第 弐拾零 話:居るべき場所へ
ハゼに連れられ宴会会場である大広間に着いた真斗は色々な着物を着こなした美しい女官達が左右に豪華な海鮮料理が載っかった台物の前に正座をして談笑していた。
「おお!これは凄く豪華でうまそうだなぁ。でも大丈夫かな?海の中で海鮮料理を食べて?」
彼の右側で正座し、大きな徳利を持ったハゼが笑顔で言う。
「大丈夫ですよ。生命を食し生命を繋げるのは自然の摂理、大切なのは感謝の気持ちですよ」
ハゼの当たり前の事を言われ、真斗は納得した笑顔になる。
「ああ、そうだなぁ」
するとカサゴが現れ、皆に向かって一礼をする。
「皆様!乙姫様がお見えになりました」
そしてカサゴの後ろから乙姫が悠々と美しく現れる。その姿に女官達は目を輝かせながらヒソヒソと小さく会話をする。
「見て!流石、乙姫様よ。なんて美しいのかしら」
「ええ、天女の生まれ変わりと言われてもおかしくないわ」
「ねぇ聞いた。あの上座に座るお侍様が乙姫様の想い人らしいわよ」
「ええっ⁉︎じゃいつか乙姫様と結婚するわね。ふふっ式が楽しみね」
上座に着いた乙姫は真斗の左に用意された料理が載った台物の前に星座する。そして酒の入った銚子を持ったカサゴは乙姫の持っている盃に酒を注ぐ。
そして真斗も盃を手に取りハゼの前に出し、ハゼは手に持つ銚子で酒を注ぐ。
「皆様!ここに私の命の恩人であります鬼龍 真斗様がおります。今日の宴会は恩返しを兼ねて盛大にもてなしましょう!」
「「「「「はい!」」」」」
乙姫が言い終わると聞いていた女官達は酒が注がれた盃を手に取る。
「それでは真斗様に!乾杯‼︎」
「「「「「乾杯‼︎」」」」」」
乙姫と女官達は笑顔で共に盃を高々に上げる。そして真斗も笑顔で乾杯をする。
⬛︎
それから音楽や踊り娘達による美しい舞で宴会は最高潮となっていた。そんな中で真斗は出された海鮮料理と酒を食べ飲みながら楽しんでいた。
「アハハハッいやぁーーーっ!こんな我を忘れる様な宴会は生まれて初めてだ」
「ふふふっありがとうございます、真斗様。それと真斗様、貴方様がここへ来た理由はなんですか?」
乙姫は少し怪しげな笑顔で楽しんでいる真斗に問うと何杯目かに盃に注がれた酒を一気飲みした彼は上機嫌な笑顔で答える。
「ああ!確か、爺達と一緒に大海蛇を退治していたけど、俺だけ大海蛇が起こした大波に飲まれたんだ。強い波で体中傷だらけになって沈んでもうダメかと思った時にお前が助けてくれた。今、ここに居るのは傷を癒す為だ」
真斗の答えを聞いた乙姫は着こなす着物をずらして両肩と大きな胸の谷間をはだけさせ、妖しく魅惑に満ちた笑顔で真斗と顔を合わせる。
「いいえ、違いますよ真斗様。貴方様は助けた私からの婚姻の約束を交わし、そして約束を果たす為に自らここへ来たのです」
「あれ?・・・そうだっけ?・・・何だか分からなくなって来たぞ?」
酒か、それとも踊り娘達の華麗な踊りかのせいで真斗の思考は堕落していた。
乙姫は彼の顔を優しく両腕で包み自分の胸の谷間に埋めさせ、そして真斗の頭を優しく撫でる。
「大丈夫ですよ。私の言葉のみが真実、そして竜宮城こそ貴方様の安らぎの場所ですよ」
「そっか・・・ここが俺の居るべき場所、俺を求める場所」
真斗の思考は完全に止まり、乙姫の言う事だけを信じるのみとなった。
そんな虚となった真斗の姿に乙姫はドス黒い光を失った深海の様な瞳で笑顔になる。
