第 陸拾伍 話:仮面の偽りと真実の顔
真斗達が転移魔法で地上に戻った時は昼時で洗浄の魔法で皆、体を清めた。
そしてテント内では地下迷宮に関する報告と整理が行われていた。
発見、犠牲、消耗、戦利品など事細くテーブルに座り手書きをするロバート達。そんな中で真斗は黙々と椅子に座って戦利品に関する報告書の作成をしていた。
「すみません、真斗殿。お客人であるはずの貴女様まで我らの報告書の作成を手伝わせてしまって」
真斗の隣の椅子に座り、雇った冒険者達に対する支払いの決算書を作成するロバートが申し訳ない表情で言うと真斗は笑顔で軽く首を横に振った。
「気にしないで下さい。私が自ら進んで皆様の手伝いをしているだけですので」
純粋な笑顔でそう言う真斗の姿にロバートは少しホッとする。
「ありがとうございます。すみませんが、これもお願い出来ますか?」
「もちろんですよ」
そう言って真斗はロバートから別の報告書を受け取る。すると一人のテンプル騎士団の騎士が慌てた様子でテント内へと入って来た。
「ロバート将軍!至急‼︎エルサレム城へお越し下さい!非常事態です‼︎」
それを聞いたロバート、フルク、そして真斗は只事ではないと勘付き、椅子から立ち上がると急いで外へと出て待機してある馬に乗り城へと向かった。
真斗達は急ぎ、馬を走らせエルサレム城へ着くと玉座の間へと向かった。
玉座の間に着くとそこにはサーコートとチェイン・メイルを着こなしたジュスランとレイモンの他にテンプル騎士団、ホスピタル騎士団、聖ラザロ騎士団、聖墳墓騎士団の騎士達が集まり、そして玉座にはボードゥアンが座っていた。
ジュスランは玉座に座るボードゥアンに向かって真剣な表情で進言した。
「陛下!バチカンはレコンキスタを宣言し!レバント十字軍を結成しエルサレムに向けて進軍しています‼聖地へ到達する前に打って出ましょう!」
ジュスランの進言に彼率いるテンプル騎士団と聖ラザロ騎士団の騎士達は後押しする様に賛同の声を出すが、その一方でレイモンが反論する。
「ジュスラン!打って出ようにも今は乾季だ‼︎水の補給が厳しい状況下ではやられるのは我々だ!だとしたら水の蓄えが豊富なエルサレムに残り徹底抗戦するべきだ‼︎」
レイモンの反論に彼率いるホスピタル騎士団と聖墳墓騎士団の騎士達は後押しする様に賛同の声を出すと双方の騎士達が激しく論争し合った。
そんな中でロバートはジュスランとレイモンの元へと向かった。
「ジュスラン!レイモン!一体何があったんだ?」
ロバートからの問いにレイモンが答えた。
「実は先程、ローマ教皇がレコンキスタを宣言してキプロス島に待機していたレバント十字軍がここへ向かっているんだ」
レイモンの説明にロバートは驚く。
「なんと!カトリックめぇーーーっ‼︎それで規模は?」
「およそ三万から四万弱との事だ。レバント十字軍が上陸する前に打って出るしかない!」
ジュスランがそう説明しながら進言すると聞いていたレイモンは反発する。
「いいや!ダメだジュスラン‼︎水の補給がなくては沿岸部へ着く前に我々は乾きで苦しむぞ!そんな事になったら我々の方がやられてしまう‼︎」
それを聞いたジュスランは真っ向からレイモンに反発する。
「ではこのまま奴らを王国へ入れるのか‼︎奴らは確実に侵攻中に付近の村々や街を襲い!罪のない人々を殺し略奪するぞ‼︎それだけは何としてでも止めないと!」
二人の主張はどちらも正しい。それ故に起きてしまった意見の衝突を何とか諌めようとロバートとフルクは奔走する。
意見の食い違いで対立する光景に真斗は玉座の近くで大きく溜め息をした。
「エルサレムが危ないと言うのに内輪揉めをするとは、情けない」
それを聞いてボードゥアンは同感する様に頷き、真斗にそっと話し掛けた。
「仕方ない。同じ正教会でも一枚岩ではない。意見の食い違いで対立してしまう。バチカンも同じではないのかねジョナサン?」
