第 陸拾漆 話:ややこしい事態
第二次エルサレム包囲戦から二日が経った青白い満月が天高く昇っている日の夜。
激しい包囲戦で破壊された建物の瓦礫の撤去作業や双方の戦死者の弔いなどがある程度、落ち着いた事でエルサレムでは盛大に勝利が祝された。
「いやぁーーーっ流石、ゴッドフリート将軍だよ!兵力に少なさを巧みな戦術で見事に敵を返り討ちにしたんだからな」
「いやいや、それだけじゃないぞ!聞いた所だと高名なジパングの騎士がいたお陰で勝てたそうだぞ」
「本当かよ⁉︎でもまぁーーーっ何はともあれエルサレムは無事だし神と騎士達に感謝だな」
「だな。おーーーい!白ワインお代わり‼︎」
二人の男性が満員となった食堂屋の店で酒を飲み、楽しんでいる一方で真斗達はエルサレム城の晩餐室で勝利の宴を行なっていた。
縦長の椅子にはロバート、ジュスラン、レイモン、フルク、真斗、ジョナサン、エナの他にテンプル騎士団、ホスピタル騎士団、聖ラザロ騎士団、聖墳墓騎士団の指揮官クラスの騎士達が座っていた。
そして上座に座るボードゥアンはグラスに入ったワインを右手に取ると椅子から立ち上がる。
「諸君!今回の戦いよくぞ頑張った‼︎ささやかではあるが、皆!大いに勝利を祝おう‼︎」
ボードゥアンが嬉しそうな口調で言った後に椅子に座る真斗達もワインの入ったグラスを右手に持ち、立ち上がる。
「それでは、乾杯!」
「「「「「「「「「「乾杯‼︎」」」」」」」」」」
ボードゥアンがグラスを高々に上げると真斗達も笑顔で持っているグラスを高々に上げた。そしてワインを一口、飲むと再び椅子に座り目の前の縦長のテーブルに置かれた様々な料理を食べながら談笑を始めた。
「しかし、真斗殿の用意した秘策はまったく感服しましたよ。まさか数の劣勢を我々の知らない火薬兵器で圧倒するとわ」
真斗が座る右横に座るジュスランがワインの入ったグラスを片手に笑顔で言うと真斗はフッと笑った。
「いいや、俺はただここに住む人々を守ろうとしただけですよ。それにあの火薬兵器は亡くなった俺の父上が発明した物なんですよ」
真斗が提案した兵器が父親の発明である事にジュスランは感心する。
「へぇーーーっ真斗殿のお父上様の。一体どんな人物何ですか?」
真斗の左横に座り、二人の会話を聞いていたレイモンが笑顔で問い掛けて来た。
「ええ、そうですね。俺によく似て勇猛果敢で民から愛されていた人でした」
一方、真斗の向かいに座るジョナサンとエナは楽しく談笑していた。
「それでジパングはマルコ・ポーロが書き残した記録書に書かれていたよりも凄いんだ。キョウトと呼ばれる都は政治の中心なんだが、夜はヨウカイと呼ばれる魔物達がジパングの人間達と共に過ごしていたんだよ」
第十次十字軍後、真斗の元で見て回った日ノ本の事を笑顔で語るジョナサン。それに対してエナは興味深々の様な明るい笑顔で聞いていた。
「へぇーーーーっ人間と魔物が平和的に暮らせるなんて、ジパングってやっぱり凄い国なのね」
二人の会話をジョナサンの左横に座って聞いていたフルクが笑顔で問い掛ける。
「なるほど。それでジョナサン、ジパングの人々は一体どんな物を食べているの?」
ジョナサンは笑顔でフルクの問いに答えた。
「えぇーーとですね、地下迷宮で真斗が出したコメと呼ばれる穀物と魚や肉などを主食にしいるけど、一番驚いたのは“スシ”と呼ばれる魚を生で食べる料理 あるんですよ」
日ノ本独自の魚の生食に聞いたフルクは驚く。
「ええぇ⁉魚を生で!そんなの食べたらお腹を壊すんじゃ!」
驚きながら心配するフルクに対してジョナサンは笑顔で首を軽く横に振った。
