第 陸拾陸 話:血と鉄の聖地
翌日の昼、レバント十字軍を迎え撃つ為にロバート達の指示の元、急ピッチで用意が進められた結果、多くの民達が避難した聖地エルサレムは完全な要塞と化していた。
城壁内の少し開けた場所にはカタパルトとトレビュシェットが配置され、また城壁上の見張り塔までの渡り廊下にはバリスタとカノン砲が配置され、全ての城門は閂が入れられ角材などを置き、固く閉ざされた。
そして夜、騎士達は食事や武器の手入れ、またある者は皆と酒盛りをしていた。だが真斗は一人、ヤッフォ門の城壁から月と星が雲によって隠され不気味な静寂の闇と化した城壁外一帯を見ていた。
するとそこにジョナサンが両手には鯉のマスグーフとソラ豆と肉、野菜をレモンで炒めた物、そしてサンムーンが乗った皿を手に笑顔で現れた。
「どうした真斗?ずっと平野なんて見て」
真斗は右を向き、皿を受け取りジョナサンの問い真剣な表情で答えた。
「ああ、ジョナサン。敵がどの様に攻めて来るのかを想像して迎え撃つ策を練っていたんだよ」
真斗の答えにジョナサンはあーっとした表情で頷く。
「確かに。数が少ないエルサレム十字軍がレバント十字軍に迎え撃つにも作戦が必要だもんな」
真斗は頷きながら手で腹開きで焼かれた鯉の身をほぐして食べる。
「そう言えばロバート殿が向かって来るレバント十字軍の指揮官が“ ロベール1世・ブルゴーニュ”だと言っていたなぁ。ジョナサンは知っているか?」
真斗が述べた人物に手で炒め物を千切ったサンムーンに乗せて食べるジョナサンはうわっとした表情をした。
「あぁーーーっマジかよ⁉︎知っているよ。俺と同じキリスト騎士団の団員だよ。ツーハンデッドソードの使い手で数多くの武勇を持つ騎士なんだけど、短気で荒々しくて気に入らない事があると人に八つ当たりするわで扱いの難しい人物だよ」
「なるほどね。そんな人物を軍の指揮官にしたって事は知略に長けているんだな」
「ああ、そうだよ真斗。確かに奴は“強盗騎士”っなんて言う不名誉な異名を持つ反面、統率と戦局の見聞きに長けている。だからキリスト騎士団はおろかバチカンですら奴を追放出来ないんだ」
ロベール1世の人物像を全て聞いていた真斗は溜め息を吐く。
「武勇と知略には優れているが、性格に難があるとは。なぁジョナサン、他にそのロベール一世に関して知っている事はないか?」
真斗からのさらなる問い掛けにジョナサンは考える。
「うーーーーーーむ・・・あ!そうだ。ロベールはかなりの野心家でなぁ。奴は前々から大きな功績を挙げて大出世を果たそうとしているって聞いた事があるぜ」
「野心家かぁーーーっ」
ジョナサンから聞いたロベールの出世欲に自身の下顎を手で触りながら考える真斗。すると策が頭の上で閃いた。
「よし!これだ‼︎これなら行けるぞ!ジョナサン‼︎すまないが、少しロバート殿の元に行って来る」
「ええ⁉︎今からか?」
驚くジョナサンに真斗は自信に満ちた明るい笑顔で頷く。
「ああ!すまないが、お前はすぐに騎士達を集めておいてくれ!」
そう言って真斗は料理の乗った皿を城壁の手すりに置いて、走ってロバートの元に向かった。
⬛︎
翌日の早朝、ヤッファ門の城壁で見張りをしていた聖ラザロ騎士団の騎士の一人が丘の向こうから太陽が登るのと同時に地響きと土埃を上げながらレバント十字軍が現れた。
それを確認した見張りの騎士は慌てながら振り向き、後ろに向かって叫んだ。
「敵だぁーーーーっ!カトリックの十字軍が来たぞぉーーーーーーーーーーーーっ‼︎」
大きく響き渡る警告に城壁の上や下で万が一に備えて地面に腰を下ろし仮眠をしていた騎士達が一斉に目を覚まし、慌ただしくも素早く武器を取り、持ち場へと走り出した。
それと同時に見張り塔に居る騎士も設置されている小型の鐘を力強く鳴らし、敵の襲来をエルサレム全土に響かせる。
鐘の音を聞いた真斗達は行き交う騎士達を避けながら急いで持ち場へと向かう。
「ロバート殿!例の“あれ”はまだ出来ないのですか!」