真斗達が急いで向かう姿を目撃し後に付いて来て、その場に居合わせたジョナサンは情けない表情で頷く。
「ええ、そうです陛下。今、バチカンは現教皇を中心とした保守派とヨハンナ様を中心に私も所属する改革派に分かれてしまして、ここより酷い内部紛争となっています」
するとジョナサンがバチカンの今の現状を話し終えるのと同時に一人のボードゥアンの使いの者が片手に紙を持ち、小走りで現れるとボードゥアンに紙を渡す。
すると受け取った紙の内容を読んだボードゥアンは言い争いをするロバート達に向かって右手を掲げ、それを見た真斗はキリッとした表情をした。
「静まれぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
真斗の一喝した大声にロバート達を含めた十字軍国家の騎士達は一瞬で静まり、玉座を見る。そしてボードゥアンは深刻な口調で渡された紙の内容を話し始める。
「つい先ほど密偵から知らせが来た。レバント十字軍がテルアヴィヴに上陸し、瞬く間に都市を占領した」
ボードゥアンからの報告に皆はザワザワとし始め、そしてロバートは情けない表情となる。
「なんてことだ。我々が揉めている間にもレバント十字軍が着々と迫って来ているとは」
「ならば、ここは守りを固めるしかないな」
そう言いながら真斗は真剣な表情でボードゥアンの前へと出る。
「今、兵力を集めて打って出たとしても敵を打ち負かす事は出来ない。ならば守りを固めて敵を迎え撃った方が幾分、勝算はあります」
エルサレム防衛の案を述べる真斗であったあが、一人の聖ラザロ騎士団の騎士が口を挟む。
「ジパングの者よ!これは我らキリスト同士の問題だ‼申し訳ないが、口出しは無用だ!」
彼の言葉に続く様に他の騎士達も真斗に対して批判的な言葉を上げる。すると真斗は真剣な表情から一変、まるで逆鱗に触れた煉獄の鬼の様な怒った表情となる。
「黙れぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
玉座の間を揺るがす程の真斗の大声にロバート達を含め騎士達は肝を潰した様にドン引し、黙り込んでしまう。そして真斗は説教を始めた。
「いいか!貴様らが一気団結せず‼内輪揉めをしているから守れる物が守れなくなるんだぞぉ!なぜそんな重要な事に気付かない‼いい加減にせんかぁーーーーーーっ!」
真斗の説教にロバート達は自分達がしている愚かさを悔やみ始めた。すると真斗は一瞬で落ち着いた表情となって話しを続けた。
「だが、まだ遅くわない。本当に自分達の国と民を想うのであれば不要な争いはやめよ。そして一気団結し共に危機を乗り越えよう!」
そして真斗は振り返り、ボードゥアンに改めて自身の意見を述べた。
「ボードゥアン王、エルサレムに残留している兵を出来る限り集め守りを固めましょう。それと同時にエデッサやアンティオキア、そしてトリポリに向けて至急の伝令を送り、テンプル騎士団、ホスピタル騎士団、聖ラザロ騎士団の本隊をエルサレムに到着するまで時間を稼ぎましょう」
真斗の提案にボードゥアンは頷き、そして玉座から立ち上がると皆に向かって進言する。
「皆の者よ!真斗殿の言う通りだ。私はエルサレム王として内輪揉めを止める事が出来ず、それゆえ他者に諭されるとは何と恥ずかしい事か。だが私は今こそ王としての責務を全うする」
そしてボードゥアンは大きく深刻をして大声で号令を出した。
「急ぎ三ヶ国に至急の伝令を送れ!そしてすぐに出来る限り兵を集めエルサレムを守りを固めよ‼軍を招集するのだ!」
ボードゥアンからの厳命にロバート達を含めた騎士達は拳やヘルムを高々と上げながら気合の入った声を上げるのであった。
すると突然、気が抜けた様にボードゥアンは片膝から崩れ落ちる。その様子に皆は一瞬で騒然とした。
真斗とロバートは急いでボードゥアンに駆け寄り、左右からボードゥアンをゆっくりと抱き上げる。
「ボードゥアン王!大丈夫ですか‼」
