第 拾肆 話:会津大合戦
それから一週間の内に真斗達は会津城に必要な物資や武器を運ぶ込み、籠城に備えていた。
一方、源三郎は兜を外し甲冑姿で会津の百姓頭の屋敷に全ての百姓を呼び集めていた。
「すまない皆!迦黒軍と大戦をする事となった。ついては直ぐに会津を離れ!仙台へ落ち延びよ‼」
胡坐をする源三郎は深く頭を下げると胡坐で座る百姓頭の少し年老いた男性、『健樞介』が強く拳を床に叩き付ける。
「嫌でございます!源三郎殿!我ら百姓が愛する会津の地と鬼龍家の皆々様を見捨てて落ち延びる事は出来ません!」
健樞介からの固い決意に集まっていた百姓達が賛同する声を上げる。
「ちょっと待て皆!落ち着くのだ‼」
源三郎は大声で百姓達を諫めると健樞介や他の百姓達に問う。
「皆の衆よ。本気なんじゃな?」
「当たり前でございます‼」
百姓達も決意した表情で頷く。その光景に源三郎はクスクスと笑い出す。
「若は会津の民から愛されておられるのですね。分かった‼百姓達は速やかに会津城に入城せよ!武器や甲冑などはこちらで用意する‼」
すると何故か健樞介は自信に満ちた笑顔で右手を横に振る。
「いいや!それには及びません。こう見えても会津武者の子孫、少しくたびれておりますが、甲冑も鉢金、陣笠もあります。それに戦に備えて刀や槍もあります」
「お主ら、我らに隠れて武器を隠しておったのか?」
驚く源三郎からの問いに対して健樞介は笑い出す。
「百姓とは言え我らも鬼龍家にお仕えする身。戦に備えて準備はしております」
「分かった!では速やかに準備を整え、会津城へ入城せよ!」
「「「「「「「「「「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」」」」」」」」」」
源三郎からの指示に百姓達は気合の入った掛け声をする。そして武装した百姓達は集めるだけの大量の食糧を荷車に積め、そして女子供を連れて入城する。
会津城に集まった鬼龍軍の総兵力は二万五千弱ではあったが、武装して組織された百姓の義勇軍は約二万と大規模戦力となった。
その日の夜、大広間で兜を外し甲冑姿の真斗達は胡座をして軍議をしていた。
「まず下野より会津に攻めて来る迦黒軍の総兵力は忍び組の調べでは約八万強だそうです」
左之助からの報告に皆はざわつき始める。
「皆!落ち着け。敵がどれほどの兵力で攻めて来ようと我らには地の利があり、人の利がある。それに昨日の内に仙台へ向かった伯父上からの救援もある。案ずるな!」
上座で胡座する真斗が諌めると源三郎は笑顔で皆に言う。
「若の言う通りじゃ。ここで我らが動揺すれば勝てる戦も勝つ事は出来んぞ!」
源三郎が喝を入れると皆は気合いを入れ直す。そして再開した軍議で源三郎は城の南門、平助は城の西門、左之助は城の東門、忠司は城の北門を守護する事となった。
「では政宗様の軍が到着するまで徹底的に籠城戦をし、敵の兵力を疲弊させましょう!」
忠司が笑顔で軍略を言うと、なぜか真斗は首を横に振る。
「いいや、それでは駄目だ。この大戦に勝つには籠城だけでは不足だ」
「では若様はどの様な戦略をお考えなのですか?」
平助からの問いに真斗は自信満々な笑顔で答える。
「まさに“知と繋がりを持って牙と爪を折る”。なーに、戦が始まればすぐに分かるさ」
そう言う真斗の姿と眼差しに皆は無言で納得するのであった。
⬛︎
二日後の朝、博士山に築かれた陣から松衛門は自軍を隙間なく会津城を包囲する。
