第 参拾伍 話:鬼神と虎姫
四国・中国征伐終結から約三週間が経過した、ある日の鶏の時。
真斗を含めた家臣達が信長の急な呼び出しで大阪城の武家屋敷の大広間に集まっていた。
皆、兜を外してはいるが、甲冑は着ており、その上から陣羽織を重ね着し胡座をしていた。
そして上座の襖が開き兜を外し、和製南蛮甲冑を着た信長が現れ、ゆっくりと上座に敷かれた座布団に腰を下ろす。
一方の家臣達は現れた信長に向かって一礼をする。
「ここに集まった皆よく聞け!先程、清洲から急ぎの知らせが来た‼︎室町幕府将軍、足利 義昭が我を打とうと挙兵を起こした!」
真剣な表情をする信長の知らせに聞いていた多くの家臣達が驚き、ザワザワとする。
「皆!静まれい‼︎我が織田家は例え相手が征夷大将軍であっても天下統一の邪魔をする者は容赦はしない!よって我らはこれより足利 義昭を打つ為に出陣する!よいなぁ‼︎」
信長からの下知に真斗や他の家臣達は揺るぎない真顔で深々と信長に頭を下げる。
「「「「「「「「「「ははぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」」」」」」」」」」
それから家臣達は出陣の為に大広間を後にする中で真斗は後ろから近づいて来た信長に肩を捕まれ止められる。
「真斗よ、少しいいか?」
「はい、信長様」
信長に呼び止められた真斗は他の家臣達が居なくなった大広間の中心で信長と向かい合って胡座をしていた。
「真斗よ。わしに何か隠してはいないか?」
信長からの問いに真斗は首を横に振って否定する。
「いいえ。信長様には一切、隠し事はしておりません」
「ほぉーーーっ何もないと申すか。実は二週間前にお主の屋敷を密偵していた滝川 一益率いる忍び集の一人からお主と義昭が密会していたと知らせが入ったのだが」
信長によって真意を突かれた真斗は少し冷や汗を流すが、何も言わずに信長に向かって深く頭を下げる。
「申し訳ありません!個人的な事であったので信長様に報告する必要はないと判断したまでです‼︎」
「こぉーーーーの!愚か者めぇーーーーーーっ‼︎」
怒った信長は立ち上がり、真斗を蹴り飛ばすと腰に下げている愛刀の長篠一文字を抜き、刃先を倒れた真斗に向ける。
「よいか!その様な考えはすぐに捨てよ‼︎己だけで判断するば!それは思わぬ失敗を招く‼︎例え小さい事であってもすぐにわしの元に伝えよ!よいな真斗‼︎」
倒れた真斗はすぐに土下座の姿勢となり、怒る信長に対して謝罪をする。
「申し訳ありませんでした!信長様‼︎自分の浅はかな行いでした!何なりと罰を‼︎」
すると怒りの表情だった信長は瞬時に冷静な表情となり、長篠一文字を鞘へと納める。
「では真斗に命ずる!己の手で足利 義昭の首を刎ねよ‼︎例えあいつがお前の友であってもだ!よいな‼︎」
信長の冷酷な命に真斗は迷う事なく返事をする。
「ははぁーーーーっ!」
こうして真斗は心を鬼し、足利 義昭の打倒を決意した。
⬛︎
それから準備を整えた織田連合軍は大阪を出発し、京へと進軍する足利軍を迎え打つ為に光秀、秀吉、勝家、長秀、官兵衛、半兵衛、三成は京を目指し、一方の真斗、家康、利家、慶次、景、鶴姫は光秀とは別に清洲を経由して義昭が潜伏する近江と軍を進めていた。
晴天の青空、近江へと向かう鬼龍軍は消耗した自軍の戦力の穴埋めとして景が率いる村上水軍と鶴姫が率いる大山祇神社の武者巫女軍を引き連れていた。
「ねぇ義兄上、信長様からの下知、源三郎様から全部、聞きましたわ」
紅白の甲冑を着こなし、額に赤い帯の鉢金を巻いた鶴姫が茶色い馬の上から右横で轟鬼に乗り、兜と甲冑を着こなした真斗に声を掛けると彼は頷く。
「そっか。幻滅しただろう?他の女に身を委ねてしまう様なバカな義兄に」
少し悲しげな笑顔で言う真斗に鶴姫は首を横に振る。
「いいえ。そんな事はありません。悪いのは無理矢理、義兄上と体を重ねた義昭の方ですわ!」
「そう!そう!人の言葉を無視する征夷大将軍なんか誰が付くかよ!あんまり気にする事はなぜ、義兄貴」
轟鬼の左横に並んで歩く黒い馬の上から鉢金を巻き袖、籠手、草摺、臑当を着こなした景が笑顔で真斗を励ます。
二人からの励ましに真斗は思わず明るく大笑いをする。
「そっか!それもそうだなぁ‼︎ありがとう、二人共。お陰で心が軽くなったよ」
元気な姿を取り戻した真斗の姿に鶴姫と景は明るい笑顔をする。