「陛下!しっかりして下さい‼」
自分を抱き上げ、心配する真斗とロバートに対してボードゥアンはまるで苦しんでいるかの様な呼吸音で息切れをしながら答える。
「大丈夫だ。少し眩暈がしただけだ。ここ最近は激務でな、心配はない」
いくらハンセン病が完治したとは言え、後遺症の様にボードゥアンの体力は大きく失い、下手をすれば過労死をしてもおかしくはなっかた。
命を顧みず身を削りながらもエルサレムを、築き上げた安住の地を守ろうするボードゥアンの姿に真斗とロバートは悲しく感じた。
そしてロバートはキリッとした表情で振る向き、ボードゥアンに代わって皆に向かって命を下した。
「陛下は私と真斗殿で王室へ運ぶ!後は追って指示を出す‼それまで出来る限り兵を集めつつエルサレム付近にいる民達を速やかに城壁内に避難させよ!」
ロバートからの命にジュスラン、レイモン、フルク、そして各騎士達は心臓の位置にある胸元に右手を置き、一礼をした。
「「「「「「「「「「はっ‼」」」」」」」」」」
そして真斗はロバートと共に過労で倒れかけたボードゥアンを支えながら王室へと運んだ。
■
ボードゥアンの命によりただちにエデッサ、アンティオキア、トリポリに緊急の伝令が行き渡りテンプル騎士団、ホスピタル騎士団、聖ラザロ騎士団の本隊はただちに出陣の準備を急がせた。
一方、カトリックの十字軍がエルサレムに迫っている知らせは瞬く間にエルサレム全体に広まり、エルサレムを含めた各砦の付近に住む民達は戦いの前に急いで砦に避難を始めた。
エルサレムも避難して来た民達を迅速に城壁内に入れながら防備の準備をした。一方でカトリックの十字軍を迎え撃つ為にエルサレム内に在留する聖墳墓騎士団、テンプル騎士団、ホスピタル騎士団、聖ラザロ騎士団の騎士達を出来る限り集めたが、集まったのは兵力は僅かに二千名弱でしかなかった。
その日の夜、真斗とロバートに運ばれたボードゥアンは王室のベッドに寝かせられロバートに呼び出された一人のホスピタル騎士団の女騎士が寝ている彼の容体を診て、彼の左腕に薬用アルコールを含んだ布で拭くと緑の液体と青い液体が入った注射を打ち、針を刺した所にガーゼと包帯を巻いた。
「それで陛下の容体はどうだ?」
後ろからロバートが問い掛けると椅子に座り、診ていた茶髪でホスピタル騎士団の女騎士が答えた。
「先程、グリーンポーションとブルーポーションを注射しましたので落ち着いています。激務で疲労が溜まっていましたが、しっかりと休息を取れば体力は回復します」
「そっか。それはよかった」
女騎士からの診察結果に少しホッとするロバート。すると急にボードゥアンはゆっくりと上半身を起こし始める。
「休んでいる暇はない。エルサレムに危機が迫っているのに寝ている訳にはいかない」
堪える様に言いながら上半身を起こそうとするボードゥアンをロバートと女騎士、そして真斗が止める。
「陛下!ダメです‼後は我々がしますのでお休み下さい!」
「ゴッドフリート将軍の言う通りです!陛下‼今は休息を!」
「そうですボードゥアン王!今‼あなた様を必要している人々が居るのですから!」
そう言って真斗はボードゥアンの胸元に手を置くと男性とは思えない柔らかさを感じた。
(え⁉何だこの餅の様な柔らかさは?いや、待てよ‼この柔らかさは・・・ッ‼⁉)
手の先から伝わって来た感触に頭の中で一瞬、戸惑う真斗。するとボードゥアンは突然、胸を触っている真斗の手を掴む。
「すまないが、彼女を外してくれるか?」
ボードゥアンからの命にロバートは女騎士に向かって頷き、彼女は立ち上がりボードゥアンに向かって一礼をした。
「分かりました陛下。では失礼します」
そして女騎士が王室を去ると改めてボードゥアンは真斗に向かって問い掛けた。
「これから話す事は何があっても誰にも話さないと約束出来るか?」
真剣な眼差しと口調のボードゥアンに対して真斗は落ち着いた表情と口調で答えた。
「はい。誰にも言いません」