真斗は先頭を進むロバートに向かって問い掛けるとロバートは首だけを振り向かせて答える。
「急ピッチではあったが、完成して各隊に配備されている!しかし!なんな物で本当に敵を迎え撃てるのか?」
ロバートの問い掛けに真斗は自信に満ちた笑顔で頷く。
「問題ありません!数が少ない我々だからこそ“あれ”の効果は絶大なのです‼︎」
「そっか!では前線指揮は君に任せる‼︎我々は各騎士団の指揮に専念する!」
納得した様な笑顔で言ったロバートに真斗は軽く頭を下げた。
エルサレム十字軍の騎士達は急いでトレビュシェットやカタパルト、バリスタ、そしてオランダ製の6ポンド砲の装填用意を行い、一方でカイト・シールドとヒーター・シールドを備え、右手にアーミングソードやショートソード、ブロードソード、バトルアック、メイス、そして各騎士団の旗を付けたハルバートとランスを右手に持って武装をする。
また狙撃を担当する騎士達はロングボーとボーガン、そしてベイカー銃を手に城壁の上へと急いだ。
そしてレバント十字軍が迫る中で見張り塔に登ったロバートは集まった騎士達に向かって鼓舞する。
「ここに集まりし勇敢なる騎士達よ!聖地エルサレムは傲慢なカトリックによる侵略の危機に直面している‼︎これは神が与えた試練ではない‼これは我々の未来を守る戦いだ!」
そしてロバートはエルサレム王国の国旗、黄色い背景に三日月と五芒星の“アイユーブ朝エジプト王国”の国旗、水色の背景に白いダイヤモンドマークで囲った白い六芒星の“イスラエル王国”の国旗を背後に掲げる。
「ここエルサレムはただ一人の物ではない‼︎キリスト教徒!イスラム教徒!ユダヤ教徒!全ての教徒にとっての聖地だ‼血反吐を出そうとも!手足を失っても!命を投げ捨てでも!神の名の元に守り抜くぞぉーーーーーーーーーっ‼」
そう言ってロバートは右手に愛用のアーミングソード、“ハルバート”を高々に上げると聞いていた騎士達はやる気に満ちた大声を出しながら、持っている武器を高々と上げた。
「「「「「「「「「「「「「「「デウス・ウルト‼デウス・ウルト‼デウス・ウルト‼デウス・ウルト‼」」」」」」」」」」」」」」」
それと同時に各見張り塔に聖墳墓騎士団、テンプル騎士団、ホスピタル騎士団、聖ラザロ騎士団の紋様が書かれた旗が付けられたランスが掲げられ、ロバートの鼓舞を聞いていた真斗とジョナサンは騎士達と共に配置へと着いた。
一方、レバント十字軍はエルサレムから少し離れた場所で進軍を停止し、持ち込んだ木材で攻城塔やトレビュシェット、破城槌を急ピッチで組み立てていた。
そんな中で青いクロス・ペイタンスが描かれた白いサーコートとチェイン・メイルを着こなし、馬に跨るロベールが各騎士達に命令を下していた。
「まずはトレビュシェットで攻撃を始める。そして投擲の中で歩兵を前進させて城壁に着いたら一気に攻め入れ!いいか!キリストの名を借りて異教と手を組む正教会共を異教徒と共に皆殺しにせよ‼」
ロベールの過激な指示に武装した騎士達は高々に武器を掲げながら歓声を上げた。
だが、彼らは知らなかった。この先に待つ真斗が用意した巧みな戦術の前に激しい戦いになる事を。
⬛︎
朝八時頃、攻城兵器の用意が終わったレバント十字軍はトレビュシェットを使って投げられる可燃性の油で燃える投石球による投擲支援の元で隊列を組んだ騎士達をエルサレムに向かえて進軍した。
一方のエルサレム十字軍は激しい投擲攻撃の中でもじっと耐えながらレバント十字軍がある程度の距離まで待機していた。
「まだだぞぉーーーーっ!皆ぁーーーーーっ‼敵をもっと引き付けてから反撃するぅーーーーーーーーっ‼」
そう大声で指示をする真斗はレバント十字軍から次々とトレビュシェットから投擲させる火球の攻撃にエルサレム十字軍の騎士達は身を低くする中で恐れる事無く立っていた。
そしてレバント十字軍がある程度の距離に達した時に真斗は右腕を大きく上げる。
「トレビュシェットよぉーーーーーーーーーーい!」
