第 肆拾参 話:清州の女子会
天下統一が成されてから約一ヶ月が経過した昼時の清洲城の大広間では各武将達の妻や側女、娘が統一祝いとして女子会が行われていた。
「各武家の正室などが一度に会するなんて、凄いわね」
美しい月の刺繍が入った着物を着こなし正座をしながら笑顔でそう言う竹取に対して彼女の右隣で正座をし、美しい赤珊瑚の刺繡が入った着物を着こなした乙姫が笑顔で頷く。
「ええ、そうね竹取。しかも市様と娘の宿儺三姉妹が居るなんて」
乙姫が少し驚きながら言う先には帰蝶と楽しく会話をする市と彼女と宿儺の娘で鬼の半妖である茶々、初、能が居た。
「義姉上、どうですか?天下人の妻となった気分は?」
笑顔で美しい着物を着こなし正座をする市からの問いに美しい月光蝶の刺繍が入った着物を着こなし正座をする帰蝶は笑顔で答える。
「いやぁーーーっそれが全く実感がなくて。色んな武将や正室、側室から“太平殿下の奥方様”って言われているけど、なんかねぇーーっ」
「あぁーーーっ何か分かります義姉上。私も宿儺様の元に嫁いでから従者の妖怪達から“おひい様”って呼ばれても実感がなくてぇ」
市が帰蝶の気持ちに同感していると可愛く綺麗な着物を着こなした茶々、初、能が嬉しそうな笑顔で帰蝶に抱き付く。
「ねぇ帰蝶の義伯母様、母上とだけじゃなくて私達ともお話ししましょう」
茶々がそう言うと初と能も笑顔で左右から帰蝶の腕を優しく引っ張る。
「そうですわ。早く茶々姉様とお話したら今度は初とお話ししましょうよ義伯母様」
「えぇーーーっ!ずるいですわ初姉様。茶々姉様の後に義伯母様とお話しするのは能ですわ」
三人にせがまれる帰蝶の姿に市は茶々達を諫める。
「こら、三人共。義姉上は聖徳太子様じゃないのよ。そんなにせがまいの」
すると帰蝶は茶々達に囲まれていながらも嬉しそうで市に向かって笑顔で首を横に振る。
「いいのよ市。こんなにも可愛い姪っ娘達に囲まれて私は凄く幸せよ」
そして帰蝶、市、そして茶々、初、能は笑い合うであった。
そんな光景を少し離れた場所から見ていた竹取と乙姫は微笑む。
「いいわね我が子って。早く真斗との子が欲しいわ」
乙姫は羨ましそうな笑顔で言う一方で竹取は少し寂しそうな笑顔をする。
「そうね・・・もし私と真斗の子が出来ても、きっと一緒に時間は・・・」
なにやら意味深な事を呟く竹取であったが、そこにある人物、二人が笑顔で現れる。
「どうしたの竹取?そんな悲しい顔をして。平安京一の美女が台無しよ」
「そうよ。そんな顔をしていたら幸せがにげちゃうわよ」
現れた人物に竹取は少し驚きながら、すぐに笑顔になって一礼をする。
「これは前田 まつ様、それに華岳姫様、こんにちは」
竹取が挨拶をする美しい着物を着こなした二人こそ前田 利家の妻、前田 まつと村上 武吉の妻、半魚人でオスマン人の華岳姫ことバルバロス・オルチであった。
⬛︎
それから竹取と乙姫はまつと華岳姫を交えて楽しく会話をしていたら中庭が見える縁側から美しい着物を着こなした五郎八姫と景、鶴姫、直虎が現れる。
「遅れてしまい申し訳ありません、皆様」
五郎八姫が申し訳ない表情で頭を下げるが、主催者である帰蝶と市は笑顔で首を横に振る。
「いいえ、大丈夫ですよ五郎八殿。むしろ始まったばかりですので」
「ええ、さぁ早くいらして。長旅でお疲れでしょう?英国から伝わって来たビスケットがありますよ」
帰蝶と市は暖かう五郎八姫を迎え、一方の彼女は少しホッとしたのか笑顔になり頷く。
「ありがとうございます帰蝶様、おひい様」
自身の別名を言われた市は袖で口元を隠しクスクスと笑う。
「五郎八殿、そんなかしこまらずに今まで通りに市と呼んで構いませんよ」
