第 弐拾陸 話:鬼神と鬼武者
真斗達が会津に帰ってから一週間後、信長から中国・四国征伐の為の出陣の命が来た。
晴れた早朝から会津城内では慌ただしく足軽達が出陣の準備を行う中で大広間で真斗は一人、甲冑を着付けていた。
するとそこに着物の竹取が少し心配そうな表情で現れ、声を掛ける。
「ねぇ真斗、やっぱり今回の中国・四国征伐は断るべきよ。貴方だって景や元就を、瀬戸内の人達と戦うのは貴方も心苦しいはずよ」
「大丈夫だ竹取。それに呼び出し応じないと信長様から忠義を疑われ、俺達だけでなく民や伯父上、それに島津の爺様に迷惑が掛かってしまう」
真斗は笑顔でそう言いながら甲冑を着け終え、白い手拭いを頭に巻く。
「そう心配するなぁ竹取。俺が居る限り親しい人達は絶対に死なせないから」
笑顔でそう言う真斗は竹取へ歩み寄り、両手で彼女を優しく抱きしめる。
真斗に優しく包み込まれた竹取は安心したのか穏やかな表情となる。
「分かったわ真斗。微弱だけど武運を祈っているわ。必ず生きて帰って来てね」
「ああ、もちろんだ竹取。必ず生きて帰って来るよ」
そして一旦、真斗から離れた竹取は飾り立ての上に置かれている兜を手に取り、笑顔で真斗へと渡す。
笑顔で竹取から兜を受け取った真斗はその場で被り、縄を締める。
「じゃ、行って来る竹取」
「ええ、いってらっしゃい。あなた」
お互い笑顔で出陣と見送りをした真斗と竹取。そして真斗は草鞋を履き、外に出ると出陣を整えた鬼龍軍の足軽達が隊列を組んでいた。
「若。我ら家臣を含めた一同、出陣の準備が整っております。いつでも出立出来ます」
甲冑と兜を着こなし片膝を着き、深々と頭を下げたまま報告する目の前の源三郎に真斗は頷く。
「うむ!御苦労であった爺」
「はっ!」
真斗は源三郎の後ろに控えている轟鬼に向かって歩み出すと源三郎は素早く横に避ける。
そして轟鬼に乗った真斗は大声で号令する。
「これより!中国・四国征伐へと向かう!皆の者よ‼︎信長様達が描く!天下泰平の世の為にいっそう獅子奮闘せよ‼︎」
「「「「「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」」」」」
武器を持ち旗印を背中に掲げた足軽達は大きな返事をした後、真斗は右腕を真っ直ぐに伸ばす。
「それでは!出陣せよぉ‼︎」
「「「「「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」」」」」
真斗の号令で中国・四国へ向けて総勢約三万の鬼龍軍が会津城を出発したのだった。
⬛︎
会津を出発した鬼龍軍はまず岩城へと向かい、そこの岩城港で新設された鬼龍水軍の船舶に乗り込み、海路から三日三晩駆けて大阪へと向かった。
そして雲行きが怪しくなって来た昼過ぎに真斗達、鬼龍水軍の艦隊は大坂湾と太平洋の出入り口である紀伊水道前へと到着し、停泊していた。
「今度は戦で瀬戸内海へ来てしまうとは。何だか複雑ですねーっ若様」
先頭を奔る安宅船の甲板の艦首に立つ真斗の右隣に立つ平助がそう言うと真斗はフッと笑い、平助の方を向く。
「まぁーな。でも武士同士の戦いには遺恨を残さない。正々堂々と戦うのみだよ」
武士として侍としての礼儀作法の一説を読み上げると同時に真斗の影から忍者装束を着こなし口元を赤い布で隠した鬼華が現れる。
「若様、紀伊水道に長宗我部水軍の艦隊が待ち構えています」
二人は振り向き、鬼華からの報告に真斗と平助は戦に挑む勇ましい武士の様な表情となる。
「分かった鬼華。お前は下げっていいぞ」
「はっ!」
鬼華が軽く一礼し、風の様に消える。そして真斗は平助に命ずる。
「平助!すぐに爺達に戦の合図を送ってくれ!」
「はい!若様!ただちに‼」
平助は真斗に向かて一礼をし、素早く船の艦尾へと向かう。
そして平助は艦尾にある小さい二本の紅白の旗を手に取って河上家の旗印を掲げる安宅船に向かって手旗信号を送る。
それを河上家の安宅船の艦尾から甲冑と兜を着こなし折り畳み式の単眼鏡で見ていた忠司が頷き、単眼鏡をしまうと手旗信号を送る。
そして源三郎達は真斗の居る安宅船に集まり、和蝋燭が灯る船室内で床几に座り置楯で作った簡易の机で軍議を行っていた。
「相手は毛利や小早川に次ぐ四国最大の水軍戦力を持つ武将、長宗我部 元親だ。ここの突破は容易ではないだろう」
上座に座る真斗は机の上に広げられた伊能 忠敬が制作した四国地方の正確な地図を指を指しながら言う。
「鬼華からの報告によると長宗我部水軍は紀伊水道を塞ぐ様に艦隊を配置している。しかも英蘭から入手した造船技術で建造された蒸気式のコルベット艦、二隻が確認された」
皆に説明をしながら真斗は地図の上に“安”や“関”、“小”と書かれた将棋駒の中に“コ”と書かれた将棋駒を二つ置く。
「うーーーむ。こいつはちと厄介ですなぁ。欧州から伝わった軍艦はどれも強固な船ですからね。やはり、ここは小早船で船の下に潜り込んで一気に乗り込んで船上戦に持ち込みましょう」
そう笑顔で主張する甲冑と兜を着こなす左之助であったが、彼の向かい座る忠司は少し不満げな表情で否定する。
「いいや、待て左之助。相手は“四国の鬼武者”と謳われる長宗我部 元親だ。小早船で乗り込んで来るのは分かっているはずだ。だったらここは鉄砲や弓、大砲での打ち合いと船上戦を組み合わせた戦いの方が勝機はあります」
真斗を交えてお互いにどうやって長宗我部水軍の築いた水上の防衛線を討論していると一人の陣笠を被った足軽が現れ、片膝を着く。
「真斗様!急ぎ船上の艦首へ来て下さい‼」
足軽からの知らせに真斗は緊急だと確信し立ち上がる。
「どうした!一体何があった‼」
「はっ!実は先程、白旗を掲げた小早船が一隻、現れまして‼しかも五人の足軽の他に敵将!長宗我部 元親様が乗っておられます‼」
「何だと⁉」
血相を変えた真斗は急いで船上へと向かう。そして艦首へ向かうとそこには小早船の先に黒みかかった紫の甲冑と鬼の様な角を付けた兜を着こなした長宗我部 元親が笑顔で勇ましく立っていた。
「よぉ!真斗のガキ坊主‼久しぶりだぁ!少し見ないうちに大きくなったじゃねぇか!桶狭間で奥州の鬼神の名を轟かせたそうじゃないか」
戦の前で立ち込める緊張感の中ではあるが、和やかな雰囲気を出す元親が軽く右手を上げるに対して真斗も笑顔で右手を軽く上げる。
「おっす!元親の義兄貴!お前さんも相変わらず大胆だなぁ!流石、四国の鬼武者だぁ!」
海の上で出会った鬼の異名を持つ二人の武将、これから起こる大戦を予期していた。