(ふふふふっ!あっははははははははははは‼︎上手く行ったわ!粉状にして真斗の料理と酒に仕込んだ“青珊瑚の毒”がここまで効果覿面するなんて)
心の内で大いに喜ぶ乙姫が言う青珊瑚の毒とは寿命を迎えた鯨の死骸から生える貴重な珊瑚で乾燥させる事で特殊な毒性を生む。
効果は思考能力の低下、惚れ込み効果、催淫効果があり陸でもその効果は知られており、長い間、武家や朝廷で行われている権力闘争の道具として重宝されている。
「さぁ真斗♫私の部屋に行きましょう♬そしてお互いに“初めて”を交換しましょ♪」
乙姫はウキウキとしながら真斗を立たせ右腕を引っ張ると真斗は虚な笑顔で頷く。
「ああ、そうだな。何だかお前と一夜を過ごしたい気分だ」
「ええ、じゃ行きましょう。カサゴ、私は真斗様を連れて部屋に行くわ。宴会はこのまま皆で楽しんで」
乙姫からの命にカサゴは笑顔で軽く一礼をする。
「かしこまりました。乙姫様」
そして乙姫は真斗を引っ張る様に宴会会場となっている大広間を後にする。そして乙姫は自身の部屋である美しく落ち着きのある自室に真斗を入れる。
「さぁ真斗、牀《中国のベット》に座って」
乙姫は笑顔で真斗をゆっくりと牀に座らせ、そして丁寧に彼の着ている和服を脱がして行く。
次ぐに乙姫も自身が着こなして着物を自ら脱ぎ、裸になり横になった真斗の上に跨る。
「じゃあ真斗、愛の結晶を作りましょう。お世継ぎなんて関係なく沢山、愛し合って沢山の子供達と一緒に幸せに暮らしましょう」
そして乙姫に身を任せた真斗は一晩中、お互いの汗と唾が混ざり合う様に深く愛し合った。
と言うより乙姫による催淫によって朦朧っとなった真斗が操り人形の様にただ彼女の言う事を聞くだけの存在となっていた。
⬛︎
それから三日が経った日の昼、真斗と乙姫は幸せそうな笑顔で過ごしていた。
「ここは本当に平和だなぁ、乙姫」
中庭の見える城の縁側で乙姫の膝の上で頭を横にして寝る真斗が笑顔で言うと乙姫は瞼を閉じて、穏やかな表情で頷く。
「ええ、ここはまさに極楽浄土。そして貴方の居るべき場所よ」
「ああ、そうだな乙姫。俺もここに来て、お前に会えて幸せだよ」
「そう。それでいいのよ。貴方はそれだけを考えていればいいのよ」
などと楽しく二人が会話をしている所にカサゴが現れ、笑顔で真斗と乙姫に向かって軽く一礼する。
「失礼します。乙姫、書物の整理をしていました女官から気になる事がありまして、少々、お時間よろしいでしょうか?」
カサゴからの頼みに乙姫は笑顔で頷く。
「分かりました。真斗、ちょっと外れるわね」
「ああ、分かった」
笑顔で了承した真斗は起き上がり、お互いに明るい笑顔で手を振り合い、真斗は乙姫を見送る。
「さてと、俺はもうひと眠りするか」
そう言うと真斗は両腕を頭の後ろに組み、枕代わりにして寝転がっる。そしてあくびをしながら和服の中に右手を入れると何かが入っている事に気付く。
「何だこれ?」
真斗は不思議そうに触った物を取り出してみると頼姫から貰った尉樹羅のお守りであった。
「これは・・・・・‼」
お守りを見た真斗はハッとなり、脳裏に自分の義が何なのかが吹きあがる源泉の様に湧き出す。
源三郎達と共に蔭洲升へ向かい、民を苦しめる大海蛇を退治する為であった事や本当に居るべき場所は竜宮城ではなく会津、竹取の元であった事を思い出す。
全てを思い出した真斗は飛び起きる様に身を起こし、片手で頭を抱える。
「くそ‼俺は何をしていたんだ!俺の居るべき場所はここではない‼」
