな目をして」


 (きょう)の突然の声に少し驚きながら源三郎は笑顔で振り返る。


「ああっ!(きょう)様。いいえ、ただ(わか)と一緒なら、この日暮れを楽しめたなと」


 源三郎の抱いていた気持ちに(きょう)は同感する様に頷く。


「ええ、そうね(じい)。真斗がここに居たら素敵だったでしょうね」


 すると艦首から一人の鬼龍軍の足軽が慌てた様子で源三郎と(きょう)の前に走って現れる。


「源三郎様!大変です‼前方に複数のガレオン船が海を塞ぐ様に横並びで停泊しています!」

「なんじゃと⁉」


 驚いた源三郎は(きょう)と共に駆け足で艦首の方へと向かった。


 艦首に着くと折り畳み式の単眼鏡で前方を見る兜を脱ぎ甲冑を着こなした忠司が居り、源三郎は後ろから彼に向かって声を掛けた。


「忠司!状況はどうなっている?」


 忠司は覗くのをやめ、真剣な表情で振り返り源三郎に答えた。


「はい!ご家老‼帆を畳んだガレオン船が十五隻弱ほど横並びで塞ぐ様に海上に停泊しています‼」


 状況を報告しながら忠司は使っていた単眼鏡を源三郎に渡す。そして源三郎は忠司から渡された単眼鏡で前方を覗くと帆を畳んだガレオン船が横並びに停泊していた。


「ふむ。(いくさ)する雰囲気ではないが、何か変じゃなぁ」


 源三郎が深く各ガレオン船を観察していると上の方から声が響いた。


「ご家老ぉーーーーーーーーーーーっ!水軍総大将艦の大和から手旗信号でぇーーーーーーーーーーーーす‼」


 中央のマストの見張り台に居る足軽からの知らせに源三郎は単眼鏡から目を離し、振り返り右斜めの方向に向かって単眼鏡を覗くと大和の甲板上で一人の小早川軍の足軽が手旗信号をしていた。


「“全艦、速やかに停止せよ”っと。忠司!急ぎ我が艦を停止させよ‼︎」

「はっ!」


 源三郎の命令を受けた忠司は直ちに艦尾の操舵手の元へと急いで向かった。


「機関停止ぃーーーっ!機関停止だ‼︎急げ!」


 走って来た忠司の命令に操舵手、速度通信機(エンジン・テレグラフ)手、方位磁針手をしている鬼龍軍の足軽達は返事をした。


「「「はっ!」」」

「機関停止ぃーーーーーーっ!」


 速度通信機(エンジン・テレグラフ)手の足軽が大声で停止を発しながらレバーを素早く動かし、表示メーターを“停止”に止める。


「機関停止ぃーーーーーーーっ!急げぇーーーーーーーっ‼︎」


 力強くスチームを出しながら大きな機械音を出すボイラー室に響く上半身裸で鉢巻をする機関長の命令に多くの機関員達が慌ただしく動きながらバルブやレバーを操作し、スチームの圧力を下げて行った。


 そして渦を巻く様に回転するスクリューが徐々に遅くなって行き、やがて長門を含めた織田水軍艦隊全ての艦船は完全に海上で停止する。


 すると塞ぐ様に停泊するガレオン船団から七人が乗った一隻のボートが水軍艦隊に向かって進んで来た。そしてボートの船首に立つ黒いアラビア服を着こなし頭に黒いターバンを巻いた男性が長門に向かって大声を出す。


「私はアイユーブ朝エジプト王国の将軍!サラディン・イブン・アイユーブと申す‼ジパングの客人よ!私は国王の命でここに参った‼そちらえの乗船をお願いしたい!」


 サラディンからの申し出を聞いていた源三郎は大声で返事をした。


「我は鬼龍家の家老!河上 源三郎と申します‼サラディン殿(どの)!本艦は水軍艦隊の旗本ではありませんが‼ただちに総大将をお呼びしますので!こちらに乗船して下さいませ‼」


 それを聞いたサラディンは少しホッとした様な表情となり、返事をした。


「感謝する!ではこれより貴艦へ乗船する‼」


 それを聞いた源三郎は頷き、そして振り返ると手招きする様に合図を送ると一人の足軽が頷き、左舷に縄梯子(はしご)を降ろす。


 そしてサラディンと彼に付いて来た護衛の兵士達と共に縄梯子(はしご)を昇り、長門へと乗船し源三郎達に挨拶をした。


「お初にお目にかかりますジパングの御客人。改めましてアイユーブ朝エジプト王国の将軍を務めておりますサラディン・イブン・アイユーブと申します」


 右手を胸に置き、一礼をするサラディンに対して源三郎も彼と同じ挨拶をした。


「はじめましてサラディン様。鬼龍家家老を務めております河上 源三郎と申します。すでに総大将であります織田 信長様の元に使いを送りましたので到着まで船室でゆっくりお待ち下さい」