そして悪趣味な甲冑と兜を着た松衛門は包囲した会津城を見ながらニヤニヤとしていた。
「さぁーっ鬼退治の時間だ」
そう言うと松衛門は大太鼓を力強く叩き音を鳴らす。そして法螺貝を持った迦黒軍の足軽が吹き、戦陣の合図を出す。
「「「「「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」」」」」
声を上げた和槍や鉄砲、弓を持った赤紫色の甲冑と陣笠を着こなした迦黒軍の足軽達は勢いよく会津城に向かって走り出す。
一方、鬼龍軍の足軽達は弓や鉄砲で狭間や城壁内に作られた足場や小天守の廻縁に設置されたから置楯の影から迫って来る迦黒軍に向かって緊張した表情で見る。
「皆!まだだぞ!もっと敵を引き付けよ‼」
和槍を持ち、甲冑と兜を着こなし南門の守りを指揮する源三郎が足場から大声で指示する。
そして迦黒軍の足軽達が死を覚悟した表情で田んぼに入り、泥水を上げながら進んでいると足元に引かれた細い縄に気付かずに引っ張る。すると見えない様に束で田んぼに設置された竹筒爆弾の導火線に火が点き一斉に爆発する。
さらに竹筒に仕込まれた無数の鉄砲弾が炸裂し、それを受けた迦黒軍の足軽達はけたたましい悲鳴を上げる。それは畑や城下町を通った足軽達も同じであった。
「火竹弾が炸裂しましたぁーーーーーーーっ‼」
騎馬兵の兜を被った足軽隊長が大声で言うと源三郎は空いている左腕を上に上げる。
「鉄砲隊!弓矢隊!構えーーーーーーっ‼弓を引けぇーーーーーーーっ‼火蓋を切れぇーーーーーーーーっ‼」
鉄砲隊と弓矢隊の足軽達は火竹弾でやられた仲間の死骸を踏み越えて迫って来る迦黒軍の足軽達に狙いを定める。
「発てぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
「発てぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
「発てぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
「発てぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
源三郎、平助、左之助、忠司が大声で指示を言うのと同時に大きく左腕を振り下ろした瞬間、鉄砲隊と弓矢隊は一斉に放つ。
鬼龍軍から放たれた矢や弾を受けた迦黒軍の足軽達であったが、怯む事無く進む。
「大砲隊!砲撃よーーーーーーーーーーーーーーい‼」
左之助からの指示に大砲隊の足軽や義勇兵達は速やかに大型二輪式セーカー砲に拡散炸裂砲丸と火薬を装填し、前に押すと大砲用の狭間から砲身を出す。
「発てぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」
左之助からの指示で一斉に放たれた砲丸は後方から続く迦黒軍の足軽達の中に着弾する。その瞬間、粉々に炸裂し多くの足軽達は悲鳴を上げ倒れる。
そんな鬼龍軍からの猛攻に屈さずに会津城の池堀によって細くなった道を通り石垣へと着いた迦黒軍の足軽達。
「よーーーし!梯子を架けよぉーーーーーーっ!」
迦黒軍の足軽隊長の指示で猛攻の中で懸命に梯子を持っていた複数の足軽が城壁の屋根に梯子を架ける。
「怯むなぁーーーーーーーっ!我に続けぇーーーーーーーっ‼」
迦黒軍の足軽隊長が刀を抜き先に梯子を昇るが、左右と正面の狭間から水平二連式散弾鉄砲が放たれ、壊された梯子と共に後に続く足軽達を巻き込む様に落下する。
