第 伍 話:恋する竹取(かぐや)
それから真斗は竹取の望む品作りに没頭していた。
蓬莱の山にあるとされる玉の枝を芸術的な掛け軸で作り、次に決して燃えない火鼠の革衣を意識した手拭を平安京に用で来た従姉の五郎八姫に広間で作り方を教わりながら作っていた。
「あ痛っ!んーーーーーーーーっ‼また針で指を刺してしまった!」
針で刺してしまった左手の親指を口に銜え、止血する真斗の姿に美しい着物を着た五郎八姫がクスクスと笑う。
「真斗って他は手先が器用なのに刺繍は若干、不器用よね」
五郎八姫からの指摘に真斗は苦笑いをする。
「いやはや。確かに刺繡は幼い頃から従姉上に教われぱなっしですね」
「いいのよ。私も弟の様なお前に刺繡の作法を教えるのは好きなのよ。それじゃ続きをしましょ」
「はい。従姉上」
真斗は笑顔で頷き続きを始める。その光景は仲のいい本当の姉弟の様であった。
そして少々慣れない手つきではあったが、念願の手拭が完成し、真斗は喜ぶ。
「やっと出来た!従姉上!ありがとうございます!」
「いいのよ。それよりも真斗、必ず竹取様の心を掴むのよ」
五郎八姫からの応援に真斗は明るい笑顔で頷く。
「はい!従姉上!」
その後、真斗は次に針を作った陶磁器用の窯屋でガラス作りをしていた。目的は『龍の首の珠』を意識した品を作る為であった。
だが真斗は苦労していた。鉄製の吹き棒で溶かしたガラスを膨らまそうとするも途中でシャボン玉の様に途中で割れてしまっていた。
「あ!また割れてしまった!はぁーーーっこのガラス作りとは、なかなか難しいなぁ」
「若、貴方様の伯父上殿、すなわち政宗様も南蛮より伝来したガラス作りには手を焼いていましたが、何とかそれを物にしました。精進あるのみです」
真斗の背後から彼を見守っていた源三郎が笑顔で励ますと真斗は自信に満ちた笑顔となる。
「ありがとう、爺。よし!必ず龍の首の珠を完成させるぞ!」
それから真斗は失敗を繰り返しながら龍の首の珠を意識した五色の美しい風鈴を完成させた。
⬛︎
梅雨の時期が終わり蝉の鳴き声と光り輝く太陽の暑さを感じ始めた初夏の昼。
中庭の見える縁側で竹取は受け取った真斗の手作りの品々を見ていた。
手前には金の枝に色鮮やかな宝石を付けた小枝と奥に描かれた白い絹を身に纏った美女が小さな桶で綺麗な池で水を汲み、更に奥には勇ましく高々しい蓬莱山が描かれた掛軸。
綺麗な青と白い斑点がコントラストとなり、その二つによって紅色の糸で刺繍された炎の手拭い。
そして縁側の上には黄色、青色、赤色、白色、黒色の綺麗な風鈴が穏やかな夏風に吹かれて涼しい音色を奏でていた。
「どれもこれも私が望んだ品ではないのに・・・」
そう一人で呟く竹取であったが、思い浮かべるのは明るい笑顔をする真斗の姿であった。
しかも彼の事を思い出す度に竹取は自分の心臓がズキズキと痛くなる。
(なんですか?この苦しくて痛くて、でも嫌ではない胸の違和感は)
竹取がそう心の内で自問自答していると竹取の嫗が笑顔で傍に寄る。
「どうしましたか姫?そんな思い詰めた様な困った表情までして」
深く自問自答していた為、嫗の急な問い掛けに竹取は驚く。
「え⁉あ!あぁ‼いえ!何でもありませんわ!」
初めて見る竹取の慌てる姿に嫗は何かを察した様にクスッと笑う。
「もしかして真斗様の事を考えていたの?」
「えぇ⁉︎い、いいえ!まさかお婆様。私の望んだ品を模した手作りを送る者ですよ!その様な者に心を許すわけがありません!」
しどろもどろに弁解する竹取の姿に嫗は笑顔で確信する。
(あらあら、いつも冷静な姫も年頃の女の子の様に慌てふためいちゃって。真斗様の存在がよほど大きくなっているのね)
そう心の内で語る嫗は竹取にある提案をする。
「姫。そこまで彼の方が気になるのでしたら・・・」
嫗は竹取の耳元でヒソヒソと言うと竹取は驚く。
「なっ⁉︎お婆様!いくら何でもその様な事は!」
「いいから。一度、そうした方がいいですよ。そうすれば姫の悩みも無くなりますよ」
笑顔でそう言う嫗の姿に竹取は顔を赤くし、そっぽを向くのであった。
⬛︎
翌日の朝、真斗はいつも通りに屋敷の窯屋で作業していた。
窯から離れた場所に設けられた畳の上で真斗は胡座で鑿とトンカチで太い松の枝を一生懸命に削っていた。
(これで最後だが、今まで以上に気合いを入れて作るぞ!)
