第 拾漆 話:鬼龍家の秘密
とある日の朝、窓から差し込む日光によって真斗はゆっくりと体を起こしながら目を覚ます。
そして真斗の左側で寝ている竹取も目を覚ます。
「おはよう竹取」
真斗は笑顔で竹取に言うと彼女を右手で軽く目を擦りながら笑顔で返事を返す。
「おはよう真斗」
それから布団から出た真斗と竹取は寝間着のまま夫婦専用の和室を出て井戸へと向かい、顔を洗い口を濯いだ。
再び和室へと戻った真斗と竹取は従者の手を借りて着替えを終え、その後は朝食を食していた。
向かい合って胡座をする真斗に正座をする竹取は笑顔で問う。
「ねぇ真斗、今日でようやく忙しかった書物整理が終わるのよね?」
雑穀米の入った茶碗を持ち、食べていた真斗はその手を止め、笑顔で答える。
「ああ、ようやく一段落する。そうしたら、どこか二人で旅をしよう」
真斗の口から出た新婚旅行の提案に竹取はパーッ明るい笑顔をする。
「それはいいわね。私、一度でいいから大阪に行ってみたいわ。あ!伊勢にも行きたいわ」
「うーーーん、大阪も伊勢もいいなぁ。あ!そうだ。竹取、九州の薩摩に行かないか?島津の祖父様に直接、結婚の挨拶をしたくてな」
「それもいいわね。確かに九州には足を運んだ事がないから行ってみたいわ」
まさに新婚ならではの談笑をする真斗と竹取であったが、突然、襖が開き正座をする忠司がいた。
「お食事のところ失礼します。若様、帝と宿儺様より直命の書状が届きました」
そして忠司は和服の内側から習字で“命書”と書かれた下に“菊の家紋”と“彼岸華の家紋”の赤い印が押された書状を取り出し、真斗は彼に近付き受け取る。
真斗はさっそく書状を開き内容を見た瞬間、竹取との談笑時の笑顔から一変、真剣な表情となる。
「忠司、すぐに愛菜と爺、左之助、鬼華、それと桜華の方と奈々花姫も大広間に呼んでくれ。そして“あれ”を用意してくれ」
「はっ!」
真斗からの命を受けた忠司は一礼をし、襖を閉める。
そして真斗は書状を着ている和服の内側に入れ、止まっていた朝食を再開し、急いで食べ始める。一方、竹取は真斗に書状の内容を問う。
「ねぇ真斗、その書状は何なの?」
真斗は再び食べる手を止め、少し真面目な表情で答える。
「この書状は俺に課せられたとても大切な使命なんだ。そして我ら鬼龍家が代々より帝より守りし“あれ”を使う時でもある」
「その“あれ”とは?」
「竹取も一緒に大広間に来てくれ。お前や翁様、嫗様にも“あれ”の存在は知ってもらう必要がある」
真斗のまるで使命に燃える眼差しに竹取は少しうろたえるが、覚悟を決めた表情で頷く。
「わ!分かった」
それから無言の状態で朝食を食べ終えた真斗と竹取は急ぐ様に大広間へと向かうのであった。
⬛︎
大広間へと集まった源三郎、左之助、忠司、鬼華、竹取の翁と嫗、そして桜華の方と奈々花姫が正座をしていた。
一方、上座には真斗が正座し、彼の右には竹取、左には愛菜が正座をしていた。
少し重い空気の中で真斗が口を開く。
「皆!急な呼び出しに応じて感謝する。先程、帝と宿儺様より直命が来た」
そして真斗は着ている和服の内側から忠司から受け取った書状を取り出す。
「内容は『上総国にある“夜刀浦”にて、凶暴な海の妖獣、大海蛇が現れ住民に被害が出ている。ただちに夜刀浦に向かい大海蛇を退治せよ』との事だ」
真斗が読み上げた内容に源三郎、左之助、忠司、愛菜は真剣な表情をする。
「久しぶりの妖獣退治ですね兄上。それで今回も爺に左之助と忠司を含めた四人で向かうのですね?」
愛菜からの問いに真斗は頷く。
「ああ、無論だ。左之助、全員分の甲冑と兜、武器の準備は?」
「既に用意してあります若様」
「うむ!忠司、馬と旅の支度は?」
「はい。若様に書状を渡した後、すぐに準備を始め、終えております」
「分かった!鬼華、薬や薬草の用意は?」
「全て用意されておりますのでご心配なく若様」
「よし!それと爺、“あれ”はこの場に持って来ているな?」
すると源三郎は立ち上がり、右手に持っている鮮やかで神々しさを感じる模様をした風呂敷を真斗に渡す。
「はい!こちらです」
源三郎から風呂敷を受け取った真斗は無言で頷く。そして源三郎は元居た場所へと戻り、正座する。
「竹取、そして初めての者達よ。我ら鬼龍家は父と母の時代より帝と宿儺様より妖獣退治の使命を仰せつかっている。そして“これ”の守護と使用を許されている」
真剣な表情と眼差しで言う真斗は受け取った風呂敷を丁寧に開ける。そして風呂敷の中から出て来た鞘に納められた銅剣型の直刀を皆に見せる。