決意した様な勇ましい表情で立ち上がった真斗は駆け足で最初に寝かせられていた部屋へと向かう。
障子を勢いよく開け、部屋へと入った真斗は鎧櫃と飾り立てに置かれた自身の甲冑と兜、その下にある刀掛けにある愛刀の赤鬼と鞘に納められた天叢雲剣を手に取り着替えを始める。
臑当、佩楯、草摺、指貫籠手を着用した真斗は次に開いた鎧櫃に片足を上げ、草鞋を履き始める。
するとそこに習字に道具を乗っけたお盆を持ったカサゴが偶然、障子の開いた部屋の中を目撃し不思議そうな表情で部屋へと入る。
「あのーっ真斗様、一体何をしているのですか?」
カサゴからの問いに真斗は急ぐ様に着替える最中で答える。
「俺は地上に戻る!俺の本当に居るべき場所はここ!竜宮城じゃない‼自身の成すべき事!そして愛する竹取の待つ会津へ無事に戻らないと‼」
それを聞いたカサゴは驚き、持っていたお盆を落とし一目散に部屋を出て走り出す。そして両開きの障子を勢いよく開け書物庫へと入る。
「乙姫様!乙姫様!大変です‼」
カサゴは慌てながら正座をし文台で整理作業をする乙姫の前に滑り込む。
「どうしたのですか、カサゴ?そんなに慌てて?」
落ち着いた笑顔で淡々と書物の整理をしている乙姫からの問いに息切れをしながらカサゴは答える。
「は、はい!実は真斗様が甲冑を身に纏い地上に戻ろうとしています‼」
カサゴからの報告に乙姫は驚く。そして文台を倒しながら乙姫は立ち上がり、急いで真斗のいる部屋へと向かう。
「真斗!」
部屋へと到着したが、そこには真斗の姿はなく一目散に部屋を後にする。
一方、甲冑と兜を着こなし真斗は城の馬屋に居り、一馬の白馬に鞍と手綱を付けると騎乗する。そして城の正門へと向け白馬を走り出す。
そして真斗は正門に着くとそこには和槍を持ち鉢巻を巻き、紅白の袴姿をした竜宮城の女性の門番が二人がいた。
「これは真斗様、馬に乗ってどうなされたのですか?」
門番の問いに真斗は真剣な表情で答える。
「俺はここを出る。開門してくれ」
それを聞いた門番の二人は驚き、急ぎ二人は白馬に乗る真斗の前に立ち和槍をクロスさせる。
「いけません!真斗様‼例え乙姫様の旦那様であっても乙姫様の許し無しで竜宮城を出る事は出来ません!」
すると真斗は鬼の様な表情で殺意に満ちた眼差しで二人の門番を睨む。
「今すぐ門を開けよ!どけぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
真斗の怒りに満ちた声で言うと二人の門番は冷や汗を流し、少し慄く。
「は・・・はい」
二人の門番は了承し和槍を捨て、急いで門を開ける。
「この道を進めば陸に上がれるのだな?」
先が見えない門の前にある白い砂で出来た道を指す真斗からの問いに冷や汗を流す門番の一人が頷く。
「は、はい。その通りです」
「分かった。ありがとう」
真斗は自分の乗る白馬をゆっくりと前に進ませると後ろからカサゴと共に乙姫が慌てながら走って来ていた。
「真斗ぉーーーーっ!真斗ぉーーーーーっ!行かないで真斗‼ずっとここに居て!私の元を離れないでぇーーーーーーーーっ‼」
悲しみの涙を流しながら迫って来る乙姫には目もくれず真斗はずっと前を向いていた。
「ありがとう乙姫、そして・・・さよなら」
真斗は小さく呟くと手綱を大きくしならせ、白馬は多くの前足を高々に上げながら力強く鳴く。そして真斗は走り出した白馬と共に竜宮城を後にし、本当の自分が居るべき場所へと急ぐのであった。