第 肆拾肆 話:竹取(かぐや)の涙
清洲の女子会の翌日、朝の平安京の王宮の大広間では真斗達を含めた信長の家臣達は直垂や大紋を着こなし正座をし、赤い束帯を着こなし上座の玉座に座る天武天皇は目の前で深々と頭を下げる信長に向かって言葉を掛ける。
「信長よ。小田原征伐、ご苦労であった。そして天下統一の祝福の言葉を贈りたい。おめでとう」
天武からの祝福の言葉に信長と家臣一同は興奮する気持ちで一杯となった。
「帝からの身に余るお言葉、この信長、興奮で息が苦しくなる程の嬉しさで一杯です。ありがとうございます」
黒い束帯を着こなした信長は笑顔で今の気持ちを伝えると天武は玉座から立ち上がり信長の前へと立つ。
「信長よ。お前をここへ呼んだのは天下の覇者となったお前とお前に付き従う家臣達に褒美をやる為だ。受け取ってくれるなぁ?」
「もちろんであります帝様。お言葉だけでなく褒美までとは」
信長はそう言うと天武は大広間に集まった信長の家臣達、そして朝廷の官僚達と大臣達に向かってある宣言をする。
「これより織田 信長に関白の位を与える!」
天武が告げた信長に対する政界の位に全員は驚愕する。関白は天皇の補佐で長らく藤原氏の流れを持つ者でないと関白にはなれない。だが、今ここで藤原氏の流れを持たない織田家が関白になるのは異例であった。
「さらに豊臣 秀吉には太政大臣の徳川 家康には征夷大将軍の位を与える」
さらに天武からの与えられた秀吉と家康の位に皆が驚きが響き渡る。そして天武は再び玉座へと座る。
「そして信長に仕えし家臣達にも働きに見合った位を与える。これが私の贈り物だ。受け取ってくれるか?」
天武の真剣な眼差しに信長を含めて真斗そして家臣達は決意した表情で深く天武に向かって一礼をする。
「「「「「「「「「「ははぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」」」」」」」」」」
無論、この知らせは伝書鶴で清洲城の一室に居る帰蝶達の元に届き驚きに満ちていた。
「本当なの⁉本当に私の夫が!信長様が‼関白になったの弥助!」
正座をし驚く帰蝶からの問いに彼女の前で正座をし、頭を下げる弥助は動揺せず冷静に答える。
「はい、帰蝶様。帝様より直々に信長様に関白の位を与えたそうです。朝廷内の者達はかなりの動揺と反対の意が出ましたが、帝様がその場で制止しました」
朝廷で起こった事を事細かに答えた弥助、それを聞いた帰蝶は明るく興奮した笑顔で立ち上がる。
「こうしてはいられないわ!弥助‼すぐに参加者全員を大広間に集めて‼今後の予定を皆に伝えます!」
「はつ!」
弥助は深くを頭を下げ、素早く立ち去る。そして各部屋に居る奥方や姫君達に帰蝶からの召集の知らせを伝えた。
そして再び大広間に集まった竹取達と用事で昨日の夜に到着した桜華母娘を交えて弥助からの知らせを伝えた。
「よって!明日の夜に行われる宴会を取りやめ安土城へ向かい‼︎そこで改めて天下統一と信長様の関白の就任を祝います!異存はありませんね?」
上座に正座をする帰蝶からの問いに彼女の前に集まり正座をする竹取達は誰一人、口を開かず賛成の意を無言で伝える。
皆が沈黙する姿に帰蝶は軽く頷く。
「それではすぐに支度を済ませ、急ぎ安土城へ向かいます!よろしいですね?」
「「「「「「「「「「ははぁーーーーーーーーーーーーーーーっ!」」」」」」」」」」
帰蝶からの問いに竹取達は深々と頭を下げるのであった。
⬛︎
その後、支度を終えた帰蝶達はすぐに安土城へ出発した。一方、帰蝶達が清洲城を出るのと同時に天武の謁見を終えた信長の元に帰蝶からの伝書鶴が届き、安土城で宴会を行う事を知った。
清洲城を発った翌日の朝には安土城へ先に到着した帰蝶達は手分けして宴会の準備を行なっていた。
多くの男女の従者達は慌ただしく城の中を駆け回る中で竹取は立って真剣な表情で適切な指示をしていた。
「いい!貴方はこれを用意して‼︎貴女はすぐに足りない分を二、三人を連れて買って来て!貴方は宴会場へ行って掃除を手伝って‼︎貴女は調理場に行って食器磨きをして!急で申し訳ないけど、一丸となってよい宴会するのよ‼︎」
竹取を取り囲む様に立つ従者達は気合の入った表情で頷く。
「「「「はい!分かりました‼︎」」」」
そして竹取の指示に従い従者達はすぐに持ち場へと駆け足で向かった。
城の中から外までの大掃除、宴会場となる安土城の三階の大広間の用意、宴会料理の準備など竹取を含め帰蝶達は持てる力でなんとかしていたが、城の全ての従者達を動かしても雲行きは怪しかった。
