第 参拾陸 話:賤ヶ岳の八槍鬼
井伊軍と合流した鬼龍軍は急いで近江へと向かった。そして安土城へと入城し、戦の準備を始める。
そんな中で先に『加藤 清正』が守護する安土城に入城した家康達に真斗は遅れた理由と直虎達が自身の家臣になった事を城の屋敷の大広間で説明した。
「なるほど。そんな事があったのか」
胡坐をして腕を組んで納得した表情をする兜と甲冑を着こなした家康。そんな彼の目の前で胡坐をし兜と甲冑を着こなした真斗は頷く。
「はい、遅れた事は深くお詫びします家康様」
真斗はそう言いながら家康に向かって深く頭を下げる姿に家康は両手でまあまあっとする。
「大丈夫だ。むしろ、ありがたい。井伊軍を味方にしたのは相当、大きぞ」
笑顔でそう言う家康の左右に胡坐をする利家と慶次も笑顔で頷く。
「ああ、その通りだ。逆に真斗の功績に何かお礼の品を送らないとなぁ」
「ああ、そうだな利義兄。真斗、遠慮する事はないぞ。何か欲しい物はあるか?」
二人の労いに真斗は瞬時に浮かばず、フッと笑ってしまう。
「ありがとうございます利家様、慶次。でも今はすぐに思い付かないなぁ」
「それもそうだなぁ」
家康が笑顔でそう言うと皆は大笑いをするのであった。するとそこに風の様に甲冑姿の徳川家の忍び『服部 半蔵』がシュバッと片膝を着いた状態で現れる。
「家康様、足利軍が賤ヶ岳の北部の山頂に陣を張りました。その総兵力は約三万です」
半蔵からの報告に真斗を含めて誰一人、動揺する事はなかった。そして家康は半蔵に向かって頷く。
「分かった半蔵、ご苦労だった。お前は引き続き足利軍の様子を偵察してくれ」
「はっ!」
家康からの命に従い半蔵は再びシュバッと風の様に消える。そして家康は自信に満ちた笑顔で立ち上がる。
「皆の者!出陣じゃぁーーーーーーーーーーーーーっ‼」
家康からの命に真斗、利家、慶次は共に立ち上がり笑顔で大声で返事をする。
「「「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」」」
そして真斗、利家、慶次は先を進む家康の後を付いて行き大広間を後にするのであった。
■
準備を整えた徳川軍が安土城を出陣し、信長によって整備された道を使い賤ヶ岳へと向かった。
一方、賤ヶ岳の北部の山頂に弾いた本陣で室町時代の筋兜と大鎧を着こなした義昭はそこから折り畳み式の単眼鏡で向かって来る徳川軍の様子を見てニヤッと笑う。
「よし!徳川が来たわ‼先手はこっちが獲ったわ!幽斎!真斗からは何か知らせは来た?」
義昭は笑顔で振り向き、後ろに居る室町時代の筋兜と大鎧を着こなした幽斎に問うと彼女は申し訳ない表情で答える。
「申し訳ありせん義昭様、やはり真斗様は我々に寝返る事はないようです。しかも徳川軍に真斗様の姿を確認しました」
幽斎からの報告に義昭は少し溜め息を吐くが、すぐにフッと笑う。
「まぁいいわ。“勝てば官軍、負ければ賊軍”よ。いい幽斎、真斗は絶対に殺さないでね」
義昭から厳命に幽斎は頭を下げる。
「はっ!」
「それと幽斎、向かって来る徳川軍の総兵力はどの位なの?」
「はい。我が軍の忍び集である“浅花集”からの報告によりますと総兵力は約一万五千だとの事です」
「あら、そんなしかないの?まぁいいわ。じゃ幽斎、後は頼むはね」
「はい、義昭様」
幽斎はそう言いながら義昭に向かって一礼をし、その場を去る。
行軍していた徳川軍は賤ヶ岳の南部の山頂に到着し、そこに本陣を張り軍議を行っていた。
「よいか?ここ賤ヶ岳は起伏が激しい地形で有名だ。普段の平野などでの戦法は意味をなさない」
