第 拾伍 話:悪鬼、討たれる!
それから勝江の命で会津城に忍び込んだ黒い忍装束の迦黒軍の忍び集、“黒鷲集”は物影などから鬼龍軍の足軽達や義勇兵達の話を盗み聞きしていた。
城内のあちこちでは鬼龍軍の足軽達と義勇兵達が初戦の勝利を喜び合う一方で不安を溢していた。
「しかし、これからどうする?商いの妖怪達から出来る限り兵糧米を購入したけど・・・」
「そうだなぁ。予想以上に兵糧が減っちまったぁーっ。流石の若様もこの減り方は予想外だったらしいぞ」
「こんな状態で本当にもつのかなぁーっ?」
「さぁーなぁー」
鬼龍軍の足軽達は不安と困った表情で今後の事で会話をしていた。一方、義勇兵となった百姓達も同じであった。
「この調子で兵糧が減ったら三日間後には底に着くって噂だぞ」
「本当かよ⁉真斗様がそんな墓穴を掘るとわなぁーーっ」
「んだぁ。ここままじゃ俺ら飢えで戦に負けちまう」
「どうする?夜逃げすっか?」
「馬鹿な事を言うなぁ!会津の地を守るって大見え切手っ残ったのに逃げ出したら罰が当たっちまう!」
「ハハハハハッ!冗談だ!冗談だ!おら達、百姓にも意地がある!兵糧が無くなっても最後は真斗様と一緒に城を枕に討ち死にするまでよ」
「んだぁ!んだぁ!最後の最後まで諦め悪く戦おうなぁ」
「んだぁ!奴らに会津百姓の底力を見せてやろう!」
地面に腰を下ろして会話をする百姓は未来の不安を感じさせない明るい笑顔であった。
そしてある程度、情報を収集した黒鷲集は人気の無い城の物置小屋の中に集まっていた。
「それで城内の様子はどうだった?」
黒鷲集の男性頭からの問いに他の忍びは報告をする。
「はっ!まずは初戦の勝利に喜ぶ一方で兵糧が少なくなっている不安を漏らしていました」
「こちらも同じです足軽のみならず義勇兵として参加している百姓も不安を漏らし、しかも兵糧はあと三日で底が尽きるそうです」
それを聞いた頭はニヤッと笑う。
「そっか。それは良い事だ」
するとそこにくノ一が風の様に一瞬で片膝を付いた状態で現れる。
「頭、地下の兵糧倉庫を見て参りました」
「それで兵糧の量は?」
頭からの問いにくノ一はニヤッとした表情で報告をする。
「はっ!兵糧庫には僅な米しかなく殆どは空でした。私が見る限り、あと三日が限界でしょう」
くノ一からの報告に頭は嬉しそな笑顔となる。
「よし!よし!予想通りだな。もうここでやる事はない。急ぎ本陣へと戻り勝江様に報告するぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」
黒鷲集はシュッと消えると誰にも気付かれずに会津城を出るのであった。
すると黒鷲集が出ていくのを小屋の上で気配して見ていたくノ一がいた。
胸元を大きく出した紅白の忍装束を着こなした鬼龍軍の忍び組、“風鬼組”の頭である幼さ残る化け猫の半妖少女、『鬼華』はニヤッと笑う。
「よし!迦黒軍の忍び集はこちらの仕掛けに上手く引っ掛かったニャン。さてと急ぎ若様に知らせよーっと」
そう言うと鬼華は頭の猫耳とお尻の尻尾を可愛く動かしながら三つ編みにした長い赤髪を靡かせながらウキウキとした気持ちで屋根を飛び移りながら真斗の元に向かうのであった。
■
忍びからの報告で勢いと士気が上がった迦黒軍は三日間、会津城に向けて絶え間なく攻撃を仕掛けるが、鬼龍軍は粘り強い抵抗をする。
そして四日目の朝、総攻撃であちこちから黒煙が上がる会津城を陣から見ている松衛門は心底、喜んでいた。
「これで鬼龍軍の兵糧は底を着いたはず!皆の者!一気に責め立てるのだぁーーーーっ!」
「「「「「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼︎」」」」」
松衛門からの指示に家臣達は大きくこぶしを上に上げる。
一方、会津城の南門内の前には鉄砲兵を後ろに乗せた騎馬隊や打刀や和槍、薙刀、さらには斧にマチェットサイズの鉈、山刀で武装した足軽と義勇兵が集まっていた。
そんな中で甲冑と兜を着こなし轟鬼に乗った真斗が片手に和槍を持ちながら何かを待っていた。すると飛鷹に乗り、片手に今までとは違う豪勢な和槍を持った源三郎が現れる。
「若!たった今‼包囲網が完成したと知らせが入りました!我が出陣と同時に一気に攻め込むとの事です‼」
源三郎からの知らせに真斗はニヤッと笑う。
「分かった!皆ぁーーーっ‼勝利の道が開けた!これより敵に目掛けて討って出るぞぉーーーーーーっ‼」
