第 伍拾肆 話:新しい息吹
奏られる音楽の中で信長達は用意されたインド料理を堪能しながらムガルの人々と交流していた。
信長とアクバルは玉座の前で敷かれたインド絨毯の上で胡座になって、お互いの成り行きを語り合っていた。
「へぇーーーっでは最初は国の統治など興味がなかったか」
笑顔でそう言うアクバルに信長は銀のコップに入ったインドワインを一口飲んで笑顔で頷く。
「ああ。わしは初め自身の領地が平和であればいいと思って家督を継ぐまで遊び回っていた。だが近くで小さな戦があってひっそりと見物したんじゃ。そこで戦に巻き込まれ住む場所を追われた民達の嘆く姿を見て、日ノ本の戦乱を終わらせ太平の世を築き上げる為に奮起したんじゃ」
信長から語られた天下統一の目的を知ったアクバルは銀の皿に盛られ、身が切られた白身魚を手で一掴み口に入れ、食べながら関心する。
「なるほど。それは素晴らしい決断だ。私は皇帝に即位するまで他国の侵攻で逃げながら生活をしていた。だが、私の心には必ずインド統一を成し遂げる悲願があった。苦境に立たされても己を信じ、そしてムガルを作り上げた。生まれと生き立ちは違えど平和な世を作る思いは一緒だな信長」
「フフフッそうだな、アクバル。我らはどこか似ているな」
二人は笑顔でお互いの共通点に対して尊敬し合う。
一方、別の場所ではインド絨毯の上で胡座をする光秀、官兵衛、半兵衛は同じく胡座するムガル帝国先帝で現在は国防を担うリザードヒューマンの男性、『ザヒールッディーン・バーブル』と軍事について話し合っていた。
「なるほど。確かにこれなら城壁や堀を作る必要はないな」
バーブルは光秀から渡された大阪城を中心とした城下町の見取り図を見ながら感心していると光秀が日ノ本式の城下作りを丁寧に説明し出す。
「我が日ノ本は欧州や東インドとは違い地震が多くの城壁を建てる事が出来ません。しかし城下町の道路を複雑に作れば敵の進撃を遅らせ、尚且つ迎撃の為の時間も稼げます」
光秀からの説明にさらに関心するバーブル。そして次に手を取ったのは官兵衛が手掛けた福岡城の見取り図であった。
「我が福岡城は姫路城を基礎に堀と入り組んだ道、そして攻め込まれても対処出来る工夫がなされています。これは言わば“見えない城壁”、“見える城壁”と比べると貧弱に見えますが、そこが落とし穴となっているんですよ」
官兵衛が笑顔で丁寧に説明するとバーブルは関心し、図面を隅から隅まで見る。
「なるほど。確かにこの道の作りだと進む方向が限られるから自軍の戦力の分散を防げるし、また敵の戦力を一点に集中させる事が出来るなぁ」
そう言いながらバーブルは次に半兵衛が自身でまとめた“日ノ本戦術”と書かれた本を手に取り、ページを開く。書かれている内容は和国語で書かれている為、バーブルは半兵衛の通訳の元で内容を聞いていた。
「ですので武田流“キツツキ戦法”は敵を誘い込み挟撃する戦法なのです。また島津流“釣り針戦法”はキツツキ戦法を応用した物で危険は伴いますが、その効果は絶大です。さらに我が日ノ本では他国の違い絶大な効果を持つ小銃を集中運用する為に独自の部隊を組織しています」
半兵衛の通訳で知る日ノ本で生み出された独自の戦術と小銃の運用方法にバーブルは驚く。
「なんと!こんな戦術があるとは‼しかも我がムガル帝国や他国の様に小銃を小規模運用するのではなく、大規模運用を想定して軍を編成するとは!確かにこれは画期的だ‼」
そんな交流会の様な空気の中で真斗はたった一人、少し飲み過ぎたインドワインで熱くなった体と豪華な料理で満腹になった胃を休ませる為に池の辺りにある石灰石のベンチに腰を下ろしていた。
