第 肆拾漆 話:第10次十字軍の襲来
平穏が続く会津の昼時、武家屋敷の中庭が見える縁側では大紋を着こなし胡坐をする真斗と美しい着物を着こなし正座をする竹取が寄り添い合っていた。
「ふぅーーーーっしかし、ここまで太平の世が続くと稽古だけじゃ体がなまるなぁ」
すると、それを聞いた竹取がクスクスと笑う。
「まったく真斗たら。せっかく太平の世になったのに」
「いやぁーーーーっすまない。長い事、戦乱の世を生きていたから武者震いがそう簡単に抜けなくて」
申し訳ない表情で後頭部を掻く真斗に対して竹取は納得した笑顔で頷く。
「気持ちは分かるわ。でも焦る必要はないわよ。真斗は真斗の流れで少しずつ太平の世に馴染んでいけば」
「そうだな。ありがとう竹取」
真斗は笑顔でそう言うと優しく竹取を引き寄せ包み込む。
するとそこに素襖を着こなした源三郎が慌てた表情で現れ、そして正座をし真斗と竹取に向かって一礼をする。
「若!大変です‼先ほど信長様からの至急の伝書鶴が届きまして‼」
そう報告した源三郎は胸元から書状の様に折り直した伝書鶴を取り出し、真斗に渡す。そして源三郎の方へ振り向き、伝書鶴を受け取った真斗はすぐに伝書鶴を開き、内容を読む。
すると真斗はまるで怒りに満ちた様な眼差しとキリッと表情となり伝書鶴をぐしゃっとする。
「爺!すぐに家臣達を大広間に集めよ!大至急だぁーーっ‼」
「ははっ!」
真斗からの厳命に源三郎は頭を下げ、急いでその場を後にした。
「真斗、一体何があったの?」
心配そうな表情で尋ねる竹取に対して真斗は落ち着い表情で答える。
「ああ、竹取。お前は西方の欧州は知っているな?」
「ええ、確か向こうではヨーロッパっと呼ばれていたわね」
「ああ、そのヨーロッパから来たザビエル神父が信長様に対してとんでもない要求したようだ」
そう言って真斗は竹取にさっきの伝書鶴を見せる。内容を見た竹取は信じられない表情で言葉を失った。
「そんな!・・・こんな要求をして来たの⁉」
驚愕する竹取に同情する様に真斗は険しい表情で頷く。
「ああ、これは・・・大戦になるぞ」
真斗の予感の通りに第10次十字軍の船団はアラビア半島、インド、そして南蛮諸島を通って着々と日ノ本に近づいていた。
■
伝説鶴の書状が届いた日から一週間が経った日、真斗達は自軍を引き連れ後から来た伊達軍と合流。そして加賀に到着した。
そして前田家の居城である金沢城に入城し、その時に先に到着していた義弘と合流し、共に城内の武家屋敷の大広間へ向かった。
「しかし、まさか欧州がこの日ノ本に攻め込んで来るなんて今だに信じられませんね若様」
兜を脱ぎ甲冑を着こなす忠司を先頭を歩く同じ格好をする真斗に問い掛けると彼は歩きながら守護者の様な表情で振り向き頷く。
「ああ、俺もだよ忠司。しかし日ノ本に仇なす者は何者であろうと迎え撃つのみだ」
「ええ、そうですね若様」
そう笑顔で言う忠司。そうしていると大広間に辿り着く。そこでは中央を空ける様に左右に胡坐をし、兜を脱ぐ甲冑を着こなした信長の家臣達が胡坐をしていた。そして真斗と政宗、義弘は上座に胡坐をし、和製南蛮兜を脱ぎ和製南蛮甲冑を着こなした信長の前に正座をし、一礼をする。
「伊達 政宗、ただいま参上いたしました」
「島津 義弘、ただいま参上いたしました」
「鬼龍 真斗、ただいま参上いたしました」
三人の後ろで正座をし、控える源三郎達と小十郎達、忠元達も信長に対して一礼をする。その姿に信長は関心した笑顔で頷く。
「うむ、大義であった」
そう言った後に信長は真剣な表情となり、集まった皆に言葉を掛ける。
「皆、届いた伝書鶴の内容は理解したな?」
信長の問いに真斗達を含めて皆は信長と同じく真剣な表情で頷く。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「はい!」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
そして次ぐに信長は立ち上がり、怒りに満ちた表情で声を荒げる。
「これより我らは‼愚かにも!この日ノ本を支配しようとするカトリックの国賊共を迎え撃つ‼我らに刃を向けた事を!末代まで後悔させてやれぇーーーーーーーーーーーーーっ‼」
それを聞いた真斗達を含めた家臣達は怒りに満ちた表情で一斉に立ち上がり、右の拳を高々に上げる。