「お気になさらずに義兄上」
「いいって事よ義兄貴」
鶴姫と景が同時にお礼の言葉を言った後に隊列の先頭から鬼龍軍の足軽が慌てた様な表情で真斗に向かって走って現れる。
「注進いたす!注進いたぁーーーす!若様!大変です‼︎」
足軽の様子から只事ではないと察した真斗、鶴姫、景はすぐに乗っている馬を止める。
「どうした?一体何があった?」
真斗からの問いに足軽は息を切らしながら答える。
「はい!若様‼︎実は先程!この先の道に向かった左之助様の偵察の騎馬隊から!何者かの軍が道を塞ぐ様に陣を張っております‼︎」
義昭とは別の勢力の出現に真斗、鶴姫、景は驚きを隠せずにいた。
「何だと⁉︎分かった!お前はすぐに馬を使って家康様達にこの事を知らせよ!」
「はっ!」
知らせに来た足軽は真斗からの命に従い、速やかに隊列の後方へと走って行った。
「ねぇ!義兄上‼︎一体何者が私達の前に現れたの?」
先程とは打って変わって真剣な表情で問う鶴姫に対して真剣な表情の真斗は首を横に振る。
「分からない!だが、こいつは想定外だ‼︎鶴姫!景!お前達はこのまま自軍を先導しろ‼︎俺は立ち塞がる軍を知る為に先に向かう!」
真斗からの命に鶴姫と景は頷く。
「「はっ!」」
そして真斗は轟鬼を走らせ、隊列の先頭へと急ぐのであった。
⬛︎
先頭に着いた真斗は先を進んで左之助が率いる鬼龍軍第二軍と共に大きな川を挟んで向こう岸に陣を張った謎の軍と対面していた。
真斗は轟鬼の上から折り畳み式の単眼鏡で対岸の軍を見ていた。
「二万、いや三万は居るな。一体どこの武将だ?」
「分かりません、若様。先程からずっとこちらを見ているだけで攻めて来る様子もないんです」
真斗の左隣で愛馬に乗り、兜と甲冑を着こなした左之助がそう言う。
「とにかく、いつでも戦える様にはしておけ。よいな左之助」
「はい、若様」
真斗からの命に左之助は返事をし、真斗は一通りに対岸の軍を見終えて単眼鏡をしまう。
すると対岸の軍の真ん中から兜と甲冑を着こなし、さらにその上から陣羽織を重ね着した男性の武士がゆっくりと現れ、采配を前へと振るった。
それを見た真斗は大声で号令を出す。
「全軍!構えぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼︎」
真斗からの号令に鬼龍軍の足軽達は和槍や和弓、そして火縄銃を一斉に構える。
真斗と左之助も愛用の武器を構え、戦に備える。だが、対岸の軍は攻める動きは見せず、逆に隠していた旗印を一斉に掲げる。
一斉に掲げられた旗印に真斗はハッとする。
「丸に橘の家紋⁉︎まさか!・・・じゃあの軍は‼︎」
真斗の予想通り、対岸の軍の真ん中に居る足軽達は息の合った動きで一斉に左右に別れ、道が出来る。そして采配を振るった武士も右へと避け頭を下げる。
軍の真ん中に作られた道の奥から赤髪の馬に乗り、長い黒髪を後ろに結び甲冑を着こなした美しい女性がゆっくりと現れる。
現れた女性に鬼龍軍の足軽達はザワザワとし、真斗も驚きを隠せずにいた。
「やっぱり!彦根藩藩主にして“近江の虎姫”!井伊 直虎だ‼︎」
真斗がそう言うと直虎は乗っている馬を止め、大声を出す。
「会津城城主!鬼龍 真斗は居るか‼︎橋の上で直接!お会いしたい‼︎」
直虎からの願いに真斗は瞬時に真剣な表情をし、左之助に命じる。
「左之助、行ってくる。お前は何かに備えて全軍の指揮を取れ!」
「はっ!」
命を受けた左之助は軽く一礼をする。そして真斗は轟鬼を走らせ目の前の川に掛かる幅の広い橋へと向かう。
真斗が橋へと向かうのを見ていた直虎も乗っている馬を橋に向かって走り出す。
そして橋の真ん中で出会った二人は馬から降り、対面する。
「よっ!直虎、久しぶりだなぁ」
「久しぶりね真斗」
二人で笑顔で挨拶し、真斗は直虎に問う。
「お前、どうしたんだ?戦に一切関わらないと宣言した井伊氏が何で俺らの前に陣を張ったんだ?」
そして直虎は少し困った笑顔で後頭部を右手で掻きながら答える。
「ああ、実はお前に頼みがあって無論、戦をする気はないわ」
「そっか。遠慮なく言ってみろ」
すると直虎は一瞬で殺気に満ちた眼差しと真剣な表情で腰に提げている愛刀、“虎華丸”を抜き両手で構える。
「真斗!私と今、ここで一騎打ちをして‼」
直虎からの突然の真剣勝負の申し出に真斗は困惑する。