「いえいえ、そんな事はありませんよ。ショウユと呼ばれるソースとワサビと呼ばれる辛みのある薬草を使って食べるんですけど、生魚の旨味が合わさって絶品でしたよ。生魚があんなに美味かったなんて知りませんでしたよ」
熱くそして感激する様に語るジョナサンに対してエナの右横に座り、千切ったピタを食べながら聞いていたロバートが感心する。
「なるほど、そいつは凄いなぁ。それで他にジパングにはどんな独自文化があるんだ?」
「えーーと、ですねロバート様・・・」
ロバートからの問いにジョナサンは日ノ本で経験した文化を思い出しながら語った。
すると真斗と楽しく会話していたジュスランがエナに声を掛けた。
「そうだエナ、君の着けている首輪は外れているから取っても構わんよ」
「え⁉︎」
エナは少し驚いた表情で恐る恐る首に着けられた首輪の留め具に手を掛けると首輪が外れた。
「ジュスラン様、これは一体・・・」
疑問に思ったエナに対してジュスランはワインの入ったグラスを片手に笑顔で答えた。
「なに、君はもう私の奴隷じゃない。ジョナサンと共に家族の元に帰りなさい」
それを聞いたエナはウルウルと涙を流し始め、ジュスランに向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!ありがとうございます!ジュスラン様‼︎」
家族の元に帰れる喜ばしい光景を見ていた真斗はグラスを手に笑顔でジョナサンに話し掛けた。
「よかったな、ジョナサン。義妹さんと国に帰れる事に乾杯だ」
それに対してジョナサンはグラスを手に笑顔で真斗に向かって頷く。
「ああ、ありがとう真斗。乾杯」
そして二人は軽くグラスを合わせて乾杯をしたのであった。
⬛︎
それから二日後の昼時、身軽な服装をする真斗とジョナサンはエナを連れて穏やかさが戻ったエルサレムの商店市場に赴くバグダッドに戻る為の買い出しをしていた。
包囲戦の後とは思えない活気さを取り戻した市場で真斗とジョナサンは肉と野菜、果物を選んでいた。
「えーーーと、これとこれとこれに、後はこれだな」
慣れた様に迷わず食材を選ぶ真斗の姿にジョナサンはある疑問をした。
「なぁ真斗、そんなに買って大丈夫か。いくら乾燥地帯とはいえ炎天下で食材が痛むぞ」
心配するジョナサンに真斗は自信に満ちた笑顔で首を横に振った。
「心配するなジョナサン。俺が持っているチャブクロは色んな物を入れても底なしで、しかも食材を入れても全然、痛まない優れ物さぁ」
真斗はそう言いながらチャブクロをジョナサンに見せると彼は関心する。
「へぇーーーっヨーロッパで言うところのマジックバックみたいな物か、いいなぁーーーっ」
「まぁーーね。それよりエナはどうしたんだ?薬草を買いに行くっと言って別れたはいいけど、遅くないか?」
後ろを振り向き多くの人々が行き交う光景を見ながら言う真斗。そしてジョナサンも彼と同じ思いであった為、振り向き辺りをキョロキョロする。
「確かにやけに遅いなぁーーっ」
真斗は少し急いで選んだ食材を購入し、チャブクロに入れるとジョナサンと共に店を後にした。
「さてと、エナを探しに行くか」
真斗がそう言うとジョナサンは同感する様に頷く。
「そうだなぁ。もしかしたら迷っているかもしれないしな」
そして二人は行き交う人々を掻き分ける様にエナを探しに向かった。
二人は横並びとなって歩幅を合わせて左右の店を見渡しエナを探した。
「うんーーーーーっここまで人が多いと見過ごしそうだなぁ」
右側を見渡す真斗が抱いた心配事に左側を見渡すジョナサンは同感する様に頷く。
「確かに。似た様な服を着ている人もいるから見間違いそうだな」