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「おおぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
彼らの声はまるで武家屋敷のみならず日ノ本全土を揺らす程に響き渡る。
■
時は遡ること伝書鶴が真斗の元に届いた日の三週間前の昼時、日ノ本に宗教活動として着ていたザビエル一行が安土城の武家屋敷の玄関口前で陣笠と甲冑を着こなし和槍を持った足軽達に囲まれる様な状況で縄で拘束され地面に敷かれた藁布の上に正座されていた。
そして肩衣を着こなした信長は床几に座り、殺気とも怒りとも感じ取れる真顔の眼差しで目の前で正座をするザビエルに話し掛ける。
「ザビエルよ。余はガッカリだ、非常にガッカリだぁーーーっ。余はこれからも南蛮と欧州とは良き関係を続けるつもりであったが、まさか余が築き上げた太平の日ノ本を差し出せとは余りにも度が過ぎるぞ」
信長の一言一言から感じ取れる重圧感にザビエルは冷や汗を流しながら懇願するかの様な慌てた表情で信長に向かって首を横に振る。
「いいえ!信長様‼私はただバチカンより届けられた意志を伝えただけです!ここジパングでの宗教活動を行う我らは決してジパングを支配しようと言う邪な考えはありません‼どうか!お許しよ‼」
ザビエルは何とか信長に対して許しを願ったが、信長の怒りは既に頂点に達しており床几が立ち上がり、ザビエルの元に向かうと持っていた棒鞭でザビエルの顔を何度も何度も血が出る程に叩く。
そして怒りに満ちた表情で息切れをする信長は叩くのをやめ、顔から血を流し酷く怯えるザビエルに唾を吐き付ける。
「善人の皮を被った国賊共めがぁーーーっ!貴様らイエズス会の一行は全員‼この場で打ち首じゃぁーーーーーーーーっ‼」
怒りで声を荒げる信長からの死刑宣告にザビエルを含めてイエズス会の神父達は恐怖に怯え、涙を流しながら必死に許しを懇願した。
「信長様!信長様!どうか‼どうかお許し下さいませぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
だが信長の決意は揺るがない物でザビエル達の懇願は敵わず、その場に居た足軽達の手によって斬首となった。
それを見届けた信長は振り返ると彼から見て右側で小袖を着こなし愛刀の長篠一文字を持った少年、森 蘭丸を自分の元に近付けさせる。
「蘭丸よ。すぐ伝書鶴で各大名、そして帝にこの事を伝えよ!“キリスト教カトリック派の総本山であるバチカンは日ノ本に向けて極東十字軍と呼ばれる軍を派遣した。イエズス会のザビエルは愚かにも天下人である信長に対して『即時、日ノ本をバチカンに明け渡せ。さすれば神による平和と服従が約束される。もし逆らえば神の意志によって動く極東十字軍が神罰を下す』と”!」
蘭丸は小袖の胸元から取り出した記録書の白紙に南蛮より日ノ本から伝わった鉛筆で信長の一言一言を書き残して行く。そして信長は更に続ける。
「“我が信長はその様な要求に従うつもりはない!よってザビエル達、イエズス会の一行をその場で斬首し若狭湾より来たりし国賊、極東十字軍を迎え撃つ!我に従う大名達は即時、加賀へ集結せよ!そして愚かな国賊共を日ノ本を守るのだ”と!即時に伝書鶴で送るのだ!よいなぁ‼」
信長からの厳命に書き終えた蘭丸は深々と頭を下げる。
「ははぁーーーっ!」
そして蘭丸は急いでその場を去り、伝書鶴を送る準備に取り掛かった。
その後、各大名家の元に送られた伝書鶴を読んだ武将達は急ぎ準備を整えて自軍を率いて加賀に向け陸と海から出陣した。無論、信長の伝書鶴を受け取った朝廷と裏朝廷もバチカンの申し出には激怒し、極東十字軍の成敗の名の元に夜戦を許可し、更に織田連合軍を官軍に任命した。
■
時は戻り現在。加賀に集結した織田連合軍の兵力は約一千万と超大規模で、これだけの兵力を集められたのも各大名の武将達が信長より受け取った伝書鶴の内容を民達に道際に公開した事が要因である。
これによって全国の民達は十字軍、討つべしと呼ばれる日ノ本救国に燃え上り百姓や貴族、果てには僧達や商人、半妖、そして妖怪達までも各大名の軍へと正規兵として入隊した。