「ありがとうございます市様。それでは失礼します」
五郎八姫は笑顔で軽く一礼をし、帰蝶と市の居る元へと向かった。
一方の景、鶴姫、直虎は竹取達の居る元へと向かい正座をして皆の輪の中に入る。
「景、それに鶴姫様、お久しぶりね。どうですか?会津の暮らしは」
笑顔で華岳姫が景と鶴姫は笑顔で頷く。
「はい、母様。会津の皆はとてもいい人達で島と変わらない生活をしているわ」
景の気持ちに同感する様に鶴姫も会津での生活を語る。
「本当に素晴らしい場所ですわ。近くに大きな川があって島ではあまり見ない鮎や鱒が泳いでいるんです」
無邪気な子供の様に明るく会津での生活に満足感を語る二人の笑顔に華岳姫はホッとする様に一呼吸をして二人の頭を優しく撫でる。
「そう、それはよかったわね。それを聞いてお母さんは安心したわ」
「ちょっと母様、私達はもう子供じゃないんだから心配し過ぎよ」
「ああ、そうだったわね。ごめんなさい」
景の指摘に謝った華岳姫。その後は三人は大いに笑い合った。
一方、竹取と乙姫はまつと共に和やかな会話をしていた。
「それで家の人が慶次の挑発に乗っちゃって慶次が持ち上げた同じ重さの米俵を持ち上げた瞬間にギックリ腰になっちゃって。治るまでに三日間は布団生活だったのよ」
笑顔で夫、利家の珍事件を語るまつに対して竹取と乙姫は大笑いをする。
「まさか!あの文武両道の利家様がギックリ腰をやっていたなんてぇ‼」
笑い過ぎて乙姫は右の人差し指で少し流れた涙を拭き、感想を言う。
「あの人って!少し堅物な印象がありますが、そう言った子供っぽい所があって面白いですね‼」
すると再び五郎八姫達が来た縁側から美しい着物を着こなした寧々とガラシャ、西郷局、そして武田 信玄の娘で織田 信忠の妻である松姫が息子の三法師を連れて現れる。
「お集まりの皆様、ご機嫌よ」
笑顔で皆に向かって一礼をする松姫に対して皆は一旦、会話をやめ一礼をする。そして三法師を連れ松姫は帰蝶と市の元に向かう。
「帰蝶様、お市様、お久しぶりでございます」
松姫が笑顔で丁寧に挨拶をすると帰蝶も市も笑顔で挨拶をする。
「お久しぶりね、松姫。あらぁーーっ三法師もこんなにも大きなって」
「お久しぶりね、松姫。茶々、初、能、悪いんだけど三法師と遊んでて」
市が少し申し訳ない表情で両手を合わせて右側に居る茶々達にお願いすると彼女達は笑顔で頷く。
「分かりましたわ、母上。じゃあ三ちゃん私達と遊びましょ?」
茶々が前に正座をする松姫の側に正座をする三法師が笑顔で頷く。
「うん!遊ぼう!遊ぼう!茶々姉様!」
そして立ち上がった茶々達は三法師の手を取り、少し離れた場所へと早足で向かう。
そのタイミングで大紋を着こなした弥助と秀吉と家康に仕える外国人の家臣、ハイエルフで元聖ヨハネ騎士団長のフランス人、山科 勝成とドラゴニュートで航海士のイギリス人、三浦 按針が縁側から美しい着物を着こなした行長の妻、菊姫と義娘、おたあ ジュリア、そして信長と帰蝶の娘、徳姫を連れて現れる。
「皆様!失礼します。ジュスタ様とジュリア様、徳姫様がお越しになりました」
弥助が一礼をして三人を大広間へと通す。
「皆さん、お待たせして申し訳ありません」
「申し訳ありません、皆様」
「お母様、遅れて申し訳ありません。イギリスとオランダとの銀の取引が思った以上に長引いてしまって」
三人からの謝罪の言葉に対して帰蝶は笑顔で首を横に振る。
「うんうん、大丈夫ですよ。さぁそんな頑ならないで早くお話ししましょ?」
帰蝶からの誘いの言葉に菊姫、おたあ、徳姫はパーッと笑顔になって頷く。
「「「はい!」」」
そして徳姫は母、帰蝶と叔母の市と松姫の元へと向かい、菊姫とおたあは寧々、ガラシャ、西郷局の元へと向かった。
