第 参拾玖 話:武者震いと笑い
真斗達が会津へと帰還して約三週間が経過したある日、ついに信長からの小田原へ出陣の書が伝書鶴で届いた。
内容は“小田原北条氏は下る事を拒み、織田家と手切となった。よって鬼龍家はただちに小田原北条氏の支城である忍城に向けて出陣し、石田 三成の軍と共に落城させよ”との事であった。
次の日の早朝から出陣の準備を始め、昼近くには準備が終わり、真斗達も兜と甲冑を着こなし城門前で皆の送り出しを受けていた。
「じゃ竹取、それに皆、行って来るよ」
真斗は笑顔で竹取を抱きしめると竹取は笑顔で彼の耳元で囁く。
「いってらっしゃい、真斗。あなたと源三郎様達の武運を皆で祈っていますね」
「ありがとう、竹取」
一方、源三郎も桜華と奈々花を笑顔で抱きしめるていた。
「それじゃ行ってくるよ、お前達」
源三郎に抱きしめられた桜華と奈々花も笑顔で彼の耳元で囁く。
「いってらっしゃい、あなた。娘と一緒に武運を祈っております」
「いってらっしゃいませ、義父上。どうか無理だけはなさらずに」
「ありがとう、二人共」
送り出しを受けた真斗と源三郎は隊列の中央に居る愛馬へと乗り、そして真斗とは大声で命を出す。
「これより!小田原北条氏の征伐へ向かう‼︎皆の者!出陣せよぉーーーーーーーーーっ‼︎」
真斗からの命に隊列を組む足軽達は大声でで返事をした。
「「「「「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼︎」」」」」
そして隊列を組んだ鬼龍軍は堂々とした姿で小田原北条氏の支城で成田氏の居城、忍城に向け、出陣した。
⬛︎
一方その頃、武蔵国埼玉郡にある小田原北条氏の支城である忍城の城主、成田 長親は家臣、正木 丹波と共に小田原北条氏の居城、小田原城に赴いていた。
そして城の大広間で小田原北条氏現当主である北条 氏康と謁見していた。
「では忍城は全面的に戦うんだな?」
上座で甲冑を着こなす氏康からの問いに同じく胡坐で甲冑を着こなす長親が笑顔で頷く。
「はい!我々、成田氏と忍城の義勇兵として参加する百姓達は皆!織田連合軍と徹底抗戦する構えです」
「そっか。それにしても長親よ、なんだか嬉しそうだなぁ」
氏康からの指摘に長親は少し照れた様な表情で後頭部を右手で掻く。
「いやぁーーーーっお恥ずかしい話ですが、実は真斗と本気で戦《喧嘩》が出来る事が非常に嬉しくて堪らんのですよ!」
まるで子供の様な笑顔で本音を言う長親の姿に氏康は少し困った笑顔で小さく溜め息を吐いた。
「まったく。こんなにも戦に対して楽観的になれるなんて、流石は“ノボウ様”だなぁ。羨ましいく思うよ」
すると長親の右側で甲冑を着こなし胡座をする丹波が少し険しい表情で氏康に対して頭を下げる。
「申し訳ありません氏康様。我が殿、五日前より忍城へ参られました小田原の使者から信長と戦をすると聞いて以降、子供の様に大はしゃぎでして、何卒、ご了承を」
丹波からの謝罪に氏康は笑顔で彼に向かって、まあーまあーっと右手を小さく前後させる。
「いいんだ丹波、俺は別に気にはしていないよ。正直、この俺も憧れの真斗と本気で拳を交える事に体がうずうずしていてな。長親の気持ちは少し分かる」
「そう言えば氏康様は真斗殿とはご友人でしたね?」
笑顔の長親からの指摘に氏康は笑顔で首を縦に振る。
「ああ。幼い時に伊達家の使者として小田原に来た真斗と暇つぶしで稽古をした時だったな彼と友人となったのは」
真斗との出会いは幼い頃、奥州との貿易を築く為に鬼龍家が伊達氏の使者として来た時で同い年であった事から稽古をした。
その時に火縄銃一型の発射音だけで氏康は泡を吹いて気絶してしまい自身の両親を含め居合わせた者達の笑い者となってしまった。
