第 弐拾肆 話:新婚旅行 (瀬戸内海編)
三日後、真斗達は山々を通り安芸へと入った。
風が心地いい晴れた日の昼時、隆景の口添えで毛利家の居城、吉田郡山城に真斗達は入城し大広間で毛利当主、『毛利 元就』と彼の息子達である長男の『毛利 隆元』、次男の『吉川 元春』、そして三男の小早川 隆景と対談していた。
「毛利 元就様、そして毛利 隆元様、吉川 元春様、小早川 隆景様、この様な姿でのお目通りをどうかお許し下さい」
真斗が上座に胡坐をする元就が笑顔で右手を横に振る。
「いいや、構わんよ。それより真斗殿、遅れながらご結婚おめでとうございます」
「「「おめでとうございます」」」
お祝いの言葉を述べながら元就が笑顔で深々と頭を下げると、それに続く様に隆元、元春、隆景もお祝いの言葉を述べながら深々と頭を下げる。
それから真斗達と元就達は茶やお菓子を嗜みながら談笑をするのであった。
そして夕暮れ時に談笑を終えた真斗達は城の城門で元就達からお祝いの品を受け取っていた。
「これを。毛利家ならびに毛利両川からのご結婚祝いの備前焼のお皿だ。大切に使ってくれ」
そう言いながら笑顔で元就が差し出した木箱を笑顔で受け取った真斗は元就に向かって軽く一礼する。
「ありがとうございます。急なご訪問なのにこんな素晴らしい品まで頂いてしまって、どうお礼をしたらいいか」
真斗がそう言うと元春は笑顔で軽く首を横に振る。
「お礼など気にせずによい。ただ織田側に下る際にどうか我ら一同の便宜を頼みたい」
元春の口から出た意外な頼みに真斗は少し驚く。
「ええっ⁉まさか毛利家は信長様に下るですか!」
すると毛利家次期、当主である隆元が意味深な表情で答える。
「ああ。いずれ織田家は中国と四国の征伐に乗り出すだろう。瀬戸内海の村上家に四国の長宗我部家、そして我ら毛利家が一気団結して織田の軍に抵抗出来ても長くは続かいだろ」
「だからこそ毛利家の安泰の為にも織田家に下るのが策っと言う事ですな」
「ああ、もしその時が来たら頼む」
隆元のみならず毛利家一同からの頼みに真斗は笑顔で答える。
「もちろんです。その時の便宜の計らいを品のお返しにしても構いませんか?」
「もちろんだとも。恩返しはその時で構わんよ」
「分かりました。それで皆様、失礼いたします」
真斗は笑顔で毛利家一同に頭を下げる。そして竹取と乙姫を乗せた馬の手綱を引っ張る。
開いた城門では元就達が笑顔で手を振っていた。
「奥方様!いつでも遊びに来て下さいねぇーーーっ!」
隆景が笑顔で手を振りながら言うと二人は振り返り、笑顔で手を振る。
「ありがとうございます!隆元様!」
「ええ!いつかまた来ますね!隆元様!」
竹取と乙姫が大声で言いながら真斗と共に吉田郡山城を後にするのであった。
■
吉田郡山城を後にして五日後、安芸の南部にある三原へ朝方、羊の半時に到着する。そして真斗達は隆景が推薦する宿へと向かう。
「いらっしゃいませ。ご宿泊ですか?」
玄関先の段の高い床で正座し来た真斗達に笑顔で接待をする男性主人に向かって真斗は笑顔で頷く。
「ああ、三人だ。それと私の友人が、これを主人に渡せと言われてな」
そう言うと真斗は着ている小袖の胸元から書状を出し、それを主人に差し出す。
主人は真斗から書状を受け取り開封し内容を確信し、書いた人物の印を見て驚く。
「これは!小早川 隆景様の‼すぐに部屋をご用意しますので!お上がり下さい‼」
「分かった。では失礼する」
笑顔で真斗はそう言うと竹取と乙姫と共に床に腰を下ろし、履いている藁草履を脱ぐ。
そして宿に上がった真斗達は主人の案内で大広間に行き、それから用意された部屋へと案内された。