そう心の内で語る真斗は力強く正確に松の枝を彫り続ける。
そんな彼の背中を窯屋の入り口からこっそりと笑顔で見守る源三郎がいた。
「若、頑張って下さい」
源三郎が小さく呟き窯屋を後にし、屋敷の中庭の掃除を始める。
「あのーーーーーーっ!誰かおりませんかーーーーーーーーっ!」
屋敷の正面門から女性の声が聞こえて来たので源三郎は掃除の手を止め、駆け足で正面門へと向かう。
「はい!はい!どちら様でしょうか?」
笑顔で源三郎がそう言いながら両扉が開いた正面門に着くと、そこには市女笠を被り、色鮮やかで美しい着物を着た女性が二人、立っていた。
「あのー伊達家武家屋敷はこちらですか?」
「はい。そうですが、何かご用意でしょうか?」
源三郎に問い掛けた女性は笑顔で笠に付けられた薄い絹を両手で退ける。
「源三郎様、少しの間だけあるお方を垣間見てもよろしいでしょうか?」
絹を退けた事で女性の素顔を見て源三郎は驚く。
「こ!これは竹取の嫗様!てことはお連れの方は⁉︎」
源三郎から見て嫗の右隣に立っている女性も笠に付けられた薄い絹を両手で退ける。
「源三郎様、突然の訪問をお許し下さい」
「か!竹取様‼これは何のおもてなしも出来ず失礼致しました!」
そう言いながら源三郎は深々と頭を下げるが、そんな彼の姿に竹取は慌てる。
「いいえ!そんな頭を上げて下さい!源三郎様!ここへ来たのは真斗様のお姿を見たくてこちらへ参りました」
竹取の要件を聞いた源三郎はハッとなり、頭を上げる。
「え⁉若をですか?」
源三郎からの問いに竹取は指で口元を隠し照れながら答える。
「え、ええ。その・・・真斗様はいらっしゃいますか?」
「ええ。おりますよ・・・!」
源三郎は何かを察し、嫗を見ると彼女は笑顔で小さく頷くので源三郎はすぐに気持ちを落ち着かせる。
「分かりました。ではこちらへ、若の居る場所までご案内しますね」
源三郎は笑顔でそう言うと竹取と嫗を真斗が居る屋敷の窯屋へ案内する。
そして源三郎によって案内された屋敷の窯屋の戸の近くにある小窓から集中して鑿で枝を削る真斗の姿をジーっと竹取と嫗が見ていた。
(あんな真剣に私の為に品を作るなんて。でも何故なの?あの人が頑張る姿を見ていると胸がズキズキする。これが恋なの?)
竹取が心の内で語りながら右手を胸に当てる。
竹取の人生は美しく恵まれていたが、退屈な物だった。毎日の様に来る多くの貴族や豪族からの求婚の申し出は心ない物だった。
だが、今は違う。自分が望む品ではないのに一生懸命に竹取を喜ばせようと頑張る真斗の姿に恋心を抱き初めているからだ。
「姫、どうでしたか?」
屋敷の窯屋から離れ、中庭に移動した竹取に嫗が笑顔で問う。
「お婆様、今は何とも言えませんが、少し胸のつかえが取れましたわ」
竹取が笑顔で答えると嫗はクルッと振り返る。
「源三郎様、突然の訪問で申し訳ありませんでしたが、私達の為にありがとうございます」
嫗が笑顔で源三郎に向かって軽く一礼をする。
「いえいえ。それで若はどうですか?竹取様に相応しい花婿ですか?」
「ふふふっ。さぁーどうでしょうか。でも姫の心を動かしつつあるのは確かです」
「そうですか。それで今回の訪問は嫗様が?」
「ええ。どうやら姫が迷っている様だったので」
笑顔で源三郎と嫗が会話をしていると竹取は右手で嫗の肩を優しく叩く。
「お婆様、そろそろ行きましょう。あまり長居しては」
竹取がそう言うと嫗が振り向き、笑顔で頷く。
「そうですね。では源三郎様、私達はこれで失礼します」
「はい、嫗様。では門まで送りますね」
すると竹取が笑顔で小さく首を横に振る。
「いいえ。ここで十分ですわ。では源三郎様、失礼いたします」
「分かりました。竹取様、嫗様、お気を付けて」
源三郎は一礼をし、二人を見送る。そして再び中庭の掃除を始めるが、少しして手を止める。
「若、あなたの想いは竹取様へ伝わっていますぞ」
そう笑顔で源三郎は少し遠くに見える真斗が居る屋敷の窯屋向かって言うと再び掃除を始めるのであった。