第 伍拾玖 話:聖なる地にて
ステパノ門を潜った先は市場となっていた。バグダッドの市場に比べると道は狭く、行き来する人々は敷き詰める様に歩いていた。
だが、それを除いて市場は賑わっており左右の店の前には色々な品が並んでいた。
「ほぉーーーっ他の宗教の聖地と聞いた事がありましたが、まさか!こんな活気ある都市だったとは‼︎」
エルサレムの街並みを運転席の出入り口から顔を覗かせながら驚く真斗に対してジュスランは笑顔で声を掛けた。
「もしかして聖地と言うから物静かで堅苦しいイメージだと思っていましたか?」
ジュスランからの問いに真斗は頷く。
「ええ、お恥ずかしながら。我が国、日ノ本は神社や神宮は神のお住まいなので祝祭以外では不用意にうるさく騒いではならない作法となっておりましてね」
真斗が語った日ノ本の宗教文化にジュスランは関心を見せる。
「なるほど、それはとても面白い文化ですね。もしよろしかったジパングの宗教文化をもっと教えて貰えないでしょうか?」
ジュスランからの問い掛けに真斗は笑顔で頷く。
「いいですよ。えーーと何か知りたいですか?」
それからしばらくの間、真斗はジュスランに日ノ本の宗教文化を事細かく分かり易く説明した。
そして真斗とジュスランが乗った馬車はエルサレム中央地区にある屋敷の前に止まり、真斗とジュスランは馬車から降りる。
するとジュスランと同じ白髪で白い生地に書かれた赤い六端十字のサーコートとチェイン・メイルを着こなした一人の男性騎士が二人の前に片膝を着いて、身を低くする。
「伯爵様、例のキリスト騎士団の騎士が目を覚ましました」
それを聞いた二人は自分達が乗っていた馬車の後を付いて来た馬車へと向かった。
真斗とジュスランが後方出入り口に着いたのと同時に男女の騎士、二人の力を借りて、ゆっくりとジョナサンが馬車から降りた。
「おい!ジョナサン!大丈夫か?」
真斗からの問いにジュスランは笑顔で頷く。
「ああ、大丈夫だよ真斗。寝ていたお陰で少し体が良くなったよ。ところでここはどこだ?見た感じではバグダッドではないが」
「ああ、そうだ。ここは聖地エルサレムだ」
真斗の口から出た答えにジョナサンは信じられない表情で驚く。
「なんと⁉ここがイエス・キリスト様が神の元へ旅立った場所!エルサレムなのか‼まさか自分だけ天国に来たわけじゃないよな?」
まだ現実を受け入れられず疑ってしまうジョナサンに対してジュスランが言葉を掛ける。
「いいや、ここは間違いなく現世だよジョナサン君。エルサレム王国の王都、聖地エルサレムだ。その証拠にあれを見なさい」
ジュスランが指差す右に向かって顔を向けると先にはエルサレム全体を見渡せる程の高さはあるであろう高い丘があり、それを見たジョナサンは再度、面を喰らった様な表情で驚く。
「あれは‼イエス・キリスト様が十字架に貼り付けにされた場所!聖域‼ゴルゴダの丘じゃないか⁉」
ようやく現実を受け止めたジョナサンに対してジュスランは笑顔で一礼をする。
「申し遅れたジョナサン、私はエデッサ伯国第三代目伯爵、ジュスラン1世・ド・クルトネーと申す。そしてテンプル騎士団の団長を務めている」
「なんと!貴方様がゴブリンでありながら“不屈の騎士”の異名を持つエデッサ伯国の伯爵‼ジュスラン1世・ド・クルトネー様でしたか!」
驚愕するジョナサンは態度を改めて片膝を着いて深々と一礼する。
「私と私の友の命を救って下さり、ありがとうございます。改めまして私はバチカンに身を置きます騎士でキリスト騎士団の一人、ジョナサン・ロンデバルトと申します」
自己紹介をしたジョナサンは真斗と共にジュスランの案内で屋敷の中へと入った。その日の夜は真斗とジョナサンは用意された食事と水を腹一杯に食べ、ジュスランが用意した寝室で寝る事となった。
⬛︎
翌日の朝、真斗とジョナサンは目を覚ましベットから起き上がり、顔を洗いと歯を磨き防具を着こなすと食卓へと向かった。
そこには防具を着こなしたジュスランが笑顔で席に座って待っていた。