各トレビュシェットに装填されている土製の球に付いた導火線に一人の騎士に火を点け、もう一人の騎士が止め具に向かうとハンマーを構える。
「真斗殿!用意出来ましたぁーーーーっ‼」
一人の騎士からの報告を聞いた真斗は頷く。
「発てぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
大きく右腕を振り下ろす真斗からの号令で一斉に止め具をハンマーで叩き、外された各トレビュシェットは大きく振り上がり球が全ての進軍して来るレバント十字軍に向かって投擲される。
投擲された土製の球は全て進軍するレバント十字軍の前に落ち、地面にめり込んだのでレバント十字軍の騎士達は嘲笑う。
「何だよエルサレムの騎士達は」
「おい、マジかよ⁉威嚇のつもりか?」
「兵が少ないから、まともに扱える奴がいないんだなぁ」
そんな光景を身を低くした状態で双眼鏡で見ていたジョナサンは不安な表情で左に居る真斗に声を掛ける。
「お、おい!真斗‼本当に大丈夫なのかよ?」
そんなジョナサンに対して真斗は自信に満ちた笑顔で頷く。
「心配するジョナサン。そろそろ奴は度肝を抜くぞ」
真斗の言葉にジョナサンは再び双眼鏡を覗く。レバント十字軍の騎士達は地面に落ちてめり込んだ各球を通り過ぎると球に付けられ火の点いた導火線が燃えてなくなった瞬間、球が大爆発し中に入っていた無数のベアリング型の銃弾が拡散し、多くのレバント十字軍の騎士達に甚大な被害を与えた。
しかも球の爆発は進軍する騎士達だけでなく、大勢で手押しする攻城塔と破城槌に被害が及んでいた。エルサレム十字軍は何度も何度も真斗が発案した“炸裂焙烙玉”を飛ばし、レバント十字軍に被害を与えていたが、それでもレバント十字軍は怯む事無くエルサレムに向かって進軍する。
そして遂にレバント十字軍は弓矢やボーガン、M1728マスケット銃で射撃しながらエルサレムの城壁に迫っていた。それを見た真斗は再び右腕を大きく上げる。
「弓矢隊!よーーーーーーーーーーーーい‼」
真斗からの指示にロングボーを持つ騎士達は矢に束で括り付けてある細長い筒の導火線に火を点け、力一杯引っ張り構える。
全てのロングボーが構えられたのを確認した真斗は素早く右腕を振り下ろす。
「発てぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
真斗からの号令で一斉に矢が放たれ、レバント十字軍の騎士達が構える盾に命中する。すると矢に括り付けられていた細長い筒が爆発、更に筒内に仕込まれていた無数のベアリング型の銃弾が拡散し、再び甚大な被害を与えた。
今まで見た事もない真斗の戦い方にジョナサンは驚く。
「真斗!凄い物を作ったなぁ‼︎ありゃ何だ?」
ジョナサンからの問いに笑顔で答えた。
「我が鬼龍家に伝わる炸裂焙烙さ。筒や球の中に火薬と銃弾を詰め込んだ単純な作りだが、その効果はこの通りよ」
無数に飛んで来る炸裂筒を括り付けた矢の攻撃にレバント十字軍の騎士達の被害は広がる一方であった。
「おい!何だよあれは‼︎」
「打って来た矢が爆発したと思ったら中から銃弾だと⁉︎」
「くそ!さっきのトレビュシェットから投擲された球もそうだが‼︎盾がまるで役に立たない!」
「怯むなぁーーーーーっ!ともかく城壁を登るぞぉーーーーーっ‼︎」
真斗が提案した炸裂焙烙は絶大な効果を発揮し、レバント十字軍に大きなダメージを与える事が出来た。だが数の差は埋める事が出来ず、やがて攻城塔と破城槌と共にレバント十字軍はエルサレムの城壁へ到着する。
攻城塔や梯子を使ってエルサレムの城壁を登り始めたので真斗はすかさず、愛刀の赤鬼を抜いた。
「総員!応戦‼︎いいか!誰一人として城壁内へ入れるなぁーーーーーーーーーっ‼︎」
真斗の号令に彼に従う騎士達は高々に声を上げてアーミング・ソードやポールアックス、メイス、ランス、ハルバードを手に城壁を登って来たレバント十字軍と激しい激闘を繰り広げた。
ジョナサンも愛用の剣であるハルバート・ヘルムを抜き、真斗と共にレバント十字軍と戦った。
