第 拾玖 話:海の底の城
大波に飲まれた真斗は天叢雲剣を右手に持ちながら、ゆっくりと海の底へと沈んでいた。
(ああ、沈む。体が動かない、これはもうダメだなぁ。)
そして真斗の目の前には竹取の明るい笑顔が走馬灯の様に映る。
(すまない竹取。許してくれとは言わないが、お前と過ごした時間はとても幸せだった。ありがとう、そしてどうか俺の分まで強く幸せに生きてくれ)
真斗は幸せな笑顔で心の内で竹取に対して願い、ゆっくりと瞼を閉じる際に何かの影が真斗へと近づく。
そして目を覚ますと甲冑と兜を外され、裸の状態で布団で寝かせられ、しかも体と腕には包帯が巻かれ白い浴衣を着せられていた。
「ここは・・・どこだ?」
真斗は痛む体をゆっくりと起こし、周りを見るとそこは朝廷によく似た豪快で落ち着きのある一室であった。
「俺は・・・あの後に大海蛇の攻撃を防ぐ為に留まったけど、大波に飲まれて・・・それから海の底に沈んで確か誰かに・・・」
すると一室の出入口にある障子がゆっくりと開かれ水の入った桶を持った紅白の着物を着た美しい侍女が入る。
「あら、お目覚めになりましたか。よかった、海で溺れていた貴方様を通りかかった姫様がお救いしたのです」
「ここは・・・どこなんだ?」
すると侍女が持っていた桶を真斗が寝ている布団の近くにある台に置くと真斗の右側にある窓に向かい窓の障子を笑顔で開ける。
「ここは争いのない海の極楽浄土、“竜宮城”でございます」
ブルーサファイアの海面から差し込む太陽の光がまるでそよ風に吹かれるカーテンの様に揺れ、海の底には色鮮やかな珊瑚とエメラルドグリーンの昆布、その周りを鯛や鰯、鯖、鯵、蛸、蛯、蟹などが悠々と泳ぎ回っていた。
そんな美しい光景に真斗は言葉を失い、目を奪われていた。
「なんと⁉ここはあの伝説の竜宮城であったか!」
「はい、そうでございます。甲冑と兜はあちらにあります」
侍女の指を指す前を見ると鎧櫃と飾り立てに置かれた自身の甲冑と兜、その下には愛刀の赤鬼と鞘に納められた天叢雲剣が刀掛けに置かれていた。
それを見た真斗はホッとする。すると窓を開けた侍女は刀掛けに置かれた天叢雲剣を手に取り、真斗に問う。
「あの、すみませんが、この剣は何ですか?貴方様の右手にしっかりと握られておありまして手当の為に手から外しまして鞘に入れたら今度は抜けなくなりまして」
侍女からの問いに真斗は笑顔で布団からゆっくりと出る。
「ああ、その剣はッ‼あ痛てててててっ!」
まだ癒えていない傷に痛みが走り、包帯で覆われている胸の傷を抑える真斗の姿に侍女は慌てながら天叢雲剣を持ちながら彼に近づく。
「ああ!すみません‼傷が癒えていないのに不躾な事をしてしまい、申し訳ございません!」
「あ・・・ああ、大丈夫!大丈夫だ」
少し苦しそうな表情で平然を言う真斗。そして真斗は鞘の封印を解き天叢雲剣をゆっくりと抜く。
「これは天叢雲剣だ。我が一族が代々、大切に守る剣さ」
剣の名を聞いた侍女は言葉を失い驚愕する。
「ちょっ!ちょっと待っていて下さいね‼」
そして侍女は慌てながら一室を飛び出し、どこかへ走って行ってしまった。
⬛︎
それから少し経ち、真斗は再び布団に横になり天井を見ていた。
「爺達は大丈夫だろうか?それと、あの大海蛇は何とか退いただろうか?」
などと独り言を言っていると再び一室の障子が開くと、そこには先ほどの侍女の他にも美しい着物を着こなした黒髪の美女を連れていた。
「失礼いたします!乙姫様‼この方でございます!間違いありません‼」
侍女がそう言うと乙姫と呼ばれた女性は真斗に駆け寄る。
「あの!私は貴方様が溺れてい所を助けました乙姫と申します!もしかしてですが、奥州会津城城主の鬼龍 真斗様でしょうか?」
乙姫からの問いに真斗は頷く。
「はい、確かに俺は伊達 政宗の甥っ子で会津城城主の鬼龍 真斗ですが」
すると潤んとした目となった乙姫はいきなり真斗に抱き付く。一方の真斗も突然の事であたふたする。
「あ⁉︎あの、一体これは何ですか?」
真斗からの問いに乙姫は運命を感じる様な嬉しい笑顔で答える。
「覚えておりませんか?磐城原の地の浜辺で凶暴な大蟹をその剣で倒した後に右の前ヒレを怪我した海亀を助けたのを」
乙姫が語る過去にピンッと来なかった真斗は少し深く考える。
「磐城原の地の浜辺で海亀を助けた・・・あ!」
真斗はようやく乙姫が語った過去を思い出した。
かつて帝と宿儺からの命で磐城原の浜辺で大蟹を退治した後に右の前ヒレから血を流し痛がる海亀を真斗が手当をし、海に返した事があった。