すると真斗は何かを見付けた様に足を止めてジョナサンに声を掛けた。
「おい!ジョナサン‼︎あれ!」
ジョナサンも足を止め、真斗が指差す方を見てみると金品類が売られている宝石店の前でエナが目を輝かせながら商品を見ていた。
「うわぁーーーーーっ♬このネックレスは綺麗ね。あ!こっちの指輪と腕輪もいいわね♪」
手に取った商品を試着し、近くの台に乗せられた鏡に映る自身を見て喜ぶエナ。そんな彼女の後ろからジョナサンがゆっくりと近づき、声を掛けた。
「おい!エナ。ここで何をしている?」
突然、背後から響いて来たジョナサンの声にエナは少し驚いた表情で振り返る。
「あ!義兄さん、それに真斗様も!どうしてここに?」
まるで目的を忘れたかの様なエナからの問い掛けに真斗とジョナサンは少し呆れてしまう。
「あのなぁエナ、君は薬草で俺とジョナサンは食材に分かれて買い出ししようって君が言ったんじゃないか。だけど薬草を買うだけなのにやけに遅いから心配して君を探していたんだぞ」
真斗がここにいる理由を話すとエナはアッとなり、困った笑顔をする。
「えへへっすみません真斗様。実は必要な薬草をもう買って後はお二人の元に行くはずだったんですけ、ここの宝石店に立ち並ぶ商品に興味を惹かれて、それでつい立ち寄っちゃって」
エナの説明にジョナサンは左手で後頭部を掻く。
「まったく仕方ないなぁ。エナ、気に入った品はあったか?」
ジョナサンからの急な問い掛けにエナは少し驚きながら頷く。
「えっ!ええ。今着けているネックレスと指輪、それに腕輪ね」
するとジョナサンは店の少し奥で品の整理整頓をしていた少し小太りのターバンを巻いたエジプト人男性に声を掛けた。
「すまない店主、いいか」
「はいはい、何でしょうか?」
店主は整理の手を止めて胡麻を磨る様な笑顔でジョナサンへと近づく。
「すまないが、彼女が着けているアクセサリーを買いたい。代金はこの位でいいか?」
そう言ってジョナサンは笑顔で店主の手に三枚のベザント白金貨を手渡す。
「ええぇぇっ⁉白金貨ですか!いや!でもお釣りが」
するとジョナサンは笑顔で首を軽く横に振った。
「いいんだ。お釣りはいらないよ」
「あぁーーーっ!ありがとうございます!ありがとうございます!」
嬉しい表情で何度も頭を下げる店主。一方でやり取りを見ていたエナも驚いていた。
「義兄さん、いいの?この位の物だったらジュスラン様に仕えている時に貰った給金で買えたのに」
「いいんだよエナ。お前はいっぱい苦労したんだし、それに義兄として威厳を少しは立たせてくれ」
そう笑顔で言うジョナサンにエナは感激し、ウルンッと涙目になる。
「ありがとう義兄さん」
そう言いながら抱き付いて来たエナの頭をジョナサンは何も言わずに笑顔で優しく撫でる。
するとそこに慌てた様子の聖ラザロ騎士団のハーフリングの女性騎士が人を掻き分け、真斗の元に現れる。
「真斗様!至急、エルサレム城に来て下さい!ジョナサン様もご一緒に‼︎」
何事かと思った真斗ではあったが、真斗は冷静な表情で頷く。
「分かった。おい!ジョナサン!エナ!どうやらエルサレム城で何かあったのかもしれない!すぐに向かうぞ‼︎」
真斗からの呼び掛けにジョナサンとエナ振り向き、一瞬で真剣な表情となって頷く。
「ああ、分かった」
「分かりました」
そして三人は急足で聖ラザロ騎士団の女性騎士の後に付いて行くのであった。
⬛︎
エルサレム城に着いた真斗達はそのまま応接室へと案内された。
「それで一体何があったんだ?」
真斗は先頭に立ち案内すると聖ラザロ騎士団の女性騎士に問い掛けると彼女は歩きながら答えた。