城壁の上では雄叫びや叫び声の他に鉄同士がぶつかり合う音、水を含んでいる様な斬られた鈍い音が入り混じっており激戦を物語っていた。
そんな最中でも両軍を手を休める事なく投擲や射撃を繰り返したり、攻城塔や梯子、破城槌に向かって火を放ったりしていた。
激しい戦いは夕暮れまで続き初戦は大きな被害を出したレバント十字軍が撤退する事で終わった。
⬛︎
その日の夜、エルサレム十字軍は急いで防衛の補強と後方に運んだ負傷者達の手当てを行っていた。そんな中でホスピタル騎士団のエルサレム支部であるエフィリオン教会には重傷者が多く運ばれ、そんな中でエナは他の治療担当の魔術師達と共に騎士達の手当をしていた。
「しっかりして!もう少しで傷止め薬とポーションが届くから‼︎」
ベットに寝かせられ医師達の治療で苦しむ騎士に対してエナは暴れる体を力一杯に押さえながら治癒魔法で傷口の止血を行っていた。
多くの人々で慌ただしく行き交う中で真斗が左腕に深い傷を受けたジョナサンを肩に担いで現れた。
「あ!真斗様!はぁぁ⁉義兄さん‼大丈夫⁉︎」
命の危機が迫ったかの様な表情で慌てるエナに対して少し痛みに耐えるジョナサンは苦笑いで頷く。
「だ・・・大丈夫だ。戦闘中に敵の一撃を防ぐ為に左腕で」
「傷口がかなり深い!急いで止血と縫合を‼」
必死な表情で言う真斗にエナは頷く。
「分かりました!先生‼︎すみませんが!」
エナが止血をしていた騎士の治療を行う白い手術服を身に纏ったコボルトの男性医師が振り向き、頷く。
「ああ!こっちは我々で何とかするから‼︎君はその人を!」
「はい!真斗様‼︎奥が空いているので早く!」
「ああ!ありがとう!」
そして真斗はエナと共にジョナサンを空いている奥へと運ぶ。
椅子に座らされたジョナサンは痛みに耐えながら真斗の手によって左腕の傷口の縫合を受けていた。
「しかし真斗、お前って医療の知識もあったんだなぁ」
ジョナサンからの褒め言葉に鉗子で医療用糸を結んだ針を掴んで素早く正確に傷口を縫合する真斗は作業をしながら笑顔を溢す。
「幼い頃から爺に色々と蘭学などの医療に関する知識を教えられてな。ある程度の処置なら出来るよ」
真斗がそう言っているとジョナサンの傷口の縫合は終わり、近くのテーブルに置かれた銀製の膿盆から小さいハサミを取り出し、上に向かってピンッと伸ばされた針に結び付けられた糸を切り、瓶に入った水色の消毒用ポーションを掛けガーゼと包帯を巻いた。
「これでよしだ!危なかったぞジョナサン。骨が目と鼻の先まで見えるくらい傷口が深かったぞ。下手をしていたら腕を斬り落とされていたぞ」
真斗が叱るように傷口の具合を言うとジョナサンは困った様な表情で右手で後頭部を掻く。
「すまない真斗。今度からは気を付けるよ」
真斗はそんなジョナサンの姿にやれやれとなりながら椅子から立ち上がる。
「お前はここで休んでいろ。どのみち、そんな腕じゃまともに戦えないしなぁ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
真斗とジョナサンはお互いに笑顔で言い合うと真斗は一人、教会を後にした。その後にエナが消毒用と止血用のポーションに包帯を持って急ぎ足で現れる。
「お待たせ義兄さん!すぐに傷口の治療をするわね‼︎」
エナはそう言いながらポーショをテールに置き、椅子に座りジョナサンの左腕を見るとすでに手当されている事に驚く。
「あれ⁉もう縫合してある!義兄さんが自分でしたの?」
エナからの問いにジョナサンは笑顔で首を横に振った。
「いいや、俺じゃなくて真斗がやってくれた。あいつ意外と医療に関する心得があって凄いよ」
「へぇーーーっそうなんだ」
二人が真斗の意外な一面に感心する一方で真斗は激しい戦いで血で汚れた城壁の上に一人、戻ると|シャクシューク《イスラエルの煮込み料理》が入った器を手にピタを付けて食べながらを見張りをしていたのであった。
■