「おい!おい!本気か⁉一体何でだよ?」
「我が井伊家は長い間、自分達より強く誇り高い君主に仕える事を夢見ていたけど、なかなか見付けられずにいたの」
「ああ、その事は幼い頃に聞いたよ」
「そしてようやく見付けたの!貴方を‼︎我らの未来の君主を!」
それを聞いたよ真斗は察し、納得した笑顔をする。
「なるほど。で!遣えるのに相応しいか見極める為にここで俺の事を待っていたと」
真斗の真意に直虎は笑顔で頷く。
「ええ。だから真斗!私と勝負して‼︎」
直虎から熱い懇願に真斗は答える様に赤鬼を抜く。
「分かった。だが少し待ってくれ」
笑顔で直虎にそう言うと真斗はクルッと後ろへと振り向き、真剣な表情で大声を出す。
「皆!聞けぇ‼︎これより我は井伊 直虎殿と一騎打ちを行う!これは武士同志の真剣勝負のゆえ‼︎手出しは無用である!反いた者は打首である‼︎よいなぁ!」
真斗からの厳命に左之助を含めた鬼龍軍の足軽達は構えを解き、真剣な表情で大きく返事をする。
「「「「「「「「「「おぉーーーーーっ‼︎」」」」」」」」」」
それを聞いた真斗は轟鬼の尻を軽く叩き、橋から出し直虎も乗って来た馬の尻を叩き橋から出す。
そしてお互いに愛刀を両手で握り構えの姿勢をする。
「では!始めようか直虎‼︎」
「ああ!やろう真斗!」
こうして真斗と直虎の橋の上での真剣勝負の幕が上がった。
⬛︎
真斗は八相の構えを直虎は脇構えをし、ある程度の間を取っていた。
それから二人は約五秒間、構えた状態で微動だにせずにいた。だが、二人は極限状態の集中力の中にいた為、その五秒間がまるで五年の時が経った様な感覚であった。
そして流れ川の中から一匹の鮎が飛び出し、宙へと舞い着水の音と共に二人の沈黙は破れ、同時に前へと出る。
お互いの愛刀がぶつかり合った事で物凄い火花と金属音が響き渡り、鬼龍軍と井伊軍の足軽達は思わず手で両耳を塞いだ。
それから真斗と直虎は激しく愛刀をぶつけ合い、時には隙を見てはお互いに拳と足を使った体術を打ち込み合いながら人並外れた動きで勝負を繰り広げる。
そうしていると鎬を削る状態となり、愛刀を境にお互いの顔を睨み合う。
「流石だ!直虎‼︎徳川に遣える最強の槍使い!本多 忠勝と互角に渡り合えるわけだ‼︎」
「お前もなぁ!真斗‼︎天下に轟かせる鬼神の異名は伊達ではないって事ね‼︎」
真斗と直虎はお互いに笑顔でそう言い合うと同時に後ろに下り、距離を取る。そして互いに愛刀を鞘へと納め、姿勢を低し抜刀術の構えをする。
そして真斗と直虎の眼差しは最後と感じる様な物で見つめ合っていると互いに風を切る様な物凄い速さで前へと出る。
次の瞬間、先程の刃がぶつかり合った時とは明らかに違う金属音は響き渡る。その音は大地を、山を、風を、海や川を割る程の物であった。
真斗と直虎は擦れ違っており、真斗の持つ赤鬼の刃は一部だけ欠けており、一方の直虎の持つ虎華丸は宙へと舞い、そして浅い川へと突き刺さる。
「流石ね!真斗‼やっぱり私達の目は間違いじゃなかったわ」
「お前もな直虎!戦では決して刃毀れしなかった俺の赤鬼に傷を付けるとは‼」
お互いに首だけを振り向かせ笑顔で言い合う真斗と直虎。そして低くしていた真斗と直虎は身を起こし共に振り返ると直虎は真斗に向かって片膝を着いて深々と頭を下げる。
「鬼龍 真斗様、我ら井伊家は貴方様を鬼龍家に仕えます。どうか今までの振る舞いお許し下さい」
忠誠を誓う直虎の姿に真斗は笑顔となり、頷く。
「ああ、無論だ直虎。それと俺とお前の仲だろ、気にするなぁ」
真斗からの言葉に直虎は明るい笑顔となって頭を上げる。そして彼女は真斗の手を取り立ち去ると真斗は大声を出す。
「皆!よく聞けぇーーーーーーっ‼これより井伊家は我らの友だ‼共に獅子奮迅し!戦乱のない‼天下太平を築くぞぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
真斗の言葉を聞いた鬼龍軍と井伊軍の足軽達は歓喜の声が上がるのであった。
直虎はそんな光景を嬉しく見ていたいると真斗は彼女にある事を尋ねる。
「直虎、すまないが、このまま俺達は義昭征伐に向かうんだが、大丈夫か?」
少し不安そうな表情をする真斗に対して直虎は明るい笑顔で答える。
「全然!へっちゃらよ。むしろ戦なら任せて!」
笑顔の直虎からの自信に満ちた態度に真斗はホッとした様に笑顔になるのであった。