「それでは奥方の皆様、ごゆっくりと」
弥助がそう言って勝成と按針と共に一礼をして、その場を立ち去ろうとした時に市が笑顔で三人を呼び止める。
「ねぇ!貴方達も混ざらない?凄く楽しいわよ」
立ち止まり振り返った弥助達は少し困惑する。
「い、いいえ!我々の様な身分の低い武士が高貴な奥方様達の楽しみに入るなんて恐れおおい‼︎」
弥助がおどおどしながらも丁寧に断るが、市は笑顔で首を横に振る。
「いいのよ。それにいつか貴方達の国の事をもっと知りたいと思っていたから、ねぇ」
まるで無垢な子供の様な笑顔でお願いする市の姿に弥助達は折れて、照れ臭い表情となる。
「わ、分かりました、おひい様。それではお言葉に甘えて」
「ありがとう、弥助。それとここでは私の事は“おひい様”じゃなくて“市”でいいわよ」
「分かりました市様。では失礼します」
笑顔になった弥助達は大広間へと入り、弥助は帰蝶達と勝成はガラシャ達と按針は竹取達の元に向かい、会話に入るのであった。
⬛︎
それから一時間後、和やかに会話を楽しんでいる中で竹取は華岳姫にある話しを笑顔で持ち掛けた。
「ねぇ華岳はどうやって武吉様と出会ったの?」
恋話に興味を示す少女の様な竹取からの問いに華岳姫は湯呑み茶碗に入ったお茶を一口、飲んで笑顔で語りだす。
「そうね・・・あれはオスマン皇帝から日ノ本との交易を結ぶ為に瀬戸内海の入り口に来た時よ」
華岳姫こと半魚人でオスマン人のバルバネロ・オルチは現オスマン皇帝、スレイマン一世からの厳命を受けて愛用のフリゲート帆船、“ファティフ・メフメト号”で日ノ本へと向かっていた。
目的は帝国と貿易関係を結んでいたオランダ東インド貿易会社から入って来る日ノ本の商品から伝わって来る自国よりも進んだ技術力に目を付け、それを取り入れ為に日ノ本と貿易を結ぶ事であった。
そして運命の日の朝方、オスマンの南部にある地中海に面する港町、メルスィンでは桟橋型の岸壁に停泊するファティフ・メフメト号に食料と交易の為の芸術品や武器、宝石類や書物が載せられ、男女合わせた乗員三百名が乗船したのと同時に出航した。
ファティフ・メフメト号のデッキから段々と遠くなって行くメルスィンの港を少し寂しい表情で黒と金を基調としたビキニアーマー姿のオルチは眺めていた。
「極東のジャポンとの交易の為とは言え、祖国を離れるのは少し寂しいですね司令長官」
左からゆっくりと近づいて来たターバンを頭に巻き、顎髭を生やしアラビア服を着こなした半魚人の男性からの問い掛けにオルチは顔を向け頷く。
「そうね・・・でも、少し期待もしているわ。まだ見ぬ極東の島国、かつては“黄金の国”と呼ばれ今は“シルバーキングダム”と呼ばれているジャポンへ行くのを」
「そうですね。では私は各区画を確認しに行きますね」
「ええ、頼んだわよ船長」
笑顔でそう言うオルチに向かって艦長も笑顔で一礼をし、下の区画へと向かった。
それから地中海、スエズ運河、紅海を通りインド洋へ出てアッバース・イスラム帝国とムガル帝国で休息の為に停泊しながら東南アジアの大スンダ列島のオランダ東インド貿易会社の拠点を通り、南シナ海へと出た。
だが、南シナ海に出た時に運悪く大型の嵐に遭遇してしまい何とかこれを乗り越え台湾海峡から琉球王国へと到着、そして東シナ海を北上し北九州の関門海峡を抜けて周防灘へと到着した。
ところが夜の中を周防灘を進む中である問題にオルチは頭を悩ませていた。
「やっぱり今の状況では太平洋ルートは使えないのね艦長?」
ファティフ・メフメト号の艦尾にある明かりが灯された船室の椅子に座るオルチがテーブルを挟んで向かいに座る船長が片手にワインが入ったコップを持ちながら悩んだ表情で頷く。