それから三日間、レバント十字軍は何度も何度もエルサレムに向かって進軍するが、火事場の馬鹿力でエルサレム十字軍の騎士達は奮戦した。
その結果、レバント十字軍は多くの騎士達や攻城兵器を失う事となり、さらに荒れた乾燥地帯の過酷さから離脱者も現れ始め、四万弱いたレバント十字軍の兵力は一万八千弱にまで減っていた。
四日目の朝、設営されたレバント十字軍のテント内では戦局が有利にならない状況にロベールが荒ぶっていた。
「くそ!くそ!くそぉーーーーーーーっ‼︎何でだ!敵の兵力は雀の涙程度だと言うのに‼︎なぜ陥落しないんだ!クソが‼︎」
両手の拳をテーブルに強く叩き付け、さらに椅子を蹴り飛ばすロベール。
「副官!副官を呼べぇーーーーーーーーーーーーーっ‼︎」
荒々しい口調で叫ぶロベールの元にハウンスカル・バシネットを被ったハーフエルフの男性が現れる。
「お呼びでしょうか?将軍」
ロベールは少し気を落ち着かせる為にテーブルに置いてあるグラスにポットに入った赤ワインを注ぎ、一気飲みする。
「副官!もはやここまで苦戦する以上、総力を持ってエルサレムを落とす‼︎急ぎ!総攻撃の命を出せ‼︎」
ロベールの知識を欠いた無謀な命令に副官は慌てながら反論する。
「将軍!お気持ちは分かりますが‼︎真正面から挑めばどれほどの被害が出るか分かりません!もう少し策を練ってからでは‼︎」
するとロベールは手に持っているグラスを床に投げ捨てると怒りに満ちた表情で副官の胸倉を掴む。
「ごちゃごちゃ言わずにさっさとやれぇーーーーーっ!それとも何か?俺に楯突くのか‼︎」
胸倉を掴まれた副官は少し苦しそうに首を横に振った。
「い!・・・いいえ!決してそんなつもりでは‼︎」
「だったら早くしろ!あっちが死に物狂いで戦うのであれば!こっちも死に物狂いだ‼︎」
そう言って突き放す様にロベールは副官の胸倉を離すと再度、新しいグラスで赤ワインを一気飲みするのであった。
一方、エルサレムではヤッファ門の前ではエルサレム十字軍の騎士達が近接武器を持って集まっていた。
そして集まった騎士達の前でロバートが再び鼓舞させる。
「皆!いいか‼︎今日で戦いを終わらせる!皆が助け合い‼︎そして死に物狂いで戦ったお陰で敵はかなり弱っている!打って出れば再び多くの命が失われるだろう‼︎だが我らは恐れない!エルサレムがある限り‼︎我らの魂は主と共にあるのだから!」
そしてロバートは鞘からハルバートを抜き、高々と上げる。
「デウス・ウルトォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ‼」
ロバートに続く様に騎士達は皆、歓声と共に武器を高々に上げた。
そしてロバートが前を向き、左腕で抱えていたジェルムンドブ・ヘルムを被り、バイザーを降ろすのと同時に後ろから変わり兜を被った真斗が近づく。
「ロバート殿!先陣は俺が務めます‼」
そう言って真斗は愛刀の赤鬼を鞘から抜き、前へと出る。
「おい!真斗‼俺もお供するぜぇ!」
そう言いながら再びロバートの後ろからノルマン・ヘルムを被ったジョナサンが笑顔で現れる。
「ジョナサン!傷は大丈夫なのか?」
少し心配する様な口調で言う真斗に対してジョナサンは笑顔で首を縦に振る。
「ああ、もう大丈夫だ!エナはもっと休めって言っていたけどな」
「そっか。でも無理はするなよ」
「ああ、そのつもりさ」
そう言ってジョナサンは愛用の剣、ハルバート・ヘルムを鞘から抜く。そしてロバートは門の前に立つ二人の騎士に向かって手で合図を送ると閉ざされていた門が開門する。
するとロバートも愛用の剣、ハルバートを鞘から抜き指示棒の様に刃先を前へと向ける。
「行くぞぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おおぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