「「「「「「「「「「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」」」」」」」」」」
真斗からの知らせと出陣に足軽達と義勇兵達は手に持ってる武器を高々に上げながら気合の入った返事をし、速やかに出陣の体勢を取り始める。
そんな中で真斗は源三郎が今まで違う和槍を持っている事に気付く
「おや!爺、それは愛用の槍、“氷鬼”じゃないか。気合が入っているな‼」
真斗から言われた事に源三郎はドヤっとした表情で持っている二丈半の和槍をグルっと回す。
「これは愛用ではありませんよ若!この槍は我が河上家の家宝!戦の勝利を揺るぎない物にする時に使われる神器の様な槍です‼」
「そっか!それはすまん、爺!では爺はすぐに鉄砲兵を乗せる騎馬隊を指揮せよ!」
納得した笑顔で指示する真斗に対して源三郎は笑顔で頷く。
「心得ました!若‼」
源三郎は飛鷹を走らせ先へと向かう。そして出陣の準備が整うと真斗は勇ましい表情で高々しく和槍を上に上げる。
「これより討って出る!南門!開門せよぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
真斗の大きな指示に南門の前に六人の足軽が閉まっている門を引っ張り開門する。
完全開門した瞬間、源三郎は勢いよく飛鷹を走らせ先陣を切き、その後に鉄砲兵を乗せた騎馬隊が続く。
余裕の雰囲気で準備をしていた迦黒軍の足軽達はいきなり出て来た鬼龍軍の騎馬隊に少し驚く。そして源三郎が指揮する騎馬隊は左右に展開し射撃隊列を組み、立ち止まる。
「鉄砲兵ぇーーーーーーーーっ!構えーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
源三郎からの指示に騎馬兵は上半身を前へと倒し鉄砲兵は銃身内にライフリングが彫られ、ストックが付けら、カービン型の“二式火縄銃二型”の火蓋を切り構える。
その光景にさすがの迦黒軍の足軽達は焦り慌て始める。
「し!しまった‼あれは騎馬鉄砲だ!」
「今更、慌てても無駄じゃ‼発てぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
源三郎からの指示で鉄砲兵は一斉に二式火縄銃専用のライフル弾頭が発射され、二、三人を軽く貫通し多くの迦黒軍の足軽達が次々と悲鳴を上げ、倒れる。
陣で陽気の雰囲気で甲冑と兜を着こなし床几に座り朝食を食べていた松衛門は突然と響き渡る銃声に驚き、立ち上がる。
「なんだ!何事だ⁉」
二式火縄銃の一斉射撃の後にすかさず門から轟鬼を走らせた真斗が先陣を切きり、その後を武装した足軽達と義勇兵達が物凄い形相で雄叫びを上げながら一気に走り出し門を飛び出す。
そして射撃され乱れる迦黒軍の足軽達に門を飛び出した鬼龍軍の足軽達と義勇兵達が襲い掛かり、激しく入り乱れる乱闘戦となる。
その光景を見た松衛門は苦虫を嚙み潰した様な表情で悔しがる。
「くっそ‼先手を打たれた!まさかこんなにも早く討って出るとわ‼」
「注進いたします!注進いたします!」
「今度は何だ!こんな時に‼」
松衛門は振り返ると息切れをし、慌てながら現れた伝令兵は片膝を着く。
「はい!申し上げます‼会津北方!磐梯山に密かに潜んでいた伊達 政宗氏の軍勢約四万が進軍を開始!さらに博士山を囲む様に武田軍!上杉軍!織田軍!合わせて約十万が我が陣に迫っています‼退路は完全に断たれました‼」
その報告を聞いた松衛門は全てを理解したかの様に唖然とする。
「し!・・・しまった‼図られた!恐らく鬼龍軍の兵糧が不足しているは嘘!徹底した籠城戦も全ては我々の兵力を出来る限り減らし!この会津の地に閉じ込めるのが目的だ‼」
「松衛門様‼し!しかも!お!小田原北条氏が約三万の軍を動かし!我らが本城である號琳城を攻め落としました‼」
さらなる絶望的な悲報に松衛門の家臣達は驚き慌てる中で松衛門本人は言葉を失うしかなかった。
「邪魔だぁーーーーーーーーーーーーーーっ‼どけぇーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
大乱闘戦の中で形相な表情で真斗は何人の迦黒軍の足軽達を持っている和槍で蹴散らしながら松衛門の居る博士山の陣へと突き進む。
「若‼この源三郎!お供致しますぞぉーーーっ!」
「おらも付いて行きますぞ!若様ぁーーーーっ!」
飛鷹に乗った源三郎と古びた甲冑と陣笠を着こなし、武装し名も無き名馬に乗った健樞介が共に気合の入った表情で走りながら現れる。