「はい。南シナ海での嵐で船のダメージを軽微にする為に食料の殆どを海に投棄してしまいましたから、残った食料は三日分しかありません」
それを聞いたオルチは深く溜め息を吐く。
「三日分か・・・それでは六日は掛かる太平洋ルートは使えへないなぁ」
本来は豊後水道を通り太平洋から紀伊水道を通り大坂に入る予定であったが、南シナ海の嵐の影響で食料が乏しくなり計画していた航海ルートが使えなくなってしまった。
さらに休息の為に停泊した各港での停泊料金が加算でしまい今回の航海で用意した資金がギリギリになってしまい新しく食料を購入する事が出来なくなっていた。
「仕方ないわね。こうなったら瀬戸内海を通りましょ」
オルチが下した決断に船長は少し驚愕する。
「瀬戸内海ですか⁉ですが、この海は地元の人ですら航海が困難な海だと聞きます」
船長はテーブルに広げられた正確な日本地図のオスマン語で瀬戸内海と書かれた場所を指差す。
それに対してオルチは決意を固めた表情と眼差しで頷く。
「それは分かっているわ。でも危険を覚悟で行かないと皇帝陛下から我々に託された命を果たせなくなるわ。後は私が直接、船員達に航海ルートの変更を伝えるから船の操縦は任せたわよ」
そう言って椅子から立ち上がったオルチに向かって船長は一礼をする。
「分かりました司令官」
そして船室を後にしたオルチは階段を降り、下の区画へと向かった。ランタンで灯された船下一階は左右に合わせて二十門の18ポンド砲が綺麗に並べられており大砲区画兼居住区となっている。
しかもそこでは多くの半魚人の男女達が長い航海のストレスを酒や音楽、更にはお互いに裸になって交わってで発散していた。
そんな状況の中でオルチは大声で召集を掛ける。
「総員!ちゅうもぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
オルチからの命に皆は楽しみを一旦、やめて階段の前に居るオルチに注目する。
「皆!よく聞いて‼船の食料が乏しくなっているわ!本来なら太平洋ルートを使って大坂へ向かうはずだったけど、航海ルートを変更して瀬戸内海から大坂へ向かう!瀬戸内海はかなり厳しい海よ‼明日に備えて体を休める様にいいわね‼」
オルチの命に皆は彼女に向かって一礼をする。
「「「「「「「「「「分かりました!司令官‼」」」」」」」」」」
皆の熱い注目に満足する様にオルチは笑顔で頷く。
「もしよかったら司令官も楽しみませんか?俺の息子は最高ですよ」
上半身を布で隠す一人の半魚人の男性乗員が笑顔で言うと階段を昇ろうとしたオルチは立ち止まり振り向き、笑顔で右手を横に振る。
「あんたの未熟な息子じゃ私を満足させる事は無理よ。もっと自分を磨いてから私を誘いなさい」
そう捨て台詞を言ってオルチを登った。そして彼女の去った後に誘った男を含めて皆は大笑いをするのであった。
■
そして翌日、オルチの命でファティフ・メフメト号は西へと向かい瀬戸内海へと向かった。
現地の人でも航海が難しい瀬戸内海をバルバネロ海賊団の一員でオスマン帝国海軍の提督を務めるバルバロス・ハイレッディンの妹であるオルチの高い航海技術で難無く進むが、一日目の夜の途中で芸予諸島付近で台風に遭遇してしまう。
今まで経験した事がない猛烈な台風にファティフ・メフメト号の熟練の乗員達ですら船のダメージコントロールに半分、混乱していた。
降り頻る雨と風、雷鳴、そして押し寄せる荒波の中で帆を繋ぐ縄を大勢で引っ張り、中には何人かが帆に上り畳む作業をしていた。
「皆!踏ん張ってぇーーーーーーーーーーっ‼ここで帆を失ったら終わりよぉーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