「神に誓ってか?」
「はい。お疑いなら今、この場で舌を噛み切ります」
真斗の言葉一つ一つから伝わって来る意志の固さにボードゥアンは納得して頷く。
「私は民だけでなく神に対しても嘘を吐いている。この国の為とは言え、私はずっと自分自身を偽っているのだよ真斗殿」
ボードゥアンはそう言って左手の手袋を外すとハンセン病で焼け爛れた様になった左手の人差し指に填めている赤い宝石の指輪を外した。
すると焼け爛れていたはずの左手が一瞬でまるで美しい雪原の様な白い女性の手へと変わり、真斗は驚いた。
「え⁉︎これは・・・幻術だったのか!」
「そうだ。そして、この仮面も本当の自分を偽る為に作られた魔術が施された物だ」
そう言ってボードゥアンはゆっくりと仮面と頭の被り物を外した。
すると被り物の中から黄金色の美しくロングヘアに仮面の下からはブルーサファイヤの様な美しい瞳と絶世の美女と一言では言い表せない様な神秘的で美しい顔が現れた。
その美しさに鳩が豆鉄砲を食った様に驚いた真斗は思わず、素直な気持ちの言葉が出た。
「なんと・・・美しいんだ‼︎いや、待て!その前にボードゥアン陛下、やっぱり貴女様は女性だったのですね」
そう言う真斗に対してボードゥアンは頷いた。
「ええ、そうよ。私の名前は“ボードゥアン四世・イザベル・ガティネ”と言うのよ」
「では、ボードゥアン四世は初めから存在しない人物だったのですね?」
真斗からの問いにボードゥアンは首を横に振った。
「いいえ。それは違うわ真斗殿。私の兄である“ボードゥアン四世・ガティネ”は実在したわ。でも昔から体弱くて九歳の時にハンセン病で亡くなったのよ。本当なら姉である“シビル・ガティネ”が女王に即位するはずだったんだけど、十三歳の時に不慮の事故で亡くなってしまったよ」
すると側で話しを聞いていたロバートが代わる様に話しを続けた。
「それでイザベラが即位する事になったんだが、カトリック勢力から脅威となっていたボードゥアン四世様とシビル様が二人共、亡くなったとなれば王国にとって打撃だしカトリック勢力が何か仕掛けて来るかもしれないから、だから俺と当時六歳だったイザベラを含めた三人の家庭教師をしていた俺の父、そしてごく一部の家臣との話し合いでイザベラをボードゥアン四世様として偽る事にしたんだ」
そしてイザベルは手に持つ仮面を見ながら話しを続けた。
「偽りの王となるって決まった時は私は正直、怖かったわ。神の教えに反する事だし、何より私は昔から学問に対しては苦手意識があったの。でも、そんな中で彼は、ロバートは私の事を一生懸命に支えてくれたわ。そのお陰で私は例え地獄で裁かれる身となっても王になる事を決めたのよ」
イザベルの他の王に引け劣らない覚悟と揺るぎない意志に真斗は共感した。
「なるほど。そのお気持ちはよく分かります。俺も生きる為に戦で己の手を血で汚し多くの人々の命を奪って来ました。死んで地獄へ行くのは明確ですが、例え煉獄の炎で焼かれようとも命尽きるまで大切な故郷と民、そして愛する家族を守ると決めているので」
そう揺るぎない断固たる意志が感じられる笑顔で語る真斗の姿にイザベルとロバートはフッと笑顔となる。
「そうね。私もロバートも命尽きるまで大切な国と民を守ってみせるわ」
そう言ってイザベルは髪を再び短く結び直し、被り物を被り、指輪を填め仮面と手袋をを着けボードゥアン四世へと戻った。
「では真斗殿、改めてエルサレム王としてお願いしたい。ロバートと共にエルサレムを守ってもらいたい。頼めるか?」
ボードゥアンからの願いに真斗は立ち上がり、深々と一礼をした。
「はい、陛下。命に変えてもエルサレムと民達をお守りします」
その後、ロバートは改めて皆に休息を取る事となったボードゥアンの代行を務める事を知らせた後にエルサレムの防衛準備を急がせた。
その頃、上陸したレバント十字軍は険しい山々や厳しい荒野を突破し着々とエルサレムへと近づいていた。