「ああ、ありがとう」


 明るい笑顔でお礼を言ったサラディン。


 その後、源三郎は乗船したサラディン一行を信長が到着するまで長門の船室へと案内し、数十分後には信長が長門に到着したのでサラディンは再び甲板上に出た。


「はじまして信長様。サラディン・イブン・アイユーブと申します」

「お初にお目にかかれて光栄です。織田連合軍の総大将を務めております織田 信長と申します」


 笑顔で対面した信長とサラディンはお互いに右手を胸に当て、一礼をした。


⬛︎


 サラディンは信長に対して塞ぐ様に停泊するガレオン船団についての説明をしていた。


「まずは驚かせて申し訳ありません信長様。実は我が国の陛下のご命令でして、海上でジパングの一行を出迎えよと仰せつかったのです」


 笑顔で説明をするサラディンに対して信長は納得する。


「そうであったか。お出迎え感謝します」

「いえいえ。ではこれよりスエズ港へとご案内します」

「うむ。よろしく頼む」


 するとサラディンは船首へと向かうと右腕を上げて大きく左右に振る。すると前方のガレオン船団は一斉に畳んだ帆を開き素早く正確に反転する。


 それを見た信長も近くに居る鬼龍軍の足軽に命令を出した。


「旗係よ。速やかに大和に伝令せよ。“全艦微速前進せよ、目の前のガレオン船団に着いて行け”と」

「はっ!」


 命令を受けた旗係の足軽は一礼をして、ただちに大和に向けて手旗信号を送り、水軍艦隊は微速前進を始めた。


 それからしばらくしてエジプト王国第二の港都市、スエズ港へと到着し、その日はスエズ港で一夜を過ごした。


 翌日の早朝には源三郎達を含めた信長達はサラディン一行と共に下船し、前日にサラディンが用意したラクダに乗り、王都であるカイロへと向かった。


 出発して約二時間、青空に高々と眩しく輝く太陽に照らされ、熱さを発しながら黄金色に輝く数多くの砂丘をラクダで進んでいた。


「いや、しかしエジプトの熱さはバグダッド以上ですなぁ」


 ラクダに乗り兜を脱ぎ、手脱ぎを巻く源三郎は見渡す限り続く砂丘を見ながら呟くと先を進むサラディンは笑顔で振り返る。


「ははっ!あっち(バグダッド)は砂の量が少ないですからね。こっち(エジプト)は国土の殆どが砂ですからね」

「そう言えばエジプトは世界で最古の歴史を持った国と書物で呼んだ事がありますが?」


 源三郎からの問いにサラディンは頷く。


「ええ、そうです。ナイル川と呼ばれる巨大な川を中心にファラオの称号を持つ王が国を作り、文明が栄えました。しかし、時が流れる連れてエジプトも他国に振り回される事となりました」


 それからサラディンは源三郎にこれまでエジプトが歩んだ歴史を語り出した。


 かつてエジプトはプトレマイオス王朝と呼ばれる王族が大西洋までの北アフリカを領土にしていた一大王国であった。


 だがイタリア半島に建国された共和政ローマが急速に勢力を拡大し始め、西のイベリア半島から東のゲルマニアまで勢力を拡大した時点で今度はバルカン半島から小アジアに勢力を拡大、そして遂にエジプトを含めた北アフリカまで勢力勢力を始めた。


 当初、ローマによる支配を拒みロゼッタに上陸したローマ軍と武力衝突を起こしたが、屈強で洗礼されたローマ軍の前にプトレマイオス軍は壊滅。後に結ばれたカイロ条約で王国全てがローマの支配下となった。


 それからローマ帝国による勢力低下でエジプトは再び独立する事となったが、今度はビザンツ帝国(東ローマ帝国)またはウマイヤ朝による支配と独立、さらに東より勢力を拡大し始めたモンゴル帝国の前にエルサレムとシナイ半島が奪われてしまった。


 それどころか度重なる他国の支配でエジプトは多くの民族が移住して来た事で文化の違いで内部対立は激しく、モンゴルから領土を奪い返す結束力がなっかた。


 だが、そんな国内の混乱を治めたのが正統なファラオ、ラムセス一世であった。その後、領土奪還の軍事強化を行ったが、モンゴルを打ち破るには軍事技術の近代化が必要不可欠であった。


 そこで前々からウマイヤ朝のやり方に反発していたクルド人の軍人、ザハル・アイユーブがラムセス一世に軍の強化を申し出た事で軍事のみならず政治的に近代化が進んだ事で貢献したザハルの苗字から取り、エジプトとイスラムの合同国家であるアイユーブ朝エジプト王国が誕生した。


「それから第一次十字軍と協力して旧領土の奪還と拡大を行い、今ではイスラムやヨーロッパから取り入れた技術や文化のお陰でプトレマイオス朝時代以上の活気で北アフリカ屈指の王国へとなりました」


 サラディンの話しを最後で聞いていた源三郎は感心する。


「ほぉーーーーっ昔以上に栄えているとは、それは凄いですなぁ」

「おっと!長話をしていたら見えてきましたよ。あれが我がエジプトの王都、カイロです」


 サラディンは笑顔で右手に持つ鞭棒で先を指すと源三郎は目の前に広がっる光景に驚く。


 輝く太陽に照らされた事でまるで黒真珠の様に輝く黒曜石で作られた巨大なスフィンクス像に豊かな緑と水に囲まれた巨大な街を見守る様に天まで届く様に太陽の輝きで白い石灰石がダイヤモンドの様に白く輝きながら佇む巨大な三つの大ピラミッド。


 日ノ本にはない圧巻と一言では収まらない歴史の重さを感じる巨大な建造物の前に源三郎を含めた信長達は言葉を失い、口を開けながら驚く。


「ジパングの皆様!改めて高貴な神々が住む!砂と太陽の国、エジプトへようこそ」


 そんな信長達に向かってサラディンは笑顔で振り向き、改めて入国を歓迎したのであった。

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