人同士の戦に妖怪が関与する事は固く禁止されていたが、宿儺は国の危機として特別に参加を許可した。
そして若狭湾から来る第10次十字軍に備えて加賀で練られた防衛計画の元で越前、若狭、丹後にある福井城、小浜城、宮津城を含めた支城の防衛を強化と若狭湾に面する集落の避難を行った。
防衛の強化を始めてから二日が経った日の昼、小浜城の支城である蘇洞門城の防衛強化を担当する真斗は大広間で源三郎達から進捗を聞いていた。
「若、蘇洞門城の防衛強化は順調に進んでいます。あと一日もあれば完了します」
兜を脱ぎ甲冑を着こなす真斗達は城の大広間で円を描く様に胡坐をし、真斗の前に座る源三郎からの報告を聞いていた彼は頷く。
「分かった爺。ご苦労だった。他の者達はどうだ?」
真斗からの問いに左之助、忠司、平助、愛菜、景、直虎、義昭、幽斎、重清の順に報告が出される。
「城の北部は強化を終えました若様。いつでも敵を迎え撃てます」
「城の壁の強化はすでに終えました若様。例え万を超える兵が来ても破れません」
「堀の増設と城までの入り組んだ城下の道の整備は終えました若様。攻めて来る敵は混乱するでしょう」
「兄上、兵糧と武器の備蓄は順調に進んでいます。今日の夕方には終えます」
「海岸や浜の海中には敵船を止める為の障害の敷設は完了したわ真斗。合図があればいつでも使えるわ」
「城下や周辺の集落に居る民達の避難は終えたわよ真斗。これで思う存分に戦えるわよ」
「各支城との連絡網の構築は完了したわよ真斗。例え城が包囲されてもある程度は連絡が取れるわ」
「薬品や薬草の調達と備蓄は終わりました若様。塩も大量に備蓄しています」
「真斗様、城を含めたあらゆる場所に罠の敷設はほぼ終えました。敵はさぞ度肝を抜くでしょう」
皆からの報告に真斗は関心に満ちた笑顔で頷く。
「皆、急ぎではあったが、よくここまで城の守りを強くしてくれた。改めて礼を言うありがとう」
それを聞いた源三郎達は少し照れる様に笑顔になる。するとそこに頭形兜を被り、甲冑を着こなした足軽隊長が慌てながら現れ、片膝を着いて真斗達に向かって一礼する。
「真斗様!天守閣からの知らせです‼︎敵が!十字軍の船団が若狭湾に現れました‼︎」
足軽隊長からの知らせを聞いた真斗達は一斉に立ち上がり天守閣へと向かう。
海が見える北側へ着いた真斗達は息を呑んだ。帆を畳み三本マストの先には青い十字が描かれた旗をはためかせたガレオン船、約二十隻が若狭湾を埋め尽くす様に海上に停泊していた。
「あれが十字軍か・・・日ノ本を犯さんとする野蛮な国賊共め!」
怒りに満ちた口調で言う真斗ではあったが、胸の内は冷静であった。
一方、若狭の浜辺では四人の騎士と一人の神父を乗せた一隻のボートが浜辺に上陸。青い十字が描かれた白いサーコートとチェイン・メイルを着こなす第10次十字軍の代表であるバチカンの騎士、ギー・ド・リュジニャンが軍を引き連れた信長と対面していた。
「信長よ。無駄な抵抗はやめよ。我ら十字軍は神の使徒、神に仕える聖なる軍なのだ。服従しろ。さすれば安全と平和は約束され、其方の行った神父殺しも神はお許しになるだろう」
ギーが自信満々で上から目線の態度と笑顔で和製南蛮兜を脱ぎ黒いマントを付けた和製南蛮甲冑を着こなす信長に言うが、なぜか信長は怒らず逆に笑顔であった。
すると信長はギーへと近づき、右手に持っていた白い布袋をギーに渡す。ギーは受け取った布袋を疑いもなく開ける。するとギーは驚き後退りしながら布袋を落とす。
無理もない。なぜなら中身は恐怖と絶望に満ちた表情をしたザビエルの生首であったから。そしてギーの驚く姿に信長は高笑いをする。
「生首を見ただけで驚くとは!西洋の騎士は肝が小さいのだなぁ。我らの腹の中は既に決まっておる。誰が服従などするか。ここは我らの国、私の国だ。貴様の様な輩にこの日ノ本は渡さん。とっと己の国へ帰れぇーーっ」
そう笑顔でギーに向かって言った信長はマントをひるがせながら振り向き、その場を去った。
「我々を侮辱しおって!後悔するぞ!黄色い猿共め‼︎」
ギーは怒りに満ちた険悪な表情で去って行く信長に向かって言う。そして自身の唾を吐き捨てボートに乗り、自身のガレオン船へと戻った。
こうして信長のギーに対する大胆かつ侮辱的な宣戦布告で織田連合軍と第10次十字軍の戦いは幕を開けたのであった。