「おはよう二人、体の調子はどうだ?」
ジュスランからの問いに真斗とジョナサンは笑顔で答える。
「おはようございますジュスラン殿。ええ、もうすっかり良くなりました」
「おはようございますジュスラン様。私も前に比べたら体の調子はよくなりました」
そう言いながら二人は空いている席へと座る。それと同時にキッチの方から召使い達がパンの入ったバケットと銀のスープ皿が目の前のテーブルに置かれれ、そのスープ皿にシャクシューカが載せられる。
用意が終わるとジョナサンとジュスランは両肘をテーブルを着いて両手をボールの様に合わせる。
「「主よ。我らに生きる力をお与え下さり、ありがとうございます。アーメン」」
祈りを終えたジョナサンとジュスランは右手で自身の額から胸元、そして右肩から左肩に向かって十字架を描く。
一方のジョナサンの右側に座る真斗は合掌して、深々と一礼をする。
「いただきます」
初めて見る日ノ本の食事前の作成にジュスランは不思議そうな表情で真斗に問い掛ける。
「あのーーっ真斗殿、その一礼は一体何ですか?」
ジュスランからの問いに真斗は笑顔で答える。
「これは私達、日ノ本の食文化の一つでして“我々、人間は他者の命を貰って生きているので、それに感謝を捧げる”意志が宿った言葉として“いただきます”と食事を始める前に言うんです」
日ノ本独自の食に対する考え方にジュスランは関心した笑顔をする。
「なるほど。流石、ジパングだ。食にたいする価値観は我々以上に重視しているのですね」
ジュスランからの言葉に真斗は少し照れる。
「いやぁーーーっ当たり前の事をしているだけですよ」
それから真斗達は朝食をして腹を満たした後はジュスランは用意があると言って真斗とジョナサンは先に屋敷の前の外に出ていた。
晴れ晴れとした天気の下、真斗とジョナサンが待っていると一頭の茶色い馬に跨り、青い生地に赤いジルースルム・クロスが描かれたのサーコートとチェイン・メイルを着こなした若い黒髪の男性が二人の騎士を連れて、走って現れる。
「馬の上より失礼する。お二人が砂漠でジュスラン様に命を救われた者か?」
若い男性からの問いに真斗が一礼をして答える。
「はい、そうです。私は日ノ本の会津から参りました鬼龍 真斗と申します」
「私はキリスト騎士団の騎士、ジョナサン・ロンデバルトと申します」
二人が自己紹介をすると馬に跨る若い男性は一礼をする。
「申し遅れました。私は第一次十字軍騎士将軍で聖墳墓騎士団の団長を務めております“ロバート・バリアン・ゴッドフリート”と申します」
名前を聞いたジョナサンは驚き、片膝を着いて深々と一礼をする。
「失礼いたしましたゴッドフリート将軍!知らなかったとは言え!まさかここで‼あの“エルサレム包囲戦”と“モンジザールの戦い”で大多数の第40軍を相手に見事!少数の騎士部隊で勝利をもたらした英雄にお会い出来るとは‼」
ジョナサンからの称賛にロバートは少し照れる。
「いいや、大した事ではないよ。やるべき事をやったまでだよ。おっと!すまない、そろそろ行かなければならない用事があってな。私はこの辺で失礼する。それとジュスラン伯爵に伝えてくれ、“エルサレム国王が全ての十字軍国家の統治者に召集の声が出た。夕刻にエルサレム城に参られよ”と伝えてくれ」
「分かりましたロバート様、必ずジュスラン伯爵にお伝えします」
真斗が一礼をして承諾するとロバートはうんっと頷き、二人の騎士を連れて屋敷を後にした。
その後に来たジュスランに真斗はロバートからの言伝を伝え、了承したジュスランは夕刻まで二人にエルサレムを案内した。
まずは前日に来たステパノ門の市場とは違う、キリスト教徒地区にあるスークと呼ばれる市場へと向かった。市場の道は若干の狭さがあるが、多くの人々で賑わっており、主に食材や生活用品など、さらに魔道具や魔法鉱石などと言った魔法に関する物が売られていた。
市場をしばらく見物した後は聖墳墓教会へと向かい、教会へ入った際にジョナサンとジュスランは自ら体に十字架を描いて入る。