だが、いくつかの場所では梯子を登り切った迦黒軍の足軽達が城壁内へ侵入していたが、示現流式の猛特訓を受けた鬼龍軍の足軽達と義勇兵達、そして源三郎ら家臣達は瞬く間に侵入した迦黒軍の足軽達を城外へ返り討ちにする。
⬛︎
時が経ち昼時、大広間の上座で床几に座る真斗は外から聞こえて来る兵達の雄叫びに爆発音、刃交える音を聞いていた。
するとそこに伝令兵が現れ、真斗の前に片膝を着く。
「申し上げます!先程、伊達 政宗様の忍びからの知らせが入り伊達軍約三万が密かに羽前を通り磐梯山に入りました」
伝令兵からの知らせに笑顔となり、右手で自身の太股を叩く。
「流石!伯父上だ‼予想より早く到着したな!それで信玄様に謙信様、それに小田原北条氏、信長様からは?」
「はっ!信玄公と謙信公、更に信長様に小田原北条氏からも知らせが入り!全ての準備が整ったの事です」
それを聞いた真斗は喜び、勢いよく立ち上がる。
「よーーーーーし!各家臣に伝えよ!三日だ!三日間は徹底して籠城せよ‼︎」
「はっ!」
真斗の命に伝令兵は深く頭を下げ、立ち去る。
すると真斗の右側で胡座で甲冑を着こなして聞いていた愛菜が問う。
「兄上、もしかして源三郎から聞いた秘策ってまさか?」
真斗は再び床几に座ると愛菜の方を向き、笑顔で頷く。
「ああ、これの事だ。後はひたすら敵の注意を会津城に向けて迦黒軍の兵力を削るのみだ」
すると大広間に面する廊下から女中の慌てる様な声が響き渡る。
「炊き出しの手が足りません!誰か!お手を貸して下さい‼︎」
それを聞いた真斗は兜と当世袖、籠手、手甲、胴を脱ぎ床几の側に置くと立ち上がり、大広間を出ようとする。
「若様、どちらへ?」
彼の左側で胡座をしていた甲冑と騎馬兵兜を着た付人の足軽が問うと真斗は笑顔で振り返り、答える。
「なーに、炊き出しの手伝いさ。やっぱり俺は後ろで踏ん反り返っているのは性に合わないのさ」
「しかし!」
付人の足軽が止めようとすると愛菜が笑顔で、その足軽の肩を掴み逆に止める。
「兄上を自由にさせて。一度、決めたら梃子でも曲げる事が出来ないから」
それを聞いた付人の足軽は諦めた様な表情で頷く。
「分かりました」
それから城の台所へ着いた真斗は慌ただしく動く従者達と共に炊き出しを手伝っていた。
そんな中で真斗は蓋付きの木製の米桶から炊き立ての白米を竹杓文字で掬い手に取り、握り飯を作っていた。
「握り飯の中身は細かく切った塩豚焼きで!塩をよく振れ‼後、味噌汁は具沢山に味噌はたっぷり入れろ!」
「「「「「はい‼」」」」」
真斗からの指示に従者達は気合の入った返事をする。するとそこに白く細い手拭いで縛って袖を短くし、袴姿をした竹取が翁と彼女と同じ姿をした嫗が現れる。
「竹取!どうしてここに!」
驚く真斗を無視する様に竹取は木製の釣瓶桶に入った真水を竹杓子で掬い上げ手を洗う。そして蓋付きの木製の米桶から炊き立ての白米を竹杓文字で掬い手に取ると握り始める。
「真斗!私もお爺様とお婆様と一緒に炊き出しを手伝うわ‼安全な場所で大人しくしていられないわ!皆の力になりたいの‼」
決して揺るがない固い意思に満ちた眼差しと表情で言う竹取の姿に真斗は納得した笑顔をする。
「分かった!では翁様と嫗様は味噌汁と鮎の塩焼きの手伝いをお願いします‼」
「「はい!分かりました‼」」
真斗からの指示に翁と嫗は頷く、調理を行う場所に向かう。
「それとなぁ竹取、握り飯にはそこの皿にある豚の塩焼きを入れてから握るんだ」