「うーーーん、まずいわ!人手が足りないわ‼︎このままだと間に合わないわ!」
従者達の配置を記した目録を片手に思い悩んでいる竹取の元に乙姫、景、直虎、桜華、まつ、華岳姫が焦った表情で現れる。
「竹取!大変よ‼︎お酒が足りないの!買いに行くにも人手がなくて!」
「竹取!こっちもなの‼︎食材が切れそうで!急いで購入する為の人手が必要なの‼」
「竹取殿‼大広間の清掃が全然!進まない‼早く人手を!」
「竹取様!まずいですわ‼量が多くて食器洗いが進まないわ!人手を‼」
「竹取!本当にごめんなさい‼食後の茶菓子が全然!足りないの‼購入する為の人手をお願い‼」
「竹取殿!外の清掃が全然!捗らないの‼どこか空いている人手をこっちに回して!」
乙姫、景、直虎、桜華、まつ、華岳姫から人手の要請に竹取の思考は完全にパンク寸前であった。
「うわぁーーーーーーーーーーーーーーっ!もぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼人が足りな過ぎるぅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
もはや自分の手に負えない状況に追い込まれ頭を掻きむしる竹取。
「おいおい、落ち着け竹取。俺達がきたからにはもう安心だぞ」
そう言いながら兜を脱ぎ甲冑を着こなした真斗を筆頭に源三郎、左之助、忠司、平助、そして利家、慶次、義昭、幽斎、そして浅井 長政も同じ姿と笑顔で現れる。
真斗達が現れた事に竹取達は驚く。
「ま!?真斗!何でここにいるの?」
「あなた!それに慶次!京に居たんじゃないの?」
驚く竹取とまつに対して真斗、利家、慶次は笑顔で答える。
「いや、なに。大変だろうと思って信長様の許しの元で急いで来たわけだよ」
真斗の後に続く様に利家と慶次も笑顔で言う。
「そうそう。だから、それぞれ数十人の足軽を人手として連れて来たぞ」
「もう心配ねぇぜ、まつ義姉。さっそくだけど、何処から手を付ければいいんだ?」
これほど頼もしい助っ人の参上に竹取達はうるんっとした目で深々と頭を下げる。
「「「「「「「本当にありがとう‼︎」」」」」」」
そして頭を上げて早速、竹取は真斗達に近づき行いたい事を告げる。
「真斗!手始めに食材とお酒を大量に買って来て‼︎もちろんいいやつを!それと外の掃除と食器洗いを‼︎後は、」
真斗に近づき手に持っている目録を彼に見せながら説明をする竹取。すると二人の間に割って入る様に長政が笑顔で竹取に言う。
「あぁーーーっ竹取殿、その心配はないですよ。多分と思って京でいい酒といい食材はあらかた買って持って来ました。それと連れて来た足軽達は既にあっちこっちの持ち場で手伝っていますよ」
長政からの知らせに竹取はホッとする。
「ありがとうございます長政様。それじゃ真斗、後の事はお願いね」
「おう。任せろ」
真斗は竹取に向かって自信に満ちた笑顔で頷き、振り向く。
「んじゃ俺達は俺達で手伝い始よっかぁ」
「「「「「「「「「おう!」」」」」」」」」
皆は真斗に向かって笑顔で頷くとそれぞれの場所へと向かうのであった。
⬛︎
それから時が経ち夕方。真斗達の到着のお陰で信長達が到着する頃には宴会の準備は整っていた。
そして大紋を着こなした真斗達を含めた家臣達と美しい着物を着こなした正室や側女と共に宴会場の大広間に集まり、さらに直垂を着こなし、上座に胡座をする信長が酒の注がれた赤い盃を右手に持ち笑顔で左右の席に胡座や正座をする皆を見渡し、そして信長はその場で立ち上がる。
「皆の者よ!改めて!天下統一は成された‼︎私に付き従う者!そしてかつては敵だった者も‼︎今宵は大いに楽しみ祝ってくれ!」
信長が嬉しそうに言った後に皆は台物に置かれた銚子を手に取り、入っている酒を盃に注ぐ。
そして銚子を台物に置き右手に盃を持って軽く上に上げる。
「それでは・・・天下統一を祝して、乾杯っ‼︎」
信長が祝福の言葉を述べた後に皆は笑顔に手に持つ盃を高々と上げる。
「「「「「「「「「「乾杯っ‼︎」」」」」」」」」」
それから安土城での宴会が始まるのと同時に全国の至る場所でも信長の天下統一と太平の世の訪れを人々はお祭りの如く大いに祝した。
安土城の宴会は楽しく盛り上がっていたが、ただ一人、竹取だけは何処となく少し悲しい眼差しで大広間から出た廊下の窓辺から高く昇った半月を見ながら酒をちょびちょびと飲んでいた。
「どうしたんだ竹取?一人で月を見ながら飲んで」