「うーーーーん、ムガルの料理は胃に来るなぁ。しかし鶏肉を使った“ターリー”は美味かった。あの“チャパーティー”と呼ばれる小麦を使った食べ物をターリーに付けて食べるやり方は本当に最高だった」
などと一人で出された料理の感想を夜空を見ながら言っていると真斗の背中に向かって誰かが抱き付いて来た。
一瞬、驚いた真斗は振り返るとそこには綺麗なインドドレスを着こなす下半身が蛇の尾となっているラミアの美少女が笑顔で居た。
「はじめまして鬼龍 真斗様。私はアクバルの娘、“ラクシュ・ベーグム”と申しますわ」
「あっ!は、はい。こ、こちらこそ・・・よろしく」
おどおどしながらも自己紹介をする真斗。するとそこに綺麗なインドドレスを着こなしたラクシュミーが焦った様子で走って現れる。
「ちょっと!ラクシュ‼︎ダメじゃないの!いきなり客人に抱き付くなんて!」
説教をするラクシュミーに対して真斗に抱き付いていたラクシュは申し訳ない笑顔で彼から離れる。
「あはははっごめんなさい姉様」
まるで子供の様な雰囲気と口調で謝罪をするラクシュに対してラクシュミーは呆れた様に溜め息を吐く。
「まったく、この娘ったら。真斗殿、妹が失礼な態度を申し訳ございません。ほら!貴女も頭を下げなさい」
ラクシュミーと共にラクシュも真斗に向かって頭を深々と下げる。そんな二人の姿に真斗は笑顔でまーまーと両手を動かす。
「別に私は大丈夫だから。頭を上げて下さい」
真斗がそう言うと二人は頭を上げてホッとした様に笑顔になる。そして二人は真斗が座るベンチへと腰を下ろした。
「ありがとうございます。実は真斗殿にお願いがありまして、」
すると真斗は右の手の平を彼女の前に出し話しを止めた。
「真斗でいいよ。それに俺達は一緒に戦った友じゃないか。堅苦しい呼び名は抜きにしよう」
真斗からの提案にラクシュミーは笑顔で頷く。
「分かったわ。それじゃこっちもラクシュミーと呼んで構わないわ」
「ああ、ありがとうラクシュミー」
お互いの名指し呼びを笑顔で了承した後に改めてラクシュミーは話しの続きを再開した。
「じゃ真斗、実は“ある”事を私達に教えて欲しいの」
ラクシュミーからのお願いに真斗は笑顔で頷く。
「ああ、構わないよ。それでどんな事を知りたいんだ?」
「私達に和国語を教えて。今まで知らなかったジパングの事をもっと知りたいの」
真剣な表情と眼差しのラクシュミーに真斗は再び笑顔で頷く。
「ああ、分かったラクシュミー」
すると彼女の左隣に座っているラクシュがヒョコンっと笑顔を出すと大きく左腕を上げる。
「私も!私も!私もジパングの事を知りたぁーーーーーーい‼︎」
無邪気な子供の様なラクシュの姿に真斗は思わずクスンっと笑ってしまう。
「分かった、分かった。こんな俺でしたら色々とお教えしますよ」
こうして真斗はラクシュミーとラクシュに日ノ本について教える事となった。
⬛︎
祝勝祭から二日後、朝から和服姿の真斗は源三郎達と共にラール・キラーにある皇族の屋敷に赴いていた。
召使いの案内である大きな一室に案内され、そこでは床に敷かれたインド絨毯の上でラクシュミーとラクシュが胡座をして待っていた。
「おはようございますラクシュミー、ラクシュ姫・・・‼」
挨拶をしながら必要な物を持ちながら入った真斗は少し驚く。何故ならラクシュミーとラクシュの他にアクバルとバーブル、そして三人の美しいインドドレスを着こなしたラミアの美女が胡坐をしていた。
「アクバル陛下!それにバーブル総大臣!あのー失礼ですが、そちらのご婦人様達は?」
真斗はインドの挨拶をしながら訪ねるとアクバルが笑顔で立ち上がり挨拶をして答える。
「おはよう真斗殿。実は昨日の夜に娘達からジパングについて貴殿から教わると聞きましてね。それで私達も参加しようと思いましてね。あーっと紹介が遅れて申し訳ない。こちらのご婦人、三人は私の妻と帝国軍総大将とその侍女です」