兜と甲冑を着こなし上座の床机に座り、置楯で作った簡易の机に広げられた正確な地形が書かれた地図を使って説明する家康に対して兜と甲冑を着こなし彼の近くの床机に座る真斗が問う。
「それで今回は兵力を減らして俊敏な機動力と長い槍を活かした山岳の戦法にしたのですね?」
真斗の指摘に家康は笑顔で頷く。
「そうだ。弓や鉄砲などの飛び道具は木々が多い、ここではあまり本領を発揮せん。かと言って刀や薙刀は斬るには優れているが、振るう場所が狭いとどうしても刃が木々の幹に食い込んで抜けにくくなってしまう」
説明をする家康は次に近くに居る自軍の足軽を手招きし、その足軽から和槍を受け取り立てて皆に見せる。
「そこで物を言うのが、槍だ!半蔵の報告では足利軍は物量攻めで我らを倒し、京へ入る企みだ」
それを聞いた真斗を含めた左右の床机に座る武将達はザワザワするが、家康は自分の右手の平を目に出し皆の動揺を諫めた。
「落ち着くのだ皆!例え兵力に差があっても我ら皆、共に死線を超えた者達だ。この戦は必ず勝てる!」
家康の武人たる言葉に真斗を含めて武将達は落ち着きを取り戻し、同時に歓喜する。
するとそこに兜と甲冑を着こなした源三郎が現れ、皆に軽く一礼をし真斗の元に向かう。
「若、先程、鬼華から報告がありまして」
そして源三郎は片膝を着き、真斗の左の耳元でヒソヒソと鬼華の報告を告げる。そして報告を聞いた真斗は源三郎の方を向き、小さく頷く。
「ありがとう爺、よくやった。お前はすぐに持ち場に戻ってくれ」
「分かりました若。失礼します」
源三郎はそう言って真斗や他の武将達に向かって軽く一礼をし、立ち上がって早足で本陣を後にした。
そして前を向いた真斗は家康達に源三郎からの報告を伝える。
「皆様、源三郎からの知らせで足利軍が我らの陣に向かって進軍しているとの事です」
それを聞いた家康は自慢に満ちた笑顔で立ち上がる。
「各々方!こちらも出陣じゃぁーーーーーっ!」
真斗を含め武将達は一斉に立ち上がり、気合の入った返事をする。
「「「「「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」」」」」
そして家康を先頭に皆は陣を出て、戦場へ向かうのであった。
⬛︎
それから一時間後、賤ヶ岳の北部と南部の間にある木々が生い茂る渓谷内で徳川軍と足利軍が激突していた。
室町時代の筋兜と大鎧を着こなした足利軍の武士達は太刀や薙刀、和弓に火縄銃で武装し、中には馬に乗って渓谷内で戦う者も居た。
だが、家康の読み通り起伏が多く木々が生い茂る中で足利軍は上手く立ち回る事が出来ず、和弓や火縄銃を使った狙撃は太い木々に阻まれ徳川軍の足軽達を仕留める事が出来ずにいた。
また中には白兵戦で振るった太刀や薙刀が太い幹に切り込んでしまい抜くのに手こずり、その隙に討たれる足利軍の武士や狭い空間で馬の機動力が活かせず、取り囲まれて討たれる武士が続出していた。
一方の徳川軍は少ない兵力でありながらの賤ヶ岳の地形を上手く利用しながらの和槍を主力とした山岳戦で次々と足利軍の武士達を討ち取っていた。
そんな中で家康の家臣で日ノ本一の槍の使い手、『本多 忠勝』は兜と甲冑を着こなした状態で明らかに自分の身長を超える約6mの愛用の和槍、“蜻蛉切”を軽々と振るい、自身を取り囲む多くの足利軍の武士達を薙ぎ倒していた。
「さぁーーーーーーーっ‼︎次は何奴だぁーーーっ!この本多忠勝の首を討ち取れる室町武士は居らぬのかぁーーーーーーーっ!」
忠勝の山を揺らす大声に忠勝を取り囲む足利軍の武士達は怯み後退りしてしまう。
「な!何をしている‼︎室町武士の威厳を見せぬかぁーーーーっ!」
