第 参拾壱 話:煉獄の比叡山(下)
鬼門の戦いの後、足軽達に戦後処理を行う中で真斗達を含めた信長達は天武天皇からの呼び出しで宮廷に出向いていた。
そして玉座の間で兜を脱ぎ甲冑を着こなした信長達は正座をし、玉座に座り冠と赤い生地に小さな菊の柄が入った束帯を着こなし、黒い笏を持った天武天皇に向かって深く頭を下げる。
「帝様、天命に従い我ら織田連合軍は平安京に迫っておりました逆賊軍を成敗いたしました」
信長が丁寧な口調で申すと天武天皇は感心した表情でウムッと小さく頷く。
「信長よ、鬼門の戦い大義であった。引き続き逆賊の征伐を頼んだぞ」
「はっ!帝様」
「それと信長よ、両面宿儺様との話し合いで今後、逆賊となった延暦寺と剝げ鷲天狗集が成敗されるまで夜間の戦いが許された。遠慮はいらん、賊軍を一人残らず閻魔様の元に送ってやら!よいな?」
天武天皇及び両面宿儺からの夜間戦闘の許可を聞いた信長は深々と頭を下げる。
「はっ!承知しました」
そして信長達は立ち上がり玉座の間を後にする中で天武天皇は真斗に声を掛ける。
「鬼龍 真斗よ、お主は残ってくれ。話がある」
真斗は立ち止まり振り向き深々と頭を下げる。
「はい!帝様」
それから天武天皇に呼び止められた真斗は二人で誰もいない宮殿の奥にある内屋敷の中庭で歩いていた。
「真斗よ、夜刀浦での大海蛇退治は大義であったぞ」
天武が笑顔で褒めると彼の左側を歩く真斗は笑顔で軽くお辞儀をする。
「ありがとうございます帝様。それと、わざわざ私だけを呼び止めて直接、退治のお礼を言いたいだけではないですよね」
真斗がそう言うと天武はまるで図星を突いた様に軽く溜め息を吐き笑顔で頷く。
「そうなのだ。それとここには私と君しかいない。いつも通りで構わんよ」
「はい帝様。それでは、お言葉に甘えて・・ゴォホン!一体どうしたんだ葛城。また悩み事か?」
まるで友人と話す様な明るく軽い態度と笑顔で問う真斗に対して天武は右手に持つ笏で自身の右肩を軽く叩きながら少し苦笑いで答える。
「そうなんだよ真斗。特に時代の流れと共に我々天皇家の力が衰える事になぁ」
「それか。確かに各大名は天皇家を敬ってはいるが、誰も“どうか帝様、太平の世を築いて下さい”って言わないよな」
真斗の言った事に天武は立ち止まり大きく溜め息を吐く。
「平安より日ノ本を統一していた天皇家が平氏による武家の台頭、鎌倉幕府の発足と倒幕、足利氏による室町幕府の発足と没落、そして足利氏の跡目争いで起こった応仁の乱を引き金で始まったこの戦国だ」
すると天武は中庭の池に近づき身を低くし、水面に映る自身を見る。
「もはや時と共に今の天皇家には力がないに等しい。なぁ真斗、我々は天皇家はいずれ力を失った武家の様に滅びる運命なのか?」
悲しい表情でそう言う天武の左隣に真斗は笑顔で身を低くし小石を軽く池に投げる。
「それは分からないなぁ。でもな葛城、お前がこれからも天皇家を存続させたいと思うなら大丈夫だよ。それに例え力を失っても天皇家は今も昔も変わらず日ノ本の民達にとっての心の拠り所だよ」
笑顔でそう言う真斗は自身の右手で天武の右肩をそっと掴む。
「しっかりしろよ葛城。天武天皇がこんな事でしょげていたら本当に天皇家は滅びちまうぞ」
笑顔の真斗からの励ましに天武はフッとした後に明るく大笑いをする。
「そうだな!お前の言う通りだ‼俺がしっかりしていないとダメだな」
笑顔なった天武と共に真斗は立ち上がり、そしてお互いに握手をする。
「ありがとよ真斗、お前が本当に俺の友人でよかったよ」
「いいんだよ葛城。俺達、幼馴染だろ」
「そうだな。じゃ逆賊の事も頼んだぞ」
「ああ、任せとけ」
そして真斗と天武はお互いに笑顔でその場で別れ、自分がやるべき場所へと向かうのであった。
■
それから時が経ち、夕暮れ時に再編を整えた織田連合軍は隊列を組み、その日の内に比叡山に向けて出陣した。
兜を被り、愛馬の轟鬼に乗った真斗は前を向き少し嬉しそうな表現をしていた。