笑顔で彼女に優しくを声を掛けた真斗、すると竹取は我に帰った様に驚き、慌てながら笑顔で首を横に振る。
「あぁ!う、うんうん。な、何でもないわ。ちょっと月が見たくて」
竹取が何か隠している事に気付いた真斗ではあったが、せっかくの祝いの宴会に水を差すわけには行かず、何も聞かずに頷く。
「お、おう。そっか」
「それじゃ私も楽しまないとね」
竹取が笑顔でそう言った後に盃に入っている酒をグビっと一気飲みして大広間へとそそくさと戻った。
そんな彼女の後ろ姿を見た真斗は大広間へ戻る際に一瞬、半月を見て戻るのであった。
安土城での宴会から二週間、会津へと戻った真斗達は会津の民達に凱旋を祝福されながら城へ帰還した。
それから三日後の昼。会津城の武家屋敷の大広間で大紋を着こなした真斗は小袖を着こなし、遊びに来た氏康と茶を飲みながら楽しく雑談していた。
「しかし、ついにお前が嫁さんを貰うとは。しかもこんな美しい人を」
座布団に胡座をする真斗が笑顔で目の前で同じ様に座る氏康に言うと彼は照れる。
「いやぁーーーーっ何、俺も幼馴染の犬珠姫と結婚、出来てとても嬉しいよ」
嬉しいそうに言う氏康の右隣には美しい柄を着こなし、頭に犬の耳がある美少女、諏訪御料理人こと犬の半妖、犬珠姫が照れてクスクスと笑う。
「ありがとうございます真斗様。あのーっところで竹取様の姿が見えないのですが」
犬珠姫からの問いに真斗を腕を組んで困った表情をする。
「それが、翁様と嫗様に聞いたところ私が小田征伐へ出向いている間の頃から毎晩、夜空に浮かぶ月を見ては悲しい表情をする様になったと。しかも最近では一人になる事が多くなったと」
「なぜ一人になったか、しかもなぜ月を見て悲しくなるのか聞きましたか?」
犬珠姫からの更なる問いに真斗は首を横に振る。
「いいや。聞こうにも“心配ないで、私は大丈夫だから”の一点張りで、それで深くまで聞く事が出来ないんですよ」
「何かあったのは間違いないが、竹取殿が話したくないなら待ってみるしかないなぁ」
氏康が真斗にそう言うと真斗は少し困った表情で後頭部を右手で掻きながらぎこちなく頷く。
「うん・・・それは、そうだがぁーーーっ・・・うんーーーーーーーーーっ」
やはり愛する人の変化をそっとする事が出来ずモヤモヤを感じる真斗。
だが、その後に竹取が悲しくなったり寂しくなった理由が判明する事となった。
氏康と犬珠姫が会津に遊びに来た日から三日が経過した夜の事。
夕食を終えて中庭が見える縁側から夜空に高々と昇った満月を見ながら真斗は竹取と共に酒を飲んでいた。
大紋を着こなし胡座をする真斗は盃に注がれた酒を一口、飲むと自身の右隣で美しい月の刺繍があしらわれた着こなし正座をする竹取に向かって笑顔で問いた。
「なぁーーーっ竹取、ここ最近、何で月を見て悲しい表情をするんだ?それに何で一人になるんだ?何かあったのか?」
酒が注がれた盃を両手で持つ竹取は悲しい表情で俯きながら真斗の問いに何も答えなかった。
「あぁーーーっごめん。やっぱり言えないよなぁ、いくら夫婦でも。別にいいんだ。でも本当に困っている事があったら遠慮なく、」
真斗はそう言って竹取の顔を見ると彼女はまるで何かに絶望しているかの様に啜りながら大粒の涙を流し泣いていた。
真斗は慌てて持っている盃を前にある台物に置き、彼女の背中を優しく撫でる。
「おい!竹取‼一体どうしたんだ?」
真斗が心配そうに言うと竹取は持っていた盃を捨てて真斗に抱き付く。
「ごめんなさい!真斗‼ごめんなさい!」
「一体どうしたんだ?何かあったのか?」
真斗は優しく竹取に問うと竹取は流れる涙を袖で拭き、悲しい表情で彼の顔を見ながら答える。
「真斗、信じられないと思うけど私はここの、地上の人ではないの」
竹取の口から出たあり得ない事に真斗は少し戸惑う。
「なっ!何を言っているんだ竹取。こんな時に冗談は・・・‼︎」
真斗は言葉はそれ以上、言葉が出なかった。なぜなら竹取の眼差しからヒシヒシと伝わって来る嘘偽りのない気持ち、そして気付いてしまった。今までなかった竹取の額に現れた青白く輝く三日月の形をした痣が出ている事を。
真斗は嘘ではない事を瞬時に理解し、冷静を取り戻し、キリッとした表情をする。
「分かった竹取、お前の言葉を信じる。その代わりに今まで隠していた事を俺を含めて皆の前で話してくれないか?」
真斗がそう提案すると竹取は頷く。
「分かったわ真斗」
そして真斗は一人の従者を呼び出し、彼に側女と家臣一同を屋敷の大広間に集める様に伝えに行く命を出した。