「それが先程!エジプト使者が来たのですが、どうやら全員、ジパングの者でしてもしかたら真斗様のお知り合いかと思いまして」
「なるほど・・・それでか」
女性騎士の答えに納得する真斗。そして応接室の前と着き、女性騎士は両開きの扉を三回ノックし、軽く頭を下げる。
「ロバート将軍!真斗様達をお連れしました‼︎」
女性騎士が扉に向かって言うと応接室の中からロバートの声が返って来た。
「そっか。ご苦労であった。中に通して君は下がっていなさい」
「分かりました。では真斗様、どうぞ」
女性騎士が扉を開けると真斗は彼女に向かって頷き、ジョナサンとエナと共に応接室へと入った。
応接室の中は広く、中央に置かれた縦長のテーブルと椅子が置かれ、部屋に入った真斗の目の前の椅子に座り来客と会話をするロバートに声を掛けた。
「ロバート様、お待たせしました」
するとロバートは一旦、来客との会話をやめて笑顔で振り向く。
「おお!来たか真斗。ジパングの来訪者様、こちらが先のエルサレム包囲戦で我々に助力していただいた・・・」
「若⁉︎」
聞き覚えのある声に真斗は前を向くとロバートの向かいの椅子に座っていたのは兜を取り、甲冑姿をしていた源三郎達であった。
「爺!それに皆も‼︎」
驚く真斗に源三郎達は椅子から立ち上がり真斗の元へと向かった。そして源三郎は涙目で真斗を厚く抱きしめた。
「若‼︎ご無事で!ご無事で何よりでした‼︎」
嬉し涙を流し、再会に感激する源三郎に真斗は優しく彼の背中を撫でた。
「ふふふっ心配かけてすまなかった爺。それに皆も」
左之助、忠司、平助も号泣するかの様に真斗と再会出来た事に嬉し涙を流していた。
「若様!ご無事でありましたか‼︎」
「若様!またお会い出来て嬉しゅうございます‼︎」
「若様!ご無事で再会出来た事、心より嬉しゅうございます‼︎」
それから、しばらくしてから真斗は源三郎達にエルサレムで何をしていたのかをジョナサンとエナを交えて語った。
「そうでしたか。そんな事をしていたのですか」
椅子に座り直し、関心した様な表情で頷く源三郎に対して真斗は笑顔で話しを続けた。
「ああ、そうなんだよ。特に地下迷宮は凄かったぞ!恐竜と呼ばれる古代の生き物の肉は牛肉以上に美味かったぞ」
などと真斗は嬉しく言っていると再び真斗の後ろにある両開きの扉が突然、開かれた。
「「「真斗‼」」」
聞き覚えのある声に真斗が振り返るとそこには甲冑を着こなした景、直虎、義昭の姿があった。
「景!直虎!義昭!」
真斗は名前を呼びながら椅子から立ち上がると抱き付いて来た三人を優しく受け止める。
「バカ‼凄く心配したんだから!」
「でも!生きててよかった‼」
「真斗!本当に生きていてよかったわ‼」
涙を流す三人の頭を温かい笑顔で優しく撫でれる。
「すまない、お前達。心配をかけたなぁ」
「真斗!」
真斗は聞き覚えのある声に驚く。信じたくはない。だが現実に自分がこの世で最も大切な存在の声が聞こえた。
真斗は恐る恐る扉の方を向くとそこには綺麗な小袖を着こなし不安と心配を感じる表情をした竹取が立っていた。
「竹取⁉︎な!なんでお前がここに居るんだ‼︎」
声を少々、荒げて驚く真斗に向かって竹取は涙目となって抱き付く。
「よかった!生きていて本当によかった‼︎」
竹取が居る現実に未だに信じられない真斗ではあったが、最愛の人と会えた事が大きく真斗は自然と笑顔になって竹取の頭を優しく撫でるのであった。
⬛︎
それから源三郎の説明で会津の留すを務める事となった竹取であったが、国外征伐故に手紙のやり取りが出来ず真斗の安否を心配していた。