用意された部屋は三十五畳はある大きな和室で美しい置物はあるが、和を基調とした落ち着きのある部屋で目の前の大きな窓から瀬戸内海が一望できる。
「いやはや、こんなにもいい宿の部屋に泊まれるだけでなく、しかも宿泊代は全て隆景様が持ってくれるとは」
真斗は部屋と景色を見ながら笑顔で改めて隆景の力を実感する。一方の竹取と乙姫は南蛮のテーブルとイスに座り、置かれた木製の器に入った金平糖とカステラを笑顔でお茶を飲みながら堪能していた。
「ん~~~~~~~~っ♪流石、南蛮文化ね♪金平糖とカステラが美味しいわ♬」
「これが南蛮文化なのねぇ♩海の底では知ることが出来なかった最高の食べ物ねぇ♬」
それから夕暮れに真斗達は温泉へと入り、旅の疲れをゆっくりと癒した後は部屋へと戻り、テーブルに用意された夕食を堪能していた。
「うん!流石、安芸の神石牛!脂が少なくサッパリとした上品な味と香りが口に広がるなぁ」
「本当ね真斗♬こんな美味しい牛肉が人々が口に出来るのも信長様のお陰ね♪」
「まさか日ノ本の食文化がここまで進んでいたなんて♫すごく美味しいわ♪」
イスに座り浴衣姿の真斗、竹取、乙姫は笑顔で木炭で熱せられた七輪の鉄網で焼かれた綺麗に切られた神石牛の肉を食べていた。
仏教国である日本は鎌倉時代後期から人々は肉食を控え、さらに明治維新以降まで移動の手段として牛と馬は重宝され、食する事は今までなかった。
しかし、織田 信長が天下統一達成の力を付ける為に南蛮貿易、特に欧州の列強国に対抗する力を付ける土台固めの為に銀を求めて日本に流れ着き、徳川 家康に保護された|オランダ東インド貿易会社《世界初の株式会社》の商人を通じてオランダ及びイギリス、フランス、プロイセンなどのキリスト教プロテスタント派諸国と積極的に貿易を行った。
その結果、新しい物好きの信長と秀吉、天下統一後の日本の未来をアジア最大の強国にする事を計画した家康による日本人の意識改革で技術の向上や放牧などが浸透、安土桃山時代が始まる室町末期には食用の牛や馬、豚などが放牧され食卓では仏教僧を除いて、ほぼ全ての日本人が肉を積極的に食べる事となった。
ここ安芸ではブランド品である黒毛和牛の放牧が行われ今では日ノ本最大の黒毛和牛の産地となっていた。
■
真斗達は二日間、三原を思う存分、満喫しながら真斗達は吉田郡山城の城下町でお土産に神石牛や米、海産物、酒などを大量に買った。
三日目の朝方、真斗は旅で使っていた馬を馬屋で売り払い宿へと戻った。
「おーーい!竹取!乙姫!準備は出来たか?」
浴衣からいつもの小袖と袴姿となった真斗が笑顔で言いながら部屋へと入る。
「ええ。お土産は全部、“チャブクロ”に入れたから」
美しい小袖を着こなした竹取が笑顔で正座をして答える。
「よし!じゃ会津へ帰るとしよう。竹取も乙姫も忘れ物がない様になぁ」
「分かったわ真斗。それと会津へ向かう船は手配、出来たの?」
正座をし、竹取と柄が違う美しい小袖を着こなした乙姫が笑顔で真斗に問うと彼は笑顔で答える。
「ああ、でも少し寄りたい所があってなぁ」
「え?それってどこなのよ?」
「それは行ってのお楽しみだ」
真斗は笑顔で乙姫に答えると自分も出る用意を始めるのであった。
それから宿を後にした真斗達は港へと向かい用意した廻船に乗り込み、三原を出発し芸予諸島に属する島の一つ大三島へ到着する。
そして大三島へ上陸した真斗達は大山祇神社へ着く。神社内を箒で掃除をする紅白の若い巫女に真斗は笑顔で声を掛ける。
「すみません!ちょっといいですか?」
すると巫女は掃除の手を止めて声を掛けて来た真斗に笑顔で対応する。
「はい。なんでしょうか?」
「大山祇神社の巫女姫である鶴姫にお会いしたいのですが?」