アクバルの紹介で胡坐をしていた三人の美女は笑顔で立ち上がりインドの挨拶をしてそれぞれの自己紹介をする。
「はじめまして真斗殿。アクバルの妻の“マリヤム・ベーグム”と申します」
「はじめまして真斗殿。ムガル帝国軍総大将を務めます“シェール・シャー”と申します」
「お初にお目にかかります真斗様。私、暗殺教団の団長でシェール様の侍女、“ハサン・サッバーフ”と申します」
三人が丁寧に自己紹介を終えると真斗は再びインドの挨拶をして笑顔で自己紹介をする。
「はじめましてマリヤム様、シェール様、ハサン様。日ノ本から参りました会津城城主で信長様の家臣、鬼龍 真斗と申します。そしてこちらは私の家臣達と側室です」
真斗の紹介で和服姿の源三郎、左之助、忠司、平助、そして小袖姿の景、直虎、鬼華も笑顔でインドの挨拶をする。
「はじめまして皆様。鬼龍家家老を勤めております河上 源三郎と申します」
「はじめまして皆々様。鬼龍家足軽頭の岡田 左之助と申します」
「お初にお目にかかれて光栄です。私、鬼龍家帳簿頭の中村 忠司と申します」
「はじめまして皆様。私は鬼龍家参謀頭の田中 平助と申します」
「はじめまして皆様。私は鬼龍 真斗の側女の村上 景と申します。イスラム側ではバルバロス・レリアと申します」
「お初にお目にかかれて光栄です皆様。私は鬼龍 真斗の側女の足利 義昭と申します」
「お初にお目にかかります皆々様。私は鬼龍 真斗の側女の井伊 直虎と申します」
「お初にお目にかかれて光栄です。私は鬼龍家忍び集頭の鬼華と申します」
八人が挨拶を終えると真斗が今回、源三郎達を連れて来た理由を話し始める。
「実はより深く日ノ本の事を皆様に教えたく源三郎達を連れて来ました」
それを聞いたラクシュミー達は真斗のより深く日ノ本の文化に触れてもらいた純粋な気持ちから来る“おもてなし”の心に感激する。
「ありがとうございます真斗、そして皆様」
「いえいえ。ではそろそろ学びを始めましょうか」
真斗が笑顔でそう言うとラクシュミー達も笑顔で頷き、再び胡坐をして日ノ本についての学びを始めるのであった。
まず初めに真斗はひらがなと漢字の書き方と発音の仕方を教え、その次に源三郎と左之助が日ノ本の歴史、文化を教えた。その後は休憩を挟まみ忠司と平助が地理と宗教、様々な分野での礼儀作法、自国の遊戯を教えた。
お昼時には真斗達が日ノ本の食文化を知ってもらう為に腕を振るってうな重丼を出した。その結果、食したアクバル達は常識を覆す本当の鰻の美味さを知った。
昼食後は少しの間、雑談をしてから学びは再開し景、直虎、鬼華から和歌、茶道、古典作品、生け花を実践しながら教えた。学びを終えた後、真斗達はラクシュミー達と共に日常的な時間を過ごし夕食を共にしたのであった。
⬛︎
真斗達がラクシュミー達に学びを行った日から二日後、真斗達を含めた信長達はアクバル達と共に欧州征伐に備えて首都デリーから南東にある“グラッパディムロ盆地”の演習場で合同の軍事演習が早朝から行われていた。
ムガル軍がイギリスから供与された12ポンド二輪式カノン砲と1853年式エンフィールド小銃を小規模で運用してワイバーンザウルスを使った騎兵と歩兵による基本的な白兵戦に対して織田連合軍は12また20ポンドアームストロング砲とスナイドルMk.Ⅲを集中運用した銃撃戦と火器が使えない時を想定した白兵戦を使い分けて行った。
また今回の演習で信長は“ある物”を持ち込んでいた。そしてある程度の演習が終わった時点で南蛮甲冑を着こなした信長は集まったアクバル達の前に出て大声で語り掛けた。