恥ずかしさのあまりに氏康は自室の布団に閉じこもってしまったが、そんな彼を無理に中庭へ引っ張り出したのが真斗であった。
真斗は鬼の様な形相で氏康を殴り倒し、恥ずかしさの余りに逃げた氏康の弱さを叱った。その際に真斗から小田原北条氏に対する悪口を言われた事に氏康はついに頭に来て真斗を殴り返し、大喧嘩へとなった。
大喧嘩は両者の痛み分けで終わり、地面に倒れ込んだ際に真斗から“どんなに恥ずかしい思いをしても、大切なのは恥を力に変えて強く生きる事。一度の恥で逃げてしまったら大切なものは守れなくなる”と諭された。
この言葉で氏康は次期当主となる自分がこれしきの恥で逃げてしまったら今まで築き上げた小田原北条氏を自身の手で無にしてしまう事を悟った。
その後、伊達氏と小田原北条氏の貿易交渉は両者の取引金額の食い違いで無になったが、氏康と真斗は友人となり、そして氏康は同時に自身を大きく成長さえてくれた真斗を実の兄として慕う様になった。
「武者震いと言うやつかなぁ。真斗の、義兄上の様になる為に必死になって頑張った。だからこそ、今の実力で義兄上とぶつかりたくてなぁ」
氏康の心境を聞いた長親は大笑いをする。
「お互い様ですなぁ。しかし、こんな形で真斗殿と刃を交えるとは夢にも思いませんでしたよ」
「そう言う長親も義兄上とは友人だったな」
笑顔で問う氏康に長親は笑顔で頷く。
「ええ。よーーーく覚えておりますよ、あの日の事は」
そう言いながら長親は真斗との出会いを振り返るのであった。
⬛︎
ある大雨の日、忍城の近くを流れる利根川と荒川が決壊し城や周辺の村々は被害を受けた。
しかも飢饉に見舞われていた時期だった上に復興が思う様に行かず、さらに賊が次々と被害を受けた村々を襲い始め、成田氏は頭を抱えた。
そんな時に忍城の被害を耳にした真斗が一万の兵と出来る限り集めた大量の食物を持って小田原北条氏の許しがない状態で忍城へと駆けつけ、賊の退治と復興を行った。
この時に長親は真斗と出会い、共に復興を行いながら交流を深めて行った。復興後もその関係は続き、時にはお互いの領地の百姓達を交えて農作業や祭りを行った。
真斗が織田に着く事で交流は絶たれてしまったが、長親は自身と同じ面を持つ真斗を友として、そして実の息子の様に真斗を慕ったのである。
「武士の生まれ持った運命ですかね。我が子の様に思う真斗がどのくらい成長したのかを確かめる為に刃を交える。武者震いとは本当に厄介な病気ですなぁーーーっ」
などと得意げな笑顔で言う長親に対して丹波は少し呆れた笑顔で溜め息を吐く。
「まぁっ!私としてはそのやる気をもっと出してもらわないと困るのですがね」
常にやる気がなく、のほほーんっと生きる長親の姿を見ている丹波からの指摘に長親は丹波の方を向き、笑顔で否定する。
「そう硬い事を言うな丹波。わしは堅苦しく生きるよりも、のーーーんっびりと生きているのが性に合ってんじゃよ」
「いくら何でも!のんびり過ぎるのはいかんっと俺は言っているのだ!長親‼︎」
丹波が叱る様に言った後になぜか、三人は突然と大笑いをする。
「やれやれ!長親、やっぱ!お前が居ると戦の緊張がなくなるよ。まったくノボウ様様だなぁ」
「氏康様、あまり思い詰めるのは体に毒です。思いっきり笑って心を軽くするのも大切です」
笑顔で語る長親からの心の保ち方に氏康は笑顔で頷く。
「そうだな。さてと!では成田 長親!ならびに正木 丹波!武蔵に迫る織田連合軍の退けは頼んだぞ‼︎」
氏康からの厳命に長親と丹波は深々と頭を下げる。
「「ははぁーーーーーっ!」」
そして謁見を終えた長親と丹波は迫り来る織田連合軍に備えて軍議を行う為に小田原城を後にし、忍城へと戻るのであった。