「かしこまりました。ですが、今はオオヤマツミに対しての御祈りを捧げている最中なのでお名前を?」
「鬼龍、鬼龍 真斗と申します」
「分かりました。少々、お待ち下さいませ」
巫女は笑顔で真斗に向かって一礼をし、箒を持って本殿へと向かった。
すると本殿へ向かった巫女と擦れ違う様に拝殿の裏から絞った手拭いを鉢巻をし、男物の小袖に手甲と脚絆を付け、草鞋を履いた茶髪の美しい女性が現れる。
「あ!義兄貴!真斗の義兄貴‼」
真斗の姿が目に入った女性は笑顔で手を振ると真斗も気付き笑顔で手を振る。
「おおぉ!景!景じゃないか!」
すると景は走り出し、真斗に飛び込む様に抱き付く。
「何だよ義兄貴!来るなら来るって手紙で伝えてくれよ」
「いいや、すまん。実は妻と側女を連れて出雲へ旅する途中で大三島に用があってな」
「そうなのか・・・え⁉ちょっと待て。今!なんて言った?」
真斗の口から出た一言に景は驚きながら一旦、真斗から離れ、頭の思考が混乱した。
「えぇ?出雲へ旅に」
「いや、そこじゃなくて義兄貴。誰と一緒に出雲へ?」
景が聞きたい場所が分かった真斗はアーっとなり笑顔で答える。
「妻と側女だよ、景。じゃ改めて紹介するなぁ」
そう言うと真斗は笑顔で竹取と乙姫の方を振り向く。
「紹介するよ景。俺の妻の竹取と乙姫だ」
真斗からの紹介に竹取と乙姫は被っている市女笠を脱ぎ、笑顔で景に向かって一礼する。
「初めまして景様。真斗の妻の竹月の竹取と申します」
「初めまして景様。真斗の側室の海巫女の乙姫と申します」
二人からの紹介で景は少しオドオドしながら軽く一礼をする。
「は!初めまして。村上 武吉の娘、村上 景と申します」
景の家名を聞いた竹取と乙姫は少し驚く。
「ええ⁉村上って!あの瀬戸内海最大の村上海賊団の‼」
「しかも景って!村上海賊の武者姫と謳われる‼」
竹取と乙姫が驚きながら言うと景は少し照れながら答える。
「ええ。いや、しかし“村上海賊の武者姫”として日ノ本に轟いているなんて」
すると拝殿の裏側から何やら騒々しく何か言い合っている。そして裏から一般の巫女とは違う高貴を感じる巫女服を着こなし、神々しさを感じる天冠を被った黒髪の美しい巫女が慌てながら現れる。
「義兄上!真斗の義兄上‼︎」
「おお!鶴姫!久しぶりだぁ」
嬉しい笑顔で鶴姫は笑顔の真斗へと飛び込む様に抱き付く。
「義兄上、どうして大三島に来たの?」
「ああ。実は俺の妻と側女を連れて出雲へ旅をしてな。その途中でお前に二人を紹介したくてな」
笑顔で答える真斗は今度は鶴姫に竹取と乙姫を紹介する。
「俺の正室の竹取と側女の乙姫だ」
真斗の紹介で二人は鶴姫に向かって笑顔で一礼し、鶴姫も笑顔で一礼をする。
「これは初めまして。大山祇神社の巫女姫、鶴姫と申します。長旅でお疲れでしょう。さぁ義兄上と共にお屋敷へ・・・・え⁉︎正室と側女?」
真斗に会えた嬉しさから遅れて信じがたい事に気付く。
「義兄上、ちょっとお聞きしますけど誰の正室と側女と?」
真斗は一瞬、キョトンとしが、すぐに笑顔で答える。
「いや、だから竹取と乙姫は俺の正室と側女だ。俺、この前、結婚したんだ」
それを聞いた鶴姫は約三秒間、思考が停止したが、すぐに思考が戻り天変地異の前触れの様に驚愕する。
「んがへぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼︎ 義兄上が!結婚ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ⁉︎」
鶴姫の驚愕の声は神社のみならず島全体が地震の様に揺れ、木などに止まっていた鳥が一斉に羽ばたき真斗、竹取、乙姫、景は両耳を両手で塞ぐのであった。