「あのーーーっ若、何かいい事でもありましたか?」
真斗の右隣を愛馬の飛鷹に乗り、兜と甲冑を着こなした源三郎が笑顔で問うと真斗は笑顔で横を向き答える。
「ああ、少しな。ちょっと朝廷でな幼馴染に会って来たんだ」
「そうですか。それはよかったですね」
「ああ、本当によかったよ」
二人が馬上で少し話していると山中へと入るのであった。
そして日が沈んだ夜の中を松明を灯しながら山道を行軍する事、一時間後には延暦寺の前まで到着し全軍は松明を消して身を低くして草むらに息を潜めた。
夜空には月と星が輝いてはいたが、所々に現れる雲に隠れて光を遮っていたが、武器を持った足軽達の周りには源氏蛍が美しく光りながら飛び回っていた。
そして愛馬に乗り、銀色の和製南蛮甲冑と兜を着こなした信長は真剣な表情で無言で右手に持つ鈴を鳴らす。
響き渡る鈴の音色を聞いた弓兵は矢じりに括り付けた油を染み込ませた布に火打石で火を点け弦に引っ掛け、立ち上がり力強く引く。
一方、延暦寺の寺院内では出された酒や肉料理を大いに楽しんだ僧兵達や天狗兵達がイビキを鳴らしながら爆睡し、他の寺院内では寺主が娼婦を連れ込み裸となって布団で寝ていた。
すると突然、戸の隙間から焦げた臭いが入り寺主はそれで目を覚ます。
「何だ!この焦げた臭いは?一体何を焼いているんだ?」
そして寺主は布団から出て、枕元に丁寧に畳まれた寝間着を着た後に戸を左右に開く。
すると外は至る所の寺院が轟音と共に激しい炎に包まれ燃えていた。
「これは⁉・・・一体⁉」
すると寺の正門から織田連合軍の足軽達が和槍を構えて険しい表情で突っ込んで来た。そして愛馬に乗った信長が鞘から抜いた長篠一文字の刃先を真っ直ぐに構える。
「掛かれぇーーーーーーーーーーーーーっ!仏の道に背いた逆賊共を一人残らず皆殺しじゃーーーーーーーーーっ‼」
信長からの号令に足軽達は気合の入った返事をする。
「「「「「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」」」」」
すると信長の元に鬼の様な形相で薙刀を持って寺主が迫って来た。
「おのれ!信長‼こんな悪逆非道が許されると思っているのかぁーーーーーっ‼」
すると信長は寺主に向かってまるで虫けらを見る様にフッと笑う。
「何を今更!我は第六天魔王!織田 信長なり‼我の天下統一への道を阻む者は例え神であっても!この愛刀で叩き斬るのみ‼」
「おのれ!信長め‼天誅じゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
そう言いながら寺主は薙刀を信長に向けて突くが、信長は素早く避け薙刀を長篠一文字で真っ二つに斬る。
「おのれ・・・うっ‼」
寺主は突然、左の横っ腹に激痛が走り、左を向くとそこには赤鬼で寺主の横っ腹を真剣な表情で突く真斗がいた。
「お前は!・・・奥州の・・・鬼神・・・か!」
口や横っ腹から大量の血を流しながら痛みに耐えながら言う寺主であったが、真斗はすかさず赤鬼を抜き寺主の首を跳ね飛ばす。
そして真斗は刃に付いた血を振るい落とすと同時に信長から命が下る。
「真斗よ。まだ仏の道を歩む者や女、子供は助けよ。それと決して寺の宝物庫には放ってはならん。そう他の家臣達にも伝えよ、よいな」
信長からの命に真斗は軽く信長に向かって一礼をする。
「はっ!」
そして真斗は燃え盛る延暦寺の中を走って行く。
⬛︎
各家臣達に信長からの命を伝えた真斗は逆賊との戦いに戻った。
信長達の足軽達はまだ寺院の中にいる一部の僧兵達と天狗兵達を外に出ない様に出入り口を塞ぎ、そして油の詰まった瓶を布に包み、回し投げる。
そして、そこに火矢を発ち、松明を投げ込み寺院ごと焼き殺す。
別な所では寺院から和槍や薙刀を持って飛び出して来た僧兵達や天狗兵達に向かって火縄銃や和弓で待ち構えていた。
「賊共が出て来たぞぉーーーっ!発てぇーーーーーーーーーーーーっ‼︎」