ロバートの気合の入った号令に騎士達は奮い立つ様な雄叫びを上げると真斗とジョナサンが先陣を切って走り出し、その後に続く様にロバートと騎士達は一斉に城壁外に向かって走り出す。
一方、レバント十字軍の野営地では武器や防具の手入れをして総攻撃の準備をしていた。
「こんな状態で総攻撃して本当にエルサレムを落とせるのか?」
「仕方ないよ。向こうが予想以上に抵抗したから我が軍の補給も厳しくなり始めている」
「もう迷っている暇はないって事か。少なくとも聖地を守るエルサレム十字軍が疲弊しているのを祈ろう」
などと武器や防具の手入れをしながら愚痴の様な会話をするレバント十字軍の騎士達。すると一人の騎士が何かの音を聞き、エルサレムの方を向いた。
「おい!どうしたんだ?」
ランスを手入れしていた騎士がエルサレムを向いた騎士に話し掛けると彼は驚いた表情をしていた。
「お!おい‼︎あ!あれ‼︎」
右の人差し指を前に出したので話し掛けた騎士は指した方角を見てみると少し強めの風で舞い上がった土埃の中から武器を掲げ、鬼気迫る表情で雄叫びを上げ、徒歩や馬で走って突っ込んで来るエルサレム十字軍が轟音と共に現れた。
「チェストォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ‼︎」
真斗はそう叫びながら指を指している騎士の首を赤鬼で跳ね飛ばした。
それと同時に後ろからエルサレム十字軍が現れ、準備をしていたレバント十字軍と真っ向から衝突した。
突然のエルサレム十字軍の奇襲攻撃にレバント十字軍は上手く対応する事が出来ず大混乱。何とか武器を取り、エルサレム十字軍に応戦する騎士もいたが、勢いを止める事が出来ず逃げ出す者も続出した。
先陣を切った真斗とジョナサンは激しく刃をぶつけ、斬った敵の返り血を浴びながらも敵の武器を奪っては次々とレバント十字軍の騎士達を倒して行き、そして馬で逃げ出そうとするロベールの元まで辿り着いた。
「ロベール1世・ブルゴーニュ!もう逃げられないぞ‼︎」
馬に跨ったロベールは憎しみに満ちた様な表情で真斗の警告を拒絶した。
「黙れ‼︎貴様に指図する謂れはない!だいたい!貴様は何者だ‼︎」
ロベールからの問い掛けに真斗は戦闘の最中でも冷静に自己紹介をした。
「私の名は鬼龍 真斗。東の果ての地、ジパングと呼ばれる国から来ました武士です」
真斗の自己紹介を聞いたロベールは驚く。
「何⁉︎ジパングの騎士だと!おのれ!今ここで叩き斬ってやる‼︎」
すると真斗の左側に立つジョナサンがヘルムを取ってロベールに声を掛けた。
「ロベール!お前の負けだ‼︎降伏しろ!」
「ジョ!ジョナサン⁉︎どうしてお前がここに⁉︎ハッ‼︎貴様っ!さては裏切ったなぁーーーーーーーーっ!」
激しい憤怒に満ちた表情でロベールは背中に背負っているツーハンデッドソードを鞘から抜くと突然、割り込む様にレバント十字軍の騎士達が真斗とジョナサンに襲い掛かった。
それと同時に例の副官が馬に跨り、ロングソードを手にロベールの目に現れる。
「ロベール将軍!ここは私の部下達が抑えますので‼︎お逃げ下さい!」
今すぐにでも真斗とジョナサンを斬り捨てたい気持ちであったロベールであったが、戦局は完全にレバント十字軍が劣勢だったのでロベールは舌打ちをした。
「分かった‼︎真斗!ジョナサン!この借りは必ず返すからなぁ‼︎覚えていろぉーーーっ!」
そう捨て台詞を言ったロベールは抜いたツーハンデッドソードを再び鞘に戻し、副官と共に戦場を離脱した。
その後、総崩れしたレバント十字軍は僅かに残った兵力と共に上陸したテルアヴィヴまで敗走した。
一方のエルサレム十字軍はボードゥアンの緊急招集で急行していたテンプル騎士団、ホスピタル騎士団、聖ラザロ騎士団、聖墳墓騎士団の本隊と合流し、ロバートの指揮の元で追撃を行いレバント十字軍に更なる打撃を与えた後に地中海へと追いやった。
こうして第二次エルサレム包囲戦は数の劣勢を真斗が発案した爆裂兵器とロバートの巧みな防衛計画によりエルサレムの危機は去ったのであった。