「え⁉」
竹取はハッとなり真斗が指差す方を向くと木の皿に乗っけられた細かく切られた豚の塩焼きを見て、竹取はアッとなる。
それから竹の寿司桶に入れた出来た握り飯と鍋に入った豆腐味噌汁、同じ竹の寿司桶に入れた竹櫛に刺した鮎の塩焼きと切った漬物が各持ち場に運ばれ源三郎ら家臣達や足軽達は戦の合間を縫って水や麦茶を飲みながら空腹満たすのであった。
⬛︎
それから更に時が経ち、日の入り。双方の陣から戦の終わりを告げる法螺貝の音が鳴り響く。
「「日の入りだぁーーーっ‼終わぁーーーーーーーーーりぃーーーーーーーーーーーっ‼」」
源三郎と最前線に立って指揮をしていた迦黒軍の家臣、『三紀野 甚右衛門』が大声で足軽達に告げると戦闘を即時、停止し迦黒軍の足軽達は自軍の陣へと撤収を始める。
「おい!迦黒軍の足軽!自軍の戦死した仲間の屍はちゃんと持ってけよ‼」
「ああ!勿論だとも!」
言って来た鬼龍軍の足軽に向かって迦黒軍の足軽は頷き、転がっている自軍の足軽の屍を複数人で丁寧に運び始める。それはあちこちで行われていた。
ある程度、迦黒軍が会津城を離れたのを城壁の足場から確認した源三郎は振り向く。
「皆!よく頑張った‼あと三日耐えれば、我々は勝てる!ただし!万全を期っする為に必ず仲間内では兵糧が減っていると話せ!それと!・・・」
源三郎は負傷した足軽と戦で敵に討たれ城壁外に落ちた仲間の屍を一瞬、見る。
「負傷した者の手当と仲間の屍を速やかに回収せよ。よいな?」
「「「「「「「「「「おぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼︎」」」」」」」」」」
源三郎からの指示に足軽達と義勇兵達は気合いの入った声と表情で高々と拳と持っていた和槍を上に上げる。
そして夜、双方の城と陣には多くの妖怪達が訪れ商いをしていた。
そんな中で迦黒軍の陣では伝令兵からの今日の戦闘報告を聞いた松衛門は険悪な表情で床几を倒しながら立ち上がり、目の前で片膝を着く伝令兵を蹴り飛ばす。
そして松衛門は少し歩き、灯りが灯る会津城を憎い眼差しで見る。
「おのれぇーーーーーーっ!今日の戦だけで我が軍は約三万八千の兵力を失うとは‼︎」
すると甲冑と兜を着こなした勝江が松衛門の隣に近寄る。
「敵の力を侮っていました。まさか会津全ての百姓が武装して義勇兵になっていたと!」
「ええい!こうなったら夜襲だ‼︎敵が寝静まっている所を襲ってやるわ!」
松衛門の口から出た提案に勝江は慌てて彼を諌める。
「お待ち下さい‼︎もし夜襲をすれば約定違反となります!そうなれば殿は賊軍となります‼︎」
松衛門は勝江の言葉によって踏み止まる。そして勝江は会津城を見て、《《ある提案》》をする。
「鬼龍軍の兵力はかなりの数のはず!だとすれば持ち込んだ兵糧では足りていないはず!もうすでに兵糧が不足している可能性が‼︎ 殿!忍びを城に向かわせ兵糧不足になっていないか確かめさせては?」
提案を聞いた松衛門は確かにっと言う表情をする。
「そうだなぁ!所詮は鬼龍家は田舎大名‼伊達家と島津家の親戚だか何だか知らんが、桶狭間での武勲もまぐれ!浅はかな考えしか出来んから今頃、兵糧が不足してさぞ困っているはず!」
勝利を確信した松衛門は満面の笑みとなる。
「よし!分かった‼勝江!すぐに忍び集に会津城へ侵入し兵糧を調べさせよ!よいな!」
「はっ!」
松衛門の命に勝江は気合の入った返事をしながら一礼し、すぐに陣を出るのであった。