半魚人の女性である甲板長が大きく揺れる船上で中央の帆の縄に掴まりながら大声で命令する。
一方、オルチは船上艦尾にある舵の前にある手摺にしっかりと捕まっていた。
「船長!風上へ向かって‼このままだと中央の帆が根元から折れるわ‼」
オルチは振り向き大声で命令するが、船長は半魚人の男性である操舵手と共に必死で舵を面舵に向かって回していた。
「ダメです!司令官‼風と波が強過ぎて船が言う事を聞きません‼」
すると甲板長が雷の光で艦首の先に何かが見えたので急いで先頭へ向かう。そして改めて目を凝らして雷の光で先を見ると黒いゴツゴツとした岩礁が見え、甲板長は恐怖で顔が歪んだ。
「司令官ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!前方に岩礁でぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーす‼」
混乱する中でも響き渡る甲板長の大きな声にオルチは前方を目を凝らして岩礁に船が迫っている事に驚愕する。
「船長ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼面舵一杯ぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
船長もなんとかしようとしたが、舵が利かず絶望してしまう。
「ダメだぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼間に合わないぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
皆の努力も空しくオルチの愛船、ファティフ・メフメト号はまるで雷鳴をも引き裂く様な物凄い衝突音と共に岩礁に乗り上げてしまう。
オルチを含めて皆は衝撃と共に床に叩き付けられる。何とか起き上がり、船のダメージを確認しようとした時に船下に続く階段から一人の半魚人の男性乗員が危機迫る表情で現れる。
「司令官‼︎大変です!火薬庫で火災が発生‼︎このままだと爆破します!」
報告を聞いたオルチは急ぎ大声で叫ぶ。
「総員退艦!総員退艦してぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼︎」
それを聞いた乗員達は急いで船から荒波の瀬戸内海へ飛び降りるが、間に合わず。ファティフ・メフメト号は大爆破し、炎に包まれながら轟沈した。
⬛︎
華岳姫が語り出してから長い時間が経ち、外は夕暮れ時になっていた。
華岳姫は少し曇った様な悲しい表情で語りを続けた。
「仲間達は台風の中、何とか芸予諸島の大島の浜辺に着いたけど、ほとんどが怪我人で私も何とか飛び込んだけど爆破で飛んで来た破片が頭に当たって気を失ったまま海へと入ったの」
「それからどうしたんですか?」
固唾を飲む様な表情で聞く乙姫からの問いに華岳姫は答える。
「浜辺で動けなくなった仲間を救ったのが村上水軍と大島の島民達なの。そして気を失って沈む私を救ったのが、夫の武吉だったの」
そして華岳姫は当時の事をさらに事細かく語った。船の爆発音を聞いた村上水軍と大島の島民達は急いで松明を持って浜へと向かい、そこで怪我して動けなくなったファティフ・メフメト号の乗員達を発見、台風の中、懸命な救難活動をした。
現地で救難活動を指示していた武吉も荒れる海に向かって沈む華岳姫を救い居城である能島城へと怪我をした乗員達と共に連れて来られた。