「おおぉ‼ここがイエス・キリスト様が埋葬されている聖なる教会!聖墳墓教会か!」
憧れの地に足を踏み入れたジョナサンは憧れと嬉しさが伝わってくる満面の笑顔で言っていると礼拝堂の奥にある祭壇に置かれた黄金と色鮮やかな宝石で装飾された大きな八端の十字架が目に入り、ジョナサンは早歩きで向かった。
そしてジョナサンは涙目で片膝を着いて嬉し涙を流す。
「これが!・・・イエス・キリスト様が貼り付けにされた“真の十字架”‼」
するとジョナサンは感激の息を出し、手を合わせて祈りを捧げた。
一方でそんな彼の姿に後ろに立っていた真斗とジュスランは暖かい笑顔をしていた。
「やっぱり人は憧れの人を前にすると嬉し涙を流してしまうよな」
真斗がそう言うとジュスランも同じ意見を述べた。
「ああ、誰だって同じだ。私もこの真の十字架をトリポリのとある教会の地下から見つかった時は思わず、その場で涙を流してしまったよ」
それから真斗とジュスランも真の十字架に向かって祈りを捧げたのであった。
祈りを捧げ終え、次に向かったのがゴルゴタの丘であった。道は整備されてはいるが、山道の様に険しく、流石の真斗とジョナサンでも半分まで来た時には息が上がり、途中で足を止める。
「これは、見た目以上に厳しい丘だなぁ。だがイエス・キリストは重い十字架を背負い、ここまで来たわけだ。言わばこの道は“背負いの道”ってわけだ」
流れる汗を持っている手拭いで拭き取りながら言う真斗に対してジョナサンも同感する様に頷く。
「そうだな真斗。でも不思議だ。丘の下は土と砂しかない荒野の様だったのに丘の上はこんなにも緑や花が咲いているなんて。やはり聖域だからなのかなぁ」
ジョナサンが当たり前を見渡しながら言い終えると微風が吹き、草や花がザワザワと鳴り始めた。
「さぁ二人共、頑張って。あと少しでキリストの最後の場所だ」
先頭を歩くジュスランが笑顔で振り向き、二人を励ますと真斗とジョナサンは頷き、背筋を伸ばして再び歩み始める。
やっとの想いで丘の上に到着するとギリシャ語でイエス・キリスト、ディスマス、ゲスタスと書かれた木製の大きな三本の八端の十字架が立っており、その奥にはエルサレムの街並みが一望していた。
十字架、そして十字架の後ろに広がるエルサレムの街並みにジョナサンは再び嬉しい涙を流し、三本の十字架の前に両膝を着き祈りを捧げた。
ジョナサンの後ろに立っていた真斗とジュスランも手を合わせて祈りを捧げていた。
「しかしジュスラン殿、ゴルゴタの丘がこんなにも美しかったとは知りませんでしたよ」
真斗が笑顔でそう言うとジュスランも笑顔で喜ぶ。
「そうだろう。でも昔はこの丘も何もない荒野の様な所だったんだが、先代の第一次十字軍がエルサレムに入り、現地の人から丘を聞き出し、ここを訪れ天に向かって祈りを捧げた時に眩い光と共に一面に草花が生えたんだ」
ジュスランが語った第一次十字軍時代に丘で起こった奇跡現象の話に真斗は驚く。
「ええぇ⁉︎そんな事が起きていたなんて!これは爺達や日ノ本の皆に対するいい土産話しになりました」
「ははははっ!そっか。それはよかった」
ジュスランが明るく笑うと真斗と共に途中だった祈りへを再開した。
その後は嘆きの壁と岩のドーム、そして最後に訪れたエルサレム大図書館で真斗はジュスランから十字軍国家に関する事を聞いていた。
「なるほど。これが十字軍国家の全体なのですね」
大きなテーブルに置かれた積み重なった三冊の本の横に広げられたレバントの地図を見ながら真斗は関心していた。
「北の方にある黄色で領地を示しているのが私が治めるゴブリンの国、エデッサ伯国である」
真斗の右側に立つジュスランが右の人差し指でトントンと指す。そして続いて人差し指を置きながら地図を下り始める。
「青色で領土を示しているのがハーフリングの国、“アンティオキア公国”で、その下の赤色で領土を示しているのがコボルトの国、“トリポリ伯国”、そしてさらに下の灰色で領土を示しているのが今、私達がいる正教会派の国、エルサレム王国だ」