「ムガルの皆さん!これより日蘭英の合同で開発した最新式の武器をお見せします‼︎」
自信に満ちた笑顔で宣言した信長の後ろには足軽達が木箱や白い布で被せられた大型の物を置き始める。
それを見ていた戦闘時のインド服を着こなすバーブルは信長に問い掛ける。
「信長殿、貴方様の後ろに置かれたそれが最新の武器なのか?」
バーブルからの問いに信長は笑顔で頷く。
「ええ、そうです。ではお見せしましょう」
そう言って信長はまず重ねられた木箱を開け、中から一丁の小銃を取り出した。
「これはマルティニ・ヘンリーMk.1小銃だ。今まで使っていたどの小銃にもない画期的な技術を持った最新型の小銃だ」
信長が取り出したマルティニ・ヘンリーMk.1小銃は史実の姿とは違い、見た目はまるでスペンサー連発小銃によく似ていた。そして信長はストックの下にあるレーバーを下に下ろすと引き金の上にある装填口がスライドして開く。
「今までの先込め式や後部装填式とは違い、この銃は銃弾を八発も込める事が出来きる初の連発式小銃なのだ」
信長からの説明にアクバル達は信じられない表情をしていた。
「信長殿!にわかには信じがたい小銃ですな‼︎貴方様が言うには、その小銃は本当に連発するのですね?」
シェールからの更なる問いに信長は自信に満ちた笑顔で小銃が入っている木箱の近くに置かれた小さい木箱を開け、八発の“.357マグナム弾”を手に取り装填口へと入れる。
全ての弾薬の装填を終えると信長は下したレバーを上げて装填口を閉じ、200mはある十字の棒に付けられた胴のプレートアーマーに向かって構え射撃をする。そして発射された八発全ての弾薬はアーマーを軽々と貫き命中する。
更に射撃を終えた信長は大きな布を取り外し、イギリスのとある銃器メーカーからの委託で開発し製造された同じ.357マグナム弾使用で二輪車に乗せられた世界初の機関銃、“ガ式重機関銃”を披露した。その後には三人の足軽が慣れた動きで射撃準備を行い信長の合図で先程のアーマーに向かって四十五発の弾丸を発射、全て撃ち終えた時にはアーマーは蜂の巣となっていた。
最後に信長が披露したのが再びイギリスのとある重工業メーカーからの委託で開発し製造された新型の大砲、“QF2.95インチ山砲”であった。こちらも五、六人の足軽が慣れた動きで分解と組み立てを行い、また主力であるアームストロング砲には無かった安定性と命中性をアクバル達に実演させた。
新たに開発された新型兵器のお披露目を終えると信長は笑顔で見ていたアクバル達に問う。
「いかがでしたでしょうか?我が国、日ノ本が誇る素晴らしさは。今まで紹介した新たな兵器は既に必要分の量産を征伐前に終えて順次、軍に導入する予定です」
まるで腕利の商人の様な身振り手振りで言う信長に対して戦闘時のインド服を着こなすアクバルが笑顔で彼に近づき両手で握手をする。
「信長殿!貴方の国は我々の想像を超えた素晴らしい国だ‼︎もし遠征時には紹介した新型の兵器を我らに供与出来るかね?」
グイグイ来るアクバルに信長は一瞬、怯むがすぐに落ち着いて笑顔で返答する。
「もちろんです陛下。貴君との貿易が盛んになれば我が国の知識や技術は必ず帝国に多大なる発展の益をもたらすでしょう」
「そっか。では我がムガルはジパングとの貿易は積極的に取り行う!我がムガルはここで今!貴国との盟友を宣言する!今後ともよろしくな信長」
まるで友人の様に接するアクバルに対して信長も親しい友人と接する様な笑顔でアクバルの肩を持つ。
「ああ、よろしくな友よ」
その後、織田連合軍とムガル帝国は征伐の準備を行うのと同時に積極的な貿易を行った。その結果、日ノ本の文化と技術を取り入れた事で新しい息吹がムガルに吹き、これまで以上の発展と繁栄をもたらす事となった。