この時の村上水軍と大島は食料が不足し、しかも医薬品もまともな医師すらいない状況であった。だが、海を愛し海で困っている人には必ず救いの手を差し伸べる事を信条とする村上水軍と大島の島民達は困難な状況下でも懸命に華岳姫達を救った。
三百名の乗員の内、約二百人は死亡または行方不明となったが、懸命な救難活動で華岳姫を含めた百一名の乗員の命は救われる事なった。
「救われた私は悲惨な現場を見て多くの仲間を自らの手で殺してしまった事と皇帝の命を果たせななかった事に深い罪悪感に苛まれて、ある時、崖から身を投げようとしたの」
そう暗い表情で語る華岳姫であったが、今度は明るい笑顔となって話しを続けた。
「でも、そんな身を投げようとした私を止めたのが夫《武吉》だったの。そしてあの人は私にこう言ったの。“死ぬなんて考えるな!生きろ!死で行った仲間達の分まで強く生きるんだ‼︎ここで死んだら!それこそ死んだ仲間達に顔向け出来なぞぉ!”って。それで私は救われたの」
すると華岳姫は袖口から少し汚れボロボロとなった赤い大山祇神社のお守りを取り出し、笑顔で見る。
「その後ね。あの人の厳しくも優しさに惹かれたのは。武吉は自ら英語で私と会話して色々と理解してくれてね。それに船の残骸や海の底から積んでいた品物を回収して私達の代わりに大坂へ向かって信長様と謁見してオスマンとの結んでくれたのよ」
そして華岳姫は優しくお守りをギュッと握る。
「それで私は大山祇神社でこれと同じお守りを買って武吉に求婚したの。彼は私からの求婚を前向きに受け取ってくれて、それで私は船長に生き残った乗員をオスマンに送る事にして私は四人の仲間と共に日ノ本に残ったってわけ・・・うわぁ‼」
語り終えた華岳姫が前を向くと乙姫だけでなく他の奥方や姫、さらに従者の弥助達も華岳姫を取り囲む様に涙を流していた。
「いい話ね。貧しい中でも命に変えても救ってくれただけじゃなく人の心まで救うなんて」
そう言いながら話しを聞いていた乙姫が流れる涙を拭きながら感激する姿に華岳姫は少し困った様に苦笑いをする。
「あ、ありがとう」
すると縁側から一人の女中が現れ、正座をして皆に向かって一礼をする。
「失礼します。皆様、宴会広間にご夕食の用意が出来ました」
女中からの知らせを聞いた竹取達は涙を拭い振り向き、そして帰蝶が笑顔で頷く。
「そうですか、ありがとう。それでは皆様、お話しの続きは夕食を食べながらにしましょう」
帰蝶がそう言った後、皆は笑顔で頷く。
「「「「「はい!」」」」」
そして皆は立ち上がり、宴会広間へと向かう。そんな中で帰蝶は笑顔で勝成を引き止める。
「勝成、貴方おたあが好きなんでしょ?」
思春期の少女がからかう様な笑顔となっている帰蝶からの指摘に勝成は慌て出す。
「な!何を言っているんですか帰蝶様‼︎」
「ふふっ誤魔化さなくていいのよ。貴方、ずっとおたあの事を見ていたじゃない。しかもまるで恋する様な眼差しで」
帰蝶がそう言うと頬と両耳を赤くし照れ隠しで勝成はそっぽを向く。
「あの・・・その・・・確かに私はおたあ様に、ジュリア様に恋をしていますが、秀吉様の付き人でしかない身分の低い私がましてや武家の一人娘に恋をするなど・・・」
俯きながら少し凹む様に自身の胸の内を語る勝成の背中を帰蝶は笑顔で優しく摩る。
「そんな事はないわ。貴方は立派な秀吉の家臣よ。自信を持って今日の夕食にでも、あの娘と話してみなさい」
帰蝶からの励ましで勝成は前を向き、落ち着いた表情となり帰蝶を見る。
「ありがとうございます、帰蝶様。少し楽になりました」
そんな勝成の姿に帰蝶は嬉しそうな笑顔で頷く。
「よし!じゃあ行きましょうか?」
「はい!帰蝶様」
そして二人は皆の後を追う様に大広間を後にしたのであった。