黒紫色の甲冑と頭形兜を着こなした石田軍の足軽隊長が号令すると一斉に矢と弾が発たれ、出て来た僧兵達や天狗兵達がバタバタと倒されて行った。
真斗はそんな中で赤鬼を右手で持ちながら総本堂である根本中堂へと走って向かう。
今や織田連合軍の足軽達によって燃え盛る根本中堂の中へと入った真斗。すると堂内は火の海で、しかも巨大な仏壇の前では織田軍の足軽達が打刀や和槍で山伏と兜巾を着こなし巨大な棍棒を振うハゲワシの顔付きをした巨漢の天狗と激しく戦っていた。
足軽達は怯む事無く戦うが、天狗は大立ち回りで棍棒や腕力で次々と倒していた。
「さぁーーーっ来るがいい‼この剝げ鷲天狗集の頭!餓諏は我らに濡れ衣を着せた魔王‼織田 信長の首を討ち取るまでは死なぬ!」
すると餓諏の前にゆっくりと現れた真斗は殺気に満ちた眼差しと表情で赤鬼の刃先を向ける。
「剝げ鷲天狗集の頭!餓諏‼帝様と宿儺様との間で結ばれた約定を破るだけでなく!あまつさえ天狗としての誇りを汚すとは‼その行い万死に値する!己の死をもって償うといい‼」
すると餓諏はまさに向かって大笑いをし、血が付いた棍棒を真斗に向ける。
「何が万死だ!弱く愚かな人間共と約定を結ぶ事こそ万死に値する事だ‼貴様!一応、名を聞こう」
すると真斗は赤鬼を両手で持ち、霞の構えをし名を言う。
「会津守護大名!鬼龍 真斗だ!そして地獄への土産に教えてやる‼我ら鬼龍家は帝様より聖剣!天叢雲剣の守護者なり‼」
それを聞いた餓諏は驚愕し、少し後ずさる。
「何だと⁉そっか!ならば貴様を殺して俺が天叢雲剣を手に入れ‼我ら剝げ鷲天狗集が天下の覇者となろう!」
そして二人は少しの間、構えた状態で膠着した後に焼けた天井の柱が落ちた瞬間にお互いに素早く間合いを詰め、刀と棍棒がとてつもない金属音と共に交わり突風も起こり、周りの炎を倒す。
炎の中で真斗と餓諏は激しい白兵戦を繰り広げる。二人共、人の域はおろか妖怪の域する超える物で餓諏の振う棍棒は周りの仏壇や柱を粉砕しながら炎までもかき消す。
一方の真斗も忍者の様な身軽で素早い動きで餓諏の棍棒を避け、餓諏に負けない強烈な斬撃を繰り出す。
お互いに一歩も引けない戦いであったが、一瞬の隙を見逃さなかった餓諏は棍棒で全ての骨を砕く様な強烈な一撃を真斗の腹部に与える。その一撃を受けた真斗は口から血を吐きながら柱に叩き付けられる。
餓諏は嫌な笑顔でぐったりした真斗へと近づく。
「ふふっ!哀れな若僧だ‼死ねぇーーーっ!鬼龍 真斗‼」
そして餓諏は棍棒の先で真斗の頭に目掛けて突く。だが、突いた棍棒は真斗の頭を外し、しかも餓諏の腹部には政宗から結婚祝いに貰った短刀、日鬼が刺さっていた。
「すまない竹取。本当は伯父上から貰った結婚祝いの短刀は使いたくなかったが」
そう言いながらゆっくりと真斗が立ち上がり、後退りをし腹部から血を流しながら棍棒を手放し傷口を押さえ片膝を着く餓諏へと近づく。
そして真斗は餓諏の腹部に刺さった日鬼を抜き、付いた血を振って落とし鞘へと戻す。それから何度も何度も真斗は赤鬼で斬り付ける。
「おのれ!・・・魔王の‼・・・手先が!・・覚えて‼・・おくが!・・・いい‼・・お前が!・・・進む道の‼・・先は!・・・死だ‼」
大量の血を流し床に倒れ込む餓諏が近づいた真斗に向かって見上げながら怨み言を投げかける。
「例え俺の歩む道の先が死であっても!俺は命に代えても大切な人達と愛する人達を守る‼その為なら俺は他者の命を奪い喰らう鬼となろう‼」
冷酷と残酷と見て取れる表情で言う真斗は赤鬼を床に突き立てると餓諏が持っていた棍棒を手に取り、そして両手で持ち振り上げ上段の構えをする。
「チェストォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ‼」
炎をかき消す程に大きく言いながら真斗は振り上げた棍棒は力強く振り下ろし、血が飛び散りながら肉が潰れ骨が砕ける鈍い音と共に餓諏の頭を潰すのであった。