ジュスランからの説明を聞いた真斗は四つの十字軍国家の周りを見て不思議な表情をする。
「しかし、こう見ると北はオスマン帝国、東はアッバース朝イスラム帝国、そして南はアイユーブ朝エジプト王国に挟まれながらもイスラム勢力と上手くバランスが取れていますね」
それに対してジュスランは真斗に説明をした。
「まぁ我ら正教会派キリスト教徒は古くから異教徒と友好的に接する事を教えられているからイスラムと上手く付き合っているんだ」
「それでどういった経緯で十字軍国家は生まれたんですか?」
真斗からの十字軍国家誕生について聞かれたのでジュスランは笑顔で腕を組んだ。
「ああ、それについては少し長くなるから座って話そう」
そう言ってジュスランは真斗と彼の左隣りに立つジョナサンに側にあった二つの椅子を渡し、自身も身近にあった椅子を手に取り共に座る。
「では話そう。事の始まりはキリスト教内で二分しているカトリック派と正教会派の激しい対立が発端なんだ」
そしてジュスランは真斗とジョナサンに丁寧に十字軍国家誕生の歴史を話し始めた。
⬛︎
一大帝国を築いていたローマ帝国の支配力が低下し東と西に分裂した中世初期、キリスト教はローマに築かれたバチカンを中心に急速に欧州全土に広がった。
だが、そんなキリスト教徒も教えの違いで西のカトリックと東の正教会に分裂し激しい対立を繰り広げていた。その一方で亜人種内では下級種族であるゴブリンやハーフリング、そしてコボルトは上級と中級種族達から激しい迫害と弾圧を受けていた。
当初は莫大な権力を持った正教会がカトリックを圧倒していたが、その総本山である東ローマ帝国は時を追うごとに力を増すイスラム勢力を抑える事が出来ず小アジアとレバントの支配を失ってしまった。
そこで東ローマ帝国の皇帝、『コンスタンティン一世』は支配力の再拡大を計画するが、今の東ローマ帝国には力が残されていなかった。そこで対立するカトリックの総本山であるバチカンに助力を要請し、バチカンはこれを了承する条件として東ローマ帝国をカトリックにする事を要求した。
この要求にコンスタンティンは二つ返事で承諾、早速、国内の正教会派教徒に対する激しい弾圧と迫害を行った。特に正教会派の人間、ゴブリン、ハーフリング、コボルトに対する弾圧と迫害は凄まじく身を隠しながら逃亡するしかなかった。
そして時のローマ教皇、『ウルバヌス二世』がフランスのクレルモンでエルサレム奪還の為の十字軍創設を熱弁し、一部の貴族と諸侯が歓喜したが、大半は長い遠征に対して消極的であった。
だが集まったカトリックの貴族と諸侯に紛れていた隠れ正教会の下級貴族達が迫害されている正教会の人々と下級亜人種達にとっての安住の地を得られる絶好のチャンスと捉え、各地に転々とする正教会の信者達と下級亜人種達に密書を送り、正教会独自の十字軍創設の為の資金を可能な限り、集めた。
そして隠れ正教会として生活していた民衆達によって『移民開拓十字軍』が組織され、先に東ローマ帝国の首都、コンスタンティノープルへ到着し正規の十字軍が来るまで待機する事となった。
その後、ようやく正規の軍事組織であり大半が正教会派の騎士達で編成された十字軍、『第一次十字軍』がコンスタンティノープルに到着。コンスタンティンと謁見し、同時に移民開拓十字軍とも合流した。
それから東ローマ帝国が遠征準備をする中で正教会の騎士で組織されたテンプル騎士団が密かにオスマン帝国、アッバース朝イスラム帝国、アイユーブ朝エジプト王国に使者を送り移住交渉を行なった。
当初、イスラム勢力の三ヶ国は欧州移民の受け入れには不安を示していたが、当時、中東は東アジア最大の帝国、モンゴル帝国に一部の領土を支配されていた為、三ヶ国は領土奪還と進出を狙っていた為、軍事的支援をした恩賞としてレバント地方の領地を授与する事を第一次十字軍に提案した。