隊の組頭である足利軍の武士が後退りする皆を奮い立たせ彼らと共に忠勝に襲い掛かる。
「やっとその気になったか。だが!甘いわぁーーーーっ!どりゃぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼︎」
忠勝はそう言いながら蜻蛉切を右の片手で持ち、鞭の様にグルンッと一回転させ、襲って来る足利軍の武士達を払い飛ばす。
別の場所では兜と甲冑を着こなす家康と清正が息の合った動きで次々と足利軍の武士達を蹴散らしていた。
「さぁーーーっ!来い‼︎どうした!室町武士は加藤清正ただ一人も討ち取れぬ!腰抜けなのかぁーーーーっ‼︎」
そう言いながら清正は愛用の和槍である“虎片の鎌槍”を構えながら彼の迫力に後退りする足利軍の武士達にじわじわと迫る。
「ほーーーーら!どうしたぁーーーーっ‼︎“徳川の狸大将”の首を討ち取れば!末代までの武勇となるぞ‼︎」
家康は笑顔でそう言いながら徳川家の家宝の槍、“御手杵”をピザ生地を伸ばす様に頭の上でグルグルと回す。
更に別の場所では兜と甲冑を着こなす利家と慶次は愛用の和槍である“花方”と“歌舞伎”を扱い、数百から数千の足利軍の武士達を悠々と倒す。
「おら!おら!おらぁーーーーっ!室町武士の力はそんな物かぁーーーっ‼この前田利家に多数でないと相手、出来ないとは!軟弱者共めぇーーーーーーーっ‼」
「どうしたぁ!どうしたぁーーーーーーっ‼つまらぬぞぉーーーーっ!この“天下御免の傾奇者”‼前田慶次をもっと楽しませてくれぇーーーーーーーーっ!」
二人は笑顔でそう言いながら駆け回る様に次々と足利軍の武士達を軽々と倒して行く。
更に更に別の場所では兜と甲冑を着こなす真斗と源三郎、そして直虎は無名ではあるが、大業物の職人が制作した愛用の和槍で猛獣の如く千を超える足利軍の武士達を薙ぎ倒していた。
「女だからと言って手加減しているのか室町の武士達よ!この井伊直虎を甘く見るでないぞぉ‼︎おーーーーりゃぁーーーーーーーーーーっ!」
「このへっぴり腰共がぁ!このわしを‼︎河上源三郎の首を討ち取ってみんしゃい!キェーーーーーーーーーーーーーっ‼︎」
源三郎と直虎が息の合った動きで足利軍の武士達を倒す中で真斗は二人とは少し離れた場所で一人、人並外れた動きで次々と足利軍の武士達を倒していた。
「掛かって来ぉーーーい!誰が相手であろうとも‼︎この鬼龍真斗の首は誰にも渡さんぞぉ!チェストォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼︎」
激しい戦いの中で徳川軍は鬼の如く倒した敵の返り血を浴びながらも獅子奮闘する一方で足利軍の武士達は上手く立ち回れないだけでなく、敵の武将や足軽達の鬼気迫る姿に恐れてしまい次々と討ち死にする者が後を絶たずにいた。
渓谷全体がよく見える北部の山中から戦いの様子を馬の上から見ている義昭は苦虫を噛む様な不安な表情をしていた。
「くそ!木々が生い茂っているだけでなく起伏も激しいから我が軍が押されている‼︎」
義昭が一人でそう言っている中で激戦で着ている筋兜と大鎧がボロボロであちこちに敵か味方と思われる返り血を付けた一人の武士が体をよろめかせ、息を切らしながら義昭の元に現れ、彼女の前で身を低くする。
「よ!・・・・義昭・・様‼︎・・・・も、申し上げます!・・・渓谷での戦い!・・・・完全に我が軍が劣勢‼︎・・・討ち死にする者!多く‼︎・・・こ!・・このままでは全滅です‼︎」
現れた武士からの報告に義昭は何を言っていいか分からない様子であった。
するとそこに彼女と同じ様に馬に乗った幽斎が義昭の側に現れ、悔しそうな表情で言う。