すると真斗は左手で横持ちにし、直刀に向かって右手の人差し指で五芒星をなぞると鞘が光出し、施されていた封印が解かれる。
そして直刀の柄を右手で掴み、ゆっくりと鞘から抜くと刃は銅剣の形をしており、左右の刀身には龍の様な姿をした長い三つ首の大蛇が彫り込まれていた。
「ねぇ真斗、何のその剣は?刀身から感じて来る神々し力は!」
驚きながら問う竹取に真斗は直刀を上に向かって真っ直ぐにし、刀身を見ながら答える。
「この剣は古事記に記されている出雲国の肥河の上流に住まう蛇神である八岐大蛇の尾から出て来た神聖な剣なんだ」
真斗の答えを聞いた翁は驚き、急に立ち上がり後退りする。
「そ!その剣はもしや‼天叢雲剣か⁉」
「はい。その通りです翁様。この剣こそ草薙剣の別名を持つ神剣、天叢雲剣です」
真斗が手に持つ剣の名を言うと竹取、竹取の翁と嫗、桜華の方、奈々花姫は腰を抜かした様に驚く。
「え⁉その剣があの神器、天叢雲剣なのですか⁉でも剣は壇ノ浦の戦いで平氏と共に失われたはずでは?」
驚く桜華の方の問いに真斗は剣を鞘に納め、答える。
「確かに幼き帝、安徳天皇と共に失われたとされているが、あれは出雲族が高度な術で作り出した模倣された剣。この剣こそ真の天叢雲剣だ」
そして真斗は何故、鬼龍家が本物の天叢雲剣を持っているのかを語り始める。
■
時は鬼龍家が始まる前、真斗と愛菜の父である鬼龍 政道こと伊達 政道が安達太良山の廃神社に住み着き、夜な夜な里に下っては民を喰らう大蛇退治を命じられた時の事である。
政道は数百人の足軽を連れて大蛇の住まう廃神社へと向かい、多くの犠牲を出しながら死闘の末に大蛇を打ち倒した。
そして何故、大蛇が住み着いたのかを調べる為に廃神社を調査したところ、廃神社の奥へと続く洞窟を見付け、更に奥深くに祀られた馬の頭をした石像の前に置かれていたのが天叢雲剣であった。
見付けた時は政道はそれが天叢雲剣とは知らなかったが、ある風の強い日に仙台平野で人の手では消せない大火事が起き、その時に政道は火災を消す為の祈りとして廃寺より手に入れた剣を天に向かって掲げた所、何処からともなく雷雲が現れ雨風と共に大火事は消えた。
それから政道は廃神社やその付近にある神社や寺に残された書物から手に入れた剣が日本武尊の死後に数少ない側近が大和朝廷に渡るのを恐れて安達太良山まで逃れ、そこに神社を立て天叢雲剣を納めた。そして番人として政道が倒した大蛇を着かせた事が分かった。
政道は直ちに剣と共に平安京へと向かい、天武天皇と大勢の朝廷大臣達の前で剣の力を見せ、それが本物の天叢雲剣である事を示した。
その後、天武天皇の命により政道は天叢雲剣の守護人となった。それと同時に剣の存在を知った宿儺は政道を人や妖怪をただ襲い喰らう妖獣退治の命を与えた。
その二つの命は鬼龍家が始まって以降も続き、その役目は政道が戦死後は真斗が受け継ぐ事となった。
「そして鬼龍家が代々、守りし天叢雲剣は例え親族である伊達家と島津家にすら教えていない。役目を仰せつかった者が“心より信頼する者のみ”しか口に出す事は許されていない。これが鬼龍家が長年、守り続けている秘密だ」
真剣な表情で言う真斗で説明を終えると全てを聞いていた嫗が笑顔で彼に問う。
「では真斗様、ここに剣の存在を知る源三郎様達以外の我々に秘密を教えると言う事は心から信頼していると言う証なのですね?」
嫗の問いに真斗は明るい笑顔で答える。
「ああ、その通りです嫗様。それに愛する家族が増えたのに教えないのは不公平でしょ?」
真斗がそう言うと皆は明るく笑い出す。
「だが、帝と宿儺様の命は必ず果たさなければならない。用意が出来次第、夜刀浦へ向かう。爺、左之助、忠司、鬼華、よいな?」
真剣な表情で問う真斗に向かって源三郎、左之助、忠司、鬼華は一礼をする。
「「「「ははぁっ!」」」」
それを見た後に真斗は持っている天叢雲剣を右側に置き、竹取の方を向く。
「すまない竹取。しばらく間、会津を離れる。なるべく早くには爺達と一緒に帰るから」
真斗の申し訳ない表情に対して竹取は笑顔で首を横に振る。
「うんうん。私は大丈夫よ。それよりも体には気を付けてね」
「ああ、ありがとう竹取。では皆、旅の準備だ」
「「「「はっ!」」」」
真斗が自信に満ちた表情で言うとて源三郎、左之助、忠司、鬼華は一礼をし真斗達は大広間を離れるのであった。
遅くなって申し訳ありません。
そして新年あけましておめでとうございます