そんなある日、イスラム帝国から来た商人から真斗が大盗賊を相手に勇猛果敢に戦っていたが、巨大な砂嵐に飲み込まれ行方不明になった事を知り、居ても立っても居られず同じ想いをしている武将の奥方と姫君を募ってイスラム帝国に向けて出発したと言う。
一方、源三郎達は日が暮れるまで真斗とジョナサンの捜索をしていたが、イスラム帝国と同盟関係であった『アイユーブ朝エジプト王国』で内乱が起き、その支援の為に捜索を切り上げイスラム軍と共にエジプトへと向かった。
エジプト神官による内乱は織田連合軍とイスラム軍の助力で鎮圧され、その後はエジプト王が信長と盟約を結んだ。その翌日に竹取達がカイロに到着し、源三郎達と合流したのであった。
椅子に座り、全てを聞いた真斗は深い溜め息を吐いた。
「すまなかった竹取。手紙なんて商人を使えばやれたのに。お前の気持ちを考えなかった俺の不甲斐なさだ。本当にすまなかった」
真斗はそう言って右隣の椅子に座る竹取に向かって深々と頭を下げた。
「いいのよ真斗。私だって武士の正室としてもっと気を持つべきだったのに。貴方はそう簡単に居なくなったりしない人なのに、それを信じる事が出来なかった私にも非があるわ。ごめんなさい真斗」
そう言って竹取も真斗に向かって深々と頭を下げた。
お互いに非を認め合った真斗と竹取。すると景が笑顔で二人の間に入る。
「はいはい、二人ともそこまでよ。ねぇ真斗、私達この国にはしばらく滞在する事になったからエルサレムの事を教えて」
竹取と共に頭を上げた真斗は笑顔で景に向かって頷く。
「ああ、いいぞ。明日は他の皆と一緒にエルサレムを見て回ろう」
こうして源三郎達との再会と竹取との予想外の再会と言う驚きで今日はお開きとなった。
翌日の朝には真斗とジョナサンは信長達とヨハンナ達と再会し、そして竹取と共に来た帰蝶達と再会した。
そして真斗とジョナサンの案内で皆はエルサレムの見物を行う一方で信長、秀吉、家康は十字軍国家首脳達と会談の為、後となった。
はじめに訪れたのは市場で、その後は聖墳墓教会であった。そして真の十字架を前で長政の姉である『京極 マリア』が手を合わせて祈りを捧げた。
「主よ、ここに来られた事を深く感謝します。アーメン」
マリアがそう言うと彼女の後ろで同じ様に手を合わせていた官兵衛、行長、ガラシャ、おたあ、ヨハンナも祈りを捧げた。
「「「「「「「「「「アーメン」」」」」」」」」」
その後、聖墳墓教会の神父から幸福の言葉が全員に送られ、次に向かったのはゴルゴダの丘であった。
三本の八端の十字架の前まで着くとガラシャとおたあ、そしてヨハンナは思わず感激の涙を流した。
「あぁーーっ!ここがイエス・キリスト様が昇天なされた場所‼︎」
「ここがゴルゴダの丘!十字架の後ろに見えるエルサレムの街並みがとても美しいわ‼︎」
「おおぉ!主よ‼︎今、この丘に来れた事を深く感謝いたします!」
そう言って三人は両膝を地面に着いて両手をギュッと握り締め、十字架に向かって軽く頭を下げて祈りを捧げた。
一方、真斗は竹取を連れて十字架を超えて少し先へ行き、エルサレムを眺めていた。
「うわぁーーーーーーっ!エルサレムって京に次いで美しく平和な都なのね。」
目を輝かせながら都市全体の景色を述べる竹取に向かって真斗は首を横に振った。
「いいや、竹取。残念だけどエルサレムも京と同じく何度も戦によって多くの人々の血が流れてな。先日の俺とジョナサンが参加した大きな戦いで兵士だけでも多くの血が流れたよ」
少し悲しそうな表情で言う真斗に対して話を聞いていた竹取も少し悲しい表情をする。
「そう・・・やっぱり国が違っても世界は未だに血生臭い争いに満ちているのね」