「もしかして!あの時に助けた海亀が君なのか?」
察した真斗に対して乙姫は笑顔で真斗の両手をギュッと握りながら頷く。
「はい!海亀に変幻して浜辺を歩いていた時に大蟹に襲われ、もうダメかと思った時に甲冑と兜を着こなし天叢雲剣を携え颯爽と現れたのをよく覚えております」
そして乙姫は着こなす着物の袖口から鬼龍家の家紋が描かれた白い手拭いを出し、それを見た真斗は驚く。
「それは⁉︎間違いない!あの時に助けた海亀の傷を塞ぐ為に結んであげた手拭い」
「はい。貴方様に傷を手当された後に私は岩影から勇猛果敢に大蟹と戦う姿と退治後の怯えていた漁民達を優しく励ます姿に心を奪われました」
すると乙姫は真斗の手を離し、二、三歩後ろへと下がる。
「真斗様!あの時は私を助けていただき、ありがとうございます。恩返しとして傷が癒えるまでここで体をゆっくり休んで下さい」
乙姫は深々と頭を下げると真斗は笑顔で頷く。
「ああ、じゃお言葉に甘えてゆっくりと体を休めるよ」
それを聞いた乙姫は頭を上げ、パーッと明るい笑顔を見せる。
⬛︎
翌日、少し傷が癒えた真斗は和服で乙姫に連れられて竜宮城内を見て回っていた。
陸と変わらない美しい屋敷の縁側から見える色んな魚介類や珊瑚、海藻が生き生きとしている神秘的な光景に真斗は感銘する。
「いやぁーーーーーーっ本当に海の底とは思えない美しい光景だぁ」
真斗の素直な感想に乙姫は少し赤くし照れる。
「ふふふっありがとうございます、真斗様。あ!あれを見て下さい」
乙姫が指差す方を見ると大きな一匹のマンタがゆっくりと力強く両翼を上下に動かし、その周りを小魚達が悠々と目の前を泳ぐ。
その光景に真斗は驚き、無垢な子供の様に目を輝かせながら笑顔になる。
「おぉーーーーっ!あんな巨大な海の生き物は初めて見たなぁ」
「あれはマンタ、南の海に住む巨大なエイですわ。こっちに来て下さい」
乙姫は嬉しそうに言うと真斗の右腕を掴みどこかに連れて行く。着いた場所は城の中庭であった。
そこには多くの色鮮やかな珊瑚の先や岩に張り付いているホタテが大きく開けた口の中には大粒の真珠がいくつもあった。
「おおぉ!こいつは凄い‼︎まるで東の海にあるとされる蓬莱の山の様だ!」
真斗が目を輝かせ言うと乙姫は笑顔でゆっくりと彼に近づく。
「ええ、この中庭の名は玉手箱と言って、“ある人”の為に作った中庭なの」
「あの人?あの人って誰なんだ?」
真斗が乙姫に問うと乙姫を連れて来た侍女が現れ、二人に向かって軽く一礼する。
「失礼いたします。乙姫様、真斗様、宴会の用意が出来ました」
侍女からの知らせに乙姫は笑顔で軽く一礼をする。
「分かったわ。申し訳ないけど私は少し要がありるから、先に真斗様を大広間へ案内して。それとカサゴ、貴女は残りなさい」
「かしこまりました乙姫様。ハゼ、真斗様を宴会場へお連れして」
乙姫を連れて来た侍女のカサゴは振り向き、後ろに居る黒に茶色が混ざった髪の侍女、ハゼに言うとハゼは軽く一礼をする。
「かしこまりましたカサゴ姉様。では真斗様、私がご案内しますね」
「ああ、でも乙姫は?」
すると乙姫は笑顔で軽く首を横に振る。
「私は大丈夫ですわ。さぁ、お先に宴会場へ」
「分かった。じゃ俺は先に行くな」
そう言うと真斗は行き際に笑顔で小さく手を振ると乙姫も笑顔で小さく手を振るのであった。
そして真斗を見送った乙姫は前を向き、中庭を見ながら残ったカサゴに言葉を掛ける。
「カサゴ、今回の料理と酒には例の“あれ”を入れているわよね?」
乙姫からの問いにカサゴはゆっくりと彼女に近づき笑顔で答える。
「はい、乙姫様。真斗様の食する料理と酒には“あれ”はちゃんと仕込んでおります」
「そう。それじゃ手筈通りに真斗様を思う存分に楽しませるのよ」
「分かりました。しかし乙姫様、本当によろしいのでしょうか?傷を癒した後も真斗様をここに永久に居させて?」
カサゴからの問いにまるでドス黒い光を失った深海の様な瞳と妖しく恐ろしさを感じる笑顔で乙姫は答える。
「やっと手に入った私の浦島様よ。手放さないし、手放すつもりもないわ。ああぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ♪早く私に堕落して♫早く私を抱いて真斗ぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ♩」
そして妖艶さを放つとろけた笑顔と赤くなった両方頬を両手で包む様に優しく触りながら体全体をくねらせる乙姫であった。