第 拾捌 話:大海蛇退治
真斗は源三郎、左之助、忠司、鬼華を連れて会津を旅立ってから二週間後の昼には上総国にある夜刀浦の入り口である村、王港村に到着した。
夜刀浦、上総国にある太平洋側に面した四つの村で構築された集落群。
この土地は他の集落とは違い海坊主と呼ばれる巨大な半魚人の大妖怪が長を勤めている。また村々に住む者達は人や半魚人の他に半魚人の半妖、“深き者共”が共存している。
また縄文時代前の旧石器時代から夜刀浦では日本古来の出雲神や仏教の神々ではなく超古代神と呼ばれる“旧支配者達”を奉っている。
多くの人や鱗を生やし顔が魚の半魚人、そして人の姿を残し首にはエラと耳から魚のひれ、手足の間には水かきを付けた深き者共が行き来しながら賑わう大通りの中を真斗達は掻き分ける様に愛馬で一軒の豪華な屋敷へと着く。
そして広い応接間で王港村の鮮やかな着物を着こなした黒髪の美しき少女の村長、『馬加 頼姫』と正座をし謁見していた。
「真斗様、そして家臣の皆様、遥々この夜刀浦まで来て下さり心より、ありがとうございます」
頼姫は笑顔で一礼すると真斗達も笑顔で一礼をする。
「いえいえ、頼姫様。凶暴な妖獣で苦しむ民達が居ると知れば帝と宿儺様の命が無くともここへ馳せ参じます」
お互いに頭を上げ、真斗が笑顔でそう言うと頼姫はホッとする。
「頼姫様、さっそくですが、大海蛇は何処に現れるのですか?」
真斗からの問いに答える様に頼姫は着ている着物の裾の中から夜刀浦の地図を出し、広げ人差し指でなぞる。
「ここです。蔭洲升村の浜辺から見える“鰐之麤唖岩礁”の付近に住み着いています。多くの漁師達が犠牲となっていまして、しかも漁が出来なくなってしまい今、蔭洲升村は深刻な魚介類の商いが赤字なのです」
頼姫が深刻な表情で言う蔭洲升村では豊富な魚介類が獲れ、日ノ本で流通する魚介類の約八割が蔭洲升産で極上な魚などは帝や宿儺の元に謙譲されている。
「なるほど。確かに我が会津や政宗の伯父上が守護する仙台にも流通している魚や貝類は蔭洲升産ですからね。ここ最近、数が減っているいたのは大海蛇が原因だったとは」
腕を組んで深く考える様な表情で言う真斗。そして頼姫は再び裾から“ 尉樹羅”と金色の糸で刺繍された赤いお守りを真斗に渡す。
「これは貴方様、鬼龍家が信奉する亜郷須の娘、尉樹羅のお守りです。今回の大海蛇」
お守りを受け取った真斗は笑顔で頼姫に向かって軽く一礼をする。
「ありがとうございます。頼姫様」
それから真斗達、頼姫の屋敷で一夜を過ごした後に蔭洲升村へと向かった。
⬛︎
朝方、蔭洲升村へと到着した真斗達は村全体の変わり様に驚愕していた。
「漁で栄えていた蔭洲升村が、今は見る影もない程に落ちぶれるとは」
真斗が悲しい表情で言う現在の蔭洲升村は大海蛇が住み着く前まであった活気はなく、市場に出された魚は微々たる物でどれも身が小さく痩せていた。
さらに店や行き交う事で目に付く村人達も暗く絶望に満ちた表情をし、村全体は完全に寂れていた。
そして真斗達は蔭洲升の村長が住む家へと向かい、男性村長である米国人の“上総 野苣”こと“オーベット・マーシュ”と応接間で大海蛇について話し合っていた。
「では真斗様、皆様、どうかよろしくお願いします」
西洋服を着こなした姿で正座をし、深く目の前の真斗に向かって一礼する黒髪のマーシュ。
それに対して正座をする真斗も彼に向かって深く一礼をする。
「お任せ下さい、マーシュ様。必ず大海蛇を退治し民だけでなく村を救ってみせます」
真斗は自信に満ちた口調で退治を宣言するとマーシュはホッとし、また話し合いを見に来ていた村人達が笑顔で歓声を上げるのであった。
それからマーシュが用意した空き家で腹ごしらえをした真斗達は甲冑と兜を着こなし、また鬼華も目立たない着物姿から忍び姿へと着替える。
そして真斗達は“海坊主密法集”が建てた“縷々遺慧神社”へと向かい本殿に居た。
中には祀られている吼島流鮒、奇蚪絿亜、蓮憚、曹莵髃亜、亜郷須、夜惧外巢、若流羅頭帆手布、尉樹羅の木像が置かれ、その像に向かって真斗達は退治祈願の為に合掌していた。
「否否、吼島流鮒蓋群。焚愚類土竜流奈、吼島流鮒。縷々遺慧、宇賀府蓋群」
クトゥルフを讃える言葉を唱え終えた真斗は台に置かれた線香を手に取り、左右に置かれた鉄燭台にある火の灯った和蝋燭の一方に線香を近づける。
そして火の点いた線香を灰の詰まった香炉に立てる。そして真斗は振り向き、真剣な表情で合掌を終えた源三郎達に言う。
「皆!今回の大海蛇退治は苦戦するかもしれん‼だが我らには偉大な旧支配者達のご加護がある!与えられた力を思う存分使い‼大海蛇の恐怖を必ず断ち切るのだ!」
「「「「おぉーーーーーーーーーーーーーっ!」」」」
気合の入った返事をしながら源三郎、左之助、忠司、鬼華は高々と右の拳を上げる。
すると神社を出る際に真斗は鬼華に声を掛ける。
「鬼華、遅くなってすまい。会津合戦では凄く助かったよ。ありがとう」
真斗は笑顔で鬼華の頭を優しく撫でると鬼華は嬉しい表情で耳と尻尾を動かす。