「お前達!心強いぞ‼では向かうとしよう!悪鬼退治だぁーーーーーーーーーーーーっ‼」
「「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」」
真っ直ぐな表情の真斗からの言葉に源三郎と健樞介は気合の入った返事をし、共に山道へと入り登るのであった。
■
山道を登り迦黒軍の本陣へ突入した真斗達は慌て逃げ出す迦黒軍の足軽達には目もくれず陣の中央に到着する。
突入した真斗達に向かって甲冑と兜を着こなした五人の迦黒軍の家臣が和槍や打太刀を構える。
「これ以上!殿に近づくのは許さん‼」
打太刀を構える家臣の一人が勇ましく言うと源三郎と健樞介は馬を降り、氷鬼に鉈と山刀を構える。
「わいらん相手はこんわしぞい!健樞介‼左を頼ん‼」
「おう!源三郎様‼任せでくんちぇーーーっ!」
源三郎と健樞介は雄叫びを上げながら構える家臣達に向かって行き、激しい戦闘を始める。
三人の家臣を相手に氷鬼を振い大立ち回りをする源三郎と鉈と山刀の二刀流で二人の家臣を相手に健樞介は泥臭い立ち回りをする。
「若!ここは我らに!先に行って下さい‼」
「すまない!爺‼健樞介‼はっ!」
真斗は手綱をしならせ轟鬼を走らせる。そして床几に座る松衛門の前に着き、轟鬼を降りる。
そして轟鬼の後ろを軽く叩き、その場から離れさせた真斗は持っている和槍を捨て愛刀の赤鬼を抜きながら松衛門へと近づく。
「おのれぇーーーーっ!鬼龍 真斗ぉーーーーーーーーーーーーーっ‼」
歯軋りを起こしながら冷や汗を流す松衛門は自分の側に置かれていた三尺余の野太刀を手に取り、鞘を抜き構える。
「迦黒 松衛門!貴様の首を貰い受ける‼お覚悟ぉーっ!」
そう言いながら怒りとも勇ましさとも受け取れる表情で真斗は赤鬼を構える。
「調子に乗るなよぉ!クソガキがぁーーっ‼︎我が迦黒家に伝わる鎌倉時代の名刀!火待鬼離で貴様の首を討ち取ってやる!おうりゃーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼︎」
松衛門は真斗に向かってジャンプし、斬り掛かる。だが真斗は瞬時に赤鬼で防ぐ。
ただでさえ小回りの効かない野太刀を松衛門はまるで打太刀を扱う様に素早く振るう。
一方の真斗は松衛門からの許烈で目に捉えるのが難しい斬撃を赤鬼で防いだり、身軽な動きで躱す。
(くっそ‼︎なぜだ!なぜ俺の斬撃を見切れるんだ!)
焦る松衛門は心の内で自問自答していた。
空気を切り裂く様な素早い体の動きに刃が打つかり合う度に鳴り響く金属音と火花、真斗と松衛門の戦いはもはや常人の域を超えていた。
「おのれぇーーーっ‼︎これならどうだぁーーーーーーーっ!」
松衛門は大きく体全体を一回転させ、火待鬼離の重さで得られる勢いに合わせて真斗に目掛けて大振りをする。
だが、次の瞬間、耳が潰れる程の金属音と火花が飛び散ると真斗は火待鬼離の回転斬りを赤鬼で防ぐ。
松衛門はその光景に驚愕するが、真斗は一瞬の隙を突き松衛門の腹部に強烈な蹴りを入れ、大きく後ろに吹っ飛ばす。
吹っ飛ばされた松衛門は腹の痛みを堪えながら両足に力を入れ、土埃を上げながら勢いを止める。
「ハァ!ハァ!ハァ!ハァ!ハァ!なぜだ⁉︎なぜ、お前はこんなにも強いんだ!」
汗を流し息切れをする松衛門に真斗は赤鬼の刃先を松衛門に向けて答える。
「俺は会津や皆を愛している。会津の全てを守る為なら俺は自分の命を犠牲にする覚悟で戦っているんだ」
そして真斗は赤鬼を両手で持ち、脇構えをする。
「守る者の為に振るう力は重い!でも貴様の様な全てを奪って手に入れた力は軽い!そこが俺と貴様の大きな違いだ‼︎」
「ほざくなぁよ‼︎小僧ーーーーーーーーーっ!所詮!この世は弱肉強食!強者が弱者を支配するのは世の通り!俺はこの日ノ本の天下人となる強者だぁーーーーーーーーーーっ‼︎」
怒りと憎しみに満ちた表情で松衛門は両手で火待鬼離を持ち、真斗に向かって上段の構えで斬り掛かる。
そして真斗は空気を一気に吸い込み、腕と足に力を入れる。そして武士の表情から一瞬で鬼の様な形相となり、地面を大きく蹴り上げ間合いを詰める。
真斗の表情と体全体から伝わって来る赤黒い殺気に松衛門は怯み、約0.5秒の差で刀の振りが遅れる。
そして次の瞬間、肉と骨が斬られる鈍い音が響き渡ると振るった赤鬼の刃には血が付いており、目を閉じる真斗の後ろでは斬られた首が地面を転がり、崩れ落ちる様に松衛門の体は血を流し倒れるのであった。