当時の第一次十字軍の交渉役でテンプル騎士団の初期メンバーであった“アデマール司教”はイスラム三ヶ国からの提案に二つ返事で了承、そしてテンプル騎士団の初期メンバーである『ボードゥアン一世』、『レイモン一世』、『ボエモン一世』、『ゴッドフリート一世』もこれに賛同し、東ローマ帝国が動き出す三日前に深夜を利用して第一次十字軍は移民開拓十字軍を連れてコンスタンティノープルを出発した。
小アジアに入った第一次十字軍はオスマン帝国の首都、アンカラでオスマン軍と合流しレバントに向けて地中海側に沿って南下、ウガリトとハマを攻略した時にはシリア奪還の為に進軍して来たイスラム軍と合流、トリポリとベイルートを攻略した時にはヨルダン奪還の為に進軍して来たエジプト軍と合流し、ガリラヤ地方から進軍し地中海側の都市を攻略した後にモンゴル軍が守るエルサレムを第一次十字軍はイスラム三ヶ国軍と共に総攻撃を開始し、激しい攻防戦の後にエルサレムは第一次十字軍とイスラム三ヶ国軍の手に落ちた。
その後、第一次十字軍はイスラム三ヶ国からの恩賞で領地を貰い十字軍国家の建国を行った。そして正教会と下級亜人種以外のユダヤ教とイスラム教の聖地巡礼と十字軍国家への移住と貿易を許可した。
一方でバチカンと東ローマ帝国は第一次十字軍の遠征成功を称えつつ聖地と占領地の献上を要請したが、テンプル騎士団を含めた第一次十字軍は要請を拒否した上でカトリックの聖地巡礼と移住、貿易を全面禁止した。
その後、十字軍国家はオスマン帝国からの東欧と中央アジアへの勢力拡大の軍事支援に応じて第二次十字軍が結成され東欧とカザフスタン、カラカルパック、トルクメニスタンの制圧に貢献し、その恩賞としてエデッサは領土を拡大した。
また今度はアッバース朝イスラム帝国からの中央アジアへの勢力拡大の軍事支援に応じて第三次十字軍が結成されウズベキスタン、タジキスタン、キルギスの制圧に貢献し、その恩賞としてアンティオキアとトリポリは領土を拡大した。
そして最後にアイユーブ朝エジプト王国からのスーダンへの勢力拡大の軍事支援に応じて第四次十字軍が結成されスーダンの制圧とスーダンを狙っていたエチオピア帝国との戦争で勝利に貢献し、その恩賞でエルサレムは領土を拡大した。
以降は恩人同士で友好的な関係となり、正教会派キリスト教国家とイスラム教国家は今まで以上の大きな発展を齎した。
ジュスランが十字軍国家の歴史を語り終えた時には夕暮れ時になっており、全てを聞いていた真斗は深く関心した表情をしていた。
「なるほど。色々と辛い運命を受けながらもようやく自分達を理想を叶えたのですね」
一方、真斗の左隣に座っているジョナサンは深く嘆く様な悲しい表情をしていた。
「私もバチカンから十字軍国家の建国を学びました。“正教会派が異教徒と手を組んでカトリックを迫害した”と教わりましたが、まさかカトリックが正教会や他の亜人種を弾圧し迫害していたなんて」
カトリックの現状にジュスランは深く溜め息を吐く。
「仕方ない。どんな時代も権力に溺れた者は自分にとって不都合な真実は隠し、都合のいい嘘で人々を操り騙す。そうする事を簡単に行えるのが皮肉にも宗教なのだよ」
ジュスランの意見を聞いていた真斗は心の中で賛同していた。
(確かにそうだ。人の信仰心は教え次第で聖人にも怪物にもなる。だとすれば太平の世となった日ノ本が歩むべき道は正しい道だ。そしてもし日ノ本が誤った道を行く事があったら我らが止め、直す。それが戦乱を生き残り抜いた我々がするべき次の使命なのだから)
これからの日ノ本の未来の為にやるべき事を固く決意した。
すると説明をしていたジュスランが笑顔で立ち上がり、座っていた椅子を元の場所へと戻し二人に向かって言った。
「では、そろそろ城に向かおう。君達の事を他の十字軍国家の統治者とエルサレム王に会わせないと」
「そうですね。それでは参りましょう」
「ええ、向かうとしましょう」
真斗とジョナサンも笑顔で頷きながら椅子から立ち上がり元に戻し、テーブルにある書物を元の場所に戻した。
その後、図書館を出た三人は日の入りでオレンジ色に照らされたエルサレム中央区に建てられたエルサレム城へと向かったのである。