「うにゃぁ~~~~~~~~~~~~~~~~っ♪ご主人♪もっと撫でて下さいにゃぁ~~~~~~~~~~~~っ♬」
鬼華の喜ぶ姿はまるで飼い猫の様に手を丸くし、自身の顔を優しく撫でるのであった。
■
それから真斗達は鰐之麤唖岩礁が見える浜辺に向かい動物の血肉の入った俵を括り付けた縄を左之助が海に向かって投げる。
「後は待つだけだ。皆!大海蛇が来るのに備えよ‼」
真斗がそう言った後は皆と一緒に床几へと座り、源三郎は氷鬼、左之助は愛用の薙刀である“金鬼”、忠司は野太刀である“岩鬼”、そして鬼華は小太刀である“桜鬼”の手入れを始める。
それから少し経ち、真斗達はお弁当として作って来た鮭の塩おにぎりを食べていると海中に入った縄がググっと引っ張られる。それを見た真斗は食べかけのおにぎりを口に放り入れ、飲み込む。
そして真斗は立ち上がると腰に掛けている天叢雲剣を鞘から抜き、アザトース、ヨグ=ソトース、ニャルラトホテプ、イジュラの加護の力を発動させる。
「来たなぁ。皆!来るぞ。武器を持てぇーーーーーーーーーーーーーっ‼」
真斗からの指示に源三郎達は急いでおにぎりを食べ、立ち上がり武器を構える。そして源三郎はクトゥルフ、左之助はハスター、忠司はツァトゥグア、鬼華はクトゥグァの加護の力を発動させる。
今まで快晴だった空が急に暗雲に包まれ、風も吹き海も荒れ始める。そして荒れた海より水しぶきを上げ、血の様な目と鋭い牙を見せながら巨大で長く縞模様が特徴の鱗を持った海の妖獣、大海蛇が現れる。
一気に緊張が走り、真斗達は少し冷や汗を流すが、冷静であった。
「さぁ!行くぞぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「「「「うわぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」」」」
真斗達は大海蛇に向かって一斉に飛び掛かり、大海蛇も威嚇の声を上げ、真斗達に襲い掛かる。
砂煙や水しぶきを上げながら轟音が響き渡る中で真斗達は人の域を超えた動きで大海蛇の攻撃をかわしつつ一撃一撃、強い攻撃をする。
だが大海蛇は真斗達からの攻撃に怯む事はなく、逆に真斗達に対して激しい攻撃を繰り出す。
「くそ!今まで以上に手ごわいな!左之助!忠司!お前達は右から攻撃を加えろ!鬼華はわしと一緒に左からじゃ!若!真正面から奴の首をぶった斬って下さい‼」
源三郎からの指示に皆は気合の入った表情で頷く。
「分かりました‼ご家老!忠司‼行くぞ!」
「おう‼」
そして源三郎は鬼華を連れて真斗とすれ違う際にお互いに頷く。
左右に源三郎達が展開されると一斉にジャンプし、強烈な攻撃を繰り出す。その攻撃を受けた大海蛇は怯み、真斗は一瞬で飛び上がると天叢雲剣で大海蛇に斬り掛かる。
「チェストォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ‼」
だが、大海蛇は瞬時で斬り掛かって来る真斗に気付き避けるのだが、左目を損傷する。次の瞬間、大海蛇は大きく叫び声を上げる。
すると大海蛇の後ろから大波が起こり真斗達に向かって来たので着地した真斗は驚く。
「皆ぁーーーーーーーーーーっ!岩に捕まれぇーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
迫って来る大波から逃れる為に源三郎達は急いで岩に掴まる。だが、真斗は大波と共に襲い掛かって来る大海蛇を防ぐ様に天叢雲剣を横に構える。
「うわぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
そして真斗は大海蛇と共に大波に吞み込まれる。一方の源三郎達は岩にしっかりと掴み襲い掛かって来る大波に耐え、何とか難を逃れる。
「ふぁーーーーーっ何とかなったなぁ・・・・・⁉」
暗雲が徐々に晴れる中で源三郎は慌てて周りを見渡す。大海蛇と共に真斗の姿が消えていた。
「若!若ぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
源三郎は大声で周りを見ながら叫ぶ中で左之助、忠司、鬼華も周りを見ながら叫ぶ。
「若様ぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
「若様ぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
「ご主人ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
焦る表情で真斗を探す源三郎は遂には氷鬼を投げ捨て海に向かって走り出す。それを見た左之助と忠司はすぐに止める。
「ご家老!待って下さい‼待って‼」
「ダメです!甲冑を着たまま入るのは危険です‼」
二人に止められた源三郎は悔しくも罪悪感に満ちた表情で膝から崩れ落ち、涙を流すのであった。