「殿!残念ですが今回の戦は我らの負けです‼︎ここは引きましょう!」
幽斎からの助言に義昭は涙目で子供の様な悔しい表情で首を横に振る。
「嫌よ‼︎どうして!引かなきゃならないの!まだ勝負は着いていなのよ‼︎まだ巻き返す事が出来るかもしれないのよ‼︎」
「しかし!殿‼︎・・・」
幽斎が義昭を説得しようとした直後に義昭らに目掛けて数百の和槍を構え、叫び走る足軽達を連れて、人の血肉を求める地獄の鬼の様な恐ろしい表情で真斗が先頭を走りながら迫っていた。
「義昭ぃーーーーーーーーーーーーーー!その首を置いて行けぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼︎」
そう言いながら迫って来る真斗の姿に義昭は顔色が青ざめ、この世の物とは思えない初めて出会す未知の恐怖に心の底から震え上がる。
「うっ!うわぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
義昭は錯乱を超え狂気に満ちた恐怖の表情で乗っている馬を全力で走らせ、その場から逃げ出す。
幽斎は逃げ出した義昭を追う前に、その場に居る馬に乗った折烏帽子を被った武士に急いで命を下す。
「私は義昭様を追う!すぐに引けの太鼓を鳴らすんだ‼」
幽斎からの命を聞いた武士は頷く。
「分かりました!幽斎様‼殿は我々が務めますから急いで義昭様を!」
幽斎は頷き、急いで馬を走らせ逃げる義昭の後を追う。
「引けの太鼓を鳴らせぇーーーっ!ここに残っている者は殿を務めよぉーーーーーーーっ‼」
幽斎の命を受けた武士からの命に残った武士達は大きく返事をする。
「「「「「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」」」」」
そして迫って来る真斗達を殿を務める武士達が迎え撃つ事となった。
それから真斗達は衝突した殿を務める武士達と乱戦を繰り広げ、数十人を討ち取り、残りの五、六人は幽斎の後を追う様に敗走する。
「真斗様!足利軍が敗走しています‼すぐに追いましょう!」
一人の足軽からの提案に大量の返り血を浴びた真斗は首を横に振る。
「いいや、深追いは危険だ。義昭の首は取れなかったが、これで“過去の時代は終わり、新たな未来が始まる”ぞ」
一方の家康達の居る渓谷内でも足利軍の武士達の殆どは討ち取れ、残った数十人の武士達は鳴った引けの太鼓に従い何とか渓谷内を脱出した。
太鼓の音と敗走する武士達の姿を見て何千の武士達を倒した家康は笑顔になる。
「皆の者ぉーーーーーーーーーーっ!我らの勝利じゃぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
そう家康は大声で勝利を宣言すると忠司、清正、利家、慶次、直虎、源三郎を含め息切れをする足軽達と共に高々と歓声が上がる。
「「「「「「「「「「えい!えい!おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼えい!えい!おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼えい!えい!おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」」」」」」」」」」
この賤ヶ岳の戦いでの足利軍の大敗は室町幕府の滅亡を決定的にし、また渓谷内で戦った家康、忠司、清正、利家、慶次、直虎、源三郎、そして真斗の鬼の様な戦いぶりは後世で“賤ヶ岳の八槍鬼”と呼ばれている。