すると真斗は少し明るい笑顔になって竹取の頭を優しく撫でた。
「すまない竹取、気を悪くさせちゃって。今は十字軍国家のエルサレム王国が治めているお陰でようやく平穏にはなっているよ」
真斗が励ます様にそう言うと竹取は笑顔で首を横に振った。
「いいのよ。世界のどんな都も国も最初から平和ではなかった事は承知しているから」
それから嘆きの壁と岩のドーム、エルサレム大図書館、そして最後に訪れたのが地下迷宮のあるダビデの塔であった。
「おおぉ‼あれが若様が言っていた恐竜ですね!」
塔の出入り口から大勢の冒険者が大型の荷馬車に乗せられ運ばれる狩られたアパトサウルスに興奮した表情で言う左之助に向かって真斗は笑顔で頷く。
「ああ、そうだ左之助。あれは草食恐竜だが、肉はなかなかの美味だったぞ」
「ほぉーーーっやはり恐竜の肉は美味と言う噂は本当の様だなぁ」
聞き覚えのない声に真斗は少し驚きながら振り返ってみると、そこには黒いアラビア服を着こなし頭に黒いターバンを巻いた中年の男性が笑顔で立っていた。
その男に源三郎は大いに喜びながら近づき、握手をした。
「おおぉ‼これは!これは!“サラディン”様!いつこちらに?」
サラディンと呼ばれる男性は源三郎の問いに笑顔で答えた。
「ああ、つい先ほどだ源三郎殿。それでそこの若者がお主が言っていた主のマサト キリュウだな」
そして真斗は背後から源三郎に問い掛ける。
「おい爺、この方は誰だ?」
源三郎は振り返り真斗に笑顔で答えた。
「若、こちらの方はアイユーブ朝エジプト王国の名将であります“サラディン・イブン・アイユーブ”です」
源三郎が自己紹介を終えるとサラディン自身が笑顔で真斗に向かってイスラムの挨拶をした。
「お初にお目にかかれて光栄です真斗殿。エジプト軍の指揮を務めておりますサラディンと申します」
すると真斗も笑顔でイスラムの挨拶をして自己紹介を行った。
「こちらもお会い出来て光栄ですサラディン様。私が源三郎の主で日ノ本の城、会津城の城主であります鬼龍 真斗と申します」
お互いに明るく挨拶をしていると真斗の左横から誰かが抱き付いて来た。
突然の事に驚いた真斗は右を向くと腰の辺りに地味な茶色のマントを着こなした金髪の可愛い幼女が笑顔で居た。
「あぁ~~~~っ♡我が君♡お会い出来て嬉しゅうございます♡」
突然の事にさすがの真斗も頭が大混乱し、慌てふためきながら近くに居る竹取に向かって弁解する。
「いや!竹取‼全然知らん!身に覚えもなし‼大体、俺はずっとエルサレムに居たし!」
すると竹取は呆れた様な情けない様な表情で溜め息を吐いた。
「分かっているわよ真斗。実は私がエジプトで源三郎達と再会する前にややこしい事があったらしいのよ」
「ややこしい事?」
竹取の言葉に真斗が冷静を取り戻すのと同時に幼女が離れ、笑顔で真斗に向かってイスラムの挨拶をした。
「申し遅れましたわ。私はアイユーブ朝エジプト王国の第二王女、“メリトアメン・ネフェルタリ”と申します。メルとお呼び下さい」
真斗は少しオドオドしながらもイスラムの挨拶をした。すると源三郎が申し訳ない表情で真斗に声を掛けた。
「申し訳ありません若。実は若がいない間にエジプトである事が起きまして、その際にややしい事になってしまいまして」
「ややしい事とは?」
真斗が問い掛けると源三郎は右手で後頭部を掻く。
「それにつきましては長い話しになりますので、サラディン様を連れてエルサレム城に向かいましょう。詳しい話はそれからで」
「ああ、分かった」
了承した真斗は源三郎に向かって頷く。その後はサラディン率いるエジプト王国の使節団を連れてエルサレム城へと向かったのである。




